超絶なる鳥獣軍団来襲
部活の全身疲労を入浴で癒やし、美味しい鍋で温まる。
メディアは数ヶ月ぶりの怪物騒ぎで持ち切りだ。
「どうなるのかしら、私たちの世界」母親が憔悴した面持ちで呟く。世を倦んだ目で白菜を皿に盛る。
真実を白状したかったが、そのショックは計り知れないであろうため、ごまかすしかない。
「人間も今まで勝手な事ばかりやってきたからね。その報いが返って来たんじゃない」
「神様が人間世界に天罰を与えたのかも知れないわ」
「言えてる。最近、戦争もなくて経済もまあまあで、世界は順調だったから。世の中そう上手くはいかないよ」
情報を精査する限り、現れたのは死鳥の群、超魔飛翔軍団。
冥界一の機動力を誇る難敵だ。
既に被害は丸田市、半模市全域に及び、付近の交通網は麻痺し、自衛隊や警察は何もできずにいる。
進まない食欲を押して鍋を食べ終え、部屋に行くとマゴヒルコがいた。
「出陣かい?」敦が乗り気の無い口調で言う。
「そうだ。また五人が救援に来る。だが総大将はお前だからな」
「またスナイパー五人だけか。天津神も冷たいよな」
「何度も言うようだが、これはこの世の国是国難。お前たち人間が解決すべきこと。本来、冥界の力を貸すわけにはいかぬ所を、敢えて助力しているのだ。ゆえにわがままを言うでない」
よく言うぜ。自分は安全な立ち位置で指図ばかりする、丸投げ傍観者のくせに。
「相手は死鳥の軍団か。手強そうだな」
「一枚や二枚では太刀打ちできぬ猛軍だ。まあ、大方は五人が倒してくれる。お前の相手はボスだ。将軍だけは自力で何とかしろ」
「敵は黄泉の魔人だってのに、こっちはうぶな戦闘素人だよ。まともに戦えってのは無責任だよな」
そう言えば、俺は秘幻魂とかいう天津神アイテムを食べたんだっけ。
紛いなりにも、身体は神化しているのかも知れないが。
敦はマゴヒルコにさんざん愚痴を垂れてはみたものの、もう逃げ場はなく、渋々正義、亜季、由美にラインを送った。
四次元ワープで四人が降り立ったのは、敵陣の中心部がある丸田市明応区だった。
街には人通りがなく、住民は魔物の襲撃を避けて建物内に引き籠もっている。
ただ市外へ逃亡を企てたのか、多数の乗用車が乗り捨てられたまま道路に放置されている。
市内の各セクションには軍団が配備され、どこも厳しい監視下にあった。
戦線は敵軍の独壇場で、政府軍は魔王軍の大胆な戦略に指を咥えている状態だ。
超魔飛翔軍団はまず市庁舎を占拠し、進撃の拠点とした。
さらにテレビ、ラジオ、インターネットを利用して、市民に自分たちの存在を顕示して見せた。
「街は支配されたわ。どっから手をつけたらいいのかしらね」由美が顎に手を当てて熟考する。
「まずはスナイパーに任せるしかないよ。人間がまともに戦える相手じゃないから」正義が諦観気味に言う。
「話し合いで何とかしたいけど。戦争はよくないし」亜季が哀しい目で町並みを眺める。
「連中は本気だからね。どうやっても地球人を捕虜にするつもりだ」腹を据えているはずだが、敦はやはり気が滅入ってしまう。
魔王軍団とのガチンコバトルだ。無事生き延びられる保障はない。
その時、上空に黄金色のコンドルのような鳥獣が出現した。
彼らが至る所で機動性を発揮して、街中を手中に収めている。
あれが死鳥か。鳥獣は翼を扇いで地表へと滑空して来る。
「ヤバい、見つかったぞ!」正義が騒ぎ惑う。
「来るなら来やがれ」敦は魔封銃を向けて意気込む。
すると鳥獣が両眼からイレイザーのような光線を放ってきた。
驚いた四人は、四散してどうにかかわす。
放射された熱線は路面に注がれ、その表層を溶かしてしまった。
「何だあれ!当たったら身体が蒸発しちゃうよ!」正義が完全に怖気づき、ビルの庇に逃げ込む。
鳥獣は間断なくイレイザー光線を撃ち続ける。
各人、被弾を避け散りぢりに遁走する。
「きゃっ!」亜季が転倒した。
「二階堂さん!」敦が助けに行き、支え起こす。足に爆片破が当たり、出血している。
そして亜季を抱き添えながら、敵を仰いだ時。
鳥獣が爪を立てて、猛然と急降下して来るのが視界に映った。
魔封銃を撃つ時間がない。駄目だ!
