人工知能の暴発
魔王特命係三兄弟の残り二名を征討すべく、一同は水上邸で談義を行った。
「次は釈だな。人工知能の猛者が相手だ。しっかり対策を講じねばなるまい」マゴヒルコが円陣の真ん中に置かれた皿の上のクッキーを美味そうにかじる。黄泉の使者は人間界の食べ物を受けつけるようだ。
「ネットで調べたら、あのAIオタクは海外の世界一難しい大学を卒業してるみたい。いいよな、才能のある人間は。頭よければ好きな事もできるし、夢も叶う」正義が不貞腐れた態度でクッキーをパクつく。
「夢なんか追いかける必要はないさ。無理しないで、程々に生きるのが正解だ」敦が嗜める。
「そう言うのを逃げって言うのよ。やるべき事もやらず、言い訳ばかり。才能がないなら、なおさら努力しなさいよね」由美が憮然と捲し立てる。
「由美さんは自分が頭いいから、そう思うんだろ?俺は必要以上に努力なんかしたくないんだけど」
「だから逃げたいんでしょ?所詮はそれがあんたの本音なのよ。言っとくけど、私は常に最適解を念頭に置いて行動してるから」
痛い所を突っつかれた敦は、思わずムッとなり口が荒くなる。
「逃げじゃないよ。人間には生まれつき、ポテンシャルやキャパシティの違いがあるんだよ。それを認めなきゃいけないと思うだけさ」
「じゃああんた、それが生まれつき小さければ努力しなくていいと思ってんの?大した甘えん坊ね」
「何だよその上から目線は?俺は諦めたり投げ出したりする事も人生には不可欠だって言ってるんだよ!そうしなきゃ、先に進めないだろうが!」
「楽したいからそう言う発想になるんじゃない!本当は自分だって成功したいんでしょ!釈みたいになりたいのよ、あんたは!たから、やっぱり逃げね!」
「何だと!誰が逃げた、こん畜生が!アイツができたから俺もできる。俺ができたからお前もできる。そんなわけねーだろうが!沢山努力できる人間と、少ししかできない人間がいるのを、あんたは知らないだけだ!」
「そんなの詭弁だわ!サボるから目標に到達できないだけよ!夢ぐらい持ちなさいよ怠け者!」
「あんたこそ、イヤイヤ学校来て何の意味あんだよ!今まで我慢してたけど、あんたってマジで性格クズだよな!誰とも喋らねえし無視だし、機械的に授業だけ聞いて即帰宅。あんたこそ、社会を恨んで背を向けてるんじゃねえか!本当は俺らみたいに部活やって、友達作って楽しい青春過ごしたいんだろ!その意地悪な顔に書いてあるよ!」
「巫山戯るなゲス!帰宅部で上等だわ!この世が地獄になっても、お前と青春なんか過ごしたくない!」
罵詈熱弁に圧倒されて固まっていた正義と亜季が、これはまずいと必死に両人を落ち着かせる。
「まあいいじゃんか。才能論や努力論は容易には解決できない普遍論争だから。それまでそれまで」正義が両手を広げてブチ切れた二人を静める。
「私は、どんな人にも生まれて来た意味があるし、役割があると思うの。だから非難しあっちゃいけないわ。皆で仲良くしなきゃ世界は救えないし」二人のディスり方が余りにショッキングだったためか、亜季が希少にも無表情な顔で寂しげに言う。
暫時、静謐が部屋を満たした。
「そうだな。まあ、どちらの意見もどっこいどっこいではある。努力し夢を追求するのは誠にもって素晴らしいことだ。一方で、現実と折り合いをつけるのもまた賢明と言えよう。言うなれば、それは両輪だな。できることはできる。できないことはできない。どちらの心掛けも人生には欠くべからざるものだ」
そう弁舌したマゴヒルコが、いつになく慈悲溢れる顔つきでコクリと首肯した。
それでも合点がいかないのか、敦と由美はへそを曲げたまま目を合わさない。
「さあ、内輪揉めをしている場合ではないぞ。釈と破壊獣は隣県の見胡桃研究所にいる。いざ参れ」
マゴヒルコが例の如くカプセルから異次元装置を出し、空間に穿たせた暗点に四人を誘った。
人工の植樹に囲まれた最先端研究施設見胡桃は、県境の新興工業地帯にある。
一同はその敷地にある実験場にワープした。
そこにはハイテク装置が完備され、釈が熱心にモニターを睨みつけて作業に没頭している。
「博士。いい加減目を覚ましなよ」敦が軽妙な声を出して誰何した。
釈がギョッとして振り返る。
