神族対忍族 史上最大の決戦
「死んじゃいませんから。行きましょう」
「まこと、そなたは神をも超えておりますな。開いた口が塞がらぬとはこの事にござる」
気絶した忍者兄弟を放り捨てて、敦たちは奥の階段を上った。
そしてたどり着いた広々とした空間には、見たこともない石材で作られた威風を放つ武道場が設置されていた。
「何か、豪華なリングだな。漫画みたいにリアルじゃんか」敦は飄然と愉快に石段へと乗っかる。
すると、まるで透明人間が正体を見せるように、ぱっと一人の忍者が武道場の上に現れた。
「よく無事に最上階までやって来たな。これほどの使い手を、俺は見たことがない。生涯最高の手合わせになるかもな。感謝するぞ、水上敦」
「てめえが忍びのボスか?」
「そうだ。俺は魔王軍影狼部隊頭目、飛村ジュウゾウ。魔界の領主にして、魔王マンドラの最側近だ」
右目に眼帯を着け、顔には仄かに化粧を塗っている。ぱっと見は、何ともビジュアル抜群の美男子だ。
「へえ。色男がラスボスか。何かやりづらいけど、いよいよ最後だな」敦がワクワク感を滲ませて拳を握る。
「水上殿。もはや拙者の手出しできぬ神域のようですな。世の運命、全幅の信頼をもってそなたに任せまする」正兵衛が泰然と片隅に胡座をかいて座る。
「任せて下さい。こんなナルシズム忍者なんかには負けませんから」
両者、じっと見合う。
「お前にいい武器をやろう。これがあれば、存分に自分の技能を発揮できるだろうからな」そう言って、ジュウゾウがカプセルを出し押した。
現前したのは、あろうことか剣道の竹刀だった。
「これは?何だってんだ?」
「お前の特技だろう。これを使って、才能を限界まで捻り出すがいい」
ジュウゾウは竹刀を敦に投げて寄越す。
この白粉野郎。対戦相手に武器なんか渡してどうすんだ?とことん、戦いを楽しむつもりか?バトル狂かコイツ。
でも、これならこっちも部活気分で楽しめるかもな。
「分かったよ。じゃあ、使わせてもらうぜ」威勢よく竹刀を手にする。
おっとその前に。
敦は竹刀を置くと、剣道人らしく裸足になった。
そして、両者真摯な眼差しで再び向き合う。
「天津神の救国使。その実力、しっかりと見せてもらおうか」
「あんたこそ、忍者の誉れを見せてくれよ」
ジュウゾウはまたもカプセルのスイッチを押した。
煙の中から出現したのは、巌鉄をも斬り割りそうな頑健な円月形の長刀だった。
「いくらお前でも、魔界忍びの頭目である俺を倒すことはできない」
「そいつはどうかな。忍者エリートに勝つぐらい、天津神の神族には朝飯前だと思うけど」
敦の侮言に、ジュウゾウは怒りの色を浮かべる。
「何だと?血統が違うと言いたいのか!」
「怒った?いや、別にそんなつもりじゃないんだけどさ」
「忍びを舐めるなよ。まあいい。とくと地獄を味わわせてやる」言うや、ジュウゾウが猛ダッシュで切り込んで来る。
敦が横っ飛びしてかわすと、武道場の石床が剛力刃の衝撃で、ごそりと陥没した。
反転した敦は、すかさず竹刀で敵を面打ちする。
しかしジュウゾウも、その打面をひらりと回避する。
間合いを開け、再度双方が睨み合う。
ジュウゾウが長刀を掲げ、何やら呪言を唱え始める。
すると刀身から、不気味な目玉のような醜怪な物体がムクムクと湧いて出てきた。
そして、ビュンっと振り下ろすや、目玉は一斉に敦に突っ込んで来る。
飛び上がって逃げると、真下で目玉が全部同時にナパーム弾の如く大爆発した。
「あわーっ!」敦は爆風で吹っ飛び壁に激突する。
