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天津神の神恩

 一同は息を殺して、その灰煙が薄まるのを待った。

 すると、烟りの中に神気に包まれた敦が、飄然とした眼差しで浮かんでいた。

 上着とズボンはビリビリに焼け破れている。

「ちょっとビビったぜ。さすがは最高の魔法使いだな」

「き、君。よく無傷でいられるもんだね。それが天津神の実力なのか」プラウドは焦りの表情で歯噛みする。

「おい、何見てんだお前ら。そんな暇があるなら、自分の戦いに集中してくれ」敦は注目する一同に鼓舞した。

 すっかり安堵した一同は、再度バトルに戻る。

「やってくれたな軍団長。じゃあ、次はこっちの真価を見せる番だな」

 敦は神力の波動をぐんぐん膨らませると、組み合わせた両掌から、猛烈なエネルギー波を発射した。

 プラウドも波動を最大に高まらせ、それを受け止める。

 敦は休まずエネルギーを放出し続け、特大の波動でプラウドの全身を覆い包める。

 暫し両者の全開エネルギーが、夜陰に堂々とせめぎ合い膨満する。

 やがて拮抗が崩れ、神気が見るみるプラウドを圧しながら取り巻いていく。

 そして爆撃音とともに、プラウドの体躯が空高くに吹き飛ばされていった。

「ふー、終わったか」敦は脱力して、仲間の戦況に目を配る。

 皆、善戦しているようだった。

「でも参ったな。親父が魔王の手先だったなんてよ」

 実の親と戦うなんて予想だにしなかったぜ。天津神の末裔とか言いながら、俺は裏切り者の息子だったんだ。弱ったな。全く神々に合わせる顔がないじゃねえか。

 まあとりあえず、家族の不始末は自分でつけるしかない。

 しかしその時。敦は上空を眺めた。

 プラウドが厳粛な面持ちで、降下して来る。

「ちぇっ、まだダメージが足りなかったか」

 それは哀しいようでいて満たされたような面貌だった。

「短期間でよくここまで力をつけたものだ。父親として歓喜この上ない心境だよ」

「自分が負けるのに嬉しいのか?」

「残念だが、未完成な君には負けない。まさかこの戦法を取らざるを得ないとは思わなかった。こうなったら、いよいよ魔界の魔法の本領をとくとお見せしようかな」そう豪語して、プラウドは魔性使いたちを呼び集めた。

