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有翼の女神様  作者: カノウラン
5:決勝戦
22/29

前半終了

最寄り駅からバスを含むみっつの乗り換えを経て、二万人収容の競技場へと、礼音はどうにかやって来た。

もっとも、さいしょの乗り換え駅では降り損なってしまい、つぎの乗り換えでもうっかり逆方向の電車へ乗ってしまったがために、礼音がバスを降りたときには、試合開始時刻をとうにすぎていたが。

しかも、競技場へとつづくゆるやかな坂道は、礼音に二倍にもおもえる重力を感じさせ、容易に近づかせまいとしてくる。

近づけばちかづくほど、新鮮な空気が失われていくように、息苦しさが増し、めまいにおそわれ、冷や汗がにじむ。

かべ伝いにようやくたどり着いたスタンドで、情念の塊のような歓声を耳にした礼音はついに膝をついてしまった。

それでも、必死のおもいで目に鮮やかなきみどりのピッチに視線を向ければ、赤いユニフォームが遠くのゴール脇一点に集まっていく。


「あ──……」


礼音でも、それが得点直後に見られる歓喜の輪だということは学習済みで。

決して、散ったままの藤色のユニフォーム──媛川高校が得点したわけではないことも、理解できた。

電光掲示板に目をやれば、0ふたつが並んでいたスコアの表示が切り換わる。

わあわあとにぎやかなすぐそばの応援団が、どうやら相手側らしいことにも気づいて、礼音はめまいに任せて目を閉じた。

ぐわんぐわんと鐘の内側にいるような大音響が、媛川に復讐を、という叫びの合唱にきこえてくる。


だから、勝負事はきらいなんだ──


さいごのちからを振り絞りつぶやいたとき、どこからか空気を裂くような乾いた鈴の音がひびきわたった。


「えっ……──」


誰かにすくい取られたように、あっけないほど軽くあごが持ち上がる。

舞い降りてきた大翼に視界を覆われ、礼音は息をのんだ。


『わが声をきいたか、レオン』


こくんとうなずく礼音の耳に、もうひとつ鈴の音に似たひびきがとどいた。


『そうか。もはや運命は変わらぬ、が──』


重さも不快さもまぼろしのように消え去り、立ち上がることさえできた礼音の頭上から、ため息のようにそよかな風が降ってくる。


『雨で、芝が濡れておる。そのわずかな差が、命とりになること。言わねば分からぬ相手ではないのだがの、……本来ならば』

「──い……のち、とりって……?」


時が止まったようにのろのろとまばたいた礼音の耳を、遠い歓声がうつ。

ピッチに目をやれば、手前のサイドからゴールに向かい、ななめに藤色のユニフォームが駆けていく。

背番号は、11番。

その足先に、手妻のようにボールが出現した。

一拍おくれて、赤いユニフォームまでもが彼の足元に飛び込んできたとき、礼音は自分より大きな体がふわ、と宙に浮くのを見てしまう。

競技場の至るところから悲鳴がわき起こり、しばらくして立ち上がった赤いユニフォームのそばへ駆けつけたくろい服のレフェリーが、高々と黄色いカードを、つづいて赤いカードを掲げてみせる。

どっ、とすぐ近くで人々がどよめいた。

腕から黄色い腕章をはずして仲間に放った赤いユニフォームの選手とタッチライン上で入れ替わるように、白い布を張った担架がピッチの中へと運ばれていく。

そのあいだも、倒れた藤色のユニフォームの選手が起き上がる様子はなかった。


「あ、れは……──」


感覚のうすれた足をどうにか動かし、礼音がスタンドの最前列までやって来たとき、長い笛の音がつづけざまにふたつきこえた。


「た、か……たかばやし、くん……!」


逆サイドに運び出された担架から降り立つ長身を見て、礼音はほっ、と胸を撫で下ろす。

けれど、仲間に両脇を支えられ、左足だけで歩くすがたに、礼音は一転、青ざめた。



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