「水上殿〜!」正兵衛も地に伏せる。
爆煙が部屋一面を覆う。
やがて視界が戻ると、敦はゆったりと立ち上がる。
身体中が煤だらけだが、火傷もなくダメージはない。
「なかなか面白い技だな。だがそんな小道具じゃ、俺は倒せないよん」
「タフな奴め。ならこれでどうだ!」言い放つと、今度は壁の石材が崩れ落ち、ジュウゾウの長刀へ磁石に吸われるように寄せ集まっていく。
その刀刃はデコボコの巨悪な石斧と化した。
「お化け爆薬の次はモアイ石像もどきハンマーかよ」敦は飽きれた口調で苦笑する。
ジュウゾウが豪快に長刀を薙ぎ下ろすと、吸着した石塊が念力弾となって発射された。
敦はその石塊の連弾を、抜群のステップで軽快に潜り避ける。
ジュウゾウは何とか命中させようと、至近距離に迫ってから、一際大きな石塊を放たんとした。
それならばと、敦は竹刀に神気を捻出し波動で包む。
長刀から巨石が投じられた。
敦は思い切り竹刀を振り切って、それを打ち据える。
すると、石塊が激しいクラッシュ音を響かせて砕け散った。
余勢に乗じて肉迫すると、敦は光波に覆われた竹刀でジュウゾウを容赦なく連続打撃する。
烈斗の如き猛攻撃に、堪らず倒れ込むジュウゾウ。
「どうだ、参ったか?これが正義の力だぜ」敦がほくそ笑む。
「フッ。正義か。懐かしい言葉だな」ジュウゾウは上体を起こし座ったまま不敵に言った。
「懐かしい?」
「そうだ。かつては俺もお前と同類だった。あれは二十年前。マンドラの手勢が黄泉にある俺の故郷を焼き討ちにした。住処を失った俺たちは、荒野を流離う難民になった。以来、俺の狼としての人生が始まった。それからは復讐に燃えた。そして月日は過ぎ、やがてマンドラとの果たし合いが実現した。だが、魔王の前では俺など蟻同然だった。一瞬の内に返り討ちに合い負けた。そして思い知った。正義の何と脆いことかを。それに引き換え、悪は強かった。俺は悟ることになった。世界を統べるのは正義ではなく悪だと。もはや怨讐など飛んで消えた。魔王とともに黄泉を支配し、名をとどろかせてやると固く決意したんだ」
ジュウゾウは長刀の柄を支えに、ぬっと立ち上がる。
「そうかい。よくある話だけど、感動したよ。で、まだやるの?」
「見くびるなよ救国使。これを披露するのは最終段階にしようと思っていたが、このままじゃ勝ち目はないからな。見せてやろう。天津神のパワーに対抗しうる魔忍道の本領をな」そう言うと、ジュウゾウはまたも呪言を唱え始めた。
すると、その体内から不吉な煌めく黒々とした霊光が噴き出して来たのだった。
そしてジュウゾウの胸に、何やら不穏に瞬く光点が発現した。
目を凝らすと、それは目鼻口を象る何かの顔だった。
「何だあれ?何かが取り憑いてんのか?」敦はその豹変に唖然とする。
「これは俺の中に眠るエネルギー。魔王から与えられた尊崇すべき秘力だ」
霊光は際限なく増大し、目が潰れんばかりの波動を部屋中に巻き起こす。
武威を醸し出すその光る顔は、魔王から分派した怨霊なのか。
「何と言う烈しい光!これが魔王の力の片鱗でござるか!」正兵衛が地団駄を踏んで驚嘆する。
「天津神の小倅。魔忍道の恐ろしさを思い知るがいい!」言うや、突如ジュウゾウの髪がゾロゾロと黒絨毯のように伸び始めたのだった。
そして、蛇のごとく竹刀に絡みついた。
「うわっ、離しやがれ」
敦は抵抗するも、敢え無く竹刀を分捕られ床に落としてしまう。
髪は立て続けに敦の手足に巻き付き持ち上げた。
