共犯容疑
あの日、礼音は試合のとちゅうで、医師の診察を受けに行く慶太に付き添って競技場を離れてしまった。
ニケさえ残っていれば勝てるはずだとおもい込んで。
あとで、延長の末に引き分け、PK戦で敗れた、と聞いたとき、礼音にはその意味がよく分からなかった。
ただ、さばさばした顔で仕方ないと口々に言われるたび、信じたことの後悔がにじんで見えたのは気のせいではない、とおもう。
「知ってる? 深澤は今も毎日、例の神棚に手を合わせてるらしいよ」
「──えっ」
「あのとき、同点のままPK戦に持ち込めば、運に味方してもらえるはずだって、みんながおもってたんじゃない? 俺との交代でディフェンダーを入れたのもそうだし、俺が引き分けのまま引っ込んだのも、たぶんそう」
「あのとき、君はケガをしてて……」
「でも、点を取らなきゃ勝てないことはよく分かってるんだよ。なのに、不覚にも俺まで信じちゃってたんだ──」
「ニケ、を?」
「何もしなくても自分たちを勝たせてくれる、都合のいいカミサマ。そんなの、信じたほうが悪いよ。勝利の女神ってことばのマジックだろうけど。少なくとも、相手は最後の最後まで、俺たちを倒して勝つ気でいたとおもう。気を抜いた俺たちに、勝利はふさわしくなかった……そのことに気づいてるから、みんな仕方ないな、とおもってる。俺も、退いた時点で仲間にどうこう言う資格はないし。深澤は、誰より後悔してるんじゃない。勝ちに行こうとすれば、あれは勝てた試合だった。これでまだ先生に頼るようだったら救いようがないけど、たぶん反省して、腹をくくった監督になろうとしてるんだとおもうよ」
ことばを切った慶太が、礼音の顔をのぞき込んでくる。
「──ごめんね、先生」
礼音は、おもわず首をかしげた。
「俺、ほんとのこと言うと、先生はあの男とグルなんだと、ずっとおもってたんだ」
「あのおとこって」
「深澤。ニケとか勝利の女神とか、あの男がでっちあげてる架空の存在だろうって。とぼけた顔して、深澤とつるんでみんなをだましてるあたり、なんて役者で腹黒いひとなんだろうって、先生のこと──」
「え、ええっ、そ……」
ぱくぱくと、二の句が継げなくなった礼音にもうひとつ、ごめん、と慶太が謝る。
「だって、ふつうに考えて、ひとりで何にもできない仮免監督のところに、勝利の女神とそれが見えて声もきこえる人間が、都合よくセットで現われるとか、ありえないだろ? ニケのことばっていうのも、聞いてみたら、大体は監督のことばだったり言いそうなことだったりで。深澤が知ってるか、知らなくても日記的なノートでもあれば言えるていどのことだったし。それに」
礼音のほうをちらりと見て、慶太が子どもっぽくくちびるをとがらせた。
「先生って、俺のことだけ名字で呼ぶだろ。それ、深澤といっしょだから。誰の受け売りだかバレバレじゃねーか、アホらしい、とかおもってたんだ」
「…………あ、の。君のことだけ、名字っていうか。他の子たちの名前は、どれが誰だかおぼえてなくて──」
躊躇いがちに訂正を入れた礼音に、慶太が肩をすくめてみせる。
「あとで考えればね、先生とは俺しか話してなかったんだけど。無口なのもぼーっとしてるのも、ぼろを出さないようにしてるだけだとおもってたんだ。まさか、あんなに生徒に無関心な教師がいるとはおもわなくてさ」
「……すみません」
「でも、先生は、俺が話したことはちゃんと聞いてくれてた。さすがに、決勝に来なかった時点で、ふたりって俺がおもってるような共犯関係じゃなかったんじゃ、って気づいたんだけど。それでも、深澤に意見してくれたのには、おどろいたよ。俺は疑ってたからこそ近づいたのに、先生は、俺に信頼をくれた。勝利の女神に頼ったことは失敗だったとおもうけど、後半も出たことと、とちゅうで交代したことは、後悔してない。俺は先生がくれた時間で精いっぱいやれたし、へんな意地であれ以上の無茶をすることは、避けられた。どうせなら自分でゴールを決めたかったけど、交代が当たって仮免監督が若葉マークになれたなら、それもこの部の守り神の思し召しってやつなのかもね」




