第五十六話「日と月の間で」3
どうしたものか。
困ったってもんじゃないぞ。
僕は天井付近にある赤黒い月を眺める。
そして思い出すはツクヨミちゃんの言葉。
ここはあの子だけの世界だと言っていた。
でもどういう訳か、僕は知らず知らず入り込んでしまっている。
そんで出られない。
もしかしたら、僕はこのまま一生ここで過ごさなきゃいけないのかもしれない。
暇そうで嫌だな。
せめて、3日に1回はツクヨミちゃんが会いに来てほしいな。
そしたらまぁ、楽しんで生きていけるかもしれない。
まぁ冗談はさておき、
よし、出口を探すか!
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どれぐらい経ったかはわからない。
でもわかったことがある。
ツクヨミちゃんが言ってた通り、ここに出口なんてものは無い。
僕は隅々まで調べた。
壁に床、天井まで、
もーぜーんぶ、手でコンコンってノックした。
しかも最終的には散らかってたモノ、僕が全て片付けてしまったよ。
めぼしいモノは何も無い。
そうとわかった時、さすがの僕も身体から力が抜けたね。
盾を外して、床に大の字で寝っ転がったよ。
でも、それがよかった。
そうした今、ふと横を見たらあることに気がつけたのだ。
僕の盾がおかしい。
何やら盾の表面に映り込んでいるのだ。
僕はあぐらに座りなおし、
両手で盾を持つ。
そして今一度よく見る。
アマテラス、それとツクヨミだ。
2人が映っている。
まるで水面に映りこんでる月みたいに、ぼんやりとだが、確かに映っている。
盾に映っている2人は、戦っていた。
これは、ひょっとすると幻でもまやかしでも無く、本当にいま戦っているんじゃないか?
すごく生々しいぞ。
まぁ、とりあえず観戦するか。
他にやることないしな。
状況は、ツクヨミちゃんが劣勢か。
アマテラスの攻撃を防ぐのが精一杯の様子だ。
でも、さっき見たのと違い、ちゃんと倒す気で攻撃してるのがわかる。
だから、勝ちを拾う可能性は十分あるだろう。
応援しなきゃ!
頑張れツクヨミちゃん! アマテラスなんてやっつけちゃえ!
そこだ! オラ! オラ!
ああぁぁ。
やめて! ツクヨミちゃんを追い詰めないで!
アマテラスの炎がツクヨミちゃんを取り囲んで、四方八方から畳み掛けている。
それでも、ツクヨミちゃんはすごく上手く躱した。
なんか黒い塵の塊が現れては炎を遮り、
影を縫うようにツクヨミちゃんが駆けている。
パッと消えて、パッと現れてる。
まるで手品だ。
しかもそれは攻撃面でも強そうだ。
正面にいたはずのツクヨミちゃんが、
一瞬黒い塵で暗闇を作り出して、視界を遮ったと思ったら、もう背後に回り込んで鎌を振っている。
ツクヨミちゃんは身を隠しながら攻める奇襲が得意とみた。
しかし、さすがアマテラスと言ったところか。
絶え間なく狐火を出し続け、ツクヨミちゃんが作り出す暗闇を照らしてってる。
暗闇の箇所を減らし、ツクヨミちゃんが飛び出てくるところを限定している。
なんて熱い戦いなんだ!
もう僕の心臓はバクバクと鳴りっぱなしだ。
血行も良くなって身体が熱くなってきた。
特に盾を持ってる両手が熱い。
あれ? さすがに熱すぎる。
手というか、盾が……熱っちちちち!
僕は思わず盾を手放した。
床にカランカランと転がった盾は、少し赤みがかっていた。
「な、なんだ?」
見ると盾が輝き始めてた。
しかもどんどんとその輝きが増してる。
あまりの眩しさに僕は瞼を閉じるしかない。
瞼ごしに輝きが収まったとわかるその時まで。
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どうやら輝きが収まったようだ。
なので僕は左瞼から開けた。
もう一目でわかった。
僕はツクヨミちゃんの世界から出られている。
なんせ目の前には、椅子に座ってるヒワシがいたのだから。
「おやイサミ殿、どこに行ってたゾ?」
「えーとね! 日の光が届かない場所ってツクヨミちゃんが言ってた。
もうすごいよ! ここの地下室と瓜二つなんだけど……別の場所なんだ!
……ごめん説明下手だった、えーと、うーんと」
でもなんて言えばいいんだ、あれを。
「知っていますとも、僕ちゃんも見たことはあるゾ」
なーんだ。
知ってたのか。
「あの世は月食と言うゾ」
「へー」
ん? 僕はたまたま盾に助けてもらったから出られたけど、ヒワシはどうやって出たんだろう。
まぁいいか。
しっかし……本当によく出てこれたな僕。
訳が分からないけど、
盾が輝くとき、いっつも不思議なことが起きる。
だから頼むよ。
前にアマテラスの炎をはね返した時みたいに、
もう1度、魂の御業を魅せてくれ。
センカの正気を取り戻したいんだ!
