雪上の大決戦
思った以上に険しい山と、厳しい寒さに四人はボヤきっ放しだった。
「もう、何よこの雪。もっと厚着してくればよかったわ」不機嫌極まりない由美が、顔に斜めに降りかかる雪粒を拭う。
「魔王軍はなぜこんな辺境の寒々とした町を選んだのかな?」正義が手袋に握ったカイロで耳を暖める。
「さあな、連中にとって戦いやすいからじゃないか。俺たちを誘い込むための罠かもな」敦は周辺にポツポツと疎らに点在する家並みを眺める。
「骸骨さんは雪が好きなのかもね。私も雪は大好き」亜季が一人嬉しそうに手を広げる。
マゴヒルコの情報によると、軍団の本陣は町の山間部にあるようだった。
もうすぐスナイパーたちが来る。そうすれば、探さなくとも敵が霊気に気づいて乗り出して来るだろう。
とりあえずそれまで、敦たちは村役場で暖を取らせてもらった。
町長は親切な壮年男性で、寒いのによく来てくれて感謝します。ぜひ町名物の温泉に浸かって下さいと勧めてくれた。
身体が冷え切って困っていた四人は、有り難く言葉に甘えた。
浴場は混浴だった。亜季は気にしなかったが、由美は穴に入りたいぐらいに恥ずかしそうな顔をして入湯した。
「あー、キモチー。温泉に入れるとは思わなかったなあ。天国だー」正義が頭にタオルを被せて愉悦する。
「本場の秘湯は生まれて初めてだ。これが地球最後の骨休めになるかもな」敦もリラックスしながら、湯で顔を洗う。
「私は年に一回、家族と温泉旅館に行くの。肌も内臓もキレイになるから最高。魔王軍さんたちも温泉に入れば、幸せになって人間と仲良しになれると思う」亜季が嬉しそうにピチャピチャと湯を掻き回す。
「あんたたち、魔王軍との戦いの前だってのに、能天気でいいわね。今回は何か嫌な予感がするわ」由美は快癒もうわの空で、恥じらいながら半身浴をする。
「変なこと言わないでよ、新巻さん。四人が力を合わせれば何とかなるって」正義が湯殿を蟹歩きして由美の隣に行く。
「ちょっと。近づかなでよスケベ!」
「そんな事言って、いつになく楽しそうだよ、新巻さん。実は温泉フリークなんじゃない?」
由美が顔をそむけて、正義の顔面に湯を浴びせかける。
そして隅に離れるが、正義は執拗にくっついて来る。
何度も湯をぶちまけ、拒絶する由美。
敦と亜季がその漫才ぶりに爆笑する。
湯上がりに一同は、美味しいぜんざいを饗された。
「若い人が来てくれるのは、町の賑いにつながります。どうぞ、結婚なされたら家族でいらして下さい。空と土と空気だけは綺麗な所ですから」町長が労いを表して笑う。
「でも町の皆さんは大変だ。魔物に目をつけられちゃって」正義が御椀に目を落としたまま言う。
魔王軍と言わないのは、無論真実を知らせないためだ。
「あなた方の顔はメディアで見ましたよ。魔物と戦ってくれている義勇者なんでしょう。誠に頼もしい限りです」
「それほどでも。勇者は例の五人組ですから」敦は謙遜して言い繕う。
ほどなくして、そのスナイパー五人が集結した。
「貴方たち、一体何者なんです?この世界の人じゃないでしょう?」町長が目を丸めて問い掛ける。
「黄泉のスナイパーとだけ言っておこうか」タナウスが微笑して言う。
「まあ何でも構いません。どうか町からあの魔物たちを撃退して頂けますかな?」
「心配いらないよ、おじさん。私たちと、この子たちで一掃するから」ジョリーが口を広げて微笑む。
その時。彼らの気配を感じたのか、早速役場の入口に軍団兵が現れた。
「 一同が向かうと、二名の骸骨騎兵が待ち構えていた。
「救国使、スナイパー。お前たちを処刑するために来た。付いて来い」骸骨騎兵が無感情な声音で言って、歩き始めた。
「しょ、処刑って。堂々と残酷な事言うなあ。やっぱし魔王の子供だ。恐ろしい」正義が震えながら言う。
一同は二人に追随して、山道を歩く。
