第六十話「ゆるし」
勇気って、自分より強く、強大な敵に挑む心のことだと、幼い頃から思っていた。
そういうおとぎ話が好きだから、きっと影響されたのだろう。
ちょっと成長した頃になると、謝ることも、勇気だと教わった。
これは、僕が友達と遊具の取り合いから、仲が悪くなったときに、母ちゃんか、父ちゃんかに言われた。
もしかしたらどっちにも言われたかもしれない。
半ばイヤイヤ『ごめんなさい』って言った覚えがある。
でも、そこからすぐに友達と仲直りができたことから、これも勇気なんだなってぼんやりと思った。
そして今。
ふと思った。
もしかして、許すってことも……勇気がいるんじゃないか?
今まで生きてきて、謝られることは何度もあった。
妹が僕の物を壊した時、友達が悪ふざけをした時、村の人が僕にぶつかった時。
ほとんど大したことじゃないけど、細かいことまで挙げればキリがない。
だけど、その1つ1つ思い返しても、僕は『許さない』なんてことを思ったことは無い。
まぁ、そもそも許すとか、許さないとか、そんな深く考えたことないんだけど、嫌な思いは1つも無かった、と思う。
でもここにきて、僕が殺した男。
夢の中とはいえ、僕の家族を殺したこの男。
コイツを助けようと思う以前に、許すことができなかった。
たとえ、男が剣を振らずに、謝罪の言葉を吐いたとしても、
僕は変わらず全力で息の根を止めてやろうとしただろう。
なんだろう。
許せること、許せないこと、何が違うんだ?
殺した人が違ったら、僕は許せただろうか。
……無いな、これがケンセイだろうと、チカセだろうと、僕の家族を手にかけた者を許す気にはならない。
なら、ことの大きさか?
……これも違う気がする、だってヒワシも似たような、いや、これ以上の非道なことをしていた。
それに対して僕は、最初こそはヒワシを殺してやろうと思ったけど、踏みとどまったんだ。
……あれ? 僕はヒワシを許してないのに、なんで助けようとしてるんだ?
ヒワシと戦う前に、少し話してたから?
それでヒワシを可哀想だと……、
いや、違う、あの時は、命の尊さを語るお坊さんのような生き方に、いいなって思ったからだ。
今も、うっすらと思ってるけど、前ほどじゃない。
だから今回、ヒワシのように踏みとどまれなかったんだ。
僕が少し変わったから。
でももし……、
もしだ、あの時、ヒワシに殺された人達の中に、僕の家族がいたら……話は変わってくるかもしれない。
僕は、僕はヒワシを許せないだろうな。
きっと今回みたいに殺意が湧くはずだ。
……あぁ……そうか、ようやくわかった、僕は殺された人達の違いで許せるかどうか変わってたんだ。
犠牲者の中に僕と身近な人がいるかどうか、それが僕の中で重要だったんだ。
決して、僕に関係のない犠牲者を軽んじてるつもりは無い。
でも、実際僕は知らない犠牲者よりも、相対した犯人を優先させてる。
無意識にそうしてしまった。
僕って、そんなヤツだったんだ……。
決めたことやり遂げられないし、考えはコロコロ変わるし、
僕のさじ加減で助ける、助けないが簡単に変わるし、
これなら、毛嫌いしていたウルスの王の方が、ずっとまっすぐだ。
はぁ、改めて思うけど、ドンちゃんってやっぱりすごいな。
仇が目の前にいて、剣を振らないでいられるなんて……。
しかも、普通にヒワシと会話してた。
口では許さないって言ってたけど、あんなの、許したも同然じゃないか。
あれを勇気と呼ばず、なんだと言うんだ。
僕も、ああなりたかった。
もし、僕の家族、友達を殺した人がこの先出てきたとして、僕はその人を許し、助けて、お話ができるのだろうか。
もし、最終的に僕がウルス王を倒したとして、僕はあの王に手を差し伸べられるのだろうか。
…………正直、わからない。
この夢のように、また怒っちゃうかもしれない。
でも……今回みたく怒って剣を振ることは、もうしないと思う。
---
僕は、ようやく両目の焦点が合い始めた。
ずっと目の前にいる偽イサミが、ぼやけて二重に見えていたけど、スっと重なった。
そういえば、これが僕の顔なのか。
今まで水面越しに見るばかりで、こんなはっきりと自分の顔を見ることは今までなかった。
「どうしたの? 急に、同じ顔なのにそんなジロジロみて」
「ん、んー君がさっさ見せてきた未来の僕?」
あの嘘イサミを思い出したんだけど。
「やっぱり、僕がああなることはない」
なっちゃいけない、と思う。
あんな冷たく、なんも興味無さそうな目。
ああならない為にもーー。
「僕は助けることだけは、やめない」
許すことも、これからしていこう。
今まで、どの命が尊いだの尊くないだの、助ける行為こそが尊いだの、色々悩んできたけど、
きっと、許すことも尊いモノだから。
僕は胸元で拳を握りしめながら、誓う。
誰にとかはないけど、強いて言うなら、夢の中の僕へ、かな?
