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光を切り裂く忍者の巻

 冬の氷上と化した剣道場の床を、可憐な素足で踏み鳴らす柳由真。

 敦が最も心を許す女子部員だ。

「いいよ、柳さん!」主将である敦は、部員に声を出しアドバイスする役目も担わなければならない。

 道場に西陽が差し、今日の練習が終わった。

「柳さん、進学しないんでしょ?」

「うん。実家の仕事があるからね」

 卒業後、由真は親の所有する果樹園で働くらしい。

「高卒で、将来心配じゃない?」

「別に。今の時代、大学行ったってあんまり意味ないし。手に職つけたもん勝ちだと思うけどな」

「そうだね。大学生って、ぶっちゃけ会社奴隷予備軍みたいなもんだからね」

「学校なんか行かなくても、ネットで世界中の研究者の論文読めたり、人工知能に質問すれば何でも教えてくれるご時世だもの。自分でいくらでも勉強なんかできるわ」

「何だか自信満々だね。柳さんらしい」

 床にモップを掛けていた一年生が、ひそひそ話しながら二人を観察していた。

「な、何だよ、君たち?」敦が気まずそうに声をかける。

「仲良いですね、先輩。道場に映えてますよ」一年生女子が悪戯っぽく詮索するような口振りで言う。

「何なのあんたたち?掃除は終わったの?」由真が恥ずかしげに叱責する。

 すいませ~ん、と奇策に返事をしてモップを走らせる一年生。

「もう。何でも恋愛話に持ってこうとするんだから」

「僕は満更でもないんだけどな。柳さんは迷惑だろうけど。こういう場合、得てして噂が現実になる事だってあるし」

「そ、それ。どういう皮肉?」

「いやいや。こっちの話」敦は汗の滲む頭髪を掻く。

 就職に恋愛か。

 そんなものに興じられる世界がこれからも存在するのか。

 ともあれ、卒業までに地球救世が奇跡的に実現すればいいけど。

 由真は敦を置き去りにして立ち上がると、無造作に防具を倉庫に放り捨てる。

「まずった。怒っちゃった、柳さん?」敦はそれに追いすがる。

 足元は相変わらず冷たい。

 凍える床は、剣道人にとって喜びであり、足の霜焼けは勲章である。

 残り少ない高校生活はいよいよ終盤を迎えていた。

 