そして、雪深い山陵の窪地に軍団は集結していた。
「何のつもりだ、醜いスケルトン野郎が。一気にやっちまおうぜ」ベルが息巻く。
「何か胸騒ぎがする。慎重に行った方がいいな」レンドルが無精ひげを擦る。
「よし。二人はこの小屋に待機してくれ。ひとまず三人で行こう」
タナウスがそう言って、レンドル、ベルと敵陣に進んだ。ジョリー、トライスは残った。
「なら、俺たちも別れようか」敦が言うと、正義と由美が逸るように前に出た。
「よし。まずは俺と新巻さんで行く。二人はここにいてくれ」正義が珍しく勇断して言う。
「お前がリーダーぶるなんて初めてだな。いいのか?」
「偶にはヒーローにならせてくれ。お側役は飽きたしさ」
由美も普段になく好戦的だ。
「救国使に何かあるといけないからね。囮になってあげるわよ」
という算段で、先発隊五人は勇んで雪路を下っていった。
そして、五人が窪地の中腹まで差しかかった時。
骸骨軍数十人がカプセルから何かを現出させた。
それはスキー板だった。
すると骸骨騎兵は一斉に散開し、此方を挑発するように雪の上を滑り始めたのだった。
その滑りっぷりは実に優雅で、プロスキーヤーのように雪面を軽やかに滑走する。
あれよと言う間に、彼らは窪地の斜面をグルグル回りながら、五人を包囲してしまう。
「スキーをする魔王軍なんて聞いてないよ!」正義が早くも慌てふためく。
「やっぱり罠だったのね」由美が唇を噛む。
「巫山戯た真似しやがって!」ベルが槍を振り翳す。
「待てベル。もう少し様子を見てからだ」タナウスが冷静に諭す。
五人が観察を続けると、滑っていない残りの骸骨騎兵集団が剣を抜き突進して来た。
上等だとばかりに、スナイパー三人が武器を手に受けて立つ。
「この間の鶏軍団との戦いで見たけど。兄ちゃん、姉ちゃん。少しは闘えるみたいだな。怪我すんなよ」タナウスが優しく気遣う。
骸骨騎兵がスナイパーたちに斬りかかる。
タナウスの真空波が、レンドルの爆弾が、ベルの槍が、敵に繰り出される。
一陣の攻撃で一挙に相手を粉砕するか。に見えたが、骸骨騎兵の装備はとても嘘のように頑強で、ダメージは全くに与えられなかった。
「何だ、あの鎧。攻撃を全部シャットアウトしちゃうよ」驚いた正義は翔天の羽衣で中空に避難する。
「ただの鋼じゃないみたいね。何とか工夫しないと勝てないわ」由美が朱雀の靴から魔草を発射して敵の足に絡ませる。
骸骨騎兵は剣を振り回し一同を薙ぎ倒しに来た。
そこへ絶妙な呼吸で、周回するスキー騎兵が弾丸のような勢いで追突して来る。
攻撃はオーソドックスで月並みだが、防御が半端なく手堅い。
スナイパー三人は敵の攻撃パターンを読み切ろうと、四面を回し観ながら、辛抱強く太刀合う。
「これだけ火薬をぶつけて駄目ってことは、ありゃ、どうも魔金工だな」レンドルが苦い顔で喝破する。
「魔金工って、あの黄泉の果てでしか採取できない希少金属のことか?」タナウスが訊く。
「そうだ。こいつ等は魔王の直属戦士だ。身につけていたとしても不思議はねえ」
二人の上方で、ベルが高跳び棒の如くに長く伸ばした槍にぶら下がって毒づく。
「どんな鎧を着てようが関係ねえ!ズタ襤褸にしてやるだけだ!」
由美も魔草の蔓茎で敵を縛り上げ、炎や雷などの魔法を放つも、如何せんダメージを与えられない。
「樹縛も魔法も効き目なしね。どうしようかしら。いやぁっ!」
そう逡巡した隙に、不意を突いたスキー騎兵に衝突され、ふっ飛ばされてしまう。
俯瞰偵察隊と化した正義が、素早く気絶した由美をおんぶして空中に逃げのびる。
「ふぅ。危なかった。未成年の出る幕じゃないね」
スナイパー三人は魔金工に覆われていない、顔や手足を狙って攻撃するが、敵自身も痛打を避ける術を心得ていて、機敏にかわす。
それでもスナイパーたちは、いっそ消耗戦に持ち込んでもいいと休まず攻める。
