霞の中の青春
「それにしても無茶だよ。一人で行くなんてさ」正義がホッコリ安堵して言う。
「よくも私たちを見捨てたわね。もし死んでたら仕返しもできなかったじゃない」由美が涙目になって強がる。
「水上君は死なないって信じてた。ありがとう」亜季が敦に抱きつく。
「人間は手ぬるいが、優しいな」ジュウゾウが羨ましそうに四人を見遣る。
「そんで、忍者のリーダー。約束したよな?仲間になるって」敦が口約束を思い出した。
「いいだろう。影狼部隊は今日で解散だ。魔王とは縁を切る」
他の忍者たちはいち早く黄泉へ帰還した。
彼らにはジュウゾウがゆっくりと、魔王から離反する旨を説いて聞かせる手はずとなった。
「だが救国使。俺はマンドラから魔のエネルギーを得ている。何とかしてこれを排毒するつもりだ」
「そうだった。あの顔みたいな奴が取り憑いてるもんな」
「魔王の残る二つの軍団は手強い。俺たちの忍術が役に立つはずだ。魔王討伐に協力しよう」
「これで、この世の行く末に光が差し申した。清濁、善悪、合わさって地固まる。結構な事でござる」正兵衛が朗らかに笑う。
「正兵衛さん。その古い言葉遣い何とかならないの?ござるござるじゃ、服部半蔵みたいだよ」正義が困ったように皮肉ぶる。
一同が、どっと笑い立てる。
魔王との戦いで、敦たちの青春最終盤は怒涛のように早々と過ぎ去っていった。
師走も終わりに近づき、暦は既に大晦日の数日前に迫った。
受験を目前に控えた四人は、それぞれラストスパートに余念がなかったが、この日ささやかな忘年会を水上邸で催したのだった。
「もう考えるのにも飽きたけどさ。何で大学入試の時に魔王の地球侵略なんて起こるのかな。僕たちの悪運、まさに底辺を這ってるよね」正義が焼き豆腐を皿の中で生卵と混ぜて口に運ぶ。
「私たちだけじゃなくて、受験生は皆そうだし。世の中全ての人が困ってるから」亜季は明るさと無表情が同居したような面立ちで、白菜や茸を皿に入れる。
「そう言う事。これは地球全部を巻き込んだ問題なんだ。誰にとっても他人事じゃないからな」敦が不安を掻き消すように白米を咀嚼する。
「でももし魔王に負けたら。皆、奴隷になるんだぜ。俺、直訴して、ゴマすりまくって魔王の部隊に入れて貰おうかな」
「正義、お前何考えてんだ?部外者の人間を部隊に迎え入れるわけないだろうが」
「だって敦。それしか幸せになる道はないんだぞ。他にどうしろって言うんだよ?」
「全く、あんたは心底調子者ピエロね。ちょっとは天津神軍の一員としての矜持はないの?まあ、奇跡的に入隊できたとしても、そのキャラじゃ間違いなく集団イジメに遭うだろうけど」由美が意地悪げに苦笑する。
「そんな〜。じゃあやっぱり奴隷でパシリ役になるしかないの〜」正義が泣きべそをかく。
「石垣君。その時は、私が愛の力で魔王さんと交渉してあげるわ。少しでも、人間に優しくして貰えるように愛と感謝の言霊をぶつけてみる。だから安心して」亜季が励ますように笑みをつくる。
「二階堂さん、ありがと。魔王が愛を理解してくれればいいんだけどなあ」
四人は待ち構える魔王軍団との対戦を前に、各々自分の心を整理し、微かな希望の灯火を胸に抱いていた。
敦は薄れゆく夢の大学生活に思いを巡らせる。
正義は演劇。亜季は音楽。二人は熱を入れるものが決まっていて羨ましい。
由美は国立大に行くようだが、打ち込むものはないようだった。将来はどうするのか。
俺も将来は漠然としている。剣道で収入を得て生活するのは無理だろう。
だとすれば、普通のホワイトカラーか何らかの自営業ぐらいだ。
世渡りできる特殊技能は何も無い。
