第五十八話「芽生えた殺意」
山に入って3日目の朝。
まずは隠れ村まで戻ってきた。
さすがにヒワシとセンカと一緒だった時よりも早い。
それに、全速力ではないけど、軽く走ったからね。
こんなもんだろ。
ついでに、道中に熊と遭遇しなかったことも大きいかもな、無駄な戦闘が起きなかった。
ていうか、ほんとに熊の生息地なんだろうか、今のところまったく見てない。
たまに見かける木や岩とかには、縄張りを主張する爪痕とかあるから、間違いなくいるはずなんだけど、出くわさない。
まぁ、戦いたくないから全然遭遇しなくていいんだけどね。
さて、ここで今1度僕は地図を広げた。
キヨマルにもらったモノだ。
これをチカセとケンセイにも見せる。
「このまま東に山を2つ越えたあたりね」
「あともう少しやな」
「うん、あと1日もかからないはず。
じゃあ行こうか」
「あ、待って」
僕が走ろうとしたら、チカセから待ったがかかった。
なんだろう。
「今度は私が先頭走る」
「? いいけど、なんで?」
「イサミの走るペースが乱れてる、急に速くなったり遅くなったり、無意識のうちに疲れてるんだよ」
「へーそうなのか、よく見てるね」
「えっ、まぁ、こ、これぐらい普通だよ!」
「ありがと! じゃあ任せる」
「うい!」
チカセは決め顔をしてから、走り出した。
その後を僕とケンセイが横並びで追いかける。
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ちょうど夕食の準備をする頃か。
葉っぱがみかん色に染まっている。
その影から、僕とチカセ、ケンセイは盗賊団の拠点が見えるところまでたどり着いた。
場所は山と山の間にある谷間、そこにヤツらは拠点を構えていた。
決して広い土地ではないが、ほぼ平地で近くには渓流があり、畑もある。
木造の家屋が点々と並び立ち、まさに一般的な村って感じがする。
そこから、かすかに漂ってくるご飯の香りに、僕は誘われそうになりつつも踏みとどまって、身を潜めていた。
だがそれもつかの間。
「あ、いたよ!」
チカセが木の上から探し人を見つけた。
もちろん探してたのはキヨマルとアンネだ。
「合流しよう」
「うん」
「おう」
盗賊団の村にも見張り台はある。
見張り番のやつらが真面目でないことを願いながら、僕らは静かに移動を始めた。
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草木をかき分けて進むことしばらく。
僕らの視界にキヨマルとアンネが入った。
2人は剣の柄に手をかけていたが、僕らを見てすぐにその手を下ろした。
「来ましたか」
「おまたせ」
2人が無事なことにほっとしたものの、僕は彼らの足元に視線がいった。
誰かが倒れていた。
顔には布を巻きつけられ、口にも布を噛ませられている、まるで拷問されたあとのようだ。
誰だこいつ。
「その人は、なに?」
そう聞くと、
キヨマルはその存在を思い出したかのように言った。
「ああ、彼は盗賊団の一味ですよ。
周辺の見回りでもしてたのでしょう、そこを捕らえました」
なるほどね。
僕らが合流するまでに、賊からなにか情報を吐き出させたのか、さすがだ。
「残念ながら何も喋りませんでした。
ここに住まう人数、首領の名前、もしくは他の拠点の場所でも知れたら良かったのですが、仲間意識が高いようで」
あら、キヨマルが拷問に失敗するなんて珍しい。
隠れ村で捕らえた賊を吐かせるのは一瞬だったのに……あれ?
そう言えば、アイツどうした?
確か、キヨマルが道案内させるために連れてったよな、でもこの場にはいないってことは……殺されちゃったか。
まぁ当然か、キヨマルは容赦なんてしない。
用が無くなればその場で斬り捨てるだろうな。
目の前に倒れている口が堅い賊も死んでるようだし。
……それはいいとしてだ。
「これからどうやってあの拠点を潰すの?
正面から勝負?」
「それはやめときましょう、正確には分かりませんが、40人近くいるようです」
40人か、
えーと、トラジロウに教えてもらった算数で考えるとだ。
僕たち5人いるから、1人で……8人倒せばいいんだろ?