しかしその時。足元の雪地に妙な殺気が生じた。
そして次の瞬間。なぜか雪面が独りでに動くと、突然爆発したようにドカンと、雪綿が空中へ噴き上がったのだった。
雪地から出現したのは、他でもない多数の骸骨騎兵だった。
土蜘蛛のように地下に隠れ潜んでいた彼らは、ゾロゾロと屍人のように這い出すと、近距離からスナイパー三人を奇襲した。
いきなりの事に態勢を整えきれず、三人は複数の骸骨騎兵の刃を食らってしまう。
「かなり深く切られちまった。レンドル。ハイパー薬草あるよな?」
「安心しろタナウス。こんな事もあるんじゃねえかと、使い切れねえぐらい持ってきたぜ」
「糞が!このベル様に、こんな屈辱を!その醜い骨だけじゃすまねえ!魂ごと抹消してやっからな!」
ついに、黄泉のエリート戦士たちの心の導火線に火花が点いた。
まずはタナウスが斜面を快走する敵に、鬼滅刀からこれまでとは比肩できないほどの大カマイタチの光刃を撃ち放った。
たちどころに、窪面を滑るスキー騎兵が根こそぎ転倒していく。
そしてレンドルは、特大の極炎弾をジャケットから剥ぎ取ると、骸骨歩兵の群れに投げつけた。
大爆裂とともに、敵は爆ぜ飛んで雪床がごっそりと抉れ、大きな穴が空いた。
さらにベルは神空槍に念力を吹き込み軸太にして、表面にコブ状の突起を発生させた。
槍棒の威力は数段上がり、打撃を受けた骸骨騎兵は粘土細工のように蹴散らされてしまう。
魔金工を装備してはいても、三人の攻撃に一蹴された敵は、顔や手足へのダメージを避けられずに続々とダウンする。
「ざまあねえな。ちょっと本気を出しゃあこの有り様かよ」ベルがウサを晴らしてせせら笑う。
「今回は竜や怪鳥がいないだけに、早く片がつくかもな」レンドルが苦笑いして息を吐く。
「骸骨軍団は魔王軍の中では一番劣るって聞いてたが。でも、このままやすやすと引き下がるとは思えないぜ」タナウスが警戒の目で見つめる。
その時。敵陣から一際上背のある骸骨騎兵が叫んだ。
「さすがは黄泉に名を馳せるスナイパーたちだ。楽しませてもらったぞ。お前たちは強い。鉄壁の軍団を打ちのめすんだからな。しかし、決定的な弱点がある。情だ。お前たちには情がある」
すると、脇の骸骨騎兵が老人と子供を引っ張り出して来た。
「この二人は菊太郎と紗代子と言う。何の穢れも罪もない純粋な父娘だ」
「何のつもりだ?お前が軍団長か?」タナウスが言い放つ。
「そうだ。暗黒卍忌軍団長カザロフ。この人質を助けたくば、武器を捨て投降するのだ」
「卑怯な真似しやがる。それでも生粋の魔王軍か?プライドはねえのかよ」レンドルが呆れた面持ちで顔を拭う。
「ざけんな、スケルトンめ!もう貴様は地獄の湯釜に足突っ込んでんだぞ、こらぁ!」ベルが槍を持ち上げる。
「いいのか?親娘が殺されるのを見ながら戦う気があるなら構わんが」カザロフの笑いが雪山にこだまを響かせる。
言われて立ちすくむスナイパーたち。
「分かった。その二人を離せ」タナウスが刀を捨てる。
レンドルも仕方なく爆弾の積まったジャケットを脱ぎ捨てた。
「ベル、言う通りにしろ。命には代えられない」
「タナウス!・・・くそっ!死に損ないがっ!」ベルも止むなく槍を雪に突き刺した。
「それでいい。それから、お前たちも降りて来い!」カザロフが空を舞う正義と由美に呼びかけた。
「もー、セコい魔王軍だな。まあ、敦たちが何とかしてくれるか」二人は大人しく着陸する。
軍団に捕まった五人は、無情にも立板に磔にされてしまった。
「向こうにも援軍がいるだろう。よもや戦う気はあるまいな」カザロフが雪丘の四人を眺望しながら言う。
「やっぱ人質がいるんじゃ、敦たちも手出しできないよな。最悪だ」正義が弱音を吐く。
「チャンスはあるわ。あの四人ならできるはずよ」由美は強さを宿した声で言い切る。
