第五十六話「日と月の間で」4
僕は走り出して1歩、2歩、3歩、
4歩目で最高速度に達した。
いつもより身体が軽く感じる、調子がいい。
これも盾のおかげか?
僕がアマテラスのもとにたどり着いた時、
アマテラスはツクヨミちゃんに夢中で、僕に気がつくのが遅れたらしい。
僕の方に振り向いた時には、狐火の展開が遅れていた。
「はぁぁぁ!」
そこに剣を振った。
もちろん、みねうちだ。
「ウグッ!」
剣はアマテラスの脇下に当たり、
そのまま彼女を吹っ飛ばした。
そして、その隙に僕はアマテラスと戦っていたツクヨミちゃんに話しかける。
「おまたせ」
ツクヨミちゃんは壁際にもたれかかっていた。
もう追い詰められて、絶体絶命って感じだ。
よかった、ヒワシの話を最後まで聞かなくて、聞いてたら間に合わなかったかも。
「はぁ、オマエいないから騙されたかと思った」
「ごめんよ、君の月食? ってところから出られなかったんだ」
「……ん、そう言えばそうだったな。
けどボクが連れ出せなかったってことは、オマエどうやって出たんだ? もしかして陛下みたく、空間切り裂いて出てきたのか?」
「いや、全然そんなことないけど……」
なに空間を切り裂くって?
どゆこと? なんかすごそうではあるな。
「まぁいい、それよりも今のオマエの1撃でセンカの意識は戻ったのか?」
「どうだろう」
2人で立ち上がるセンカの様子を見る。
土煙から出てきたセンカ、いやアマテラス。
……ピンピンしてやがる。
「まだダメらしい」
剣で殴られた脇下から炎を立ち上げ、こちらを窺うアマテラス。
痛がってる素振りはない。
意識が戻る様子もない。
やはり、気を失うような、強烈な1撃をお見舞いする必要があるようだ。
「ねぇ、ツクヨミちゃん」
「ん、なんだよ」
「なんか、アマテラスを気絶させられるような技ないの?」
「……ない、ボクができるのは夜をもたらすことだけ、それもずっとはできないけどね」
「そっか」
無いか。
ならやっぱり剣か盾で殴って気絶させるしかないな。
もしくは、盾でアマテラスの炎をはね返して当てる。
違うな、映し返す……だっけか。
まぁどっちでもいいんだけど、とりあえずやることは決まったな。
次は、どう当てるかだ。
さっき、ツクヨミちゃんとアマテラスの戦いを観戦してて思ったけど、ツクヨミちゃんは奇襲が得意そうだった。
チカセと同じタイプだ。
なら、2人での戦い方は簡単だ。
とにかく僕が目立つ。
どんどん前に出て、アマテラスの気を引く、そんでツクヨミちゃんの不意打ち。
……あれ? それだと、決め手を持つ僕が攻撃当てられないじゃん。
んー、ツクヨミちゃんの攻撃のあとに、僕の1撃を叩き入れる……あんまり間に合うとは思えないなー。
「じゃあさ、僕がアマテラスに1撃入れるからさ、ツクヨミちゃん、気を引いといてくれる?」
「あんなのと正面から斬り合えとボクに言うのか!」
「うん」
「ヤダ! ムリだ!」
「そうか、ならーーうっ!」
「来るぞ!」
悠長に作戦会議はさせてもらえないらしい、アマテラスが突っ込んで来た。
刀みたいな炎を振り下ろして。
僕はそれを正面から盾で防ーーげない!
アマテラスは炎が盾に当たりそうになった瞬間、炎を引っ込めてしまった。
以前、僕が盾で炎を弾き返して気絶させたから、それを警戒したのだろう。
なんてヤツだ、ちゃんと覚えてやがる。
僕は攻撃が来ないと分かった瞬間、
右手の剣を振った。
右から左へ、アマテラスの首を狙う。
が、空ぶった。
切っ先がやや届かなかった。
がら空きになってしまった僕の右側。
狙われる!
そう思って地面を強く蹴り、後ろに飛び退く。
その際、視界に映っていたアマテラスは弓を引いていた。
いつの間に弓を取り出していたんだ。
僕が後ろに飛び退くのを読んでたのか!?