数、間違えてないよな、ちゃんと指を曲げて数えたから合ってるはずだ。
そう考えると、いけない気もしない。
まぁ、その8人が1人ずつ来てくれればだけど。
「では、暗殺でどうですの?」
そう言ったのはアンネだった。
悪くないと思う。
一斉に相手しなくていいから楽だし、正面から仕掛けるのと比べたら危険度も低い。
だが、この策は通らないだろう。
アンネはわかってない。
この場にはキヨマルとケンセイがいるんだぞ、2人は正面から戦うのを好む、武士道精神の持ち主だ。
そんな闇討ちを良しとするわけがない。
「いいですね、それでいきましょう」
あれ……いいの?
「ちょうど夜になるしな、決まりや」
ケンセイもやる気だ。
あれれ、おっかしいぞ、僕の方が2人を全然わかってなかったっぽい。
「では最後に、細かい打ち合わせをしてから決行しますわよ」
アンネの言葉にそれぞれが返事をし、やることが決まった。
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僕がやることは単純だ。
賊の拠点にある家屋に侵入して、そこにいる者を引っ捕える。
どの家に入るかはキヨマルが選んだ。
装飾がなされているわけじゃないけど、立地的に1番偉そうなヤツが住んでいそうな所だ。
賊の頭が相応しいだろう。
てことは、僕と戦ったあの兜兵がいる可能性が最も高い。頭って呼ばれてたしな。
彼が本当にトラジロウなのか、確かめられる。
……もし、トラジロウだったらどうしよう。
僕は彼と上手く話せるのかな。
聞きたいことが多すぎて、何から聞けばいいのやら……。
いや、それは実際に会ってから考えよう。
今は、この家にどう侵入するかだ。
1階建て、正面玄関と裏口がある、煙突は無い。
どうしようか。
一応、窓もあるけど、さすがに割るわけにはいかないな。
いくら夜で見えづらくても、音ですぐバレちゃう。
だから今回は裏口から押し入るか。
僕はしゃがみながら、裏口まで回る。
それから辺りを見回す。
誰にも見られてないよな。
松明を持った男が数人見えた。
けど僕の方には来ない、山の方へ向かって行く。
きっと陽動のおかげだ。
今、キヨマルが山の中からわざとバレるようなことをしている。
音か、火か、何を使うのかは分からないけど、賊を何人か拠点から引き離す。
アレ、なんだろう?
どれどれ? 行ってみるか。
こんな具合にだ、
そして、のこのこと山の中にやってきたところを、キヨマルが仕留めるってわけ。
それで、キヨマル以外の4人。
僕とケンセイ、チカセにアンネが拠点でそれぞれ賊を各個撃破。
もし、誰かがバレて戦闘になったら、そこからはもうみんなで正面から叩く。
まぁ、そうなった時のために、できるだけ最初の闇討ちで数を減らしたい。
それでは、お邪魔しまーす。
ガタンーー。
開かない。
……ふーむ、鍵がかかっている。
まさか初手でつまずくとは思ってもみなかった。
こんなことならトラジロウに解錠術とか教えてもらえば良かった。
パタンーー。
なんだ?
扉の向こう側から何か音がした。
もしかして、僕が侵入しようとしてたことがバレた?
だとしたらさっさと隠れなきゃ、中から出てくる人と鉢合わせちゃう!
