90 邪魔する宣言
魔法の灯りの中、大きなテーブルを庭に設置した。もう、お外用のダイニングセットを置けばいいかもしれない。
目の前では、師匠が眉間にしわを寄せつつ、ちまちまお魚を食べている。相変わらずだけど、きっとこれは好きな方。お腹に優しそうだもんね!
ヴェルさんは、あっと言う間だ。ひょいと投げ上げてぱくっとひとくち。うむうむ、と味わうようにくちばしを開閉させている。
普段何を食べているのかな。とても、僕らが用意するお食事では足りないと思う。
そして僕の隣では、まるで一大事のようにガツガツ食べているディアン。多分しょっぱいだろうお魚を頬張って、ずぞっとお粥を椀ごと呷る。
……ほっぺがぱんぱんだよ? お魚って、そんな風に食べるものだっけ?
「あの……ディアン、骨があるよ? 大丈夫?」
「もう食った」
「骨も!?」
大丈夫なの? そう言えばバリバリいっていた気がするけど。僕より犬みたいだ。
「る!」
グリポンが叱るように鳴いて、僕の手をつついた。
「ふふ、ちゃんと食べるよ」
はぁい、と笑って自分の魚に向き直る。
大きなお魚は、選書魔法で選出したレシピ頼りに、シンプル塩焼きにしてみた。
黒っぽいと思っていたお魚は、じっくり焼くとぴかぴかの銀色になってびっくりだ。
所々金色にさえ見えて、何て豪華な見た目なんだろうと感心した。
皮目の所々には、カリカリに結晶化した白いお塩。口へ入れる前から唾液が溢れてくる。
ドキドキしながら身をほぐせば、ぱり、ふわりと湯気が上がった、白い身。
僕はディアンと違って上品な犬だったと思う。念入りに骨をとって――。
「わ……美味しい! お魚ってこんなに美味しいんだ! うわあ、僕お魚も好き!」
きゅう、としょっぱくなる口の中へお粥を投入すれば、途端にお粥の美味しさまで倍増する。これはすごい。そりゃあ、ディアンがあんな風になるわけだ。
「僕、こんな大きい魚初めて食べたよ! こんな美味しいんだったら、また獲りたいな!」
「へー、初めて食ったのか」
そうだよ! とにっこり笑う僕からディアンの視線が一瞬外れ、ちらっと他所へ向く。
「そういや、店で食うのも初めてだっつってたな」
「うん、あの肉とパンだよね! あれも美味しかったなあ。そうだ師匠、お店の人はね、ものすごく大きい声でやり取りするんだよ!」
「は、その程度の店――てめえは黙ってろ!」
師匠が投げつけた野菜を上手にキャッチして、ヴェルさんがクカカ、と鳴きながら飲み込んだ。
言いかけた古代魔法文字が霧散する。
何言ったのか、全然分かんなかったけど。とりあえず師匠はご機嫌ナナメだ。
ルルア、と呼ばれて隣へ視線を戻すと、ディアンがほんのり視線を逸らした。
「今回、依頼達成の金があるだろ。もう少しいい店に行ってもいい」
「本当?! それって外依頼達成記念?! 楽しみ!」
ぱあっと渾身の笑みが浮かぶ。ディアンは、そうだとも言わなかったけれど、でもそういうことにしておく!