そう思いながら、僕は床に転がっていた盾を拾い上げた。
すると、薄れていた輝きが再度、
僕の顔を照らした。
それはツクヨミちゃんの世界から戻って来れた時のような、眩いものではなかった。
が、不思議と力が湧く。
「ほう! 戦うゾか?」
ヒワシは僕にそう聞いた。
僕は左腕に盾を付けながら、即答する。
「もちろん!」
盾を装着したあと、僕は背中から剣を引き抜く。
「キョキョキョッ、なら1つ、僕ちゃんから提言しようゾ」
「なに?」
「僕ちゃんはずっと不思議だった。
なぜイサミ殿の盾は炎をはね返せるのか。
しかも今回、ツクヨミ殿の月食に入り込むことすらした」
いつにも増してヒワシの笑顔が大きい。
ちょっと怖いぐらいだ。
「そこで僕ちゃんは思ったのだ、もしや、もしや盾は、映し返してるのではないゾか? 」
「……どういうことよ」
「鏡写し……いや、イサミ殿に理解できるよう説明するには、そうだネ、
それはまるで月を映せし水面のようなもの」
月を映す水面だって?
それちょうどさっき、盾が似たような感じになってた気がする。
「映すは、あるとも知れないモノ。
魂、あるいは魂の御業、とかゾネ」
魂の御業……。
「盾が炎を防ぐ時、盾に映し出された炎で弾く。
まったく同じ炎がぶつかり合うとなると、それは反発するだろうゾ。
イサミ殿の盾は、そうやって魂の御業を弾いていた、と僕ちゃんは踏んでいる」
なるほど、
なんとなく、なんとなくだけれども、ヒワシの言っていることが分かったかもしれない。
同じモノをぶつけてはね返すってことよね。
「でもさ、水面に映る月って、別に本当にそこに月がある訳じゃないじゃん。
盾の中に炎が映ったって、中から炎は出てこないでしょ?」
僕がそう言うと、ヒワシは両手をパチンっと合わせた。
「こう、盾に炎が当たる瞬間、映し出された炎もまた盾から出る瞬間ゾ。まさにぶつかり合っているとは思わないゾか?」
「おぉ」
そう言われたら、そうかも。
大昔、水面を叩いて遊んでたけど、
叩く瞬間、水面に映ってる僕の手と合わさる形になるよな。
ああ! だから水面を叩いた時って痛いの?
向こう側から叩かれてるってこと?
「それにゾ、僕ちゃんは映し出すと言った」
「え、うん」
「僕ちゃんは盾から出ていると思うゾ」
「……炎でないよ?」
「必ずしも同じ形とは限らない、何せ魂ゾ。僕ちゃんはまだ見たことがない」
「そうか」
「だが、まったく同じモノを映し出せる可能性も十分ある。なにせイサミ殿が月食に入り込めたのは、月食を周りに映し出したか、もしくはーー」
「ごめんヒワシ」
僕はだんだんと熱く語るヒワシを止めた。
「その話、長くなりそう? ならあとでにしてくれ、だってほら」
僕はアマテラスとツクヨミちゃんの方を指さした。
「早く行かないと、ツクヨミちゃんがやられちゃう」
ヒワシは仕方なさそうに、腕を組んだ。
「分かったゾ、だが、1つやってみて欲しいことがあるゾ」
「なに?」
「その盾、輝いているな」
「うん」
「試しに剣を盾の表面に擦り付けてみてくれゾ」
「えぇ?」
剣を盾に擦り付ける?
「なんでまたそんなことを」
「盾の輝きは魂の御業に間違いあるまい、
アマテラス殿の炎なのか、ツクヨミ殿の夜闇かはさておき、何らかの力が働いてる、であるならば、映してやるがいいゾ」
んーよくわからんけど、まぁいいよ。
僕は言われた通りやってみることにした。
盾を胸の前にもってきて、その前に剣を重ねる。
そして、ゆっくりと、剣を上に引き抜くように、剣の根元から擦り合わせる。
すると、
ジリジリとも、ギリギリとも言えない嫌な音が響く。
と同時に変わった。
剣の様子が変わった。
擦り合わせたところから、輝き始めた。
鈍い黄金のようなきらめき。
いつぞやのヒワシと戦った時に見たモノだ。
「おぉすごい!」
でも、盾の輝きは消えてしまった。
これは盾の輝きが剣に移ったって考えていいんだろうか。
「ヒワシ、よくこうなるって分かったね!」
「分かった訳ではない、モノは試しゾ」
「ふ〜ん」
「それよりも、技に名をつけようゾ。
御業を映す盾、鏡のような……ふむ、鏡面……明鏡、反照ーー」
「いや、いいから、技名なんて今は考えてる場合じゃないから。
まぁともかくありがと、行ってくるぜ!」
頭の隅でふと思った。
もしかしてアマテラスとかツクヨミちゃんの技名って、ヒワシが考えたやつなのかな。
もしそうだったら僕もカッコイイのつけてもらおう……いや、ダメだ、僕が付けよう。
いま、なんとなく、なんとなくだけどその方がいい気がした。
そう思いながら、
僕はアマテラスに向かって走り出した。




