不死身の救国使
「いやあ、命が縮むとはまさに斯様な事にござるのう」
「何とかなりましたね」
ブラックホール消失後、二人は暗がりに現れた一本の梯子を伝い、上階に進んだ。
低級神は敦の神がかった霊気に度肝を抜かれ、青褪めた罵声を漏らしていなくなった。
次の階は天井の遥か高い、吹き抜けの部屋になっていた。
「それにつけても、怪異なるカラクリ仕掛けの建物。水上殿が奮戦している敵の正体は一体何者でござるか?」
敦は掻い摘んで、黄泉や魔王の事を詳説して聞かせた。
「全くもって、夢枕話のような奇譚でござる。しかしながら、これは紛れもない真実」
「そうなんですよ。哀しい現実だけど、受け入れて下さい」
「拙者は独り身で、家族はござらん。しかれども、大和武士の端くれとしては、世の窮境を見過ごすことはでき申さん。いかなる難儀があろうとも、魔王の野望を阻止せねばなりませんな」
「そうできればいいんですけど。僕も天津神から力を貰って超強くなりました。でも魔王はさらに上を行くみたいで。勝てるかどうか」
「勝たねばなりませぬ。この世の生きとし生ける全ての人間の助力を得れば、必ずや満願に至りまする」
その時。不意に鋭い殺気が走った。見上げると、部屋の上部の小さく突き出した足場に、二つの影があった。
「ようこそ、救国使さん。待ってたよ」影の一つが言った。
「やっとお出ましか。影狼忍者さん」敦が強い眼光でそれを射抜く。
二体の影は、あたかも瞬間移動したかのような素早さで床面に降りて来た。
「俺はハヤカリ。コイツの兄だ」
「俺はツバカリ。弟」
二人とも瓜二つのそっくり顔兄弟のようだ。紫装束を着た小柄な体つきで、刀を背負っている。
兄は刈り上げ頭で、弟は前髪の伸びたギザギザカットだ。
「貴様、幾時前より数段腕を上げたな。面白い。まずは俺からだ」ハヤカリが前に出る。
「おっと。おみそれ通り、ちょっくらわけあって、俺は神的に強くなっちゃったからさ。二人同時に相手するよ。どうせ兄弟だから、連携プレーとか得意なんでしょ?見たいなあ」敦が余裕をかまして言う。
忍者兄弟はムッとしたように、アイコンタクトする。
「つけあがるなよ、人間。ならば望み通りにしてやろう」ハヤカリが目をギラつかせて睨む。
「俺たち兄弟が二人で戦えば適うものはいない。吠え面かくなよ、甘ちゃんめ」ツバカリも獰猛な声で威嚇する。
「水上殿。拙者も立ち合おう」正兵衛が脇差しに手を掛ける。
「いいえ、その必要はありません。怪我をしますから下がっていて下さい」
決然とした口調に、正兵衛が黙って隅に離れていく。
そんなわけで、双方は部屋の真ん中で対峙した。
「貴様が魔王軍をここまで苦しめるとは誰も思っていなかった。たかが人間に、こうまで手こずるとはな」ハヤカリが唇を舐めて言う。
「兄者、心配はいらん。この愚か者は今日ここで、俺たち兄弟によって葬られるんだ」ツバカリは長い前髪を気にしながら通告する。
「貴様は生きてこの塔から出ることはできん。俺たち兄弟とまみえたのが災難だったと諦めるんだな」兄が喝破する。
「貴様を倒して、雁首をマンドラに献上する。そうすれば、俺たちのステータスは魔王に続く、魔国のナンバーツーになるだろうぜ。そうなれば、もうこんなコソコソとしたネズミみたいな忍び稼業からスッキリ解放される」弟が野心を湛えて言う。
「己が能力を過信したことを悔め、救国使」ハヤカリが冷徹に微笑む。
そして次の刹那。二人の忍者は煙のように姿をくらました。
「いきなり隠れんぼかよ」
敦は失笑したが、見えない敵が相手と分かり気を引き締める。
「言っておくが、俺たちのスピードは魔界一だ。絶対に捉えることはできない」消えたハヤカリの声が何処からともなく届く。
敦は目と耳を研ぎ澄ました。
ハッタリじゃないみたいだな。どこにいやがる?