放たれた矢が僕に向かって飛んでくる。
しかも、一直線じゃない。
僕から見て、右側からしなるように、弧を描いて飛んでくる。
僕は左へと振った剣を切り返し、右へと振る。
ブゥオオン。
矢を弾く。
後ろに飛び退いたおかげで、切り返しが間に合った。
そのままズザっと着地。
「すぅ……ふぅ」
危なかった、でも凌いだぞ。
どこかで反応が遅れてたら射抜かれていた。
いや、頭の中で剣が当たらないかもって薄っすら思ったんだ。
だからすぐに動けた。
前もあった。
僕が振った剣がアマテラスに当たらず、空振る、これで2度目。
僕が間合いを見誤ったとは思えない。
だとすると、アマテラスが間合いを見誤らせるなにか、それを仕掛けてるに違いない。
それが何か分からない以上、迂闊には踏み込めない。
いや、ならもう1歩深く踏み込めばいいじゃないか、そう思う僕は単純かな。
「ボクが援護する!」
と、そこで視界の端にヒラヒラと黒い塵が漂っているのが見えた。
ツクヨミちゃんが僕の脇を駆け抜けた。
夜が来る。
暗闇が波のように押し寄せ、視界を呑み込んだ。
だが、なるほど、援護ってそういうことか。
見える、見えるぞ。
アマテラスが炎をにぎってるせいで、彼女の位置がわかる。
今、炎を振り払いながら移動してる。
あの感じ、たぶんツクヨミちゃんと撃ち合いをしてるんだ。
なら、この隙に1撃を入れてやる!
僕は駆け抜ける。
夜の中、明かりを目掛けて飛び込む虫のように。
両手で剣を持ち。
アマテラスがいるであろう場所に袈裟斬りを放った。
ブゥオオオオーー。
「なに!?」
止められた。
アマテラスもまた炎を振るってきた。
僕の剣はそれと鍔迫り合いをする。
なぜだ、なぜバレたんだ。
僕のことが見えないはずだろ?
ああ! そうか!
今、僕の剣は輝いているんだった!
すっかり忘れてた!
えーじゃあ暗闇の中、僕が走って来てたの丸わかりだったってこと!?
バレバレじゃん。
くっ、仕方ない、なら切り崩して倒す!
「はぁッ!」
単純な力では僕が上回っている、はず。
剣に力を込め、1歩踏み込む。
そして剣を振り払う!
よし!
鍔迫り合いを制した。
アマテラスが握ってる炎の動きからして、よろけてる。
チャンスだ!
僕はさらに踏み込む。
ためをつくって渾身の1撃を放とうとした。
だがその瞬間、後頭部に痛みが走った。
「うっ!」
僕は体勢を崩し、前のめりにズザッと転ぶ。
なにが起こったんだ!?
慌てて顔を上げると、夜は去っていた。
「あちゃ! ぶつ方間違えちゃった!」
そう言った声につられて、すぐに振り返ると、
ツクヨミちゃんがいた。
彼女はしまった! て顔をしながら、持っている鎌を背中に隠している。
全然隠れきってないけどね。
どうやら僕はツクヨミちゃんに殴られたらしい。
鎌の柄の部分だろう。
「その、オマエがよろめいて危ないと思ったら、逆だった」
僕がよろめいたと思っちゃったのか、それは仕方ない。
「もー! しっかりしてよ!」
僕はサッと立ち上がって、ツクヨミちゃんと肩を並べる。
「んだって、どっちがどっちか分からなかったんだぁ!」
「か、勘で攻撃したの!?」
まじかよ。
君が周りを暗闇にするのに、自分も何も見えなくなっちゃうの?
じゃあ最初に僕の脚を斬った時、あれも勘?
そんなふうに思えなかったけどなー。
「どうやら僕たちの相性は良くないし、連携も最悪だね」
ていうか、今日初めて会って一緒に戦うんだから、連携ができなくて当たり前。
「だから戦い方を変えよう」
「……ぐず、やっぱり連携できないボクは、誰からも必要とされてないんだぁ」
なんか、隣でツクヨミちゃんがすごいしょんぼりしちゃった。
必要とされてないって言ってるけど、そんな事ない。
「それは違うよ。
連携ってのはそんなすぐうまくいくもんじゃない、一緒に戦う仲間の戦い方やクセ、考え方だったりをよく知らないといけない。要は長く一緒にいる必要があるんだ」
「長く一緒に……じゃあ、やっぱりボクはいらないんだぁ、ずび……」
あぁ!