敦は神力を高めて逃れようとするが、とてつもない縛力を振り解くことができない。
何だこのすげえ力は。神力に匹敵するほどの強靭さだ。クソ魔王、恐るべしか。
ジュウゾウは攻め手を緩めることなく、長々とした乱髪に荒々しい霊気を送り込んだ。
「ぐわっー!」雷電が敦の全身を襲う。
吊り上げられたまま、敦はもんどり藻掻く。
「いかん!水上殿ー!」正兵衛が刀を抜き、髪を断ち切ろうと駆け出す。
そして髪を斬りつけるも、何故か刃は全く通らない。
「こ、この毛髪は!どうなっておる!」正兵衛は驚いて尻餅をつく。
ジュウゾウが冷笑して通告する。
「魔王の霊波を纏う俺の髪は、如何なる武器を用いても切ることはできん」
必死に手足を動かし、髪を引っ張る敦が吐き捨てる。
「神力を過小評価すんなよ」
敦は目一杯の胆力を振り絞って、潜在する神力を発露した。
すると、身体を走る雷撃が掻き消え、蒼い光波が迸り出る。
さらにその光波は髪に乗り移り、ジュウゾウの身体へと逆流する。
「うぬっ!」神気の放流弾を食らったジュウゾウは、思わず髪の力を弛め、縛り上げていた敦を離してしまった。
「見たか、どんなもんよ?」敦は上機嫌に笑い捨てる。
「何とも!水上殿、絶妙の切り返しにござる!」正兵衛が手を叩いて賛美する。
一方のジュウゾウは憤りを露わにする。
「小癪な人間め。だが、魔忍道の真の恐ろしさはこれからだ」
「ほほぅー。じゃ、勿体つけずに見せてくれよな」敦が余裕の面構えで掌を振る。
ジュウゾウの胸元に浮かぶ顔が、赤銅色に怪しい光を放った。
と同時に、腕を広げたジュウゾウの体躯からドロドロとした粘液が飛び出し、足元の床材に流出する。
それは武道場の石面に拡散し、敦の足首にも浸透した。
「気持ち悪い感触だな。何の真似だよ?」
「お前の霊力の全てを毟り取ってやる」
すると、敦は込め出した神気が足からどんどん抜けていくのを感じた。
何だ?力が無くなっていく。これはパワーを吸い取る液体だってのか?
それでも敦は神力を奮い起こそうと念力を出す。
しかし神力は駄々漏れになって、完膚なきまでに粘液に奪い取られていくのだった。
「何だよ、これ?」
身体からエネルギーが見る間に枯渇していき、敦はフラフラの貧血状態になる。
「水上殿!」正兵衛は何もできない自身の非力を呪う。
駄目だ。このまんまだと、低血糖みたいになっちまう。
こりゃ、何とかしないと失神するな。
落ち着け。方法はあるはずだ。
「これまでだな、救国使。最上階まで到達しただけでも上出来だ。悔いなく死ねるだろう」ジュウゾウが卑近な笑いを反響させる。
俺には何てったって、天津神の霊気が宿ってるんだ。負ける訳ないぜ。
敦は朦朧としながらも、脳味噌を限界まで稼働させた。
そしてあるアイデアを想起した。
「忍者なんかに負けるか!」
敦は怒号して、今一度神気を噴出させる。
「まだやるのか?負けは確定だぞ、水上」ジュウゾウが無慈悲に言う。
「それはどうかな?」敦は凛とした面持ちで意識を神気に向ける。
すると、神気の波動の膜が急に質を変え、重厚なシールドバリアのようになった。
途端に、神力がぐんぐん膨れ上がっていく。
対して、それを畏怖するかのように、魔の粘液はザーっと敦の足から、まるで干潮みたいに引いていく。
神気が粘液を遮蔽する、反射鏡になったのだ。
「ま、まさか!」狼狽するジュウゾウ。
間を開けずに、敦は両手から凄まじいエネルギー波を敵へ撃ち放つ。
ジュウゾウは慌てて飛び逃げると、エネルギー弾は後方の壁に激突し、大爆発する。
