最高神からのお告げ
見たこともないほど壮麗な楼閣。何とも言えないかぐわしい芳香。
此処は何処だ?
それは夢のような理想郷というより他に形容できない。
「よく務めを果たしてくれていますね。感謝していますよ」
声の出先を見ると、清澄な白衣を着た天女のような人物が立っていた。
「貴方は?」
「私はマザナミ。天津神の母神です」
「えっ!天津神のお偉い様!」
「一応、最高神なんですけど」マザナミは袖口を上品に口へあてがう。
「お目にかかれて嬉しいです。今日は敦さんにご挨拶に参りました。常日頃、黄泉からの密命に精進下さりありがとうございます。これからまだまだ受難が続きますが、現世の平和を守るために、貴方のお力が必要です」
「それは分かってますけど。ここは天国なんですか?」
「はい。冥界の最上部。天上界です」
「すげえ、ここが!」敦は改めて息を呑む絶景を食い入るように凝望する。
「また魔王が、軍団を地球に再投下します。その前に一度貴方とお話がしたくて」
「そんな。畏れ多いです」敦は首を振って謙遜する。
「純粋ですね、敦さんは。色々見えますよ」マザナミが敦の心を透視する。
「テレパシーですか?やっぱり神様だから何でも見抜いているんですよね?参っちゃうな」
「あなたは愛を注げる人です。その愛念が必ずや人々を救うでしょう。ただし、少しだけ自分嫌いな面がありますね。自己を卑下し過小に捉えてしむう。それは貴方に与えられた課題です。これから徐々に克服していって下さい」
「な、なんか。愛の波動が凄い」
マザナミは全身から神々しく清浄な光を、さんさんと放っている。
この光を浴びたなら、どんな極悪人も忽ち善人に変化してしまうだろう。
「貴方の私どもへの献身、本当に頭が上がりません。勝手な言いつけばかりして、ごめんなさいね。魔王の野望が尽きるまで、またよろしくお願いします」マザナミが優しく微笑する。
「いえいえ。僕も武芸を嗜む求道者です。一旦引き受けたからには、最後までやらせてもらいます」敦は精一杯の虚勢を張る。
「ありがとうございます。心から感謝します。お友達共々、貴方のことはいつも見ています」
そう言うと、マザナミは天に昇るかのごとく、きらびやかな光の波紋をうねらせて、立ち去っていった。
敦は大きく息を吐いた。
「何だか、あの人の顔を見てると、全てをさらけ出さずにはいられなくなるな」
「当たり前でしょ。黄泉のあらゆる神があの方にひれ伏すんですから」不意に声が飛び込んできた。
慌てて振り返ると、また別の白衣女性が一人、空中に浮揚していた。
「誰ですか?」
「マザナミ様のお付きよ。天使って呼ばれてるけど」ややヤサグレた口調で済まし顔を拵える。
「何だ、神じゃないのか。ならタメ口でいい?」
「何だとは何よ。天使は神の使いよ。救国使なんかより、ずっとずっと階級は上なんだから。生意気な事言わないでくれる?」
「で、俺に何の用事なんだ?」
「どうしよっかな?やっぱし、あげないで置こうかな」天使は含み笑いをして勿体ぶる。
「何だよ。貰えるもんなら貰いたいね」
「貴方は確かに魔王軍を倒した。でもそれは黄泉のアイテムの助力あってのことだわ。貴方自身は生身の普通人。何の霊力も使えないし、身体能力も低い」そう言うと、天使は手のひらに小さな玉を顕現させた。
そして、敦の足元に投げ寄越した。
「食べてごらん。それは天津神の神気が込められた秘幻魂。身体に神力が宿るの」
「神力?食べるとどうなるの?」
「それは時間が経てば判るわ」
敦は手に取って、一思いに食べた。
しかし、何も変わらない。
「とても舌触りがいいけど、何の味もない」
「これで貴方も天津神系の一員ね」
「教えてよ、どんな作用があるんだい?」
天使は笑いながら楼閣の屋根へと飛んでいく。
ちょっと!待ってよ!ねえ!
