第六十話「ゆるし」2
鮮やかな小さな森、人はそれをブロッコリーと呼ぶ。
僕はこの野菜が好きだ。
海の幸との炒め合わせが美味しく、母ちゃんはよくエビと炒め合わせていた。
ぷりぷりのエビと、噛みごたえのあるブロッコリーは最高に合う。
溶き卵かニラを加えたりするのもいい! 多彩で、すごいブロッコリー。
それはそれとして、世の中にはブロッコリーの偽物がいる。
見た目はほぼブロッコリーなんだけど、色が白い。
名はカリフラワー。
アイツはダメだ、美味しくない!
食卓に出てきたら悲しい。
ただ、僕は食べなきゃならない。
妹のハルに、好き嫌いはダメだってことを示さなきゃならないんだ。
だから、ほんとに嫌だけど、我慢して食べる。
僕は長男だから耐えられるけど、長男じゃなかったら耐えられなかった。
もし、戦いへブロッコリーかカリフラワーを持っていかなきゃなら、カリフラワーが良い。
ブロッコリーを戦いの武器にしたくない。
ブロッコリーはもっとたくさんの人に食べて欲しい。
そう思いながら、僕はブロッコリーを人に向けて振った。
相手の首を折るつもりで、振った。
たくましいブロッコリーは一直線にうねる。
それを止めようと、兜兵もまた剣を振った。
互いの剣がかち合う。
ーー。
音もなく、ブロッコリーの上半分が斬り飛ばされた。
もう、立派なかさは無い。
そりゃそうなるよ。
ブロッコリーが刃物に勝てるわけがない。
僕は手に残ったブロッコリーの下半分を兜兵に投げつける。
目眩しにもならないだろうけど、とりあえず投げる。
案の定、兜兵が手の甲でペシッと弾いた。
何の頼りにもならない。
やはり、頼るべきは盾と剣のみ。
今は剣が無いから盾だ。
左腕の盾で強打を狙う。
兜兵の短剣を身をよじって躱し、ステップで躱し、盾で受け流し、反撃する。
カキンだか、コキンだか、音を鳴らし撃ち合うこと数合。
先に体勢を崩したのは僕の方だった。
短剣を躱した直後の回し蹴り。
盾で止められる自信はあった。
過去にウルス王の拳を受けたことがあったから、あれ以上の衝撃を僕は知らない。
実際、ほぼ受け止めきれていた。
ただ少し、片足のつま先が地面から浮いた。
僕の踏ん張る力がちょっとだけ弱まった。
それを兜兵は見逃してくれなかった。
畳み掛けるように攻撃され、
僕はそれらを無理に躱すか、盾でいなそうとして、どんどんと体勢が崩れていった。
そこから立て直すことは叶わず、
至近距離で短剣の投擲を右鎖骨下に受け、さらには、ガード越しだけど蹴りを顔にくらった。
そうして隅に追いやられ、今、僕は地面に座りながら壁にもたれかかっている。
兜兵を見上げながら思う。
戦いの組み立てが丁寧だ。
僕もそういう戦い方をするからわかる。
撃ち合うごとに崩されて、僕がどんどん不利になっていく。
丁寧に相手を斬り崩していく戦い方。
その道の最高峰は僕が知る限り、ウルス王だ。
以前の僕はウルス王の戦いを見て、槍の2振りぐらいで敵を仕留めてて理不尽だな、とか思っていた。
でも違った。
少しばかり、戦場にいるようになった今だからこそわかる。
あれは1手目で相手を崩して、2手目で仕留めているんだ。
まぁ、斬り崩す必要がない時もあるようだけどね。
理不尽な一撃と言えば、スサノオ、アマテラス、ツクヨミちゃんとかかな?
ほんと目を疑いたくなるような技を出すよな。
剣に雷を纏わせて叩き斬ってきて、盾で受けたら痺れて動けなくなるし、
身体を宙に浮かせて、身動き取れないところに矢を放ってくるし、
真っ暗にして視界を奪ってから斬ってきたりするし、
うわっ! って思う。
ああ、でもアマテラスは戦う度に、丁寧に戦いを組み立てるようになった気がする。
まぁそれはいいか。
ともかく、理不尽な一撃。
今、僕に必要なのはこれなんじゃないか?
武器も無く壁に追いやられて、
右鎖骨下に剣を刺されて、
頭を蹴られてクラクラするこの状況。
さらには、向こうの方が戦いの組み立てが上手ときた。
ここからどう勝てと言うんだ。
理不尽な一撃しかないだろ!
スサノオのような!
アマテラスのような!
ツクヨミちゃんのような!