いっそ人間界を捨てて、天津神一門に就職するか。
黄泉の国で修行すれば、将軍くらいにはなれるだろうし。
でも、やっぱしこの世には未練があるしなあ。
結婚、家族、子育て。未熟で低能な自分でもいいから、この地球で精一杯生きてみたい。
普通の人間として。
そのためには平和を勝ち取らなくてはならない。
魔王め。倒してやるぞ。
敦は身体中が火照るまで、すき焼きを食べ尽くした。
雪道を滑らないように踏みしめながら、時間にゆとりをもって試験会場に着いた敦は、直前の詰め込み暗記を拠り所にして、もっぱら諦観状態で自席に座っていた。
あれからしばらく、魔王軍は鳴りを潜めている。
敦たちはそんな中、大学入試を迎えていた。
結局、指定校推薦は受けずに、自分の偏差値に相応する私立大学を一般選抜で幾つか受験することになった。
今日挑んだのが、そのうちの第一志望だ。
一限目の国語は古典漢文に悪戦苦闘し、あやふやなまま終わってしまった。
続く英語は長文が読解できず、文法問題も難解で辟易だった。
そして世界史は、敢えて省いて勉強し、力点を置いていなかったアジア史が出題されてしまい当惑する羽目に。
終わった後の感触は散々だった。
このマンモス大学は学術施設やサークルも充実しているとの噂だったため、合格を勝ち取りたかったが、自分には縁がなかったのかも知れない。
脳味噌が疲労でこんがらがったまま、敦は諦めの足取りで会場を出た。
まだ街路には雪がしんしんと降り、最寄りのバス停は受験生でごった返して長蛇の列ができている。
参ったな。店でも何でも並んで待つのは嫌いだ。
仕方なくスマホのネットニュースを見ると、一大ニュースが大々的に画面を占領していた。
首都圏にまた例の正体未詳の魔物が出現したという記事ばかりだった。
今朝から空飛ぶ魔法使いの集団が、首都圏上空を侵犯しているとのことだ。
「来たな魔王軍。相手はどっちの軍団だ?」
敦はさらなる過酷な決戦の訪れに、決然と息を呑んだ。
雪粒でびしょ濡れになって帰宅すると、マゴヒルコがベットに乗っていた。
「冥怪妖魔軍団。マンドラの頭脳として名高い悪神軍団だ。力は確実に神クラスだな」
「それはお誂え向きだね。神力をさらに究極まで高める最高の機会だぜ」
「敦。今回は試練の度合いが甚だしいからな。覚悟はいいか?」
「何だよ。いつになく変な言い方しちゃって」
「まあこれも、正式な神族になるための避けられぬ関門だ。何があってもヘコむでないぞ」
「益々胡散臭い言い草だな。何だって言うのさ?」
マゴヒルコはお茶を濁したように、それ以上何も口には出さなかった。
「魔法使いの団体さんが相手か。影狼忍者も味方になったし、黄泉のスナイパーもいるし。今回も楽勝でしょ」敦は楽観に興じて人差し指を立てる。
「それで、試験はどうだった?」
「えっ?こんな有事の時に、プライベートな話しかよ?」
急に緊張感をほどけさせる質問に虚を突かれる。
「高校生にとっての最大イベントではないのか?」
「ま、まあね。アンタはどうでもいいと思ってるんだろうけど、俺たちは諦めてないぜ。何が何でも汗と涙の青春を突っ走るつもりだから、ヨロシクね」
「ほほう。頼もしいな。その諦めの悪さは天津神の血筋らしい」
明日、魔王軍の跋扈する首都へ四人で遠征に向かう算段となった。
そして、影狼部隊や黄泉ハンターたちにも応援要請を出した。
あーあ。すぐ決着が着けばいいけど、受験は中断かも知れないな。
一年ぐらいなら浪人してもしょうがないか。
すっかり勉強する気がなくなった敦は、マゴヒルコを追い払ってベッドに寝転がった。