敦は身を挺して亜季に覆い被さった。
と、その刹那。刃が風を斬り、鳥獣を薙ぎ飛ばしたのだった。
「間に合ってよかったぜ。元気にしてたか救国使」金髪バンダナのタナウスが鬼滅刀を手に微笑む。
敵は意表を突かれ、すぐさま飛び去って行った。
他のスナイパー四人がゆっくり近づいて来る。
正義と由美も警戒心を露わに集まる。
「皆さんが黄泉のスナイパーレンジャーなのか」正義がじろじろと服装を観察する。
「見かけは派手だけど、全員本当に強いんでしょうね?」由美が試す様な口振りでスナイパーたちを見回す。その視線がヤンキー面の所で止まった。
「何だてめえ。生意気な顔してやがんな。俺たちを舐めんなよ」ベルがガンを飛ばして毒づく。
「顔?アンタこそブス面じゃない」
「何だとクソガキが!」
「止めなよ。初対面でアンタに好感持つ人間はいないんだからさ」女ガンマンのジョリーが軽く笑う。
「仲々のダチを持ったもんだな、兄ちゃん。世話役の皆さん方、いいアシストを期待してるぜ」爆弾魔レンドルが挨拶代わりにベレー帽を触る。
そして距離を開けて佇むのは、孤高の剛力スキンヘッド、トライスだ。
「危ない所をありがとうごさいます」亜季が平身低頭、お辞儀をする。
「スナイパーさん、久しぶりだね。軍団討伐よろしく。何なら軍団長も譲るけど」敦がバツが悪そうに髪を撫でる。
「だからそれは契約外なんだ。この世の運命を決めるのはこの世の人間だ。それは天津神からの勅命でな」タナウスが言う。
「まだてめえの甘え病は治らねえようだな。人間はどいつもこいつも弱えからな。忙しいとこをわざわざ来てやってるんだぞ。ありがたく思え。まあ、端から人間に守るだけの価値なんてねえけどよ」ベルが面倒くさそうに悪態をつく。
「黄泉にも救い難い不良はいるのね。ムカつくわ」由美が顔を歪めて言い返す。
「何だと!誰に物言ってんだ雑魚が!」
「ベル、みっともないよ。あんたも、少しは口態度を改めるんだね」ジョリーが嗜める。
「でも必竟、この世を魔王から守るのは、救国使、あんただからね。他の三人もいい?自分の世界は自分で守るもの。それだけは胸に叩き込んどきなよ」
威勢の良い訓言に一同は押し黙る。
すると、スナイパーたちの霊気を悟った死鳥の群が集まって来た。
その先頭の鳥獣に機乗した男が、此方を見下ろしながら布告した。
「お前たちが魔王の耳を痛めさせている、地球人か?それに神竜を一掃したとかいう黄泉のスナイパーだな?ほうっ。見た所、実に普通だが。まあ、内なる闘志を、秘めて、いるんだろう、なあ」言いながら、剽軽に首を傾げる。
「て、てめえが軍団長か?」敦が太陽光に目を細めて訊く。
「私は超魔飛翔軍団長、ハッジだ。冥界では不死鳥軍団の巨星と啓蒙されているがな。それにしても戦いというものは愉快だ。お前たちも楽しいだろう?くしくも我が軍団と同じ戦いの場に立てることを本望と思うがいい」ハッジは腰に手を当てて大仰に笑う。
「何か変な奴。いけ好かないわね」由美が軽侮の眼差しで見遣る。
「でも、何だか面白そうな軍団長だな。魔王軍にしては話を分かってくれそうだし」正義が期待を込めて見つめる。
「そうね。この世とあの世が仲良く和解して、愛と調和を与え合えばいいんだもの」亜季が澄んだ瞳でハッジに愛念を送る。
「これから地球は魔王の帝国になるから、そのつもりでな。まあ、光栄に思え。マンドラが天守になったら、世界は強く美しく靭やかに輝くことだろう。私はその下で、忠臣として魔国樹立に身命を捧げる。マンドラの夢は私の夢。ああ、間もなく実現する。冥界と現世が一体になる。待ちきれぬ。抑えきれぬ。この熱き思いが〜」ハッジは延々と熱弁を続ける。
「はあ。あれは面白いってより、プッツンしてるかも」正義が呆気に取られる。