「だからもちろん、ヒワシも助ける、外道も助ける」
許すのは、助けた後でもいいと思う。
今のところ、すぐにできる気がしない。
「……今さらなにを、さっき、夢の中とはいえ、君は殺したじゃないか、気に食わなかったんだろ? だから殺した、無かったことにはならないよ!」
「うん、これからは必ず助ける」
今度こそちゃんとだ。
「……またそんな都合のいいこと言う。いったい誰がそんな君の行いを許すと言うんだ」
「僕だ。
僕は、さっき怒りに身を任せた僕を許す。
今まで持てなかった勇気をもって、ね」
「…………ふーん、そうなるんだ。
ま、いいけどね、どうせ君はまた考えが変わるよ。波のように、過去を呑み込んで綺麗さっぱり消し去ってね」
偽イサミがそう言った途端。
僕たちがいる家が震えた。
ガタガタと音を鳴らし、崩壊する寸前のようなに思えた。
そして実際、壊れた。
家の壁を突き破って、水が流れ込んできた。
まるで津波に呑まれたかのようだ。
あっという間に家の中は水で満たされ、
僕は咄嗟に目を瞑った。
---
ガタンーー!
気がつくと、僕は椅子から立ち上がっていた。
家の中は水で満たされていない。
偽イサミの姿も見えない。
そもそも、この家の間取りは、夢の中で見た僕の家とは違う。
もう夢じゃない。
ついに戻ってきた。
盗賊団の拠点。
僕が忍び込んだ家屋に…..いや、忍び込めてない、招き入れられたんだ。
そうだ! 僕を招き入れた、あの耳飾りをつけた女の人! ーーはいないか。
周囲を見回しても、誰もいない。
いったいどれぐらい僕は夢を見ていたんだろうか。
すごく長かったような……うん、すごく長かった。
はっきりとしないけど、二度寝したらいつの間にか午後になってた気分だ。
まぁ、とりあえず、ここから出よう。
第3小団のみんなはどうなってるんだろう。
僕があの耳飾りの女の人を捕らえられなかったからな、
闇討ちすることがバレて、もう乱戦になっていてもおかしくない。
まずは合流した方がいい。
僕は椅子をどかして、出入口に向かう。
歩く度にギシギシと軋む床板を進み、
僕は取っ手に手を伸ばそうとした所。
扉が勝手に開き始めた。
誰かが、先に外から開けたんだろう。
家主が帰ってきたと見るべきか。
なら、目覚めた時にいなかった、耳飾りをつけた女の人の可能性が高い。
扉が開ききる前に、僕は背中の剣に手をかける。
開いた瞬間、振り抜いて先制するんだ!
ーー今!
ガキィィンーー。
不意打ちなのに、
僕の両手で振った剣は止められた。
「んだよ、起きてんじゃねーか」
僕の剣を、両腕を交差して受け止めた人がそう言った。
全身に金属の鎧を着け、
左右の腰に剣を1本ずつ携え、
見覚えのある兜を被っている兵士。
僕が探してた人だ。
僕がトラジロウだと疑ってる人だ。
「あらホント、もう目覚めてしまったのね」
ついでに、耳飾りをつけた女の人も後方に控えている。
僕を夢の中に閉じ込めたヤツ。
左耳に三日月、右耳に太陽。
特に三日月の耳飾りを振り始めたら要注意だ。
気持ち悪くなって変になる。
「賊め、大人しく捕まれ!」
とりあえず言ってみる。
「捕まんのはてめぇだよ!」
兜兵は交差させた腕を払い、右脚で蹴ってきた。
「ぐっ!」
僕は右の肘あたりで蹴りを受け止めようとするも、家の奥へと蹴り飛ばされた。
体勢は崩さなかったけど、
あの兜兵、見た目以上に力がつよいな。
先程まで突っ伏していた机まで、押し戻されてしまったよ。
嫌だな、できれば外で戦いたかった。
こんな家の中じゃあ、上手く剣を振れない。
狭い家じゃないんだけど、やたらと柱と家具があって邪魔に感じる。
まぁ、兜兵の方も剣をうまく振れないだろうから、お互い様だな。
いや! あれ?
