エースのしごと
選手交代の手続きを経て、貴巳がピッチに立ったとき、慶太に残された時間は、すでに三分を切っていた。
腰に手をやり、ひたいから伝い落ちる汗を腕でぬぐった慶太を遠目に、礼音はわれ知らず指を組んだ。
いつもなら、もっと長い時間をもっとたくさん走っていたって、彼はもっと涼しげな顔をしている。
それでも、ボールが動き出せば、彼も動く。
礼音は、今はセンターサークルの上空にある、濡れ羽色の髪に背中の大部分を覆われた黒翼の主をあおぎ見た。
出来れば一分でも、一秒でも早く、慶太をプレーから開放してあげて欲しい、と願う。
彼のがんばりを、どれほどひたむきにサッカーと向き合っているかをあなたは見ていて知っているのだから、どうか──
ワア、と沸き上がった歓声に、礼音はハッと敵陣を見た。
そちらを向いたのは、直感というより、ただの願望。
ディフェンスラインの裏に抜け出た球足の速いパスに、懸命に、足を伸ばす選手がいた。
背番号は、11。
ペナルティエリアにフリーで侵入した慶太を見て、礼音はいっそうかたく、組んだ手を握った。
──イマダ、と鈴が叫ぶ。
赤いユニフォームから伸びた手が追いついたとき、慶太の左足はシュートを放っていた。
矢のようなボールがいちどだけ芝に接地し、横っとびしたキーパーの指先をかすめ、白いポストに当たって横に跳ねる。
「ああっ──」
ゴールラインの手前をむなしく横切り、枠を通りすぎていく──
とおもわれた瞬間、逆のポスト脇へと突き出てきた足が、ボールをゴールへ押し込んだ。
「え……」
まばたいた礼音のすぐ横で、流星がヨシャ、と拳を振り下ろした。
笛の音が高くひびいて、得点を告げる。
が、シュートの後、軸足から崩れるようにピッチに倒れ込んだ慶太は、体を起こしても座ったまま立ち上がろうとはせず、ベンチに向かって合図を寄こした。
「交代だ、……晴人!」
流星の指示がとび、よろこびにわいていたリザーブ選手の中から駆けてきたひとりが、ユニフォームすがたになる。
担架を拒否して、右足を引きずりながらも自分の足で歩いてピッチをしりぞいた慶太に、礼音は自ら歩みより、肩を貸した。
それまで慶太をいたわるようにすぐ頭上についていたニケが、ふわり、と入れ替わりに飛び去っていく。
「い、ててて」
とたん、ぐっと体重ごと寄りかかってきた慶太を支えつつ、離れていく大翼に向かって、礼音はことばにはせず、礼を述べた。