窪地の手前でそれを見届けていた敦たち四人は思案を巡らせていた。
「人質が七人になっちまったぜ。俺たちも降参するしかないか」自棄になって敦が雪を蹴る。
「その必要はないわ。私とトライスに任せな。行くよ」ジョリーがついて来いとばかりに、窪地を伝い降りていく。
敦と亜季もその自信に引っ張られて追従する。
そして、四人は敵陣に乗り込んだ。
背景に冠雪の山峰が連なる雪景色の中に、見せしめのように五人が板木に縛り付けられている。
「救国使、水上敦だな。無垢な人間を見殺しにはできまい」カザロフが白い息を出して言う。
「どうしてこんな卑劣なやり方すんだよ!」敦が怒りをぶつける。
「我が部隊は魔王様の御霊分け、言わば分身だ。よっていかなる手段を使ってでも、魔王様のお望みを叶えて差し上げなければならない。卑劣も正当も関係ない」
「そうか。よく分かったぜ。てめえらは、魔王軍最低の木偶軍団なんだな」
「随分と強がる奴だ。自分たちの置かれた状況を理解しているのか?こめかみに銃口を突き付けられているんだぞ?」
言われて、敦は返答できず口ごもる。
「あんた、私たちを甘く見るんじゃないよ。こう見えても、伊達に黄泉の有名人じゃないからね」ジョリーが腕を組んで微笑む。
「確かに有名人かも知れぬが、お前たちも所詮情に動かされる弱き者だ。逆らう勇気はあるまい」
「さすがは骸骨軍団長さんね。敵をよく知り尽くしているじゃない。その通り。私たちは情に流されるお人好しよ。でもね。それが私たちの強さの所以でもあるの。誰かを救いたい。その思いがあったから、私たちはこれだけの業績を積み上げ、冥界のエリートになることができたのよ」
「だが今はその人助けも叶わぬではないか。お前たちはこの雪山に抱かれて絶命するのだ」カザロフが目を歪に開いて嘲笑する。
「トライス。やっちゃいな!」
ジョリーが言い遣ると、トライスは気迫の雄叫びを吐いて両拳を雪に叩きつけた。
魔剛掌が暴力的な音を発せしめて、雪面に炸裂した。
すると大地が大揺れし、窪地の斜面の雪が雪崩を起こして、猛然と流れ落ちて来た。
敵軍は地響きでよろめき倒れる。
すかさず、ジョリーは舞麗ガンを撃つ。
放たれた熱線の弾道が磔の五人の手を縛る縄を次々に焼き切る。
五人は自由になった手で足の縄を解く。
「こっちへ集まりな!」ジョリーのもとに一同が寄り合う。
ジョリーはカプセルからビニールの敷物めいたアイテムを出した。
「乗りな!」
それは魔法の敷物だった。
「すごいな!僕のは二人乗りだけど、これは何人でも乗れるんだね!」正義が感動の叫びを漏らす。
一同は敷物に乗って飛空し、迫り来る雪崩から逃れた。
雪崩は瞬く間にカザロフ以下、骸骨騎兵たちを丸呑みしてしまった。
「終わってみれば楽勝だったな」敦が流れ固まった雪を踏みながら勝利気分に浸る。
「トライスさんは最強だね。命の恩人だよ」正義がその神業に心酔する。
「骸骨さんたち。埋まっちゃったけど、大丈夫かな?」相変わらず亜季が敵に情愛を注ぐ。
「知らないわ。骸骨だから元々死んでるんじゃないの」由美が冷淡に斥ける。
降りしきっていた雪は止んでいた。
かなり疲弊した敦たちとスナイパーたちは雪の上に座り込んで談笑した。
「あなた方は救世主様で?」菊太郎が打ち震えながら問う。
「まさか。そんな特別なもんじゃありませんよ」敦が照れ笑いする。
「お兄ちゃんたち、いつも怪獣をやっつけてくれるね。何でそんなに強いの?」紗代子が人懐っこい顔で尋ねる。
「それはねえ、お兄ちゃんたちは神から選ばれた勇者だから」正義が自惚れして答える。
「いつあんたが神に選ばれたのよ。マヌケ」由美が斬って捨てる。
「俺たちは天津神って言う人の命令で働いてるんだ。まあ、神様の道具みたいなもんだけどね」敦が笑顔で説明する。
「ふーん。やっぱり偉いんだねー」紗代子が感心しながら雪だるまを作る。
