ベンチ
肌を刺すような風に吹かれ、礼音は上着を着て来なかったことを後悔していた。
けれど、目の前を駆けている選手たちはみな半袖だ。
さむいなど言ってられないと、礼音はくちん、とくしゃみをかみ殺す。
「たく。もう十一月だぞ、何でそんな薄着で来たんだ、おまえ」
声をふり返ると、背中にぬくもりが降ってきた。
肩から垂れた袖で、流星の着ていた紺色のジャージだと分かる。
「深澤先生こそ、半袖じゃ」
「俺はいい。べつにさむくもねーし、第一、風邪ってもんをひいたことがねーからな」
「えっ」
「おい。今、バカは風邪ひかない、とかいうことわざ、おもいうかべただろ?」
それはことわざじゃないとおもいます、と言いたいのをこらえ、礼音は頭を下げた。
「あの、ありがとうございました……」
「おう。つーか、あらためて礼を言うほど、たいして温くもねーだろ」
「えっと。さっき、私の意見に耳を傾けて、鷹林くんを替えずにいてくれて──」
そっちか、と流星がうしろ髪をかく。
「よく分かんなかったが、おまえが言ってたのって、たぶんメンタルのはなしだろ。常々、オヤジが言ってた。目に見えないからこそ、メンタルは意識しておかなきゃすぐ弱くなる、ってな」
けど、とつぶやき、流星はピッチへ視線をもどした。
「あれ、膝、相当痛いとおもうぞ。しかも、すべる芝じゃ、よけい負担がかかる」
後半開始から、すでに十五分が過ぎようとしていた。
礼音は、電光掲示板にある時計表示に目をやり、そのことを確認する。
「深澤先生。あと五分しても得点できなければ、替えてください」
「──ハ?」
「猶予は二十分だけでいい、と。鷹林くんに伝言を頼まれました。わがままを言っているのは分かっているから、それ以上、他のフォワードの選手の時間は奪えない、と」
目をほそめた流星が、チ、と舌打ちした。
「ケガをおしてゴールを狙うすがたを見せて、最悪、他のやつらに発破をかけようってか」
おい、と流星が雑用をこなす控えの部員を呼んだ。
「交代だ。アップしてる貴巳を呼んでこい」
「ええっ。ま、待って、まだ──」
動揺する礼音が伸ばした手をふり払って、流星は交代用紙の記入にかかる。
「鷹林を替えるんじゃない。ついでに、囮役までさせてやろうじゃねーか。誰が取ろうが一点は一点、チームのものだって俺の持論を変える気はねーんだ」
ビブスを脱ぎながら駆けてきた坊主頭に、流星は紙を渡した。
「ディフェンスラインとキーパーのあいだのスペースを狙え。鷹林がペナルティエリアでボールを持てば、相手はぜったいおまえから目を離す。今日のあっちのキーパーは鷹林が打つシュートにはことごとく反応してやがる。あいつひとりで裏をかくのはむずかしいだろうが、あいつをダシにする気でいけば、裏をかけるかもしれねー」
「鷹林センパイを、ダシに……?」
「ダシが嫌なら、エースを助ける気で行け。あれだけマーク受けながら、あいつは痛めた足を踏んばってシュート打ってんだぞ。他のフォワードも意地を見せろ。行け」