背中にドスンという衝撃。
「はっ!あれ?」
気づくとベッドから転がり落ちていた。
目が覚めた。夢だったのか。
待てよ。口に何かを咀嚼した感触が残っている。
夢の中に。
マザナミ。天津神最高神が俺に会いに来たんだ。
「この間の模試、難しかったね」亜季が机に手をついて言う。今日も笑みを絶やさない。
「うん。第一志望D判定だった。最悪」敦は数列の宿題の解答ノートを、亜季から見せてもらっている。
「大丈夫。まだ本番まで時間があるから、これから追い込めば分からないし」
「二階堂さんは余裕でしょ?」
「そうでもないよ。余裕なのは新巻さんだわ」
見ると、由美は自分の世界に浸り、黙々と参考書を読み耽っている。
受験か。人生の一大イベントであるはずのものだが、地球がこの状況だからな。
その先の就職、結婚。それも全くの白紙。
その時。由美が参考書を閉じ、敦の席にやって来た。
「駄目だわ。身が入らない。模試の順位もだいぶ下がったし。どうしてくれるのよ。貴方に加担したせいで、人生狂っちゃったじゃない」
「そんな言い方しなくてもいいじゃんか。加担しなくても地球はどん底になるから、もう進学どころじゃないよ。少しでも可能性があるんなら、魔王に抵抗して地球を救わなきゃ。そうしないと、貴重な青春が確実に消滅する」
膨れっ面の由美を慰めようと、敦は極論を言い諭す。
クラスメートの目がちらほら向けられる中、二人は当て所もない意見をぶつけ合う。
「水上君も新巻さんも、どちらも正しいわ。魔王さんの計画しかり。私たちの青春しかり。両方頑張りましょう」亜季が二人と片方ずつ手を繋いで場を和ます。
こんな時でもこの聖女は至って純朴明朗。曲がった所も捻くれた所も一切ない。
天使以上に天使らしい。
授業が終わると、正義と合流して学校を出た。 今日はともに部活は休みだった。
「衝撃発表!俺、高校で演劇部辞める」唐突に正義が甲高く言い放つ。
「嘘だろ?お前から演劇取ったら、カスしか残らないじゃん」
「か、カスだと!お前親友を愛してないのか!」
「何だよ愛って?気持ちわりい奴」
それでも正義はへこまず毅然と言う。
「卒業したら芸能プロに入る。もう楽しいだけのぬるま湯は飽きたんだ。学生演劇はもういい。人生を賭けた大勝負をするんだ。プロの役者になって、今まで俺を馬鹿にした連中を見返してやる」
「マジかよ。お前は学内演劇部ですら、補欠裏方なんだぞ。それが芸能プロダクションに所属?目玉焼きも上手に焼けない人間が、いきなり高級和食創作料理に挑むようなもんじゃないか」
「分かりにくい事言うなって。俺は化ける。絶対大物になる」
敦は失笑が抑えきれず、腹が痒くなる。
「でも、お前にしては根性入ってるな。ダメ元だったとしても、その気迫は大したもんだぞ」敦は思わず肩に追突してやる。
「だけどさあ。その前にこの世がなくなっちゃうかも知れないんだよなー。そうしたら、夢も消える。楽しみは来世に持ち越しか。あっ、魔王が地球の大王になったら、来世でも無理か」正義は肩を落として地面を見遣る。
その通りだ。俺たちが魔王軍に負けたら、この世界は悪の植民地になる。
愛や平和は壊され、娑婆は地獄絵図になってしまうのか。
魔王は人間を憎みこそすれ、愛おしむことはないだろう。
現実は絶望的だが、救国使の自分がリーダーとして奮起しなければ、人類は希望を失う。
面倒くさいけど、やるしかないのか。
「くそったれが!」敦は秋空に滲む夕焼けを眺めながら、艱難辛苦の運命を罵った。




