第50話 二人の聖女降臨
この日、サントス神殿は騒がしかった。
神官たちが廊下を走り回り、伝令役の見習いたちが慌ただしく階段を駆け上がっていく。
「マリベル・モルガンを正式に『聖女』と認める」
という大賢者の御触れが出たのだ。
その大騒ぎの中心人物であるあたしはというとーー
さっさと家に帰ろうとしていた。
だって、早く帰らないとパーシアが怒ってるんだもの。
神殿の出口にたどり着いたところで、警備騎士に止められた。
「聖女さま、お戻りください」
「え?」
「お戻りください」
「帰りたいんですけど」
「お戻りください」
話にならない。
騎士はあたしの腕を取ると、そのまま神殿の中へ連れ戻そうとした。
「でもーー」
助けを求めるようにレフさまを見る。
レフさまは困ったように額を押さえていた。
「大賢者さまの決めたことか……」
そのとき。
神殿の奥から大賢者さまと、エル・ロイル家の若長が歩いてきた。
後ろには、むくれ顔のエリサとアリシアさまもいる。
「だから大叔父さま」
ディランは一歩前へ出た。
「聖女とは本来、我がエル・ロイル家の血を引く者を指します。少なくとも、その資格が最優先されるべきです」
「それで?」
大賢者さまは涼しい顔だ。
若長は、懐から数枚の書類を取り出した。
「こちらをご覧ください」
広げられた紙には細かな数字が並んでいる。
「エリサが東方へ渡って以降の伝道活動、その影響による巡礼者数の増加、神殿への寄付金の推移をまとめました」
「ほぉ」
大賢者さまは感心したように目を細める。
「エラドーラで聖典の朗読をしただけで千人規模の人が集まったか」
「はい」
「『風響きの揺らぎ』の力だな」
やっぱりエリサは特別なんだ。
あたしがそう思っていると、
「とうさま~!」
エリサが一目散にレフさまへ飛びついた。
「ティランがまた変なこと言ってる~!」
「変なことではありません」
若長は即座に反論する。
「聖女は一世代に一人です」
「だから?」
「エリサには十分な資格があります。マリベルを認定するのは早計です」
ああ、そういう話だったのね。
今さら理解した。
「君がエリサーシャと婚礼を挙げたいから言っているようにも聞こえるが?」
大賢者さまがさらりと言った。
若長の顔が真っ赤になる。
「ち、違います!」
「そうか?」
「どちらにせよ、年齢的にも僕たちは近いです」
しまった。
否定になってない。
「聖女は僕と結婚することが前提になります」
あらやだ。
外堀を埋めてたのね。
大賢者さまが笑いをこらえている。
レフさまは完全に呆れていた。
「この際、サントスと銀の森で体制を分けるか?」
大賢者さまが面白そうに言う。
「絶対に父上や三賢人が出てきます」
若長も引かない。
まだ続きそう。
けれど、あたしの意識は別のところに向いていた。
デュール谷。
あの谷が、どうにも気になる。
そのとき。
デュール谷の方角から、潮の香を含んだ風が神殿を吹き抜けた。
あたしは思わず顔を上げる。
ーー何かが、起きている。




