88 ヴェルさんとディアンと師匠
贅沢な使い方だな、と思いつつ幻魔物にヴェルさんへの伝言を託し、僕たちは町を出て森へ向かった。
「ヴェルさんに知らせる笛とかあればいいね! でも森の中だと難しいかなあ」
ああして幻魔物は使えるのだけど、さすがにもったいない気がして。
辺りに響くのは、僕の声だけ。相変わらずディアンは何も言わないけれど、僕は上機嫌だ。
だって、こうして一緒に歩いているんだもの。今さら彼がどんな顔をしたって無理がある。
「クァ!」
「あっ、ヴェルさーん! こっち!」
ちょうど、森にほど近くなった頃合いで、地面を大きな影が滑って行った。
見上げた空に、雄々しく翼を広げたヴェルさん。
くるりと旋回して戻って来ると、巨体が音もなくふんわり着地する。
ちら、とディアンを見て、少し目を細めただろうか。そしてフン、と可笑しそうに鼻を鳴らした。
「え? ええ? 待ってヴェルさん、僕全然読み取れなくて……!!」
輝く古代魔法文字が、瞬く間に流れて消えてしまう。うわあ、分からない。結構単語は読み取れたと思うのに。
「『似ている』? 『ふたつ』……『二人』だよね。それと……えっ『盗られる』? 『不安・心配』、『だから』じゃなくて『ならば』?……ええと、ナントカすべき。あ、大事をすべき……大事にすべき、かな! うーんもしかして師匠のこと? 僕、大事にしているつもりだったよ! これ、訳が違う?」
残念ながらヴェルさんは『違う』と言ったよう。そうだよね、いきなり盗むだか盗られるだかいう単語が出て来た気がしてびっくりした。
もう一回言ってもらおうとしたら、舌打ちしたディアンがヴェルさんを睨んだ。
難なく受け止めたヴェルさんが、くちばしを鳴らして少し面白そうな顔をする。
「え? なんでディアンは分かったような雰囲気なの? 古代魔法文字、分かるの? なんて言ってたの?」
「知るか!」
ええ……? どこか通じ合っている二人に、ほんのり頬を膨らませた。
でも、もう一回! のリクエストは応じてもらえない。ゆっくり流れた文字は、多分『独り言』。そもそも僕に言ったセリフではないのか。
「る!」
魔法文字に夢中になっていると、ぽふ、と頬に柔らかい衝撃を感じた。
どうやらグリポンは、早くヴェルさんと飛びたいらしい。
「うん、行こっか」
にこっとしてヴェルさんのそばまで行くと、ディアンを振り返る。
持ち上げやすいように軽く両腕を上げて待ち構えていると、ぐっと体が浮いた。
「わわわ?! あ、ありがとう……ヴェルさん」
襟首を咥えて僕を背中へ乗せると、ちら、とまたディアンを見てクカカ、と鳴いた。
そして、ディアンはまた額に青筋を浮かべる。
もはや、文字すらなしに通じ合っている……?!
乱暴に飛び乗ったディアンを振り返り、不機嫌な顔を見上げた。
「あの……ディアンは何でヴェルさんに怒ってるの?」
「誰が! てめえのドンクサにイラついてんだよ!」
「ええ……」
ヴェルさんがまたクカカ、と喉を鳴らして鳴く。
なんだか、笑っているみたいだ。
「うぜえ……早く行けよ! つうかデカ鳥に魚括り付けて送り返しゃいいじゃねえか!」
「目的はそれだけじゃないよ?! 色々聞きたいこともあるから!」
ディアン、ヴェルさんとまで仲が悪くなると困るよ。
あ、でもディアンってそもそも全方位ガルガルだから、これがベースかもしれない。
じゃあ気にする必要ないか、とヴェルさんのふわふわした首に腕を回すと、ディアンの腕が僕の腹を固定した。
見た目よりずっと優雅に、ふんわり飛び立ったその背中で、遠慮なくぎゅうっとしがみついてほっぺをすり寄せる。
きっと、さっきまでひだまりにいたんだ。お布団にも似た、ふんわりいい香り。ナッツみたいな香ばしさあるグリポンとは、ちょっと違う。
グリポンは忙しなく飛び回っては、置いていかれまいと僕の肩へ戻ってくる。
嫌がられないので存分にヴェルさんを堪能していると、ふいに、ぐっと後ろへ引かれた気がして、ディアンを振り返った。
「あ……ディアンも前に乗りたい? そうだよね、すっごく気持ちいいから。僕、しっかり掴まってるから、帰りはディアンが前でいいよ!」
「は?」
「帰りは、ディアンが前でいいよ!」
「聞こえてんだよ!!」
僕のセリフに被せるように怒鳴られて、首を竦めた。理不尽。
ゆったり森の上を飛ぶ僕らは、はたから見れば一枚絵のような美しさとは裏腹に、割りとひっきりなしに小競り合いを続けていたのだった。
遥か足の下に広がっていた木々がどんどん間近に迫り、やがて梢を通り過ぎると、僕たちは木漏れ日の中へ降り立った。
ヴェルさんの首を支えに、滑り降りるように背中から下りて溜め息ひとつ。
「もう……ディアンってば何をそんなにプリプリしてるの!」
「うるせえわ! てめえがイラつくからだっつってんだろ!」
「クアァ」
「てめえはもっとウゼえんだよ!」
どう見ても楽しげなヴェルさんと、背中の毛を逆立てるディアンの温度差がひどい。
いいな……僕もヴェルさんとそんな風にやり取りしたい。
「師匠はどう? 最近調子は良さそう?」
ヴェルさんが少し考えるようにじっと僕を見ると、ゆっくりと単語を浮かべる。
「『あなた』、『戻る・帰る』……『元気』『する』『だろう』? あなたって僕かな? ふふっ、ありがとう。そうだったらいいな」
最後にやっぱりディアンを見て、まるでにやりと笑ったよう。
「はっ、仮病かよ」
そしてディアンもまた舌打ちをする。ああもう、全然仲良くならないこの二人。
目の前にいなくてもこうだもの。
やっぱり似たもの同志は案外難しいんだろうか。
だけど師匠に会いたくないだろうし、外で待ってるかな……と思ったのに家の中までついてくるあたり、僕は本当にディアンが分からないよ。
「師匠、ただいま!」
日の当たるソファに座っていた師匠は、手元の本から顔を上げて、すぐ紙面に視線を戻した。
「……てめえに来ていいと言った覚えはねえが」
「あんたに許可をもらう必要はねえからな」
あああもう! 戸口から顔を突っ込んでいるヴェルさんが、クカカカ、なんて笑ってる。絶対これ、笑ってるんだろう。
さっそく火花を散らす二人の間に割り込んで、さっとお魚を取り出して見せた。
「見て師匠! これ、僕らが捕ったお魚! おすそ分けするね」
「お前にコレが捕れるかよ」
フンと鼻で笑われ、つい唇を尖らせて詰め寄った。
「捕ったよ?! えーっと、捕ったのはディアンかもしれないけど、ちゃんと僕も手伝ったから!」
ディアンがものすごく胡乱気な目で見てくるけれど、嘘じゃない。釣りには餌だって必要だ。僕は必要不可欠な要素だったわけだもの。
「ケツの青いガキに、護衛は荷が重いってことだ」
「ンだと? 誰のおかげでコイツが生きてると思ってんだ?! あァ?」
師匠まで、僕をそっちのけでディアンと会話する!
僕は大いにむくれて二人の間に割って入ったのだった。