「また来たのか。魔王に反逆する偽善者たち」
すると横脇の扉が開き、ミザルが姿を見せる。
釈が伸びた髪を掻き分けて近づいて来る。
「これから世界は様変わりするんだよ。今私が開発中のAIヒューマノイドがもうすぐ人間を支配する。あらゆる知的労働や肉体労働を人間から奪い、この世を席巻するのさ。そしてこのヒューマノイドを飼い慣らすのが魔王マンドラってわけ」
悪の鬼才は夢見る子供のような表情で力説する。
「キチガイ博士。可哀想に、完全に魂を売り払っちまったようだな」敦が憐れみを含蓄させて言い捨てる。
「人間はこれまでの歴史において、数え切れないほどの悪行を積み重ねて来た。社会は汚れきっているんだよ。だから粛清が急務なんだ」
「釈さん、あんたはコイツに魔法をかけられてるんだ。本当はあんただって社会をよりよくしたいはずだ」正義が説得を試みる。
「悪を引き寄せたのはあんた自身よ。悪いのは自分だってこと」険しい目つきの由美が見放すように言い放つ。
「君たちの世代は、フランケンシュタインという人造人間を知っているかな?昔から私はあれを理想としてきた。だが人工知能の時代になって、人造人間は革命的に進化した。よかったらお披露目しようか?」釈は唇を広げて笑う。
「それがいい。どうせお前たちは今日、死ぬ運命にあるんだからな」ミザルがおぞましい相貌で一同を見据える。
釈はモニターに戻り、キーボードを早打ちした。
すると、部屋の壁の一部が裂けて広がる。
その中には巨大なサイボーグロボットが安座していた。
「親愛なるヒューマノイド、カオスよ。出ておいで」釈が情愛を露わに語りかける。
ヒューマノイドの目が赤く光り、その巨体の上肢がザッと持ち上がった。
「カオス。この謀反人どもを抹殺するのだ」ミザルが命令する。
ヒューマノイドは荒々しい呼吸音を鳴らして、雄叫びを上げた。
「大変だ。こんな超合金を倒すのは無理だよ」正義が恐怖に竦む。
「ロボットさんに罪はないもの。どうしたらいいのかしら」亜季が眉尻を下げる。
「私がやるわ。コイツには朱雀の靴を使うしかなさそうね」由美が一歩前に進み出る。
「気をつけろ。相手はAI頭脳を駆使するぞ」敦がチラ見して助言する。
「そんな事、怠慢人間に言われなくても分かってるわ」
「な、何だって!」
「怒るのだけは一人前ね。水上、私は貴方が嫌い」
「黙れ、ぼっち女!」
正義が敦を抱きとめて懸命に沈静させる。
「いつまで喧嘩すんだよ全く。さあ新巻さん、一泡吹かせて下さい」
由美はカプセルをプッシュし、黄泉のアイテム朱雀の靴を現出させた。
ローファーを脱いで、足を靴に突っ込んだ。
「それが戦闘アイテムか。取るに足らん。カオス、やってしまえ!」ミザルが指示を下す。
カオスが地鳴りを響かせて由美に迫る。
「早速頼むわよ」そう言って、由美が靴裏を敵に見せつけた。
その時。朱雀の靴底から暗緑色の太い植物の蔓草がニョキニョキと出現した。
蔓草はぐんぐん生え延び、カオスの両下肢に巻き付いた。
そして豪快にその巨躯を薙ぎ倒してしまう。
「すごい!新巻さん、その調子!」正義が拍手して囃す。
「何だ、あの植物は?」ミザルが唖然とする。
「驚いたかしら?この靴は強靱な意志を持つ様々な魔草を黄泉から自由に召喚できるのよ」
「なるほど。仲々やるなお姉さん。だが中途半端な足掻きは苦しみを増長させるだけだ」ミザルが冷やかに笑う。
「あっそう。なら、先手必勝でいくわよ!」由美はさらに靴から複数の魔草を呼び放つ。
カオスの五体が植物でぐるぐる巻きに覆い尽くされた。
「よし。後は任せろ」敦が魔封銃を構えた。
「余計な事しないで!このまま魔草がトドメを刺すわ!」
「サイエンスの力を舐めるなって。簡単に終わる相手じゃない。一気に破壊した方がいい」
二人はいがみ合って譲らない。
すると突如、カオスの体が発光した。
見るや、全身を縛り付けていた植物がバラバラに千切れ落ちていく。
「まさか!」由美が絶句する。
「言わんこっちゃねえ」敦が苦笑いする。
それから、双方の激しい攻防が始まった。
由美は必死に逃げながら、執拗に魔草を召喚し続けた。
独自の意志を備えた黄泉の高等植物は、手を変え品を変え何度もカオスを捕縛する。