ツクヨミちゃんの顔がくしゃくしゃになっちゃった。
わかんないけど、過去になんか言われたのかなぁ。
「……ボクが近づくとあっち行けとか、失せろっていつも言われたもん。
夜怖いのにトイレも一緒に着いてきてくれないし」
「酷いな! 誰に言われたんだ」
「陛下、とスサノオ」
「……」
それは、ちょっと仕方ないんじゃない?
トイレの付き添いは分からないけど、そいつら、誰かと一緒に戦うって感じじゃないよ。
そもそも、その2人って誰かと一緒に戦ったことあるの?
そんなに会ってないけど、僕の記憶じゃ1度も見たことない。
「オマエもどうせ同じこと言うんだぁあああ」
「言わないよ……けどその2人は、諦めよう」
僕がそう言った途端、ツクヨミちゃんは俯いたまま、しゃがみ込んでしまった。
そんな彼女の肩を人差し指でつつく、
それから親指を上げて自分の胸をとんと叩いた。
「けど、今は一緒に戦ってる僕がいるじゃん!」
ツクヨミちゃんはゆっくりと僕を見上げた。
「……でもさっき相性悪くて連携できないって……」
「あぁ、言った。けれど僕はこうも言ったはずだ、戦い方を変えようって」
「最悪なんだから、上手くいくわけないんだぁ」
「さっきまでは、ね、でも今の僕らはさっきよりも長く一緒にいる、さっきよりも相性良くなってるかもよ」
「な、何を言ってるんだぁ」
2人で戦う時の連携は様々だ。
僕はチカセと一緒に戦う時、僕が目立ってチカセが奇襲するのが定石だ。
でも、ケンセイの場合は、
彼が前に出たがるから、ケンセイが敵をよろめかせたら僕が斬り込む局面が多い。
キヨマルかアンネと組む時に関しては、定石というものはない。
あの2人は戦う相手によって戦い方が大きく変わるから、その時その時で決める。
なのだが、今までキヨマルとアンネを見てきて思うのが、あの2人が一緒に戦う時は定石があるようだった。
片方が剣を振ったそばから、もう片方が剣を振る。それを交互に、すごく狭い間隔で繰り返される。
息ぴったりで、互いに剣を振った時の後隙がまるでない。
僕も1度だけ剣の手合わせで、2人の猛攻を受けたことがあるけど、その時は全く反撃のチャンスがなかった。
だからもしかしたら、キヨマルとアンネは僕と一緒に戦う時、もどかしいとか思ったりしてるかもしれない。
まぁそれはいいとしてだ。
ツクヨミちゃんはチカセ型の戦い方じゃダメだ。
ケンセイやキヨマルらのように戦うのも、上手くいかないだろう。
なぜか。
彼女の技が特殊だからだ。
辺り一帯を暗闇にする。
そのせいで誰かと組んで連携して戦うのに向いてない。
でも、今はそんなことない気がする。
だって暗闇でも、僕の輝く剣が目印になって、僕の攻撃に合わせることができるはずだ。
……はずなんだが、アマテラスが相手なんだよな。
アマテラスが炎の剣を振ってるせいで、暗闇の中、僕の輝く剣と見分けづらくなっている。
特に鍔迫り合いの時は、炎と輝きが混じり合って、どっちがどっちか分からないだろう。
ここだ。
ここなんだ、暗闇の中で僕とアマテラスを見分けられるようになれば、アマテラスに1撃入れるなんて、ツクヨミちゃんにはわけない。
「ツクヨミちゃん、さっき僕が鍔迫り合いするまで、僕とアマテラスの見分けはついてた?」
「……オマエがセンカに向かって飛び込んだのはわかったけどぉ、その後まばたきしたら分からくなった」
「……」
鍔迫り合いをする前に分からなくなっちゃったのか。
んー、そんなに僕の剣とアマテラスの炎、似てるかな。
結構違うと思うんだけど。
僕の剣は炎のようにユラユラしてないし。
「もしかしてだけどさ、ツクヨミちゃんってすごい目が悪い?」
「そんなに悪くないと思う」
「え? じゃあなんで僕の剣とアマテラスの炎を見分けらんないの?」
僕がそう聞くと、ツクヨミちゃんは黙り込んだ。
口を尖らせて、ちょっと開けては閉じてを繰り返してる。
だが程なくして、ツクヨミちゃんはぐっと息を飲み込んだ。
「怖いんだよぉ……」
怖い? アマテラスが?
