89 不機嫌な二人
「師匠、こっちを向いて! 用があるのは、僕だよ!」
「……魚くせえ」
ぎゅっと詰めるようにソファへ腰かけると、師匠は眉間にしわを寄せながら上体を逸らした。
でも残念ながら、そっちは行き止まりだよ。
お魚を脇のテーブルへ置いて、膝に乗り上げんばかりの位置に陣取った。しっかり捕まえておかないと、どこかへ行ってしまうかもしれない。
「聞きたいことがいっぱいあってね! あ、それより先に師匠、体調はどうなの? お食事とお薬はちゃんと取ってる?」
じ、と見上げた顔色は、悪くない。
おもむろに両手を伸ばすと、ぎゅう、と抱きしめた。
師匠の身体には、魔力を流すことはできないけれど……オレの身体が、師匠の大きさを、感触を覚えている。
うん……大丈夫かな。痩せてはいないし、熱もなさそう。ひゅうひゅう音もしていないし、むしろ僕がいたときよりも元気そうで、それはそれで複雑。
「……良かった、大丈夫だね! これもヴェルさんのおかげ――え」
「……」
にこっと上げた視線が合わない。それはまあ、いつも通りだけども。
……なんで、ディアンとは目を合わせてるの?!
何なら、わずかに機嫌の良さそうな師匠に仰天する。
まあ、一方のディアンは相反するように、はちゃめちゃに機嫌が悪いけれど。
ヴェルさんといい、師匠といい、僕の知らないところで通じ合っている……? まさか、僕が知らないだけで、案外仲がいいんだろうか。
似た者同士、僕にはわからない絆が生まれて……? 僕の方が、ずっとそばにいるのに?
ささやかなショックを受けていると、ゆっくり僕に視線を戻した師匠が、フンと鼻を鳴らした。
「何の用だ。さっさとすませろ」
「うん……。あのね、色々あるんだ! でも、ひとまず一番大事なのは、魔道具のこと! 師匠は魔道具も作っていたでしょう? 今はやっぱり作れないの? あれって、僕もできる?」
一気に詰め寄ると、やっぱり視線が逸れる。
少しガッカリしながら、ぱふっと体重を預けた。
「魔法を操れねえのに、作れるか。何の魔道具だ」
「一番は、シールドかなあ」
「なるほどな? 切実なようだ」
あ……。皮肉気に口角を上げた師匠と、後ろから聞こえた舌打ちに、しまったと思う。
「ち、違うよ?! 僕が、全然攻撃を避けたりできなくって……だから必要かなって思っただけで!」
「魔法使いは、そういうものだ。だから、パーティを組む」
ちら、と僕の後ろを見た師匠。僕だけの問題だと思っていたのに。ごめんね、ディアン……。
しゅんと視線を下げて、師匠の服を握る、小さな手を見た。
魔法使いは、守られるもの。そう、なんだけど。
ギルマスさんが言っていたじゃない、限度があるって。
「でも……師匠は違ったじゃない。僕は、すごく出来が悪いみたい」
「うぬぼれるな、俺は最高峰だ。お前程度と比較になるか」
尊大な物言いに、ふふっと声が漏れる。
……ありがとう、師匠。でもね、世間ではもう少し、分かりやすく慰めてくれるんだよ。
ミラ婆さんやローラを思い出して、にこっと笑う。
でも僕、先に世間を知っていたら、気付かなかったかもしれないから。だから、これで良かった。
「うん……僕、頑張るね。だけど、もし師匠が昔作った魔道具とかあれば、借りられないかなって――わ?!」
一瞬浮いた体が、すとんと着地した。
え、と見上げたディアンが、噛みつきそうな顔をしている。
「いらねえよ! 勝手に借りを作ろうとしてんじゃねえ!」
「ディアンの借りじゃないよ?! これは、僕の」
「必要があるんだろ? 伝手があって結構じゃねえか」
「うるせえ!」
「え、え? ディアン、どこ行くの?!」
僕の腕を掴んだディアンが、有無を言わせず引きずるように歩き出す。
クカカ、とヴェルさんが鳴いているのが見えた。
「ねえ、ディアン……?」
乱暴に家から飛び出してきたディアンは、庭の隅までずんずん歩いて、やっと止まった。
解放された腕をさすりながら、振り返らない背中に手を添える。
「……クソ」
小さく漏れた悪態が、なぜか胸を掻きむしるような気がした。
