ロッカールーム
「鷹林くん、鷹林くんっ──」
手すりに身を乗りだして呼んでも、ピッチの向こう側まで声がとどくはずもない。
「たかばやしくん……!」
ぐいっ、ととつぜん左腕を引かれ、礼音はおどろきふり返った。
「先生、何で、竜工の応援席にいるんスか。前半のあいだ探し回ったっスよ」
「えっ……」
礼音を引っぱっていく相手は、媛川の校名が入ったTシャツをジャージの下に着ている。
どことなくその垂れた目には見覚えがあって、おそらくは控えの部員にちがいなかった。
「あの、どうして、私のことを──」
「見つけたら連れてくるよう言われたんス」
「え、誰に?」
「もちろんコーチ……じゃなかった、深澤監督に」
わけが分からぬまま、礼音は早足でスタンドから連れ出され、いちど出た競技場にべつの入り口を通って連れ込まれた。
うっすらと見覚えのある清潔ながらどこか湿気た空間は、準決勝の際にもおとずれた関係者ゾーンだと思い当たる。
媛川高校、としろい紙が貼られた控え室のとびらを彼は躊躇なく開けると、寄ってくる視線の中へと礼音を突き出した。
「先生、いたーっス」
「おっせーんだよ。マジなめてんだろッ」
かぶせるように怒鳴りつけた流星の目は、当然、礼音をにらんでいる。
「あ、の、でも、私、電話のとき」
「ぼそぼそと何言ってんだかさっぱりだから、来いっつったら、『行きます、すぐに』って応えただろうが、おまえ!」
「………………そ、うでしたっけ」
いや、たぶんぜったいにちがう、とおもいつつも、礼音は言い出せず視線をそらした。
「まあ、遅いが、いいところに来た。おまえ、そいつを医者のところに連れてけ」
ハッとして指さされた先に視線を向けると、床に座り込んだ相手と目が合う。
「あ。鷹林くん、だいじょう──」
「交代はしないって言っただろ」
近よりかけた礼音は、ビクリと足を止めた。
まるで、そこに抜身の刀があるかのように、ギラリと威嚇のひかりを放つ。
「するかしないかなんて、訊いてねーんだよ。おまえはここで交代させる。これは決定だ」
びくつく礼音とは対照的に、流星は生徒の脅しなど取るに足らないとばかりに一蹴する。
「得点しなきゃ負けるんだぞ。俺がいなくて竜工に勝てるとおもってんのか」
「──おまえ抜きで勝てないなら、それまでだってことだ。負けたって仕方ねーさ」
「ハア、てめえ、それでも監督のつもりか」
「オヤジなら、おまえがいなくても勝てるって言ったかもな。そしたらおまえも交代するんだろ。俺には言えねーし、言ったところでおまえは信じない。それでも、たかがひとつの勝ちのために、おまえに無理をさせないことぐらいはできるんだよ」
「たかが、ひとつの勝ち? ──だから、てめえは何も分かっちゃいないんだ!」
「選手権に出ようが出まいが、おまえはプロにいく。ここで無理をしたがために、プロで使いものにならなくなった選手がいかに多いか、俺でも知ってる。無理して、取り返しがつかなくなったら困るのはおまえなんだ」
話は終わりだ、とばかりに流星が手を払う。
「このくらい、テーピングすりゃ走れる!」
知らんふりで、流星は礼音が現われたため中断してしまった守備陣への指示を再開した。
「サッカーしてりゃもっとひどいケガだってこの先するに決まってんのに。このていどで交代させんのは、ただ自分の責任になるのがこわいだけだろうが……っ」
右膝を覆っていた氷のうをばしん、ばしん、と流星の足元に投げつけ、慶太が吠える。
「交代なんかするか! 俺は後半も出てって、点を取る!」
ベージュのテープを膝に巻きだした慶太と、無視を決め込む流星を、礼音は交互に見た。
どうすべきかなんて、礼音には分からない。
ただ、このままならどちらの意見が通るのかだけは、なんとなく分かった。