 バトルは中断し、仲間一同も敦の周りにやって来た。

 魔王軍は夜空に隊列を組んで浮かぶ。

「気をつけろ。ついに本気を出すみたいだぞ」ジュウゾウが警戒心を如実に表す。

 プラウドは全軍に向かって大声を張る。

「封縛渾沌!」

 敵軍が一斉に天へと両手を差し上げた。

 すると、上空に紅蓮の光波が脈状の網の目のような謎の妖気となって現れた。

 それは魔王軍に誘導されて、一同の頭上に接近して来る。

 そして、すっぽり敦たちの四囲を遮り、魔法の壁となったのだった。

「何のつもりだ!」敦が問い質す。

「魔鋼壁だよ。鉄壁の結界を創らせてもらった。もう君たちはここから逃げられない」プラウドが檻の中のハムスターを見るように答える。

「そんな!敦、神力で何とかしてよ!」正義が泣きつき口調で言う。

「任せとけ。こんなヘボ結界ぐらい目じゃないさ」そう漫言した敦は、神気の弾丸を結界に向けて撃ち放つ。

 しかし、その完璧な封壁はびくともしない。

「何っ?クソったれめ。それなら」敦は全力を振り絞り、はち切れんばかりのエネルギー波を魔鋼壁へと砲火した。

 莫大な波動の威力に、結界はジリジリと軋み押し上げられてはいくものの、それでも壊れる気配はない。

「破ることはできないよ。魔界一である我々冥怪妖魔軍団の秘奥義だからね」

 すると、結界壁が神気をもろともせず圧縮し、だんだんと一同のもとに押し狭って来る。

「水上君!」亜季が心配そうに叫ぶ。

「何とかなんないの!」由美も目尻を逆立てて絶句する。

「ちくしょう。これが今の俺の限界かよ」敦は自信を萎えさせて唇を噛む。

 息をつく間もなく、結界が一同を飲み込まんとにじり寄る。

 しかしその時。なぜか魔性使いたちが、突如苦鳴を漏らした。

 それにより、魔鋼壁を支える魔力が弱まり、神気が壁を押し戻し始め、所々に裂孔が生じていく。

「どうしたんだ?」敦は訝りながら空を見上げる。

 そこに浮動していたのは、一足遅れて到着した黄泉のハンターたちだった。

 彼らが魔王軍に奇襲攻撃を喰らわしたのだ。

「よお!兄ちゃん、遅れちまったようだな!」タナウスが敬礼のポーズで放言する。

「そうだった!ハンターさんがいたんだ!これで勝ちは決まったね!」正義が喜びはしゃぐ。

「あんたたち、何時から飛べるようになったのよ!」由美が相好を崩して言う。

「これよ!天与の翼っていう黄泉アイテムを使っただけ!」ジョリーが腰に生えた羽根を指差して笑う。

 そして、敦は一気に綻び弛んだ結界を破壊してしまう。

「皆さん方、随分お疲れの様子だな!後は任しな!」レンドルが髭を撫でながら得意がる。

「ちょっと待て!誰だその余計な連中はよ!」ベルがイラついた調子で叫ぶ。

「余計なとはどういう意味だ!そうか、貴様らが黄泉を荒らし回る金食いハンター野郎たちだな!」ジュウゾウが侮言を吐き捨てる。

「何だと!どこの野良犬だ、てめえ!」

「聞いて驚くなよ!俺たちは、元魔王軍影狼部隊よ!」

 聞くなり、ハンターたちの表情が一変する。

「マジかよ!あのマンドラを裏切って、天津神に鞍替えした忍びってのは、あんたたちのことか!」タナウスが目を丸める。

「そうなの。あんたたちが、兄ちゃんのお守役になったんだね!なかなかやるじゃない!」ジョリーが白い歯を見せて頷く。

「よそ者と手を組むってのは、契約になかったはずだが!」レンドルが渋面を作る。

「冗談じゃねえ!魔王軍の番犬なんか信用できっかよ!」ベルが痛烈に悪罵する。

「こっちこそ、守銭奴野郎と協力なんかするもんかよ!」

 ジュウゾウとベルが、しばし激烈に罵り合う。

「まあちょい待ち。大将は俺だ。だから言う通りにしてもらうよ。好き嫌いはどうであれ、これは神聖なる任務だ。皆で団結して、こいつ等を倒す。それだけだよな?」敦が厳然と言ってのける。

 その後も、ハンターと忍者はウダウダしていたが、反撃してきた魔王軍と渋々バトルを始めた。

「さあ、軍団長。決着だ」

「君は沢山の仲間を持てて幸せだね。それにしても、人間力のある子に育ったものだ。いいだろう。一騎打ちで決めよう」

 プラウドは杖を取り出し念力を込める。

 杖先に凄まじい波動が闇を焦がさんばかりに点火した。

 敦も負けじと滾る神気を噴出させる。

「これが最終解答だけど。どうしても魔王軍に入る意志はないんだね?」

「ないね。いくら親のコネだろうと、極悪魔界人になるのはゴメンだぜ。俺は地球人だからよ。地球の平和を守らせてもらう」

「魔国が成立すれば、今の社会のように無益な競争や能力選別はなくなる。忠節さえ尽くせば、一生安泰な暮らしができるんだぞ?最高の極楽ではないかい?」

「嘘も甚だしいぜ。魔王が富を独占し、俺たちは少しの餌しか貰えない家畜に成り下がるんだろ?んなもん、誰が従うか」

 プラウドは諦観した面相で息子を眺める。

「今更仲間を裏切ることはできないようだね。そして人類も。物心つく前に、魔界へ連れて行くべきだったかな」

 それを聞いた敦は、憮然と頬を強張らせた。

「チャラい話はオシマイだ!いくぞ!」敦が腕を振り上げて猛直進する。

 神力の充溢した右手の強打が敵の胸元を襲う。

 しかし命中間際、軍団長は巧みな杖捌きでそれを打ち払う。

 そして返し技に、杖から鋭い雷牙を連射した。

 瞬殺の攻撃に、敦は避ける間もなく幾許かのダメージを受けてしまう。

 だがすぐに反転すると、自らの五指から此方も尖鋭な烈弾を放った。

 プラウドは腹部に被弾し、沈痛に顔を顰める。

 さらに、両者は激しく撃ち合い揉み合いながら決め技をぶつけ合う。

「息子君。よくここまで試練を積んで来たね。親孝行な青年で嬉しい限りだよ」

「あんたは親なんかじゃねえ!魂を魔王に吸いつくされた脳足りんめ!」

 敦は怪気炎を吐いて、両手から渾身の巨大光弾を発射する。

 プラウドが杖から同じく大玉の光波を拵えて受け止める。

「そうか。やはり私は、君の父親にはなれないか。残念だな」

 慚愧を帯びた哀しい言葉に、一瞬敦は心をざわめかせた。

「自業自得だろうが!自分で責任取りやがれ!」

 痛烈な物言いに、プラウドは顔相を歪める。

「そうだよね。私は、私は、やはり間違った選択をしてしまった。でもね敦君。これだけは信じて欲しい。私はお母さんと君が大好きだった。一生家族仲良く暮らしたかったんだ。しかし私には使命があった。許してくれ」