「何か緊張感ないし、あんな軍団長と一騎打ちする気にはならないけど」敦が拍子抜けしたように息を吐く。
「でも地球を守らないとな。シビアに行かなきゃ負けるぞ、兄ちゃん。どうあっても、俺たちは戦う運命にあるんだ」タナウスが刀を持つ腕に力を込める。
「そう言うことさ。まっ、私たちに任しときな。行くよ皆!」ジョリーが号令を掛けた。
「ほうっ。我が軍団に正面から矛を向けるとは、大した度量。さすがは勇敢なる者たちだ。では此方も遠慮なく行かせてもらうとしよう。つわ者ども!魔王マンドラの大願を叶えるため、今こそ軍団の真価を見せる時だ!魔王マンドラに栄えあれ!」
ハッジの大声とともに、死鳥の大群が一挙に地上をめがけて急降下して来た。
スナイパーたちは武器を構えて待ち受ける。
敦たちは彼らから、幾らか間隔を置いて見守る。
死鳥が眼光イレイザーを放ちながらスナイパーを襲う。
スナイパーは絶妙の距離感で敵と向かい合い、果敢に対峙する。
疾風怒濤の真空波、煉獄から来た冥王の爆弾、豪速で貫く神憑りの叉槍、七変化する無敵の変幻弾、万物を潰滅させる剛手。
五人の体躯がハヤブサのように舞動き、屈強な死鳥を手玉にしてしまう。
勢い、敵は次々に地へと撃ち落とされていく。
「手強いな。しからば。全軍、神風体勢!」ハッジが大気を歪ませんばかりの怒声を張り上げた。
すると鳥獣たちは、数羽ずつ三角形の陣を形成し、翼の端を刃物状に尖らせた。
そして壮絶なスピードで五人の獲物に特攻した。
その目まぐるしい光速の飛鷹は、とても肉眼では見切ることができず、スナイパーたちは翼の刃に体中を斬り裂かれてしまう。
「反則だよ、あんなスピード。どうする敦?」正義が今助けに出るべきかを問う。
「もう少し待ってみよう。彼らは黄泉の勲章級の精鋭部隊だし。きっと大丈夫だ」
敦たちは今しばらく辛抱して白熱バトルを静観することにした。
「あの速さに対抗できるのは、俺の鬼滅風しかないようだ」タナウスが薄笑いを浮かべて言う。
「せめてあの隊列を崩せれば、何とかなりそうなんだがよ」レンドルが悔しそうに手首の裂傷を舐める。
「アホウドリ野郎め、ちょこまか動きやがって!必ずこの槍で焼き串にしてやるぜ!」ベルが怒り任せに槍をアスファルトへ突き刺す。
「鳥の動きが精確なのは、あのハッジとかいう隊長が思念で指令を送っているからさ。先にあいつをどうにかしないとね」ジョリーが敵の戦術を分析して見せる。
さらに無口なトライスが言葉を紡いだ。
「軍団長は俺が何とかする」
「だが奴と戦うのは救国使の兄ちゃんだぞ」レンドルが口添えする。
「合図を送れなくするだけだよ。後はあの子にやらせな」ジョリーが説教っぽく言い放つ。
再び死鳥軍団の弾丸飛行が五人を包囲する。
決死のせめぎ合いが続くが、依然としてスナイパーたちは反撃の糸口を掴めないでいた。
そしてハッジの跨がる鳥獣が攻撃に乗り出し、丁度トライスの前に近づいた時だった。
スキンヘッドの猛将は絶好のタイミングで、ハッジの背後に飛び乗ることに成功した。
「何をする、貴様!」
鳥獣の上で二人の熾烈な取っ組み合いが始まった。
「このハッジ様に挑戦しようとは、無謀にも大胆な奴よ」
「お前の統率力を削がせてもらう」トライスが魔剛掌でハッジの手首を掴む。
「離せ!何と言う馬鹿力だ!」
ハッジは指令が送信できなくなり、死鳥たちの動きが緩慢になる。
トライスは力任せにハッジを抱き込み、自分もろとも鳥獣から飛び降りた。
落下した両者は、路面を転がり激しく揉み合う。
敦が意を決して走り寄る。
「ぼ、僕がやります!代わって下さい!」
あからさまな決意表明を聞くなり、トライスは剛手を離した。
「地球を救うのはお前自身だ。しっかりやれ」そう泰然と言って、スナイパーたちの加勢に向かった。