「よし、お兄ちゃんも一緒に作ってあげる」敦は快活に言って立ち上がる。
しかしその時。突然雪中から二本の手が現れ、敦の足首を掴んだ。
思わず反り返った敦は、驚いて雪床を見た。
さらに、そこから顔が飛び出した。
カザロフだ。
「暗黒卍忌軍団は負けぬ」
怨念を吐き、雪から這い出したカザロフは、敦の足首を持ち上げ豪快に投げ放った。
そして雪面があちこちでうねり蠢き、ぞくぞくと骸骨騎兵が雪上に這い上がって来る。
「わぁ!雪崩ぐらいじゃビクともしないのか。しぶとい骸骨だな」正義が震える声で慄く。
「我ら魔王軍の忠誠と執念を見よ!」カザロフはそう言って胸に手を当てた。
すると、魔金工の鎧に包まれたカザロフの心臓が激しく拍動し、胸から蒼光が沸々と発生した。
「軍団員よ、力を結集する時が来たぞ!」
言葉を受けて、骸骨騎兵軍がカザロフの傍に寄り集まっていく。
さらに蒼光が爆発的に飛散して、軍団を覆い包む。
次の瞬間。
カザロフと骸骨騎兵軍は蒼光の波に呑まれて一体化した。
そしてどんどん巨大化し、あっという間に信じられないほどの超巨人に変貌した。
「デカい。こりゃヤバいぜ」敦は雪面に倒れたまま、凝然と見上げる。
「そんな!ヒーロー戦隊アニメのお決まりのパターンが現実になっちゃったよ!」正義は顎が外れたようにポカンとする。
「骸骨さん、本当に怒っちゃったみたい。何とか許してくれないかしら」亜季が口を手で塞いで驚嘆する。
「こんなビックサイズだと、通常の攻撃は効かないわね。ただでさえ、防御は完璧だったのに」由美が睨むように渋面をつくる。
「久しぶりの巨人化だな。至極いい眺めだ。言って置くが、我々のこの姿を見て、生き伸びた者はいない」巨体カザロフが厳しく言明した。
「そうかい。なら、俺たちがその第一号になってやろう。もっとも俺たちは観客だけど」タナウスが穏やかに返戻する。
「やるのは勿論、兄ちゃんだぜ」レンドルが微笑を湛える。
「えっ!待ってよ。相手は規格外の巨人だし。一人じゃ無理だって」敦が血相を変えて反論する。
「黙れガキが!元はといやあ、てめえの住む世界だろうが!そう言う契約になってんだよ、何度も言わせんじゃねえ!」ベルが強引に面罵する。
「大丈夫だよ。天津神のあんたが、骸骨に負ける訳ないって。さあ、やりなよ」ジョリーが敦を抱き起こし、気魂を込めて背中を叩く。
敦は気骨を振り絞って、魔人軍団長と対峙した。
参ったな。天津神の神力を授かったとは言っても、この馬鹿デカさだ。
攻撃も防御も桁違いだろう。一撃でも食らったらお陀仏だぜ。
敦は低い偏差値とIQのよくない頭をフル稼働させた。
魔金工は巨大化して、一層強固になったに違いない。
狙うなら肉の露出した箇所しかない。手足と顔。
致命打を負わせるには顔がいい。
だが、どうやって至近距離に飛び込む?
魔封弾はよほど追い詰めてからじゃないと決まらないだろう。
秘幻魂から貰った、スピードとパワーがどこまで通用するか。
「何を考えている、救国使。無駄な事だ。私はこれまでの軍団長のような不覚はとらぬ。人間に敗北するとは、まさに魔王軍団長として、最大の愚の極み。あの二人は到底マンドラ様に仕える資格はなかったのだ」
「そうかな。あんたもこれから負けて愚人になるんだから、どっこいどっこいだぜ」敦は虚勢を張って凌辱してやる。
「フッフッ。大したビッグマウスだな。せいぜい死んでから後悔するがいい」
カザロフが猛り声を上げて剣を振り下ろした。
敦が反転すると、剣は雪にザブリっと串刺さった。
今だ!と、敦は全力でカザロフの手首を殴りつけた。
「何だ、その攻撃は?」
「何?俺の最大出力のパンチなんだぞ」
「それでか?まるで像に集るハエだな」
駄目だ。肉弾戦でダメージが与えられなきゃ、どうやって勝てって言うんだ?