だが此方も最先端知識と高度学習機能を誇る人工知能。魔草の攻撃を瞬時に見切って対応してしまう。
現世の知能と冥界の知性。際限のない応酬が長々と続いた。
「もう、しぶとい馬鹿ロボット!こうなったら、魔草をフル動員してやる!」痺れを切らした由美は、床に座り両足の靴を同時にカオスに向けた。
これまでにないあらゆる種の魔草が大量にぞろぞろと靴から這い出して来た。
さすがにカオスは対処が遅れ、植物の枝蔓に体を占領された。
「よし、今度こそ魔封弾を食らわせてやるぜ」敦が息巻く。
しかし、その刹那。不意にミザルがカオスの頭部に飛び乗り、そのまま首に跨がった。
「もういい!後は俺がやる!」ミザルが頭部のスイッチを押下する。カオスの全体が真っ赤に点滅した。
「アルティメットエマージェンシーモード。これからがカオスの本領発揮だ」釈が狂気じみた嘲笑を浮かべる。
超性能に開眼したカオスは、体から衝撃波を噴出して、こべり付いた魔草を剥がし飛ばした。
「やる気全開になったわけか。植物も本気になってくれるかな?」敦がはにかんで言う。
「魔草、黄泉の知恵袋なんでしょ!しっかりしなさいよ!」由美が発破をかける。
魔草は蔓草をとぐろ巻きにして、体勢を立て直す。
「水上敦。貴様の快進撃もここまでだ。地球救国の夢は露と消えるのだ」ミザルが高々と笑い飛ばす。
するとカオスが嘶き声を発して、全身から幾つもの強烈なレーザビームを発射した。
魔草の葉茎が激しく切り裂かれる。
また、それを貫通して敦と由美にレーザーの嵐が降り注がれる。
二人は咄嗟に物陰に逃げ延びようと走狗する。
「あっ!」しかし厚底の朱雀の靴を履いている由美は、足首のバランスを崩して転倒する。
そこに容赦なくレーザーが放たれる。
と、敦が駆け戻り由美に覆い被さった。
「うわっ!」カオスのレーザーが敦の背中に直撃する。
「水上!」由美が痛烈な叫びを洩らす。
「何てこった!」正義が頭を抱えてしゃがみ込む。
「水上君、大丈夫!」亜季が期せず駆け寄る。
「何してるのよ、バカ!」由美が泣きそうな顔で敦の服を掴む。
「背中がヒリヒリだぜ。早く逃げよう」敦はどうにか立ち上がると、四人で遮蔽物の陰に避難する。
そして、カオスと魔草が再び熾烈なバトルを再開する。
「あんた、どうして私を庇ったの?」由美が目を充血させて訊く。
「さあな。自然に身体が反応しちゃったから」敦が素っ気なく答える。
「ホント、頭悪いわねわ」
「まだ言うかよ?」
由美がクスッと失笑する。
「ありがと。助かったわ」
「なら、火傷の治療代払ってくれよ」
二人は愛くるしい表情で笑い合う。
「やっと仲直りか。友情っていいもんだねえ」正義が仲人よろしく二人の肩をさする。
「水上君。新巻さん。何かいい雰囲気」亜季が笑顔で言い遣る。
おっ。亜季ちゃんが嫉妬してる。やはり俺への恋心は本物だったのかな。
でも、由美も悪くない女だ。意地悪の仮面を着けてるけど、内面は純情だし。何か二股になりそうだな。
敦は改めて、三人が親友でよかったと強く思った。
「しつこい雑草め。凍土にしてくれるわ」ミザルがプロンプトを入力し指令する。
カオスの機体から凍てつくブリザードが放出された。
魔草は見る間にバリバリの氷華と化し、身動きがとれなくなる。
そしてすかさず、カオスはその氷固体を手足で殴り踏みつけ、バラバラに粉砕してしまった。
「やられた。僕たちの負けだよ」正義がこんにゃくのように膝をつく。
「まだ俺の魔封銃がある」敦が豪語して遮蔽物から飛び出した。
その時。砕け散っていた魔草の蔓枝が集まり再結合し、見事なまでに再生したのだった。
「やるじゃない。どれだけ細かくなっても細胞は生きてるのね」由美が唇を鋭く結ぶ。
そして今度は魔草の逆襲だった。
魔草は蔓茎を数倍に膨らませて、大蛇のようにカオスに巻き付いた。
さらに頭部の蔓が細胞分裂して、そこから大きな紅蓮の花が咲き出でた。
するとその花弁は、大きく口を開く。
まずいと見たミザルが、反射的に機体から飛び降りた。
花弁はカオスにかぶり付き、何と巨体を一気に丸呑みしてしまった。
「機械を食べても消化できるのかな?」正義が単純な疑問を呈した。