「てめえの相手は俺だ」
ハッジは値の張りそうな服に付いた汚れを払って告げる。
「水上敦。全くに恐れ知らずの高校生だな。私はお前が好きだ」
「気持ち悪いこと言いやがって!」
「どうだ?魔王に懺悔して、我ら軍団の仲間入りをする気はないか?地位も名誉も権力も手に入る。豊かな生活や欲望の充足も約束される。何不自由ない薔薇色人生が待っているぞ」
「遠慮しとくよ。生憎、欲は少ない人間でね。第一、悪は趣味じゃないんだ」
「分からん奴だな。地球など守って何になる?魔王軍に与した方が遥かに得だ。私のように気分爽快、毎日幸せに暮らせるしな」
「それはあんたが極楽とんぼなだけだろ。自分で気づいてないのかな?軍団長ったって、あんたはどの道使い捨てだよ。魔王マンドラの着せ替え人形でしかないのさ」
図星を突かれ、ハッジが激情する。
「何だと!この私が、超魔飛翔軍団を任されている大幹部のこの私が、使い捨て?着せ替え人形だと!」
「ああ。どうせ悪人に御恩と奉公の関係なんかないでしょうに。状況が悪くなれば切り捨て。もし俺に敗北すれば、あんたの信用はガタ落ち。軍団長解任どころか、処刑か腹切りかもね」
「黙れ!私が貴様に負けるだと!そんな事絶対になーい!かくまで侮辱の誹りを受けたのは初めてだ!しかもズブの未成年などに!許さん!どんな事があっても、貴様だけは許さんぞー!」ハッジは発狂同然に吐き放った。
そして、傲然と脇差しから重装な剣を抜いた。
「このハッジ様を本気で怒らせた者は数えるほどしかいない。しかと見るがいい。これから起こる楽しいイリュージョンを。そして泣いて詫びるがいい。私を馬鹿にしたことを。救国使、私の真の怖さをとくと味わわせてやるぞ」
そんな大将同士の一騎打ちを見た側役三人は、自分たちも高み見物をしては居られないと、戦いに乗り出した。
「魔界の死鳥。魔草の餌食になりな」由美が朱雀の靴に履き替え、死鳥を迎え撃つ。
「鳥さんたちに平和を訴えて、和解してもらわなくちゃね」亜季が破邪の錫杖を携え、飛び交う敵に話し掛ける。
「二階堂さん、僕の背中に乗っちゃって」正義が翔天の羽衣を着て言う。
亜季は気恥ずかしそうに、浮揚した正義に跨がる。
正義は興奮に掻き立てられた。
初めてだ!女体。女の子の肉感。しかも憧れの亜季ちゃん!
「ごめん、敦」罪悪感から呟きが漏れる。
「え、何か言った?」
「ん?い、いや。な、何でもない。じゃあ飛ぶよ」
スナイパーたちも激戦を展開していた。
ハッジの思念指揮がなくなり、規律と連携こそなくなったが、死鳥軍団のスピードと賢さに手こずる。
タナウスは必殺の風刃を連発して、敵との適切な距離感を保ちつつ闘う。
「レンドル。あそこの集団、何とかならないか?」
「任せろ。バラバラにしてやるぜ」レンドルが極炎弾を両掌に掴み取り、思い切り標的に投げつける。
鼓膜を劈く大音響の大花火が巻き起こり、死鳥たちが啼きながら墜落していく。
ベルは雲を突き抜けんばかりに、神空槍を長々と延ばして死鳥たちの羽ばたく高さまで突入すると、鉄棒よろしく槍にぶら下がりながら、彼らに強烈な蹴りを喰らわす。
「ちぇっ、しつこさだけはいっちょ前だな。クズ鳥め」
また、ジョリーは舞麗ガンから団扇状の弾丸を発射させて、複数の敵を射撃する。
「なかなか命中しないわね。手強い鳥たちだわ」
そしてトライスは銅像のように屹立し、地表に敵をおびき寄せて、自慢の魔剛掌を連打する。
しかし、超魔飛翔軍団は怯むことなく、さらに強烈な戦法に転じた。
死鳥たちはイレイザー弾でアスファルトや建物のコンクリートを破壊し始める。
一瞬スナイパーたちは、その不可解な行動に当惑したが、その目的はすぐに判明した。
死鳥たちは、破壊により道端に量産されたアスファルトやコンクリートの瓦礫を掴み上空に舞い上がる。