熟考する間もなく、カザロフが襲いかかる。
剛腕の拳と強脚による蹴り下ろしが、敦を粉砕しようと間断なく迫る。
雪床を痛々しく転がりながら、今ある最大限の俊敏性で必死に魔の手を掻い潜る。
しかし次第に体力を消耗し動きが鈍重になると、カザロフの打撃蹴撃が繰り返しヒットし、手酷いダメージを被る。
「もう見てられない!敦一人じゃ勝てないよ!助けてあげなきゃ!」正義が地団駄を踏む。
しかし、スナイパーたちは沈黙を守ったまま、戦況を見つめているだけだ。
「ちょっと、あんたたち!黙って見てるだけなの!エリートスナイパーなら手を貸しなさいよ!アイツはまだ高校生なのよ!」由美が怒り心頭で罵る。
「これは救国使の役目を引き受けたあの子の試練なのよ。勝っても負けても、あたしたちに邪魔する権利はないわ」ジョリーが穏やかに説諭する。
「最低だわ!もういい!石垣、羽衣を用意して!私たちで何とかするわよ!」
「新巻さん、何とかするって、どうにもなんないよ!」
「じゃあ、私だけで助ける!」
由美がブーツを脱ぎ捨て、朱雀の靴に履き替えようとした時。タナウスがその肩を優しく押さえた。
「まあ慌てるなって。敦君にはいい修行のチャンスなんだ。ほら、これから反撃するから見てな」
敦はバトルがエスカレートするに従って、身体が熱くなっていくのを感じた。
しかしカザロフの猛勢が続き、肘打ちを食らった敦は大の字に倒れた。
それを踏み潰そうと、カザロフの巨足が蹴り下ろされる。
敦は無慈悲にも押し潰され、その下敷きになってしまった。
何て事だ!と、正義、亜季、由美は茫然と凍りつく。
救国使の奇跡の救国ストーリーはここに終わるのか。
皆がそう思った。
しかしその時。雪にねじ込まれたカザロフの巨足が、足底からじりじりと持ち上げられたのだった。
「まだまだ!いよいよ本気になってきたよ!」敦が足裏から顔を出すと、巨大な足跡の上でベンチプレスのように巨足を担ぎ上げる。
そしてそのまま足を押し返して、見事に逃れ出た。
「敦!めちゃくちゃ怪力じゃんか!」正義がガッツポーズをして飛び上がる。
「水上君!凄い活躍ぶりね!」亜季も安堵の笑顔で讃える。
「死に損ないの救国使ね。いつの間にそんな根性つけたのかしら」由美にも自然と笑みが浮かぶ。
「粘り強い奴だ。しかし、それだけ苦しみが長くなるだけだぞ」
カザロフが攻撃の手を緩めず、剣を浴びせかけてくる。
だが、それに対処する敦の動作は明らかに変化していた。
ゆとりをもって拳、蹴り、剣撃をかわし、顔と手足に打撃をお見舞いして反撃する。
いいぞ。身体が軽い。それに強い。そして全身にエネルギーが沸き返る。
これが天津神の神気なのか。これなら負けないぜ。
そしてカザロフが剣を大きく空振りして、重心を乱したのを見計らい、間合いに最接近すると、渾身のパワーを込めて顔面に掌底を叩きつける体勢に入る。
しかしその刹那。カザロフの顔から忽然と多数の剣がザっと生え出したのだった。
「げっ!何だこれ?」敦は咄嗟に手を引っ込め、慌てて着雪した。
「フハッハッハ!肝心な事を忘れるな。我が暗黒卍忌軍団は全員で渾然一体となっている。私の身体は軍団員によって護られているのだ」カザロフが高らかに豪語する。
「ちぇっ、そういう仕組かよ」
それならばと、敦はスライディングをかまして直撃し、巨体の足を払った。
カザロフが切り込まれた大木よろしく、後方にに傾いだ。
敦はその勢いで足の脛を猛打してやった。
しかしながらその時。それをガードするように、幾体もの骸骨の顔が出現し、敦のパンチを跳ね返してしまった。
「うわっ!足に顔が出てきやがった!」
「無駄だ。骸骨騎兵隊員全てが私とともに戦っているのだからな。お前に勝機はない」