「ごめんね、ディアン。僕、迷惑にならないようにしようって、そう思っただけなんだ」
「……知ってる」
「じゃあ、僕自分でなんとかできるように頑張るね。ちょっと、迷惑はかかっちゃうかもしれないけど」
眉尻を下げて苦笑すると、バッとディアンが振り返った。
「いいか、俺がなんとかする。あんな野郎に舐められてたまるか」
「あんなって、師匠はSランクだよ?」
舐められるも何も……くすりと笑って、その瞳にハッとした。
ぎらぎらする濃橙の瞳。
――征服されざる、固い意志。そんな言葉が蘇る。
ディアンは……すごいな。たとえ相手がSランクでも、それでもそこで戦おうとするんだね。
「強いね、ディアンは」
「てめえ、馬鹿にしてんのか?!」
ぎろりと睨まれて、慌てて首を振った。
「そんなわけないでしょう! でも……ディアンが強くても、僕は、とっても弱いよ? いいの?」
「いい、つってんだろ! 帰るぞ!」
「ええ?! 待ってよ、まだ聞くことがあるから! あの、ちょっと待ってて? 僕、聞いてくるからね!」
せっかく来たんだからね?! あと、どっちにしたってこの時間になると、ヴェルさんに乗せてもらわないと危なくて帰れない。
急いで踵を返し、走り出そうとしてぐえっと止まった。
「え、えっと、ディアン?」
涙目で振り返ると、ハッとしたディアンが襟首を掴んだ手を放して、気まずげな顔をする。
「……帰るんだろうな」
「そりゃあ、帰るけど……? あっ、でもこの時間だし、夕食を一緒にってなったら、遅くなっちゃうね。どうしよう、泊まっていく? あの狭い部屋になっちゃうけど」
絶対いやだって言うんだろうな、と見上げた視線が、がっちり絡む。
しばし黙ったディアンに、少し首を傾げた。
◇
二人が一緒にいると、事がややこしくなる。そう判断した僕は、ディアンを庭に置いたまま師匠と話をすませ、大急ぎで夕食準備をする。
お魚は日持ちしないから、いっぺんに焼いてしまおう。残ったアラはしっかり出汁をとって、お粥にするんだ。
ぬっと窓から顔を突き出したヴェルさんが、興味津々に鍋を覗き込む。
「もう少しだよ! ディアンはどう?」
くちばしを鳴らしたヴェルさんが、単語だけ浮かべてクカカ、と笑う。思わず僕も噴き出して、慌てて咳払いした。『拗ねる』なんて文字がしっくりくるくらい、不貞腐れているんだろうな。
庭から戻ってこないディアンに、くすっと笑う。
それなのに、一緒に泊まってくれるって言うんだから。
「ディアンって、本当不思議だね」
目を細めたヴェルさんが、また高速文字を流した。
ええと……『二人』『馬鹿』『盗られる』……じゃなくって、これは『盗られ まい』かな?
全然読み取れないけれど、こういう時は、大抵会話じゃなくって独り言なんだって学んだ。
呆れたように首を振ったところを見るに、あんまりいいことを言ってない気がするけど、その二人って誰? 僕とディアン? 僕と師匠? それともディアンと師匠? 僕が入ってませんように、と思いながら鍋をかき混ぜる。
「……腹減った」
「わっ?! びっくりした、もうできるよ!」
間近く聞こえた声に飛び上がって、いつの間にかそばにいたディアンに目を瞬かせる。
僕の後ろから鍋を覗き込むから、ぎゅっと僕が挟まれた。
食事に気を取られているんだろうな。ディアンから寄って来ることなんてないから、小鳥が側にいるような心地で、そっと息をひそめる。
「おい、飯は」
「ええ?! 師匠がごはんの催促をするなんて?!」
ディアンよりさらに後ろから聞こえた声に、踏み台から落ちるほど仰天して不機嫌な顔を見上げた。
これは、大進歩だ。やっぱり、たくさん人がいた方が食欲がわくのかもしれない。
いつの間にか庭に引っ込んだヴェルさんが、『クカカカ』と鳴きながら転げ回っている。
「じゃあ、みんなで食べようか! 師匠に聞きたいことじゃなくって、話したいこともいっぱいあるんだよ!」
うふふ、と笑って、僕は目の前のディアンを見上げ、師匠を見上げた。
活動報告にキャラからの「ありがとう」載せていますので、よろしければご覧ください!