そして、翼を激しく扇いで旋風を起こし、瓦礫とともに、眼下に撃ち下ろして来た。
大量の礫片が、隕石の如くに一同を襲う。
「ちょっと!そんなのあり!」由美が魔草を瞬時に身体に集めて、降りかかる瓦礫の疾風を防備する。
「げっ!二階堂さん、しっかり捕まってなよ!」正義が亜季を乗せて、羽衣をはためかせる。
二人はビルの高層階まで急上昇して、辛くも難を逃れた。
スナイパーたちも各様防御態勢をとって、致命的被弾を防いだ。
それでも五人は、少なからず打撲や傷を負ってしまった。
「助かったようね」由美は一息ついて防御壁になってくれた魔草を身体から外した。
しかしその時。一羽の死鳥が足元の蔓草に噛みつき、強引に引っ張りながら飛び立った。
靴がスッポ抜け、持ち上げられた由美は地面に打ちつけられてしまった。
「あっ、この、やろ・・・」そのまま気絶する。
死鳥が由美にトドメを刺そうと降下する。
刹那。空気が歪み、死鳥の翼端が断ち切られた。
タナウスが由美を肩に抱き建物の陰に運ぶ。
「女の子のくせに、勇敢だな。それに中々の美人だ」
気づいた由美が目を開く。
「あなた?あ、ありがとう」頬が赤く染まる。
「よくやった。後は休んでな」タナウスは額に優しくキスをして、戦場に戻っていく。
何?何よ!初対面でいきなり接吻なんて。
由美は恍惚とした初体験に、胸が締め付けられる。
そして、下腹部が温かく気持ちよくなる自分に嫌悪感を感じた。
「何よ。キザなナルシス男」
正義と亜季は徐々に高度を下げ、バトルの様子を確かめる。
そこに死鳥のはぐれ集団が接近して来た。
亜季が錫杖を構えて唱える。
「皆さんに幸がありますように」
愛の波動が敵を取り囲み、戦意を喪わせる。
正義が羽衣を軽妙に操り、亜季が鳥獣たちに無償の愛を振りまく。
二人は好連携で空中を飛び回るのだった。
その頃、敦はハッジの猛剣撃から逃げ回り続けていた。
「どうした救国使。その細腕で我ら魔王軍を退散させるんじゃなかったのか?さては、これまでの快進撃はまぐれだったな。ハッジ様の力を目にして、己の卑近さを痛感したか?」
まさにその通りだった。速く強く鋭い剣術に翻弄されて、手も足も出ない。
魔封銃を撃つチャンスがないかと、必殺の爪を隠してはいるが、そんな隙は微塵も与えてくれない。
ただ自分でも不思議だが、未だに傷一つ負わず逃げ切れている。
そう簡単に殺られる俺じゃないぜ。部活で鍛えた下半身の賜物だな。
しかし、ハッジの剣捌きはさらに超速になる。
「オラオラオラ!この残像が見えるか!」ハッジはミシン針のような光速剣撃で襲いかかる。
その闘魂あふれる気迫に呑まれた敦は、地面の出っ張りにつんのめって背中から倒れてしまった。
ハッジが身体の真上に来て、剣を振り上げる。
もはや逃げられない。これまでか。
救国使英雄譚はとうとうジ・エンドを迎えようとしていた。
だが敦は次の瞬間、自身の肉体の明らかな異変を知覚した。
ハッジの剣がまさに突き刺さらんとした時。
敦は流れ星のような流麗な動作で、鮮やかにかわした。
なおも、剣の高速ニードルワークが連続して突き立てられる。
その剣撃も、異常な程の速い反応速度で身体を捻って全部よけてしまう。
おかしい。何で俺はこんなに素早いんだ。どうしてか知らないが、剣がスローモーションのように見えるぞ。
そして、全力で振り下ろされたハッジの刀身を、何と真剣白刃取りであっさりと挟みとってしまった。
「馬鹿な。魔界一の剣術家である私の太刀を受け止めるとは」ハッジは脂汗をかいて狼狽する。
おまけに敦のトーキックが、バッジのみぞおちにヒットした。
失意の軍団長は鞠のように路面を転がり飛んだ。
素早いだけじゃない。筋力まで凄いぞ。
どうなってるんだ?