この危機的戦況をひっくり返すなにか!
なぁ盾、できるだろ!?
僕と一緒に見てたはずだ。
夢の中、嘘イサミがいきなり波を出してたところを!
あの黒い波を!
もし、あれがいずれなる僕たちだと言うのならば!
僕たちにもできるはずだ。
あれを映す。
魅せてくれ、ヤタくん。
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水滴が落ち始めた。
ポタポタと、天井から落ちて兜兵の鎧に当たる。
兜兵は急な雨漏りを、ご飯のお椀を持つように手のひらで受け止めた。
そしてすぐに、その手のひらには水が溜まる。
黒い、黒い、タコ墨が吐かれたような水。
さすがにこの異常な状況を無視できなかったんだろう。
彼は雨漏りする天井を見上げた。
既に、目の前にいる僕が立ち上がろうとしているというのに。
ぴちゃぴちゃと、水の音に紛れ、壁に寄りかかりながら立ち上がっているこの僕に、気が付かないでいる。
「はぁッ!」
そこに渾身の一撃を喰らわしてやった。
体をひねり、半回転気味の盾での裏拳。
バゴンッ! と音を鳴らし、兜兵が吹っ飛んだ。
水浸しの床を何回か転がる、だが、すぐにピタッと体勢を持ち直して片膝立ちした。
ようやくまともな攻撃を当てたぞ。
兜兵が立ち上がる時、若干ふらついたし、効いたはずだ。
じわじわと床を浸した水は、一片の乾きも許さず、やがて床一面に薄く張りつめた。
くるぶしぐらいまでの、浅い水溜まりだけど、
脚に重たそうな鎧をつけてる兜兵には、嫌だろうな、鎧に水が入り込んで余計重くなるだろうし。
これで、形勢逆転か?
いや、まだだ。
武器が無い分、まだ僕が不利。
ならどうやって、天井付近の柱に刺さってる剣を取り戻そうか……。
んー、今ならできそうな気がする。
こう、波が剣を攫って僕の元に手繰り寄せてくれるような……。
おお!
僕の意思に答えるかのように、天井から急に大量の水がザバっと降って、剣が落っこちてきた。
そして、どんぶらこ、どんぶらこって感じで僕の足元まで流れてきた。
最高潮だ。
僕は剣を拾い上げ、前に歩みを進める。
踏み出すたびに、黒い波紋が広がり、
不思議と、それが僕の間合いを示していると思えた。
兜兵は未だ退かない。
僕と向かい合い、仕方なしに両腰の剣を抜いた。
この家の中じゃ振りづらそうな剣、僕もそうだけど……。
まぁとにかく、ここで決着をつけたいらしい。
望むところ、勝負!
僕は立ち止まった。
だいたい兜兵とは1馬身の距離。
近くもなく、遠くもない、僕的に1番戦いやすい距離感。
そこで盾と剣を構える。
いつものように、左脚を前に出しての半身。
「……」
互いに構え合って、束の間。
最後に踏み出した左脚から出た波紋、
それが段々と広がり、
ついに兜兵の足に触れようとする、
その刹那。
動いた。
僕と兜兵、ほぼ同時に。
兜兵はわざと水しぶきをあげ、床に足がめり込むぐらい強く踏み込んだ。
そして、剣を振る。
っ! 速い!
剣の柄じゃなくて、刃の根元あたりを持って短くしてる!
手甲をつけてるからこそ、できる持ち方。
そういうこともできるのか。
だが、その剣は僕に当たらない。
僕のすぐ横を空ぶった。
決して彼が間合いを見誤った訳じゃない。
僕がズレたんだ。
波に乗ったって言うのは少し違う、押された。
まっすぐ踏み込んだ僕を、波が横から押してくれた。
相手視点、すごく変な挙動してると思う。
だって、僕はステップを踏んでないのに、急に横に流れたんだから。
同情するよ、こんな理不尽なことされて負けるなんて。
「はあっ!」
僕は兜兵の顔に向けて剣を振った。
彼は躱せる訳もなく、もろに受けた。
ギャコン! と音を鳴らし後ろに吹き飛ぶ。
今度は受け身を取れず、壁にぶち当たって止まった。
見ると、彼が身につけてた兜にひびが入っていた。
それは次第にボロボロと欠けていって、割れた。
顕になった素顔。
それを見せるかのように、彼は面を上げて言った。
「こんな形で会いたくなったぜ」
ああ、そう、だよな。
分かっていた。
「やっぱり、君だったのか、トラジロウ」
僕が兵士になって初めてできた友達が、そこにはいた。