それとも仲間に剣を向けるのが? それは僕もそう思う。
「ボクは夜が怖いんだぁ」
ツクヨミちゃんは下唇を噛みながら、震えた声で言った。
夜。
え、でも、え?
君、今まで周り暗闇にしてたじゃん。
なんなら最初に会った時、ぽわぽわした光が漂ってたりしてたけど、暗闇の地下室にいたじゃん。
「んだから、ボクは暗い中だと、つい目を細めてしまうんだぁ」
そうだったのか。
それで僕の剣とアマテラスの炎が見分けられなかったのか。
でもまさか、怖いの我慢してたなんて、まったく君って子は。
「ごめんね、無理させちゃって。
こっからは僕に任せて」
もう連携なんて考えない。
そりゃツクヨミちゃんの手を借りられたら、確実にアマテラスに重い1撃入れられただろう。
でもさ、僕1人でもできる。
きっとできる!
「ツクヨミちゃんはヒワシと一緒に見ててよ、僕がセンカの意識を取り戻すところをさ」
「……ボクの力貸してって言ったのに、やっぱりボクいらないんだぁ」
「ほんとは助けて欲しいよ!? でも、君に怖い思いをして欲しくないんだ」
「……オマエ、ボクを子供扱いしてるなぁあああ!」
「し、してないよ」
「ならボクも戦う!」
「んーそう、じゃあ辺りを暗くしないで戦おう、そしたらーー」
「ダメだぁ! ボクは夜じゃないと鎌を振れないんだ」
「え、なんで?」
「……ゆ、勇気が出ない」
……変な子だな。
暗闇だと怖い、明るいと戦えないなんて、どうなってんの?
「じゃあすごい単純に行こう」
「なんだぁ」
「ツクヨミちゃんが夜にするだろ?」
「うん!」
「僕がアマテラスをよろめかせて、隙を作るだろ?」
「うん!」
「最後にツクヨミちゃんがアマテラスにすごい1撃をいれる、どうよ」
あわよくば、僕も1撃入れたいな。
だがどうだろう、僕の策を聞いた所、
ツクヨミちゃんは口を開けてすごい不安そうにしてる。
「つぎ、夜の中よろめいたの見たら、ボクはすごい1撃入れていいんだな?」
あれ?
思いのほかやる気だ。
「うん、問答無用でやっちゃっていい」
「もし、よろめいたのがオマエだったらどうするんだ」
「そん時はそん時だ、でも心配しないでいいよ」
さっきアマテラスと戦った感触として、やれる気がする。
たまたまか分からないけど、暗闇の中でのアマテラスは、動きにキレがなかった。
だからーー。
「勝つさ」
「……それ言って死んだヤツ知ってるから、言わない方がいいと思うんだぁ」
「え、そうなの? じゃあ勝ったるでぇ!」
「だ、誰?」
「僕の友達のマネ」
「……そう」
ケンセイって気迫がすごいのがいるんだ。
今は彼のような強気が必要な気がする。
よし!
やるぞ!
僕はアマテラスがいた方を向く。
ん?