その時。敦は思い出した。
あれだ。あの玉。天使がくれた光の玉を食べたせいだ。
秘幻魂。天津神の神力が宿るという神気でできた玉。
なるほどな。天津神のパワーで俺の身体能力は神レベルに。
「そうかそうか。これで正式な神族、黄泉の救国使になったわけか」敦ははち切れんばかりの自信を漲らせて、強く両拳を握り締める。
ハッジは苦虫を潰した痛ましい面相で、よたよたと歩いてくる。
「お前、人間ではないな。天津神から力を授かったのか?」
「そう言うことだね。もうアンタなんか敵じゃないかも」
「何だと!このハッジ様が、敵ではないだとー!」張り裂けんばかりの怒声を発して怒り狂う。
「貴様はこの世界の住人。誰が何と言おうと人間だ。人間に過ぎんのだー!」
「声が大きいよ、みっともない」
「ほざくな!例え貴様が天津神から力を得ようと、魔王軍団長であるこの私との実力差は遥かに大きい。いいだろう。私の内に眠る恐ろしき力を目覚めさせるいい機会だ。ケツの青い救国使よ。今度こそ、泣いて後悔するがいい」
言うなり、ハッジは地を揺さぶるような唸り声を発した。
すると、体中から凄まじい赤銅色のオーラが湯気のように噴き出したのだった。
そして、背部に目にも豪壮な翼がメキメキと出現した。
さらに筋肉量が半端なく増加し、体色が不気味な焦げ茶に変わる。
顔は人間味を失い、いかにも獰猛冷酷な化け物の風貌になった。
「こ、ここまで変わるのか。まるで別の生き物になったような」愕然とした変容に敦が声を震わせる。
そして仕切り直しとばかりに、赤銅の波動を逆巻く暴風にして砲撃してきた。
瞬時に避けようとした敦だったが、身体半分間に合わず、渦に巻き込まれて吹き飛ばされる。
そのまま建物の外壁に衝突し、アスファルトの上を跳ね上がった。
普通の人間なら全身骨折は免れないが、神気に護られた敦は、軽いダメージしか負わなかった。
「さすがは天津神の神族。それでこそ、いたぶり甲斐がある」
バッジは堂々たる所作で宙に舞い上がると、翼を華麗に振り動かして羽毛を舞い散らした。それを波動に載せ、あたかもジャックナイフのように鋼鉄化させて、敦へと投下した。
羽毛の光刃は情け容赦なく、一気呵成に降り注がれる。
その速度は常識を外れた凄絶なもので、敦は全方位に飛び転がって逃れようとするが、とてもよけきれない。
プスップスッと、先鋭な羽毛が身体に突き刺さってしまう。
しかしこれも秘幻魂の神力のおかげで、皮膚が神的に丈夫になっているのか、痛覚が刺激を捉えることはなく、痛みは感じない。
それでも軽微なダメージはあるようで、身体が幾らか倦怠感を受容している。
羽毛ナイフが尽きると、今度は立て続けに赤銅オーラを火球にして剛速球を投げ付けてきた。
これも全ては回避できず、火の粉を何発か浴びてしまった。
その次は、放たれる火球が火の鳥に変幻し、様々な角度から追突を仕掛けてくる。
しかも、それを避けても火の鳥は消えず、追跡爆弾の要領で直に激突するまで追いかけてくるのだった。
敦は破れかぶれになって、拳で火の鳥を叩き消すが、その際の爆破の風圧に曝され、さらなるダメージを受けてしまう。
ちくしょう。せっかく天津神のエネルギーを貰っても、ただ防御だけ逃げるだけじゃ、絶対に勝てないじゃねえか。
攻撃に出なければ、ジリ貧になって体力ゲージがじゃんじゃん減る。そうなれば確実に負ける。
いや、待てよ!防御力があるんなら、攻撃力もあるよな。
そうだ。今まで何やってたんだ。ホント、俺って能無しだな。
今は攻撃力も神レベルのはず。俺はもはや天津神の一員なんだ。
「総大将の救国使、水上敦!魔王の部下なんかに負けるわけがない!」敦は勇断しジャンプする。
すると、トランポリンで飛んだように、いや、それとは比較にならないほど軽々高々と宙に舞い上がってしまった。
神速でハッジの目の前まで飛び上がると、渾身の力で腕を一振りした。
パンチは顔面にめり込み、敵は猛スピードで地表に墜落した。
「すげえ!これが、俺の力。俺の戦闘力」敦は信じられない思いで、神がかった自分の肉体を凝視する。
顎を押さえながら立ち上がったハッジは、恐ろしい羅刹の形相で吐き捨てた。
「何たる侮辱!人間の、高校生の子供に、このハッジ様がクリーンヒットを食らうとは!全くに、魔王軍の恥さらしではないか!魔王や他の軍団長になんと弁解すればいいんだ!ああ。人生最大の悪夢だー!」ハッジは顔を覆って慟哭する。