さすがにフェアーじゃないと見かねたお側役三人が敦のもとに集まる。
「俺たちも手伝うよ。これは一対一じゃない。不公平だ」正義が翔天の羽衣をほっ被る。
「愛の力で骸骨さんを説得するわ」亜季は破邪の錫杖を出して言う。
「魔草でこいつを封じ込めてやるわ」由美もブーツを脱いで、朱雀の靴に足を突っ込む。
「何だよ。助太刀か?」レンドルが懐疑を挟む。
「相手は集団になっちまったからな」タナウスが頭を掻いて見遣る。
「いいんじゃない。同じ地球人なんだし。自分たちの故郷を護る者同士が手を合わせるは当然よ」ジョリーが擁護する。
「仲間のために自己犠牲か。死にたい奴が多いようだな」カザロフが冷笑する。
「ありがとよ。これで対等になったぜ」
敦は息を鎮めて敵を睨み据える。
「じゃ、行くとするか!」敦が正義の背中に乗り、真っ向から突貫する。
同時に由美が靴底から茨のような蔓草を発射させる。
魔草でカザロフの自由を束縛し、頭上から隙を伺う。
そんな理想形の戦法が固まった。
「魔王軍さん。私たちと平和協定を結んで下さい。お願いしまーす」そこに真正面に立つ亜季が、錫杖を翳して愛の波動を贈り込む。
この鮮やかな連携には、カザロフも惑乱したようだった。
「地球人め。これが正義の妄執か?」
愛の高い波動を浴びて、カザロフの顔、手足をガードする骸骨軍の反応が緩慢になってきた。
すかさず、神気でパワーアップした敦はパンチとキック、体当たりをかまし、それがヒットし始める。
完全に形成は逆転した。
「お前たち。どうしても魔王軍には従わないつもりか?」カザロフが鬼の底力を見せる相手に訊いた。
「従わないね。てめえらは、今でさえ俺たちの大事な青春をぶち壊してるんだ。この上、未来まで真っ暗にしてもらっちゃ困るんだよ」敦が嫌悪感たっぷりに言い放つ。
「マンドラの神通は広大無辺だ。とても人間には歯が立たぬ。下僕になれば、命は保障される。引き返すなら今のうちだ。魔国は最上の理想郷。お前たちも必ずや納得するだろう」
「納得だって?アホも休み休みにしろよな。誰が奴隷家畜になって幸せかよ?ざけんな、ポンコツしゃれこうべ!」
「己の力を過信する白痴者め。ならば、死あるのみ!」
と途端に、カザロフの身体が目を潰さんばかりの蒼光を発した。
一同は一斉に視覚を奪われる。
カザロフの全身から夥しい数の剣が生え出し、そして体皮には骸骨の顔がズラリと顕現した。
カザロフは魔草共々由美を引き千切り飛ばし、蒼光の光圧で亜季を吹き飛ばした。
そして敦と正義を捕まえ、正義を羽衣ごと包んで投げ落とした。
「くそっ、ま、まだこんな力を・・・」
敦はカザロフの怪力に掴み潰され、苦鳴に悶える。
ヤバいよ!骨が砕ける!
激痛が五体を走る。
神力を。天津神のパワーを。もっともっと呼び覚まさないと。
敦は瞼を閉じ、惑う心を懸命に切り捨てる。
(丹田に意識を集めるのです)
その声は何処からともなく聞こえた。
ハッとした敦は、心に気高い想念が働きかけて来るのを感じた。
こ、この声は。誰なんだ?
(天津神のエネルギーを存分に使って戦いなさい)
天津神。その声、どっかで聞いた覚えがあるぞ。
(私があなたの潜在パワーを高めるお手伝いをしましょう)
この圧倒的清浄な声音。
思い出した!マザナミ!天津神の最高母神!
(今は詳しく申せませんが、あなたの生い立ちにはある事情があるのです)
何ですか事情って?敦は心中で問い掛ける。互いはテレパシーで会話している。
(いずれ分かります。とにかく、神気を高めて差し上げます)
すると身体が燃え上がるように熱を帯びて、信じ難いほどの元気が沸き起こった。
な、何だ!この漲るやる気は!