 クリスマスも押し迫った年の瀬。

 敦は受験に向けて最後の追い込みに入っていた。

 こうなったら、やみくもでもいいから、山を張って丸暗記だ。

 そう意気込んで、中国史を一気読みしている所にマゴヒルコが登場した。

「精が出るな、若もん」

「何だよ、いいとこだったのに。何かあったの?」

「八種山に魔王軍の居城が、間もなく建てられる」

「居城?ついに魔王が来るのかよ?」

「いや、それはまだ先だ。だが、厄介な奴らが来る。魔王軍影狼部隊だ」

「何それ。軍団じゃなくて、また新手の別口?そう言えば八種山にヘンテコな塔が出現したって、メディアで話題のあれか?魔王は何する気なんだ?」

「黄泉の忍びだ。魔忍道を極めた七人の影武者たち」

 敦は余裕の表情で腕を組む。

「そんなの敵じゃないよ。今の俺は巨大化した骸骨軍団長にも快勝しちゃうんだよ。簡単簡単」

「お前はまだ完成されておらん。油断をするでない。魔忍道はあらゆる地形物質を自在に取り込んで戦闘材料にする無敵の忍術。容易くは打ち倒せんぞ」

「天津神の神力を信じなきゃ。チョロいチョロい」

 八種山と言えば、活火山のある峻厳な峰々が聳える修験者の里だ。

「面倒くさい場所に立て篭もりやがって。まあいいか、どうせ四次元ワープだから登山は不要だもんな」

「この件に関しては、五大軍団の事案ではないため、スナイパーは助太刀しない。四人で戦わなくてはいかん」

「へえ。全くあの気まぐれスナイパーって、契約ばかり遵守するよな。あの世って意外と合理主義なんだね」

 敦は黄泉の忍者一味との対面に心を踊らせた。

 どんな技を使うのか。どんな術を操るのか。

 如何せん、自分で自分がヤバいと思った。

 目下、自分はバトル中毒になっている。

 些か強くなりすぎてしまった。

 しかし、巨人骸骨を倒したのはマザナミの助勢があってのことだった。

 自力はまだまだだ。神気を完全にコントロールできるまでは、謙虚にいくしかないのか。

 マゴヒルコは話し終わると、棚にある本を物色し、真摯な顔で一冊抜き取った。

 テレビジョン年末年始特大号。

 生真面目な黄泉の使者が読むような書籍ではない。

「そんなもん読んでどうすんの?」

「最近、昔ながらの地上波のファンになってな。あの世からよく傍受して見ておるんだ」興味深そうにペラペラとページを捲る。

 ただの無責任な丸投げ仲介屋かと思ったら、そんな庶民的趣向の持ち主だったとは。

 敦は見えないように苦笑しながら、今一度中国史の暗記作業に戻った。


 凍えるような北風が吹き惑う八種山の峡谷に、伝説のバベルの塔を彷彿とさせる建物が屹立している。

 敦たちはその手前に位置する南方の山間から、魔の雰囲気漂うその外形を眺め見ていた。

「どうやって、あんな高い塔を建てたのかな?」正義が悄然と口を開けて言う。

「まさか人足がコツコツ作業して、こんな短期間に建てられるわけないだろ。魔法を使ったに決まってるさ」敦があっさりと答える。

「魔王さんたちの魔法って、とっても壮大なのね」亜季が瞳を光らせて昂揚感を露わにする。

「鑑賞に浸っている場合じゃないわよ。どこから侵入したらいいか考えなきゃ。馬鹿正直に一階の正門からいくか、それとも一気に最上階から突入するか」

 幸い、時空を自由に航行できる四次元装置があれば、どこからでも侵入可能だ。

「まずは敵の手の内を探りたいからな。一階から入って様子を見るのがベストかも。いや待てよ。奴らを一旦外に誘き出した方がいい」敦が冷静に思考を巡らす。

 他に代案も出ず、一同は四次元ワープで塔の立つ峡谷の麓に次元転移した。

 そこはあたかも塔を防備するかのような樹木の繁茂する密林帯だった。

 一同は細心の注意を払って、林木の中へと足を踏み入れる。

「何かおっかないな。こんな所で戦闘になったら羽衣も上手く活用できないよ」正義がマイナス思考になってボヤく。

「これだけ木があると、私の魔草も使いにくいわね」由美もそう言って、奥歯を噛みしめる。

「私の波動は特に支障ないかな」亜季は木陰に耳目を向けて歩く。

「俺に任せとけ。一人で七人まとめて倒してやるよ」敦が威勢よく怪気炎を吐く。

 すると、両サイドの樹林から幾つかの黒い影がザッと動いて、一同の行く手に現れた。

 それは合わせて七つだ。

「待っていたよ、救国使御一行」真ん中の影が言葉を放った。

 よく見ると、影たちは皆、忍者装束に身を包んでいた。

「魔王軍らしいキザな登場の仕方だな。影狼部隊さん」敦が挑発めいた口調で口走る。

「お前たち、本当に三つの軍団を倒したのか?随分弱々しそうな面々だが」

「見かけで人を判断するのは早計だね。僕たちのチームワークは地球一だよ」正義が顔を引き攣らせながらも、強気で豪語する。

「ほう、それは楽しみだ。なら、そのお手並みを見せて貰おうかな」

 言うなり、七人の姿がパッと視界から消えた。

「何っ?どこに雲隠れしやがった?」敦は慌てて瞬きをして、四囲を見回す。

 いや、消えたのではなく、疾風のような速さで移動したんだ。

 辺りは森閑と静まり返り、落ち葉を運ぶ風音だけが、獣の吠え声のように鳴っている。

 すると突如、頭上から木の葉が刃となって飛来してきた。

 四人はそれを必死に避けると、各々の黄泉アイテムを取り出し厳戒態勢を整える。

 木の葉が四方八方から、様々な姿形になって四人に襲いかかる。

 敦と由美がその動きを冷静に見切って、次々に打ち払う。

 しかし今度は地面からドリルのような突風が噴き出し、枯れ葉を吸い上げて舞い上がる。

 そして、四人を吹き飛ばさんと大きなコマのように大回転する。

「わあっ、助けて!」正義が悲鳴を上げて、突風に持っていかれる。

 由美が魔草を正義に絡ませてそれを防ぐ。

 その暴風は敦の打撃や由美の蔓草では破壊できない。

「ちょっと性質の違う攻撃が必要だな。二階堂さんの魔法的な波動なら」敦が亜季に助力を請う。

「やってみる。愛の力で」亜季が破邪の錫杖に念を込める。

 神聖なこがね色の光が、渦巻く突風を優しく抱き締める。

 その光輝を見ていると、自然と心が安らぎ幸せな感情に満たされる。

 見ると、あっけなく枯れ葉は回転を止め、風刃は綺麗さっぱり霧消してしまった。

「さすが、二階堂さん!アマテラス大御神の再来!」正義がジャンプして褒めちぎる。

 静寂が訪れ、何処からともなく影たちが再び現れた。

「なかなかだね。ダテに魔王軍を一掃して来たわけじゃなさそうだ」先刻の忍者が愉快な調子で評した。

「そっちは四人か。いいだろう。四対四で真剣勝負だ」

「四人で?どういうことだい?」敦が訝る。

「他の三人は引き上げることにする。健闘を祈るよ。救国使、死ぬんじゃないぞ」声の主が疾風となって姿をくらます。

 続いて二つの影も消え去った。

 


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