「しょうがないでしょ。人間とは言え、相手は天下の天津神一族なんだよ。強いに決まってるじゃん」敦が余裕の表情で事態を解説して見せる。
「しょ、しょうがないだとー!何が天津神だ。貴様のような未熟者に、この私が劣勢に!許さん!許さーん!」
腹わた煮えくり返るハッジは指笛を吹いて、何かのメッセージを出した。
すると、空の雲間に隠れ控えていた無数の死鳥が一斉に集まって来た。
「親衛隊鳥よ、超魔飛翔軍団の恐ろしさを見せる時が来たぞ!」
ハッジが気炎を吐くと、集まった死鳥たちはその身体に密集した。
そしてハッジの五体全部が鳥、鳥、鳥になった。
「何だよこれ?鳥に食われた人間か。昔、映画か何かであったようなキモさだ」敦がその凄惨さに辟易する。
「行くぞ、救国使!」死鳥を全身に吸着させて、ハッジが猪突猛進、飛翔する。
敦は臆さず身を翻して、迎え撃つ。
鳥獣たちのエネルギーを得たハッジは、あらゆる身体性能が格段に上昇した。
強靭な上肢から振り下ろされる高速剣撃が敦を慄かせる。
空中を移動して何とかいなすが、このまま反撃しなければその内に叩き斬られてしまいそうだった。
それと相まって、複数の死鳥たちの目からイレイザーが砲撃される。
敦はその何発もの眼光弾を浴びてしまう。
そこへ機を見て、ハッジにくっついた死鳥が刀刃のように入れ替わり立ち替わり突進して来た。
拳で払い除けようとするが、素早い敵はそれを潜り抜け、敦は何度もダメージを負った。
ヤバいぞ。奴の言ったように、実力差はかなりあるみたいだな。
鳥が完璧な矛にも盾にもなっていて、此方から攻撃に踏み切ることができない。
仮にまともに立ち会ったとしても、こっちが断然力負けする。
くそ野郎め。やはり頼みの綱は魔封銃だけか。
どうにかして、ぶっ放つ間を作るしかない。
敦は相手をつぶさに観察して弱点を探す。
しかしそうこうする間に、さらなる危機が迫る。
「こんなもので驚くのは早いぞ、救国使。とっておきの技をとくと見よ」そう言うや、ハッジは目を潰すような苛烈なまでの波動を漲らせた。
すると、ハッジの肉体は歪な黒黒とした闘気に覆われた。
そして密着する死鳥が鉄のように硬化した小手、膝当て、鎧、兜となり、ハッジを死守する完全防御ツールとなった。
剣にも装飾のように死鳥が絡みつき、至高の刃となる。
まさに攻守完全無欠の戦闘モンスターへと成り代わった。
「こいつは無理だ。スナイパーに手伝ってもらうしかないぜ」
「そうはいかん。貴様はこのハッジ様が倒す。邪魔はさせんぞ」
もうここまでだと、敦は踵を返して逃げの体勢に入る。
しかしハッジが半端ないスピードでそれを立ち塞いだ。
「逃げることはできん」肉迫して言うや、剣から暗褐色の烈波を発出して、敦に浴びせかけた。
「うわーっ!」波動が敦を包み込み、激しく縛り上げる。
堪らず地上に降りた敦は、痛みと痺れにのたうち回る。
「それでいい。苦しみ喘ぎ、怯える人間の姿が見たかったのだ。どうだ水上敦。これで、私の偉大さが分かっただろう」ハッジが自尊心を満足させて、悠揚と降下して来る。
波動は敦の身体に纏わり離れず、ダメージは持続する。
すげえ霊気だ。掻き消すことができない。
これじゃ間違いなく死ぬ。
こうなりゃ、総大将罷免でもかまわないぜ。
敦は踏ん切りをつけ、助けを請おうと決めた。
周囲ではスナイパーたちの奮戦が続いている。
そして叫ぼうとした時。
傍らに立ったハッジが非情にも、武士の切腹介錯よろしく、敦の首を切り落とさんと剣を振り上げたのだ。
その刹那。不意に地震が起き、アスファルトが大振動した。
ハッジも期せず背後に転倒する。
神の助けで一命を確保した敦が目線を横に遣ると、トライスが跪いて拳を撫でているのが見えた。
それは地震ではなかった。
トライスが魔剛掌で路面をぶっ叩いたのだ。
「トライスさん!」
敦の呼びかけに、無言で頷くトライス。
敦も思わず笑みを送り返す。
「何を笑っている。何が起きても、死ぬ運命は変わらぬぞ」ハッジが再び剣を構える。
スナイパーさんたちにもゆとりはないんだ。自分で乗り越えるしかない。
そうだ。冷静に考えてみろ。俺はもう天津神のエネルギーを授かってる。
これくらい楽勝さ。
敦は瞑目し、心を静めた。
次第にいい知れぬ胆気が滾々と湧いてくるのを感じた。
そして集中力を高め、鋭い一念を叫び声にして吐き出した。
「いやぁー!」
それは剣道で訓練してきた気合いの掛け声でもあった。