「AIさんを食べて苦しくないのかしら?」亜季も心配げに注視する。
カオスを咀嚼して膨れ上がった魔草は、身体をくねらせながら仁王立ちする。
「カオスが、私の愛する人工知能が」釈が憔悴した面立ちで頭を抱える。
「やったか。結構あっさり勝っちゃったな」敦が魔封銃を杖代わりにして微笑む。
「でも激戦だったよな。よかったよかった」正義が晴々した物腰で魔草へと近寄る。
しかしその時。魔草が悶えるように身体を振動させた。
「まさか!ヤバい、逃げろ正義!」敦が咄嗟に叫ぶ。
「えっ?」言われた正義が後退る。
そして次の瞬間。猛烈な音とともに魔草が大爆発した。
「ワアー!」正義が爆風で鞠のように転がる。
魔草を粉微塵に破裂させたカオスが傷一つない元のままの姿を現す。
「フハハハッ!黄泉の雑草植物ごときに呑み込めると思ったか!」ミザルが痛快に笑う。
「くそっ、なら一発ぶち込んでやるさ!」敦が魔封銃を差し向ける。
しかし、ズルズルと擦過音を鳴らしながら魔草がまたも再生した。
「どうやら細胞そのものを破壊し尽くさねばならんようだな」またミザルがカオスの首に乗る。
そしてスイッチを押し、胸部から射撃砲を出した。
「必殺のフルメタルコアで跡形もなく燃やしてやろう」言うや否や、超高熱の火炎が砲口から放射された。
魔草は何とかその獄炎をかわしながら、致命打を回避する。
「いつまで逃げ切れるかな?」ミザルが余裕たっぷりの声音で言う。
「駄目だ。あれを喰らえば、魔草は完全に灰になっちゃうよ」正義が悲嘆を露わにする。
「あのマッドサイエンティスト。とことんイカれた兵器を開発したもんだわ」由美も危機感を募らせる。
逃げつつも、魔草の蔓草が一部また一部と放たれる火炎に燃え上がっていく。
ミザルの嘲笑が実験場内に響き渡る中、一同は祈る思いで戦況を見つめるしかなかった。
やがて魔草がすっかり炎に包まれた時。
不意にカオスの体に異変が生じた。
発射する火炎が急速に細り、機体から異常を知らせる音響が鳴り始めた。
「どうしたと言うのだ?」ミザルがメンテナンスボタンを押しながら訝る。
カオスの巨体がフラフラとぐらつき、体の各所から煙が流れ出す。
「何だかとても苦しそう」亜季が不安な表情で呟く。
「何か不具合が起きたんだな」敦がつぶさに観察する。
カオスの機体表面がかなり色落ちし傷んでいる。
「消化液だわ。さっき呑み込まれたせいで、体内に魔草の消化液が染み込んだのよ」由美が明晰に解き明かして言った。脱いだ朱雀の靴を手に持っている。
もう靴底から魔草は出なくなった。
「そうか!こりゃ逆転模様だぞ!」正義が生気を取り戻していきり立つ。
魔草はかなり燃やされて身体を失い小さくなった。
しかしカオスも稼働不能になり、程なく動きを止める。
「そんなはずが。私のカオスよ」釈が悲壮感に苛まれて床に崩れる。
「この忌々しい悪草め!」ミザルが発狂して、銃を乱射する。
一同は物陰に身を隠す。
弾切れになったミザルが忘我の状態で喚きながら実験場を疾駆する。
敦は冷静に標的を観て、魔封弾を撃ち放った。
エネルギー光がミザルを照射し気絶させた。
洗脳から解放された釈は涙ながらに謝罪した。
「もう辞める。科学者は引退する。操られていたとは言っても、カオスを開発したのは私です。どうか法廷に訴えて下さい。いかなる罰をも受けます」
「魔王軍に支配されていたんだ。仕方がない。豊島さんは助けたし、後は坂島さんだ。この事件は門外不出にしますよ」敦が不甲斐ないながらも、承服した風に言明する。
「AIは脇役。主役は人間ですよ。それを忘れないで」正義が口を歪ませて言う。
「釈さんは好奇心旺盛だから、これからも人間を助けるAI、研究して下さいね」亜季が朗らかに笑い掛ける。
「貴方、博士には向いてないわね。性格といい発想といい幼児レベルよ。偏差値が高いのと、真に地頭がいいのとは別なんだからね」由美が刺々しく言い放つ。
「本当にそうだと思います。私は勉強はできたかも知れないけど、頭は音痴だったんですね。もう一度、自分の進退についてよく考えてみます」釈は掌で滴る涙を拭う。
黒い穴が空間に浮かんだ。一同はさらなる決意を胸に四次元へと消えていった。