 敦は目を閉じ、歯を食いしばる。

 敦の神気が次第にプラウドへと肉迫していく。

「どうやら君の神通の方が勝っていたようだ。一気に復讐を果たすといい。君に殺されるなら後悔はない。可愛い一人っ子だからね」

 まさに神気はプラウドに浴びせかかろうとしていた。

「うるせぇー!何が復讐だ!そんな事俺たちが望んでると思うのか、バカヤロー!」

 父親を愚弄するや、敦は神気の放流を止めた。

 プラウドも魔法を鎮める。

 対流する波動どうしが行き場を失い爆発した。

 そして、着地した親子は黙ったまま立ち尽くす。

 他の魔性使いたちも、スナイパーと忍者たちによって鎮圧されたようだった。

「いいのか、倒さなくて?魔王軍は君たちの宿敵だよ?」

「もう倒したよ。魔法軍団は壊滅したさ」敦は目を合わさずに喝破する。

「強かったよ。そして優しい。最強の救国使だ」

「で、どうするんだ?おめおめと魔王んとこに逃げ帰るのか?」

「もう敗れ去った私は用済みだ。帰る場所はないねえ」

 敦は小っ恥ずかしそうに頭を掻く。

「なら、母さんに会ってくれないか。あんたは生きてたってことにして」

 プラウドは驚いたように手を広げる。

「敦君」

「それがケジメってもんだぜ」

「ありがとう。許して貰えるんだね。だが、すぐには難しかな。せめて、君がマンドラを倒し地球を救うまでは」

 それ以上、話すことはなかった。

 ただ、ここに天津神父子の奇跡的邂逅が成就したのだった。

 

 スナイパーと影狼は喧嘩さながら、倒した魔王軍を回収して、黄泉に戻っていった。

「いいのか、裏切って。人質がいるんだろ?助けなくちゃならないぜ」敦がまだ微妙に目線をずらして言う。

「ああ。すぐに行かないと危ないね」

「せいぜい気をつけなよ」

「必ず助けて、彼女を天津国に連れ帰る。君も友人たちと手を合わせて、きっと地球を救うんだよ」

 そう言って、プラウドは実子の肩に手を置く。

 照れ臭そうに項垂れる敦。

「でも信じられないよなー。あんたが敦のお父さんだなんて。顔が似てるっちゃ似てなくもないけど」正義がいまだ頓狂な面差しでプラウドを凝視する。

「ホントびっくりね。でもよかった。二人が無事に再会できて。水上君、恥ずかしがらないでお父さんに抱きついちゃったら?」亜季が満面の笑みを咲かせる。

「あんたも悲惨な宿命を背負ったもんだわね。よりによって、魔王軍軍団長が父親だなんて。同情するわ」由美は悲哀の眼尻で親子を見据える。

「もうこの人は魔王軍を解任されたんだ。今日からまた天津神一門のバッジを着け直すのさ。皆、悪いけどヨロシク」敦が三人に畏まって言明する。

「皆さん、息子をよろしく頼みます。この勢いでマンドラの野望を打ち砕いて下さい。どうか地球がいつまでも、皆さんの愛する地球であるように」

 プラウドはカプセルから帰幽装置を出現させた。

「敦君。しばしのお別れだね。身体に気をつけて。お母さんを大事にね。必ず会いに行くから。その時が来たら、また家族で団らんでもしようじゃないか」プラウドは装置に乗り込んで、幸せそうに暇乞いの手を振る。

 そして、シュルシュルと風切音を鳴らしながら闇夜の狭間に消えていった。

 チェッ、勝手な親だ。情に竿を差したようなヒューマニズムを真っ向から貫徹して、魔王軍に入り込むなんてな。

 正義感義侠心ばかりの、向う見ずで頑迷な奴。まあ、ちょっと自分にもそんなとこはあるような感じもするけど。

 いや、俺はそこまで思慮に欠けないと思うが。

 やれやれ。これでまた一仕事終わったな。

 すると、異次元装置がお迎えに現れた。

 無責任な丸投げ仲介人マゴヒルコは今回も高み見物堪能か。

 四人は酷い疲労と眠気に襲われ、そそくさと帰り路につくのだった。



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