神眼と神的聴力を駆使して、二人の気配を探る。
と、無空の中に、僅かな空気の微動が感じられた。
そして、シャキンッ!と抜刀の擦過音が鳴る。
その瞬間、目前に二人の姿態が現れ出た。
刀刃が敦を斬り捨てんと、振り下ろされる。
それを敦は神速で飛び退きよける
しかし続けざまに、忍者二人が太刀を浴びせかかる。
敦はその猛然とした連続居合斬りを、巧みなステップワークでいなす。
数合後、忍者二人は一旦距離を取り攻撃を休める。
「俺たちの剣術をかわすとは。天津神の力は本物だな」ハヤカリが歯噛みして睨む。
「これからが本番だぜ。かわしきることは絶対にできない。魔界の光神と言われた俺たち兄弟の魔剣の凄さを見せてやる」ツバカリは自信に溢れた相貌で目尻を尖らす。
「そうかい。なら、さっさと見せてくれよ。先を急ぎたいんでね」敦も自信に満ちた笑みで返す。
すると、二人はまたも空気に溶けて見えなくなった。
神眼を凝らすと、微かな影が空中を高速転移しながら蠢くのが分かった。
そして、影は猛スピードで頭上から斬り掛かって来た。
敦は咄嗟に飛び避けるが、休まず剣撃が襲う。
それはまさに光のように速い。
とても太刀筋を読みきれず、忍者兄弟の刃が敦の両腕を僅かながらに斬りつける。
ちくしょう。マジで早いな。これじゃ、まな板の魚になっちまう。
速さで勝負するのはやめだ。こうなりゃ、力と技で押し切ってやるまでさ。
敦は守備的な姿勢を止めて、自ら攻撃態勢に入る。
そして二人が間合いに来た瞬間、神力を奮い起こして、メガトンパンチをお見舞いした。
二人は大きく吹っ飛び、床に転がる。
しかし、すぐに起き上がり飛び上がると、阿吽の呼吸で精緻な剣技の連続攻撃を仕掛けて来る。
これも避け切ることは能わず、敦は数太刀を食らってしまう。
それでも、打撃の瞬間に見せる隙を突いて、二人に体当たりをお見舞いする。
床を転がる忍者兄弟。
「水上殿!大分負傷したでござるな!」正兵衛が懸念を寄せて言う。
「平気ですよ。僕の身体は神気で護られていますから」敦は淡々と笑い捨てる。
「そうかな?それはただの刀傷ではないぞ。俺たちの武器には忌草と呼ばれる魔界の毒草から採取した毒が仕込まれている」ハヤカリが冷ややかに笑う。
「そんなの関係ないな。毒ぐらいでこの神体が参るわけないでしょ」
「貴様は知らないんだよ。その毒は黄泉の神族の耐性をも上回る猛毒だってことをな」ツバカリが劇唱するように破顔する。
「神族を上回る?まさか・・・」
不意に敦の足がよろめく。
そして、目の前に暗幕が下りていく。
そんな。天津神のこの完全体が、毒、なん、かに・・・。
敦は惑乱のうちに、バタリと正面から崩れ倒れる。
「水上殿!しっかりなされい!」正兵衛が一目散に駆けつけ、敦を揺り動かす。しかし反応はない。
「無駄だよ。忌草の毒は神をも侵す。じきに事切れる」ハヤカリが勝ち誇ったように吐露する。
「おのれ!」正兵衛が咽び声を震わせて刀を抜く。
「まだ、まだこの城鳥正兵衛が健在である!」高らかに叫ぶ。
忍者二人は生身の人間である正兵衛を見下すように嘲り笑う。
「命は大事にするもんだぞ、御侍殿」ハヤカリが憐れみを込めて言う。