身体中に活力が充満し、神憑りなまでのエネルギーがチャージされる。
凄いぞ。これなら負けない。
キッと開眼した敦は、カザロフの剛手から簡単に抜け出すと、その鼻梁に会心の蹴りをお見舞いした。
そのたった一蹴で空を裂かんばかりの衝撃波が発生し、それに圧せられたカザロフは、ドサリっと背中から思い切り倒れてしまう。
「どんなもんだ。参ったか?」敦が戯けるように言う。
「いかなる困難がたちはだかろうと、魔王軍は不滅!敵は煤塵となるのだ!」
カザロフは閃光を走らせる剣撃で、縦横斜めに無我夢中で刃を振り回した。
しかし敦には、その剣の軌道が怖いくらい明瞭に把握できた。
剛力豪速の剣撃を、まるで赤ん坊あやしのように悠々とよけてしまう。
「馬鹿みたいに筋肉がよく動くんだよな。反射神経も勝手に作動するしさ」敦は笑いが止まらなかった。
「じゃあ、そろそろこっちの攻撃ターンかな」
敦は光弾のような速さで、カザロフとの間合いを詰めると、魔金工でできた鎧に猛烈な連続パンチを打ち込んだ。
「どりゃどりゃどりゃあー!」気合いもろとも、狂ったように拳を連打する。
すると、あの黄泉屈指の魔金工が陥没し凹みができてしまう。
カザロフは苦しそうに息を喘がせる。
そして敦は一閃、強烈な跳び蹴りを敵の顎に食らわした。
カザロフの巨体が風船のように地を這って押し飛ばされた。
さらに敦は雪地を踏み台に上空へと軽快に飛び上がる。
「やっぱ仕上げは十八番じゃなけゃね」カプセルから魔封銃を現出させる。
「骸骨騎兵軍団長、覚悟!」
雪粉に身悶えもんどり打つカザロフに、必殺の放射ビームが命中する。
巨人は蒼光の明滅を繰り返し、やがて悲痛な断末魔の叫びを上げた。
蒼光が一気に爆散し、巨人の図体は脆くも解体してしまった。
それにより、カザロフ他、骸骨騎兵はバラバラに四散したのだった。
スナイパーたちは、骸骨敗残兵を全て回収すると、労いの言葉も早々に黄泉へと退散していった。
酷い豪雪に身も心も冷え切りクタクタになった敦たち四人は、役場に帰ると改めて温泉に身体を浸した。
そしてとことんまで温まると、町長からすき焼きをご馳走になった。
四人とも湯上がりには浴衣を着て風情を嗜んだ。
雪は収まっているものの、窓外の道端は依然雪景色だ。
暖房が効いてはいるが、素足に履いたスリッパが冷たく感じる。
「お兄ちゃん、本当にありがとう」紗代子が糸こんにゃくを箸で不器用に挟んで言う。
「おかげで町は助かった。真の心願が神様に通じたんじゃな」菊太郎が幸せそうに娘の髪を撫でる。
「そうですよ。二人の思いが僕たちを動かしたんです」敦は熱々の湯豆腐に息を吹きかける。
マザナミに助けられた。あれは自分の実力じゃなかった。
まさに超常的な、天にも昇るようなパワーだった。
己に宿る天津神の神力は、一体どれだけのものなのか。
自分はどこまで強くなれるんだ。
そして、マザナミが言っていた自分の生い立ちにまつわる事情とは何なのか。
まあ、悩んでもしょうがない。
今は束の間の勝利に酔いしれりゃいいんだ。
「だけど、敦の強さ。魔王級なんじゃない?マンドラにも勝てそうだけど」正義が口をホグホグさせて賞賛する。
「水上君、神様みたいだったね。何か水上君じゃないみたいな」亜季が明るさの中にも不安を見せながら敦を見つめる。
「正直、嫉妬してるわ。私たちの追いつけるレベルじゃなかった。天津神の血はそこまで優生学的なのね」由美が羨みの語調で目を細める。
「自分でも制御しきれないんだ。何か幼稚園児がスポーツカー運転してるみたいな感覚。身の丈に合わない事やってる感ありありでさ」敦は苦笑いして戸惑いを吐露する。
「大きくなったら、私も一緒に戦うから仲間に入れてね」紗代子が箸を剣のように掲げて言う。
「えっ、紗代ちゃんが?それは頼もしいな」正義が笑顔で応諾する。
「お前は職人になるんだろう?戦いなどできはせんぞ」菊太郎が言い諭す。
「できるもん。お兄ちゃんたちの弟子になって教えてもらうわ」
「それはやる気満々だね。ありがたいけど、紗代ちゃんが大きくなる頃にはもう怪物はいなくなってるから大丈夫。僕たちが倒しちゃうから」敦は笑いで応えて、
「でももし、まだ怪物が屯してたら、その時は紗代ちゃんの力を貸してね」と約束する。
「うん。紗代頑張るから、よろしくね!」
ともあれ、一難は乗り越えた。
しかし魔王軍との戦いは、益々苛烈なものとなっていくかも知れない。
絶望の中にあって、敦は一度きりの青春を楽しむべく友情の鍋を囲んだ。