「あれ、アマテラスどこ行った?」
アマテラスの姿が見当たらない。
「ボクがオマエを間違えて殴った時からいなかったよ」
え、気がつかなかった。
でもそうか、よくよく考えたら、こんなにツクヨミちゃんと話してて攻撃されないのおかしいな。
となると、うん、ここはどうやら月食か。
頭上を探すと赤黒い月があっさりと見つかった。
きっと、僕が転んだ時、危ないから連れてこられたのだろう。
このツクヨミちゃんの世界は他に誰もいないから安全だしな、すごくいい判断だ。
「助かったよ、ツクヨミちゃんの月食」
「えっ! ボクはなにもしてない」
「でもあの赤黒い月、ツクヨミちゃんの世界でしょ?」
「違うよ! ここ全然ボクの世界じゃない! 似てすらない!」
じゃあここはどこなんだ。
僕の目にはツクヨミちゃんの世界にしか思えないんだけど。
と、その瞬間だった。
世界がーー歪んだーー。
次々と世界が変わる。
紙芝居みたいに一瞬で切り替わって行く。
赤黒い月が浮かんでいた地下室だったのが、知らない場所に変わった。
……いや、知っている。
どれもこれも僕が見たことある風景だ。
『どこか屋根の上、夜なのに太陽が出ている』
これは王都ウルスの花の御所、アマテラスと戦ったところだ。
『どこか洞窟、天井のつらら石が光り輝いている』
覚えている、ここはヒワシと戦ったところだ。
『どこか森の中、地面に大きな穴が空いている』
確かここは、ヒワシのペットの龍と戦った場所だ。
『どこか城の通路、豪華な内装』
忘れるわけない、ウルス王に殺されかけたところだ。
すべて一瞬だったが、まるで僕の記憶から切り取ったかのようだった。
そして最後、僕の故郷の風景が一瞬チラつくと、世界は元通りになった。
元いた地下室に戻ってきている。
ちょっとおかしな所があるとすれば、ツクヨミちゃんが纏っていた黒い塵の様なモノが、やたらとヒラヒラと漂っている。
まるで壁をはたいて落とした埃のようだ。
そんな中、地下室の真ん中あたりにアマテラスは立っていた。
隅っこにはヒワシもいる。
「急に消えたかと思へば……辞世の句でも思ひ立ったか?」
アマテラスは順番待ちがようやく終わった時のような、やっとかって感じで手に炎を握った。
「……思いついてない。
僕は詩人じゃないからそういうの考えたこともない」
「ボクも!」
僕とツクヨミちゃんの返答は、アマテラスが気に入るものではなかったらしい。
彼女はすぐにその手の炎を構えた。
しかしさっきの一体なんだったんだ。
夢でも見てたのか?
いや、考えるのあとだ、もう目の前に集中しよう。
今は、勝負の時だ。
---
勝負は一瞬で決まるだろう。
やるかやられるかってヤツだ。
その合図は、僕が駆け出したことで始まった。
釣られるようにツクヨミちゃんが暗闇を展開する。
だが、暗闇は駆け出した僕に追いつけないでいる。
この状況、さながら僕は波に追われるマグロだ。
一瞬減速して、僕とアマテラスが暗闇に呑まれるのを待つべきか?
いや、関係ない。
このまま突っ走る。
アマテラスまで、
5馬身ーー、
4馬身ーー、
3馬身と距離を縮める。
アマテラスは僕を迎え撃つ準備をとうに整え終えていた。
やや腰を落とし、半身の状態で右手の刀みたいな炎を引いて構えている。
矢を引いているポーズに近い。
でも左手は弓を持ってないから、矢を放つわけじゃないみたいだ。
ってことは突き技だ、そうに違いない。
そう僕が確信したその刹那。
アマテラスが突き技を放ってきた。
ただ、僕はまだ突き技の間合いに入ってない。
届くわけない。
だと言うのに、みるみるうちに、鋭い先端が僕の視界を覆う。
「ぐっ!!」
ヴゥオオオンーー。
紙一重だった。
僕は必死に身体を倒しながら、盾で迫り来る炎をいなした。
地面に転がりこけながら、横目にアマテラスが放った炎を見る。
炎はわずかにその軌道を逸らしたが、まっすぐ僕の後ろへ飛んでいった。
あれは突き技じゃなかった。
アマテラスは炎を投げたんだ。
変な投げ方。
もしかしたらあの突き技のような構えも、刀のような形状にしてたのも、僕に投げるはずないって思わせるためだったのかもしれない。
まんまとやられた。
僕は体勢を崩してしまった。
そう崩してしまったんだ。
取り決めどおりなら、次に夜の中、体勢を崩した方がツクヨミちゃんの1撃を受ける。
なら僕に1撃が飛んでくる。
なんせ僕が倒れるのと同時ぐらいに、僕もアマテラスも暗闇に包まれた。
もうツクヨミちゃんの間合いの中だ。
……辞世の句ってやつ、考えてみるのもいいかもしれないな。
僕がおじいちゃんになったらな!
僕は地面を転がってる途中で受け身をとり、
ぴょんっと飛び起きた。
まず見るのはアマテラスの位置。
また新たな炎を手に握る彼女は、だいたい3馬身か。
さっきみたいに炎を投げて来ない限り、今すぐ攻撃される心配はないだろう。
やはり、ツクヨミちゃんの1撃を防ぐのが先だ。
耳を澄ませば、風を切る音が聞こえる。
まるでサメが船の周りをぐるぐるして、頃合を計っているみたいだ。
その音は徐々に近づいてくる。
そしてある瞬間止まったかと思えば、真っ直ぐと僕に向かってきた。
僕の左後ろ!
