1月某日
その日は、朝から雪がちらついていた。
「で、きた……」
壁に立てかけた半畳ほどもあるパネル画の前で、礼音はとすん、と座り込んだ。
何度も、何度も、構図や技法など試行錯誤したうえで挑んだ大作は、礼音にとって、今描きうる最高のものだと言い切れる。
カラ、と戸車がまわる音がして、先生、と背中から呼ばれた。
「あ、れ……」
とびらに寄りかかり、ひらり、と手を振ってみせる長身に、礼音は目をまるくする。
「幽霊でも見たような顔して、どうしたの」
「三年生は、とっくに休みなんじゃ──」
美術室に入ってくる学ランすがたの慶太を見上げ、礼音は以前とはどこかちがう雰囲気に、内心で首をかしげた。
「あいかわらず、外のことには疎いんだね。今日、俺の歓送会があったんだ。来週からキャンプが始まるんで、明日には上京するし。卒業式には出られない、っていうか、行くなって言われるぐらいチームから必要とされるようにがんばれってことで」
礼音は二度、まばたいた。
「えっ──、明日?」
「俺、補講とかあって、一月に入ってからもけっこう学校来てたけど。先生がでかい絵を描くのに没頭してるって聞いたから、邪魔になるのもどうかとおもって。でも、もう今日しか会う機会はないからさ」
礼音の脇まで来て、慶太は完成したばかりの絵に、頬をゆるめる。
「これ……イマダ、って言ってる瞬間だね」
うなずきかけて、礼音はぎょっとした。
「エ、な、何で、それ──」
藤色のユニフォームの右肩うしろに浮いた、黒翼の主の絵。
そのしろい指先は、ゴールをまっすぐに指している。
「何でって──あのとき、これから打つシュートがパッと頭にうかんで、声がしたんだ」
「ニケの、声が──?」
「たぶんね。俺には先生の声のようにきこえたけど、この絵を見たら、あああの声はこういうことだったんだな、って納得した」
すとん、と礼音のとなりに座り込んだ慶太から、うっすらと体温が伝わってきた。
「くろい羽が透けて見えるのもすごいけど、膝のテーピングといい、しめったユニフォームといい、俺のことまでよくこれだけ忠実に描けたね」
「テープは、巻くところもお医者さんが取るところも見てたし、交代してすぐの君をこのくらいの距離で見たから」
「はあ……俺とは目の構造がちがうんだな。シュートの姿勢なんて一瞬見ただけなのに、どうやって描いたの、これ。あれ以来、グランドにも顔を見せてないって聞いてるけど」
「シュートは、決勝戦の前に、ずっと練習するところを見ていたから」
ああ、とおもいだしたように慶太が応じる。
「グランド、へは……」
「──まあ、先生からは用がないっていうか。来いって言われなきゃ行かないよね、元々」
「…………みんな、だまされた気分でいるんじゃないでしょうか、私に──」
「試合に、負けたから?」
礼音はうなずこうとして、うなだれた。