僕がそう思った頃には、もう遅かった。
ギギィィーーと扉が開かれ、僕は中から出てきた人と目が合ってしまった。
「……」
女の人だ。
耳飾りをつけている。
右に太陽。
左に……三日月かな。
僕は剣に手をかけようとしてやめた。
なにせ、彼女があまりにも戦う意思がないように見えたからだ。
すごく平静、まるで友達が遊びに来たみたい。
彼女は振り返って、今からお茶を入れなきゃって感じで中に戻っていった。
僕はというと、どうしていいのか分からず立ち止まっていた。
本来ならさっさと剣を振って気絶させるべきなのに……どうもできない。
すると、女の人の声がした。
「何をしているの? はやく入ってらっしゃい」
僕はその声に従った。
中に入ると、耳飾りの女の人は椅子に座っていた。
食卓に肘をつき、僕を見ている。
他には誰もいない、この家にはトラジロウはいないようだ。
彼女の向かいにはちょうど椅子があり、引かれていた。
どうぞ座ってと言わんばかりだ。
だから僕は座った。
ゆっくりと。
「アンタ、見たところ兵士よね」
「……」
「ここに来たってことは捕まえに来たのかしら、それとも皆殺し?」
「……」
「へぇー、アンタお口が堅いのね」
耳飾りの女の人は、左耳たぶにぶら下げていた三日月を外した。
そしてそれを僕の目の前で垂らして、ゆっくりと揺らした。
僕は振り子のように揺れる三日月に、釘づけになった。
全然目が離せない。
しかも先程から、おかしいんだ。
まるで熱を出して寝込んでいるような不快感がある。
あたりがぐるぐるする。僕もぐるぐるする。
気持ち悪い。
「まぁいいわ、まだ彼にアタシが有用だってことを魅せないといけないからね」
耳飾りの女の人は何を言っているんだろう、分からない。
それよりも意識がぐわんぐわんと、意識が朦朧としてきた。
このままだとまずい。
「アンタはそこで寝てなさい。
とびっきりわるーい、夢でも見てね、ふふ」
その声を最後に、僕は机に突っ伏した。
意識が飛んだ。
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気がつくと、僕は家の前に立っていた。
すごく見知った家。
というか、僕ん家だ。
ウルスが攻めてくる前、漁村に暮らしてた頃の家だ。
ここで僕は母ちゃん、父ちゃん、爺ちゃん、妹と暮らしてた。
すごく懐かしい。
でも、どうしてこんなところに僕はいるんだろう。
……いや、うっすらと覚えてる。
僕は盗賊団の拠点を壊滅させる任務に当たっていた、うん、そうだ。
それで、僕は偉そうなヤツを捕まえることになったんだ。
キヨマルに言われたのを覚えてる。
でも、失敗した。
耳飾りをつけた変な女の人に見つかったからだ。
なぜかあの時、身体が思うように動けなかった気がする。
そんでだ、アイツは僕に『寝て夢でも見てね』って言ってた。
てことはー? 今、僕がいるここは夢の中だ。
そうに違いない。
しかし、こんなものを僕に見せてなんだと言うんだ。
ただ、故郷を懐かしめってことじゃないよな。
んー周りには誰もいない。
なら家に入れってことか?
僕は迷わず自分家の扉を開けた。
「…………え」
目の前の光景に、ちょっとの間、何も考えられなくなった。
母ちゃん、父ちゃん、爺ちゃん、妹がいた。
だけど、誰も普通に立ってはいない。
床に倒れていたり、
壁にもたれかかっていたり、
首だけが転がっていたり、
……ひと目で死んでるってわかった。
そんな中、血溜まりの上に立っている者がいた。
1人の男だ。
僕に背を向けている。
そいつは剣を握っていた。しかも血が滴っている。
彼は僕に気がついたのか、振り返った。
そして、片方の口角をあげて、僕に歯茎を見せてきた。
僕はこの男を知らない、見たこともない。
だけど間違いなく、この男が僕の家族の命を奪ったって、思った。
その瞬間、身体が動いた。
1歩踏み出す。
右手を背中の剣にかける。
しかし、男の方が速かった。
既にその手の剣を振りかざしていた。
僕はそれを見て、剣を抜くことを一瞬止めた。
先に左手を上げて、男の振り下ろす腕を受け止める。
がっしりと、だいたい手首あたりを掴む。
そして、
腕を掴んで逃げられなくなった男に、
僕は流れるように剣を抜き、振り下ろす。
めいいっぱい力を込めた。
剣は男の左肩から差し込み、みぞおち辺りで止まった。
「はぁ、はぁ」
なぜかこの一瞬で息が上がった。
僕は剣と男の腕から手を離した。
すると、男は身体に剣が刺さったまま、仰向けに倒れた。
ぺちゃりーー。
と音を鳴らし、さらに血溜まりが増えていく。
僕はその様子を見て、
見て、見て、その場に座り、なおもそれを見続けた。
……これは、なんなんだ。