振り返りざまに盾を振りかぶる。
ガキイイインーー。
甲高い金属音が鳴った。
「あ、あれ? この感じオマエ、イサミか?」
「そうだよ! ぼくぼく」
すれ違いざまに気がついてくれたらしい。
「よく気づいたね!」
「んだってボクの鎌、おかしくなっちゃったんだもん」
そう言いながらツクヨミちゃんは、自分の鎌を見せてきた。
暗闇の中で、鎌の刃だけが薄く輝いていた。
おかげで若干ツクヨミちゃんの表情がわかる。
「これって、オマエの剣みたいじゃん」
確かに似てる。
今まで盾で受けた武器が輝くなんてなかったけど、
たぶん、僕の盾とぶつかったせい、だと思う。
魂の御業を映された状態なのか?
でも、この鎌は元々魂の御業っぽいから、魂に魂を重ねることになっちゃうな。
そんなことあるのかな。
……んーもうよく分からん!
「足元照らせていいね」
難しいことを考えないようにしたら、最初に思いついたのがそんな言葉だった。
「良くないよ!」
ツクヨミちゃんの片方の頬がむくれた。
「夜は怖いけど、夜じゃなきゃボクはダメなんだぁあ!」
「あぁ、そうか」
そういえば言ってたっけ、明るいと勇気が出ないとか何とか。
そんな少しの明かりでもダメなんだ。
大変だな。
「どうするんだよぉ、オマエの策、通用しなかったじゃんかぁ」
「もっかいやろ!」
「えっ、また? 大丈夫?」
「なんとかなるさ、それに話し合ってる暇ないよ、ほらアマテラスが来る」
僕が言い終わるとすぐ、ツクヨミちゃんは後ろに飛び退き、暗闇に隠れた。
でも、ちょっと離れた位置で、輝いている鎌の刃の部分だろうな、三日月みたいなのが動いてる。
位置バレてる。
対してアマテラスはゆっくり僕に向かって歩み寄って来ている。
そろそろ間合いだ。
僕は盾と剣を構えてアマテラスの出方を伺う。
が、向こうも飛びかかってくる気はないらしい。
睨み合いが続く。
既にアマテラスの間合いでもあるはずなのに、僕たちは円を描くように、足先だけを動かしている。
どうもアマテラスはカウンター狙い、な気がする。
よっぽど盾に防がれることを嫌ってる。
……本当にそれだけか?
炎を弾き返されるからってだけで、そんなに警戒するのか?
アマテラスだったら弾き返された炎を避けるのは簡単だろう。
……何かあるな、試してみるか。
僕はグッと踏み込んだ。
右手の剣を左へと振る。
アマテラスは炎を構え、守りを固めた。
が、僕の剣は空振る。
今回はわざとだ、この後の1撃のための陽動。
僕は剣を振った勢いのまま身体を捻り、左回転する。
そして左腕を広げる。
僕の左腕についてる盾、それを裏拳のようにぶち当てる!
「……っ!」
避けた!
アマテラスが構えを解いて、2歩引いた。
その足取りはやや不安定だった。
咄嗟に無理やり身体を動かしたからだ、見る人が見れば、明らかな隙。
タロウ小団長か、キヨマルあたりなら剣を差し込めただろう。
ツクヨミちゃんもいけるかもしれない。
僕とアマテラスの周りにいた彼女は、今の一瞬、急接近していた。
彼女もまた隙を見逃してなかった。
まぁ、アマテラスが持ち直した途端、三日月みたいに輝いている鎌がものすごい速さで離れてったけど。
でもこれでわかった。
盾だ。
盾で殴る。
理由は分からないけど、盾に触れるのはまずいみたいだ。
ならこれに賭ける。
そのためには、今みたいな動きでは届かない。
剣みたくリーチがない分、当てるのは難しい。
しかもカウンター狙いの守りが硬い相手だ。
どうにか躱せない状況を作らないとだ。
…………あ、思いついたかも。
ただ正直、上手くいく保証がない。
しかも失敗したらすごいピンチになる。
でも、やるか!
