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有翼の女神様  作者: カノウラン
エピローグ
27/29

1月某日

その日は、朝から雪がちらついていた。


「で、きた……」


壁に立てかけた半畳ほどもあるパネル画の前で、礼音はとすん、と座り込んだ。

何度も、何度も、構図や技法など試行錯誤したうえで挑んだ大作は、礼音にとって、今描きうる最高のものだと言い切れる。

カラ、と戸車がまわる音がして、先生、と背中から呼ばれた。


「あ、れ……」


とびらに寄りかかり、ひらり、と手を振ってみせる長身に、礼音は目をまるくする。


「幽霊でも見たような顔して、どうしたの」

「三年生は、とっくに休みなんじゃ──」


美術室に入ってくる学ランすがたの慶太を見上げ、礼音は以前とはどこかちがう雰囲気に、内心で首をかしげた。


「あいかわらず、外のことには疎いんだね。今日、俺の歓送会があったんだ。来週からキャンプが始まるんで、明日には上京するし。卒業式には出られない、っていうか、行くなって言われるぐらいチームから必要とされるようにがんばれってことで」


礼音は二度、まばたいた。


「えっ──、明日?」

「俺、補講とかあって、一月に入ってからもけっこう学校来てたけど。先生がでかい絵を描くのに没頭してるって聞いたから、邪魔になるのもどうかとおもって。でも、もう今日しか会う機会はないからさ」


礼音の脇まで来て、慶太は完成したばかりの絵に、頬をゆるめる。


「これ……イマダ、って言ってる瞬間だね」


うなずきかけて、礼音はぎょっとした。


「エ、な、何で、それ──」


藤色のユニフォームの右肩うしろに浮いた、黒翼の主の絵。

そのしろい指先は、ゴールをまっすぐに指している。


「何でって──あのとき、これから打つシュートがパッと頭にうかんで、声がしたんだ」

「ニケの、声が──?」

「たぶんね。俺には先生の声のようにきこえたけど、この絵を見たら、あああの声はこういうことだったんだな、って納得した」


すとん、と礼音のとなりに座り込んだ慶太から、うっすらと体温が伝わってきた。


「くろい羽が透けて見えるのもすごいけど、膝のテーピングといい、しめったユニフォームといい、俺のことまでよくこれだけ忠実に描けたね」

「テープは、巻くところもお医者さんが取るところも見てたし、交代してすぐの君をこのくらいの距離で見たから」

「はあ……俺とは目の構造がちがうんだな。シュートの姿勢なんて一瞬見ただけなのに、どうやって描いたの、これ。あれ以来、グランドにも顔を見せてないって聞いてるけど」

「シュートは、決勝戦の前に、ずっと練習するところを見ていたから」


ああ、とおもいだしたように慶太が応じる。


「グランド、へは……」

「──まあ、先生からは用がないっていうか。来いって言われなきゃ行かないよね、元々」

「…………みんな、だまされた気分でいるんじゃないでしょうか、私に──」

「試合に、負けたから?」


礼音はうなずこうとして、うなだれた。



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