第38話 母さんの記憶
あたしには、かあさんの記憶がない。
でも匂いは覚えてる。
あればきっと熱を出した時、炊いてくれた香の香り。
ーー多分、この香木と同じだ。
「さあ、マリベル」
若長は、香を炊けと言う。
あたしは、香木を削って香炉の中に入れる。
この香は、ほとんど煙が出ない。
でも、空気が綺麗になって、咳や喉が楽になる……はず。
若長は、目を閉じてずっと口をつぐんでいた。
……
……
……
静かな時間か流れた。
香木の香りだけが、部屋を満たした。
「咳が止まりましたよ」
「喘息の息子が、静かに寝ましたわ」
あれ?
また、変なことやっちゃったかな?
香木は間違えてないけどーー
若長に炊く分量しか、炊いてないのに……
なんで周りが反応するの?
「その香木の名前、知ってます?」
「いいえ?」
「『マリュベイル』と言います。たぶん、あなたの名前の語源でしょう」
「あの……」
「力は、本物のようですね。僕も楽になりましたーー実は、喘息持ちなのです」
体調が悪かったのは、本当だったみたい。
「ティラン、ちょっと、診せて?」
ジェド氏が、若長の脈をとった。
胸に耳もあてて、頷く。
「うん、喘息の発作がおさまってる」
「でしょう? ……決まりですね。マリベル・フレイドル、僕の花嫁として銀の森に来ませんか?」
は……
……?
……!!!
「エリサと間違えてるんですか? 若長。あたしは、普通の女の子ですーーとても、エル・ロイル家に嫁げる身分ではありません!」
「なにを言います? 浄化治療士の娘、カティア・モルガンの娘なら、銀の森では聖女ですよ」
なに言ってるんだろ……
若長。