その時の思いつき、事前に考えた動きでもない。
なのにすごく、やれる気がする。
この揺るがない感覚が、僕の剣を走らせた。
先程と同じように踏み込み、肉薄する。
1撃ーー、
2撃ーー、
3撃と僕らは撃ち合う。
互いに立ち位置を変えながら、どちらが先に相手を崩せるか。
そして4撃目、アマテラスが僕の剣を炎で弾いた時、僕は勝負をしかけた。
あえて体勢が崩れたフリをした。
剣を持っている腕を揺らし、数歩を後ろにふらつく。
きっとツクヨミちゃんなら、体勢を崩したと勘づく。
そう期待した。
もちろん、その期待は僕を裏切らなかった。
僕の右斜め後ろから、三日月がものすごい速さで近づいてくる。
どうやらツクヨミちゃんは、刃の腹部分で1撃を与えるつもりらしい。
だから鎌があんなふうに見える。
これも好都合。
僕は地面を蹴って軽く跳ねた。
そして空中で盾を使って鎌を防ぐ。
ガキィイインーー!
そうすると、僕は脚を使って踏ん張ることができないから、吹っ飛ぶ。
吹っ飛ぶ先はアマテラス、
彼女に突っ込み、盾で殴る。
これが僕の思いつきだ。
仕上げに吹っ飛ばされるのと同時に剣をどっか投げる。
これでもう僕は間違えられて倒されたと勘違いするに違いない。
よし!
この波、掴んだ!
吹っ飛ばされた勢いのまま、僕は身体をひねり、殴りつける体勢に入る。
そんでーー今だ!
ボカッ!
鈍い音が鳴ったのと同時に、
僕はアマテラスを巻き込みながら床に転がった。
たぶん成功した。
殴りつけた感触は確かにあった。
これでセンカの意識を取り戻せたはず。
仰向けに倒れた僕は、そっと瞼を開けた。
どうやらツクヨミちゃんの夜は終わったみたいで、はっきりと見える。
瞼を開けた先には、センカがいた。
彼女は倒れた僕の脇に立ち、見下ろしていた。
顎からは血が滴っていて、僕に殴られたのだとわかる。
だが、その髪はまだ赤く、手にも炎が握りしめられていた。
しかもその炎は僕の喉元に突きつけられている。
……依然としてアマテラス。
僕の思いつきはダメだったか。
殴れたけど、センカの意識を取り戻せなかった。
上手くいったと思ったんだけどなぁ。
はぁ……さてと、この状況どう切り抜けるかだ。
けど正直に思う、なす術がない。
僕にできることといえば、突きつけられた炎と首の間に、盾を差し込むことだ。
だが果たして間に合うだろうか。
……無理だな。
あまりにも炎が近すぎる。
僕がちょっと腕を動かしたら、喉を貫かれて詰みだ。
なんならまだ貫かれてないことが不思議だ。
まぁ、だからといって、諦めるつもりもない。
一か八かで盾を差し込んで防ぐ。
それしかない。
そう思ったその時だった。
アマテラスが握りしめている炎が、一瞬にして煙となって立ち昇った。
そして彼女は膝から崩れ落ちた。
前のめりに、僕に覆い被さるようにして倒れた。
僕は彼女を支えるように受け止めた。
「センカ?」
彼女はワカメかと思うぐらいふにゃふにゃで、だらりとしている。
どうやら気絶したみたいだ。
あれ気絶? てことは……もしかして。
「ううううう」
急に彼女の身体に力が入ったのを感じた。
だから僕は上体を起こしながら、彼女を床に座らせた。
その時には、センカは意識を取り戻していた。
「ウ、ウチはいったいなにを……」
ボケたおばあちゃんみたいに、センカは目をこすった。
そんな彼女と僕は目が合う。
「おはよ!」
「……おはよう……ございます」
センカはキョロキョロと首を回していて、
まだ何がなんだか分かってない様子だ。
「キョキョキョッ、見事でしたゾ、イサミ殿」
「やったぁ! センカだ! センカが戻ってきたぁあ!」
そこに、ヒワシとツクヨミちゃんも集まってきた。
僕の身体から力か抜けていくのが分かる。
やっとの思いでセンカの意識を取り戻せたからな。
ホッとしてるんだ。
でもまだやることがある。
さっさと1度街に戻って、チカセとケンセイを連れてくるんだ。
そんで賊の拠点を確かめに行ったキヨマルとアンネと合流しなくちゃ。
しなくちゃ……。
なのに、あれ?
なんか目の前がぼんやりしてきた。
そして次の瞬間、プツリと意識が途切れた。