無言のディアンは、ちらっと僕を見て席を立った。
「部屋にいる」
「うん、寝ていていいよ!」
「てめえに部屋を貸した覚えはねえ!」
憤る師匠をフン、と鼻であしらって、ディアンは振り返りもせずに室内へ戻っていく。
その傍ら、師匠とヴェルさんがやり合っていた。ヴェルさんって……結構余計な事を言うというか、案外人をからかうのが好きなタイプなんだろうか。
気高く美しい、賢き幻獣のイメージが……。
「師匠、元気そう。ねえヴェルさん、僕がいなくたって元気だよ」
ふふ、と大きな幻獣を見上げると、師匠の方が反応した。
「――ッ。……よくもぬけぬけと。お前が、この俺の邪魔しているんだろうが。こいつらがいなければ、俺の望みは遠からず静かに叶ったものを」
ぷいとそっぽを向いた師匠に、にっこりしてみせる。あのね、僕が言ったことは取り戻せないから、もうちゃんと言うことにするよ。
「ごめんね。……でも僕、師匠の望みを邪魔をするね!」
「なっ……」
絶句する師匠の側で、ヴェルさんがばさばさ羽ばたいて笑った。
僕、平気じゃないよ。
でも、今、こうして師匠を見ていて、やっぱり思うもの。
今の方が、いいなって。
だから僕、師匠の望みを叶えるよりも、僕の望みを優先するね。どっちが本当に良かったかなんて、どうせ分からない。
ねえ、だって師匠もどうせ分かってないよ。そうでしょう?
「そうだヴェルさん、ここへもっと簡単に来られないかな? ヴェルさんに『来たよ』って知らせる方法ってない?」
「クァ」
思案気に首を傾げたから、何か考えてくれているのだろう。
「来るな! 鬱陶しいわ!」
「だって僕、会いたいもの。師匠も、もっと僕に会いたいと思えば解決するよ!」
えへっと笑う僕に、師匠がまた言葉を失った。
師匠も、僕と会うのが楽しみになればいい。何か、いい方法は――そこで、はたと思い出した。
「そうだ、師匠これ見て!」
懐からそっと取り出した、あの卵。僕の体温が移ってほんのり温かい。
ヴェルさんが姿勢を低くして、あーんと口を開け待機している。
「ち、違うよヴェルさん?! これはちゃんと孵化させるの! ねえ師匠、楽しみじゃない? 次来るときには、孵化してるかもしれないよ!」
「何が楽しい。トカゲの卵なんざ」
そんなこと言うなら、孵ったって見せてあげないからね?!
でもとりあえず、師匠が何も言わないってことは、危険はなさそう。そしてヴェルさんが物欲しそうな目で見ているから、厳重に管理しなくては。
――師匠とこんなに話したの、初めてかもしれない。
憎まれ口は変わらないし、ぶっきらぼうだし、僕みたいには笑わないし。でも、時折ヴェルさんに怒りながら、こんな時間まで話をした。
町の話、ディアンとの話になるたび不貞腐れるのが可笑しくて。師匠の話が出るたび舌打ちする彼が脳裏をよぎる。
そっと、そんな彼が眠っているだろう自室の扉を開けた。
「あれ? 起きてたの?」
ソファで振り返った人影に、ちょっとビックリして駆け寄った。
「そんな早く寝ねえだろ」
そうだけど、部屋に行くって言うからてっきり眠いのかと。
だって僕、既に眠いけど……。
「僕、先に寝ちゃったらごめんね」
ベッドに飛び乗って、ディアンを真似るように足元だけ布団をかける。
ちょうど窓の外に、師匠の瞳によく似た月が浮かんでいた。
「……ルルア」
「え」
うつら、としかかった目がぱちっと開いた。
やっぱり、聞き違いじゃなかった。食卓でも、呼んだよね?
とても、とても新鮮に感じる僕の名前。
ぱっちり目を開けた僕に、不貞腐れた顔をする。
「……やるんじゃねえのか」
「何……ああ、魔力循環! あ、でも……」
「ンだよ」
ディアンから声をかけるなんて珍しい……。
少し躊躇して、眉尻を下げた。
「師匠、寝てないかな。多分、魔力が動いたら分かると思うんだ」
起こしてしまわないだろうか。一日やらなかったからといって、どうというものでもないし。
だけど、にやっと笑ったディアンが、手を伸ばして僕を引っ張り寄せた。
「こんな時間に寝てねえよ」
「うーん、まあ大人だもんね」
「知られたらマズいわけじゃねえ、だろ?」
……うん。そう、なんだけど。
なんだろう、むしろマズイことだと言わんばかりのような。
妙に機嫌のいいディアンを不審に思いつつ、まあいいかとぎゅっとした。