発声とともに、ハッジの暗褐色の波動が身体から霧散してなくなった。
「さんざんイジメてくれたな、軍団長。今度は俺が仕返しをする番だぜ」そうガンを飛ばす敦の身体に、艶やかなオーラが出現した。
「何!何だこの強大なエネルギーは!」
「へへっ。魔王軍も天津神一族の前では赤ちゃんだな」
「ま、またも私を侮辱するつもりか!」
「宿り眠るパワーを引き出せるようになれば、俺は魔王よりも強いだろうねえ」
「黙れ!思い上がるな、人間め!」ハッジが激怒して斬りかかる。
敦は真正面からその剣の刀身を拳で打ち返した。
剣は折れて、ブーメランのように彼方へ飛んでいった。
「馬鹿力か。小癪な奴め!」バッジは闘志を剥き出し、鉄化した死鳥たちの防具を装備した腕、脚、体、頭で敦に襲いかかる。
小手をした豪腕の肘打ち、膝当てを着けた強力な蹴撃、鎧による重鈍な体当たり、兜の衝撃的な頭突きが、鮮烈なスピードと機動性のもとに繰り出される。
だが敦はことごとくその猛攻を防いでしまう。
秘幻魂の神気が充満した肉体は、想像以上に頑丈なものになっていた。
「な、なぜだ!私は超魔飛翔軍団長だー!こんな奴に舐められてたまるかー!」ハッジは死物狂いになって間合いに飛び込むと、敦の身体を一気に抱擁してしまう。
「安心するがいい!一思いに窒息死させてやるー!」圧死させんと全筋力を駆使して抱き締め上げる。
その剛力に敦もさすがに参ったかと思いきや。
天津神の神力はどこまでも神通無限だった。
敦は身体を締め抱えられたまま、何を考えたか上空へ飛び上がった。
そして、湧き出る霊気を全開にして、しがみつくハッジを光波で取り包んだ。
さらに空高くまで行くと、その加速を駆って今度は対空ミサイルのように急降下する。
加速度が限界まで増した所で、敦は器用にもネコジャラシのようにバッジの抱擁から滑り出た。
ハッジはそのミサイル余波に地縛されたまま、無惨にも地面に思い切り直撃落下してしまった。
「どんなもんだ。こうまで強くなると、魔封銃はもういらないかもな」敦は勝利の余韻に酔いしれ、何度も拳を天に突き上げ喜んだ。
スナイパーたちはハッジと死鳥たちを回収して黄泉へ帰還して行った。
世間はまたも地球を救った謎のヒーローたちの話題で大騒ぎになった。
そして、それに混じって戦った四人の若者についても噂が流れた。
これについて、街を占領したハッジの強制通告で、戦場にテレビカメラは一切設置されていなかった。
おかげで敦たちの素性は未だバレていない。
マゴヒルコが今日は勉強机に乗っかって教説する。
「超魔飛翔軍団は瓦解した。これで後は三軍団だな。魔王マンドラはいよいよ最大出力で地球を征服にかかるぞ。敦、青春生活はしばらくお預けだ。というより、ドブに捨てるべきかも知れんな」
「誰が捨てるかよ。一生に一度しかない宝物なんだぞ。他人事だと思って勝手に決めるなっての」
「地球が魔王のものになれば、もとより人生など意味はなくなろう。お前は魔王軍討伐に全力投球するしかないのだ。わがままを言うでない」
「けど大学入試が迫ってるんだよ!地球が魔国になっても大学はなくならないかも知れないぜ!そん時は責任とってくれるのか!」
敦の懸命な罵声に、マゴヒルコは腕枕をして素知らぬ顔を決め込む。
「俺の身体はもう人間じゃない。天津神のエネルギーを食べたせいで神族になっちゃったんだ。このままとことん宿命に翻弄されて、地獄まで行っちゃうんだろうね」
「救国使の任を承諾した時から、それは言わずもがなだ。まあ、避けられぬ天命と言うべきだな」
敦は地球救世の渦中にあって、今もこの難行から逃避し、平凡な高校生に戻りたいという衝動を捨てきれずにいた。
「でもこれだけの戦闘能力があれば、魔王なんて簡単に倒せるかも」
「侮るでない。マンドラの力は想像を越えた高次元の域にある。お前は確かに強くなった。黄泉の魔物にも勝てるほどに。しかし冥界は広い。超絶な魔力を持つ傑物も数多存在する。まだ残りの軍団とて、一筋縄ではいかんだろう。闇はさらに濃く深くなるぞ」
マゴヒルコは言い残すと、四次元ポケットに消えていく。
やれやれ。この丸投げ仲介人、いつも脅しだけは一流だ。
次はどの軍団が相手だ。いつ襲来するのか。
全くダルい。未来がこれだけ暗澹たる景色なら、せめて今を見て生きるしかない。
楽しく面白く。心に楽園を思い描いて。
敦はスマホを手に取り、享楽に耽るべく没入した。




