87 ペット案
買い取り専用らしい一室は、いろんな匂いがした。少なくとも、いい匂いではない。
食材店なのに、いいのだろうか。
カウンターで待っていると、汚れたタオルで手を拭きながら、ミラ婆さんをひとまわり大きくしたような男の人がやってきた。
横幅なら、ディアンの3倍くらいありそう。
「で? 何を買い取るんだ?」
「魚」
「あのっ、レッドシロウロスだよ! すごく大きい魚!」
あまりにぶっきらぼうなディアンに慌て、押しのけるようにカウンターへ伸びあがった。
やや面食らったような男性が、ちら、と救いを求めるようにディアンを見る。
「そうか。慈善事業じゃねえ、子どもの釣りで捕る程度じゃ……ああ、いや、見るから、出せ。いいか、泣いたら叩き出す」
「え? 泣く? どうして」
ぱっとディアンを見上げて『俺じゃねえわ』と言われてしまった。僕でもないよね?!
全部出せと言われたから、なんとなく薄汚れたカウンターにどどん、と解体したレッドシロウロスを並べた。こうしてみても、随分大きかったのだとよく分かる。
「へえ、でけえのがいたな! 処理も悪くねえ。よく釣れたもんだ」
途端に魚に釘付けになった男性が、いそいそ状態を確かめている。これ、釣る人がいるの……?
一体、どうやって釣るんだろうと思ったけれど、僕にロープをつけておけば、普通に釣れそう。
「半身だな。まあいい、このくらいだろ」
頷いたディアンによし、と笑みが返される。
ぬちゃ、とそのままの手でペンを握って、何か書きつけて寄越された。ディアンが手を出さないから、渋々僕が受け取る羽目に。
どうやら、これをお店の方に持って行って支払いを受けるらしい。あの手でお金を渡されなくて良かった。
シミだらけの紙のなるべく端っこをつまんでいたら、ディアンが何か言いたげに膝を当てた。君には手があるよね?!
「……てめえは?」
「僕?」
きょとんとして、ディアンの視線が僕の懐へ滑ったのを追った。
「あっ!! そうだ、あの、職人さん! これ、お魚から出て来た卵なんだけど、何か分かる?」
「……職人?」
呼びかけようがなかったけど、多分間違ってはないんだろう。何となくディアンより距離があるのを感じつつ、サッと懐から卵を取り出して見せた。
「そんなちっぽけな卵、買い取れねえ」
「そうじゃなくて! 何の卵かなって。あの、鑑定料が必要なら、おいくら――」
「いらねえよ」
卵を手に取った職人さんは、すぐに僕に返してくれた。相変わらず不愛想だけど、どことなくディアン風の雰囲気を感じる。
「スケイルラップ系の何かだろ。ここらでは見ねえが……流されたか、鳥が落としたか」
スケイルラップ? 蛇ではなさそうだと返された卵を見つめる間に、そそくさと離れていく背中。
「ありがとう!! 僕、代わりにここでお買い物するね!」
肩越しに微かに振り返った職人さんに手を振って、僕の体温が移る卵を懐へ戻した。
「ディアンは知ってる? スケイルラップ」
「知らね……ああ、立って走るトカゲ。食えないこともない」
「食べないよ?!」
山向こうでたまに見かけるらしいけれど、魔物じゃなく普通のトカゲなんだとか。尻尾を除けば僕の半分くらいの体長だというから、少し安堵した。
良かった、それならペットとして飼えるかもしれない。少なくとも僕が食べられることはないよね。
懐いてくれればいいのだけど。そう思いながら、小さく回復魔法を唱える。
僕ができるのは、外からこうして補助するだけ。多分、地面に埋めて放置系の卵だったんだろうと思うけれど……このまま何もせずに放置して孵るのだろうか。
「トカゲのペットかあ……。僕の後をついてきてくれるようになるかな?」
「デカ鳥が食うんじゃね」
「ヴェルさんはそんなことしないよ?! ……たぶん」
サイズ感的にちょうど良さそうだとか考えて、首を振った。
「るっ」
「そうだよね! きっと仲良く……してくれる……」
うんうん頷くグリポンをじっと見た。
僕の半分の大きさ……。
あの……肉食かな? スケイルラップって。
少しばかり心配事が増えてしまいつつ、いくつか食材を買って、ゆっくり町を歩く。
帰ったらスケイルラップについて調べてみよう。
「明日も依頼を受ける?」
「……まあ」
「僕、ディアンの代わりに依頼を探そうか? その間に鍛錬ができるでしょう?」
夜更かしは苦手だけど、朝は……そんなに苦手じゃない。ディアンが起こしてくれれば、すぐに起きられるはず。
どうせ、僕がついていけるような依頼を選ぶことになるんだし、僕が探せばいいんじゃないかな。
思案気なディアンが、疑り深そうに僕を見る。
「大丈夫! ちゃんとギルド員さんたちのアドバイスを聞くから!」
みんな、結構親切にしてくれるからね。
フンスと拳を握った僕に、ディアンは微妙な顔をしながら顎を引いた。
「ギルド員の話だけ聞け。他のヤツのアドバイスを受けるな」
「分かった! ちなみに、どういう依頼がいいの? ディアンは外の依頼だよね?」
「てめえで考えろ」
「ありがとう!」
僕に合わせていいですよってことだね!
にこっと微笑むと、溜め息を吐かれた。
「僕はね、美味しい依頼がいいな! そうすれば、教会にも美味しいのが持って帰れるかもしれないもの。僕らも外で美味しいものが食べられるし!」
次は、ちゃんとディアンを休ませられるようにしよう。
そう思ったところで、思い出して空を見上げた。
そして、努めて何でもないことのように、軽い口調でそれを口にする。
「ねえディアン、暗くなるまでには戻るから、僕、師匠の所へ行ってきてもいい? あと、お魚を少しだけ持って行ってもいいかな?」
まだ日は高い。ヴェルさんなら、安全だし師匠のところまであっと言う間だもの。
だけど案の定眉間にしわを寄せたディアンが、いかにも『ダメだ』と言う顔で僕を見た。
舌打ちと深い溜め息が聞こえる。そんなに嫌わなくても、と思うんだけど。
「……すぐに帰るからな」
「そうだよね――えっ?!」
思わず目をまん丸にして見上げた。
不機嫌そうにくるりと方向転換した方角は、門。
ぽかんとしていた僕は、急いでその背中を追いかけた。
僕が思いもよらなかった選択肢は、自然とその足を弾ませたのだった。