「そうだぜ、オッサン。長生きしたもん勝ちだからな」ツバカリが小馬鹿にした仕草で手を振りながら、卑近に唇を広げる。
「何を言うか外道者め!仇は取らせてもらう!」正兵衛は鬼面を拵えると、刀を振り上げて構える。
「そんなに死に急ぎたいか。なら、やむを得んな」
「兄者、このヌケサク侍は俺が片付けさせてもらうぜ。楽に成仏できるよう、脳天をバッサリ一撃で斬り砕いてやる」そう言って、ツバカリが今一度太刀を抜く。
正兵衛は後退してなるものかと、怯まず歯を食いしばって膝を力ませる。
そして例の千鳥足のヘンテコな動作で、いざ敵に猪突猛進する。
正兵衛は人間技を越えた鋭い太刀捌きで刀を振るうが、ツバカリは赤子をあやすように楽々とかわす。
只管に剣撃を打ち込むが、まるで蚊を斬らんとしているかの如く、全て空振り。
「どうした?もう息が上がってるじゃないか。それまでかよ、オッサン」ツバカリがザバっと、刀身を正兵衛の顔面に寸止めする。
思わず慄き後ずさる正兵衛。
「このまま散り死ぬわけには参らん。この世の行く末がかかっておるのだ」息を切らし、肩で必死に呼吸する。
「じゃあ、ズバっと決めさせて貰うとしようかな」ツバカリが太刀を下段に下ろし、駆け出そうとする。
しかしその時。
「クソ馬鹿忍者。調子に乗りすぎだぞ」
地に伏したまま、敦が声を発した。
「何っ!き、貴様、まだ・・・」ハヤカリが驚いて目を見張る。
「な、何でだ。毒死したはずじゃねえか?」ツバカリも動転して口を開け放つ。
「水上殿、生きて、生きておったでござるか!」正兵衛が仰天し叫ぶ。
「毒は結構効いたよ。でも、俺の身体は神力様々のおかげで、並の神族以上に強化されたみたいだ。毒への免疫も、てめえらの想像を遥かに超えてたみたいだな」敦は何事もなかったかのように、平然と起き上がった。
「まさか。なぜ忌草の毒を耐え忍ぶほどの力が?信じられん・・・」ハヤカリが自棄っぱちの形相で抜刀する。
「な、舐めやがって!所詮は神かぶれの下衆人間が!」ツバカリが顔をグシャグシャにして痛罵する。
「仕方がない。ならば、その肉体を微塵に切り刻み捨てるまでだ。行くぞツバカリ!」
そう言い捨てると、忍者兄弟がまた姿を消した。
「いくら貴様の神体が頑丈でも、スピードは俺たちの方が上だ。この速さには付いて来れまい」ハヤカリが自負心を露わに言う。
「てめえら二人のコンビネーションにはもう慣れたんだよな。やるならやってみな」敦が自信たっぷりに答える。
二人は目にも止まらぬ速さで空気を撓らせながら動き回る。
そして二つの刃が敦の面前にザバッと出現した。
しかし斬撃に挟まれる直前、敦は床を蹴ると、神的なバネで天高く跳躍した。
勢い余った忍者兄弟の刃がぶつかり交錯する。
口惜しそうに歯ぎしりする二人の刀身を、上から舞い降りた敦の足がズドンっと踏みつける。
「あらよっと」敦は身体を回転させて回し蹴りを浴びせかけた。
二人は痛恨の打撃を食らって倒れ、太刀を落とす。
今だとばかりに、敦が両手に神気を集め、エネルギー波を発射する。
特大の光芒弾は忍者兄弟に命中し、轟音とともに爆裂した。