やがて爆風の余韻が冷めると、両雄は再度相対時した。
「こうなったら、もう技を弄すのは止める。俺とお前。どちらのパワーが上か。正面対決で勝負だ」ジュウゾウが宣告し、捨て置かれた竹刀を投げ返して寄越す。
「よし来た。正々堂々とやるんだな。以外に正直じゃんか。なかなか、忍者も隅に置けないもんだね」敦が吹っ切れた表情で竹刀を拾う。
仕切り直して、二人は再度身構える。
そして、まずジュウゾウが華々しい魔闘気を解き放つ。
それは超常的な爆音を鳴らし、一面に豪風を巻き起こす。
敦も負けじと、眠れる神力をフルスロットルに捻り出した。
空間全体が両者の甚大な猛風によって、烈しく掻き乱される。
「これは、途方もない力が、ぶつかり合うぞ!」正兵衛は度肝を抜かれて、茫然自失のまま事態を見守る。
敦の神力とジュウゾウの魔闘気が真っ向から圧力をかけあって、互いの霊気が押しつ戻りつする。
最大出力を発揮した互角のせめぎ合いが、しばし続いた。
「救国使!小細工を使う勿体ぶった戦いはしたくない!一度で雌雄を決めようではないか!」ジュウゾウが猛々しく言う。
「そうだな!そんなら、一気に行くぜ!」敦が意気揚々と快諾する。
二人の霊気がさらに極限まで高まる。
敦はまるで真の神になったような心持ちで昂揚する。
今の俺、マジ正気なのかな?何かバトルマニアになったような気分だ。
現状の俺の実力と、アイツの実力は五分と見た。
だが俺には潜在パワーがまだまだ隠れている。
それを引き出せば勝てる。
敦は身体に溢れ輝く神気を纏わせて竹刀を上段に構える。
そして、無私の境地になってジュウゾウへと斬り込んだ。
ジュウゾウも魔闘気を帯びた身体で長刀を振り上げて、どっしりと腰を落とした。
猛烈な勢いで竹刀と長刀が重なった。
ジュウゾウが息巻いて、敦をはね返そうと腕を力ませる。
敦は右足のかかとを半分浮かせて、それを堪えながら押し込む。
ジュウゾウの二の腕がメキメキと撓る。
敦の素足もジリジリと石床に擦れる。
「救国使、お前のその根性はどこから生まれて来るんだ?」
「さあね。天津神の遺伝子がそうさせるのか、それとも魂の記憶が促すのか。まあそんな説明じゃ、俺も納得できないけど。俺たちの人生をぶち壊されるのが嫌なんだよな。魔王の奴隷にはなりたくないからさ」
「罪のない奴だ。ちなみに俺のエネルギー源は、強さへの憧れだ。いつか魔王に追いつき追い越す。それが俺の生きる意味だ」
「なるほどね。魔王の部下でありながら、その首を狙ってるわけか。そのために魔王軍に入隊したのかあ。忍者も大変だね」
「なあ救国使。俺とお前が組めば、マンドラを倒せると思わないか?」
「何っ?それ、本気か?人間側に付いてくれるのかよ?」
「お前が俺に勝てばな」
「よおっし!サインなしの口頭契約成立!」
二人の霊気はさらに拡大し、部屋中が大振動を起こす。
敦の竹刀がジュウゾウの長刀をジワジワと押す。
しかしジュウゾウもそれを押し返す。
二人の武器に霊力が集約し、燦々と輝く。
ジュウゾウの体内から猛然とした紅炎が発生し、敦に引火した。
だが敦も蒼炎を発して、ジュウゾウに燃え移らせる。
両者、最後の絶叫を放って、あらん限り全ての死力を搾り出した。
次の瞬間。竹刀が長刀をバリッと砕き割った。
「もらったぜ!めーーん!」敦の気合いの声が室内をつんざいた。
敦の竹刀がジュウゾウの頭に渾身の一打を浴びせた。
ジュウゾウは悟ったように目を血走らせて、そのまま崩れ落ちる。