あいつ、普通に左腕の手甲の袖口から、ぬるっと短剣取り出したぞ!
鮭の切り身ぐらいの長さ。
あんなの隠し持ってたのか。
ギシギシと床を軋ませながら、兜兵は僕の目の前までやってきた。
右手に持ってる短剣を前に突き出し、半身で構えてる。
もう1馬身も無い。
対して、僕も半身で盾を前にして構える。
いつでも仕掛けられる状態だ。
が、どうもやりづらい感じがする。
僕から見て右斜め前に柱があるんだけど、これが邪魔でしかたない。剣が引っかかりそうだ。
左側は壁があるだけ。
真後ろは机があって、下がれない。
まて、左側の壁には窓がある。
あそこから外に出るか?
……いや、木の板を開ける暇がないし、開けるのに背中を向けるのは命取りだ。
ならば!
前に出るしかない!
「ふん!」
盾を構えつつ、左脚を前に出して踏み込む。
そして素早く、右手の剣を突き出す。
僕が滅多にしない突き技だ。
が、これを兜兵は難なく避けた。
僕から見て、左に1歩、壁際に寄った。
それを見て僕は思った。
追い詰めたぞ、と。
だから、僕はさらに右脚を前に出して、剣を横に振る。右から左へ。
なに!
コイツ! また躱しやがった!
のらりくらりと、腰を落として今度は右へ1歩。
たった2歩で、僕の剣を掻い潜って、短剣の間合いまで詰めて来るとは……すごいな。
だけど、僕の攻撃は終わってないぞ!
左へと振った剣を切り返す。
今度は左から右斜め上へと、逆袈裟斬りを放つ。
キィィンーー! ザシュッーー。
さすがの兜兵も、今度は避けられなかった。
ヤツは振りかざしていた短剣で、咄嗟に防ぐしかなかった。
一応まだ無傷、だけど、今の一撃で短剣は弾き飛ばした。
家の柱に突き刺さっている。
今さら腰の剣を抜くには遅い。
僕は無防備になった兜兵に、とどめの一撃を振るべく、剣を掲げる。
先程振り上げた剣に、左手を持ってきて両手で握る。
「その兜、剥せてもらう! はっ!」
……!?
振り下ろした……はずなのに、両手で握っていた剣が、無い。
どこ行ったんだ!?
あった!
慌てて見上げたら、剣が見つかった。
天井から少し下に、横向きの柱がある。
家の骨組みだろうか、そこに斬り込んでいた。
くそ! 天井は低くないと思ってたのに、変な家め!
急にお互い武器無し。
そうなったらもう、拳が飛んでくる。
兜兵の右の拳を、手首あたりでいなす。
そして、続けて回し蹴りだ!
避けれない。
これは盾で防ぐ。
「うっ!」
強烈。
また蹴り飛ばされた。
僕は後ろにある机の上を転げ、床を転げ、台所に背中をぶつけて止まった。
まずいぞ。
兜兵が、柱に刺さっている短剣を引き抜こうとしている!
僕も早く剣を取らなくちゃ!
……ダメだ、ちょっと遠いし、見た感じ柱に深々と食いこんでいる。
取れそうにない。
なら、他になにか……そうだ!
台所の上に包丁があるかも!
立ち上がって、視線は兜兵に向けたまま、後ろ向きに手当り次第まさぐる。
包丁、包丁、これか!?
硬い、取っ手部分を握った。
ちょうどその頃、
兜兵が柱から短剣を引き抜いた。
あぶない、とりあえず武器用意できた。
僕は、こちらに向かって来る兜兵に向けて武器を構える。
……あ、え、?
包丁、じゃない。
なにこれ! 緑色のモサモサしてるモノ。
ブロッコリーだ!
嘘でしょ……これで戦うの?
マジかよ。




