想定外×3
練習試合も終わり、心地よい疲れを感じながら
和菓子屋からの帰り道。
急に話しかけられてビックリしたことを思い出す。
まさか試合を見に来ていたとは…
なんだか少し気まずい…
とはいえ、自分のプレーが評価されていた。
そう思うとちょっと嬉しかったのも事実。
チョロいな…
気を取り直して、昼からは部屋の整理のために
近くの雑貨屋に行くことにしよう。
洗濯をすませて、手早く出かける準備をすると、
今日はおじさんたちに何か買って差し入れでも
するのもいいのでは、そんな気分になった。
それにしてもあの和菓子屋のモンブラン、
うまかったな。あとでちょっと寄ろう。
電車に揺られて買い出しに向かう。
水平線が見えるのってなかなかにいい。
こうした非日常があると心が癒される。
昔は当たり前のようにこの景色を見てたっけ。
成長して見える景色も少しだけ変わった。
背だけじゃないぞ、たぶん。
168㎝と身長に少しコンプレックスもあるので、
一応じぶんの中で釘をさす。
長身イケメン、和也のせいだ。
こうして街に出かけるのも楽しい。
最近は田舎に慣れ過ぎて、こういう繁華街に
出ることもなかったし、なんだか新鮮な気分。
部屋の段ボールもいい加減片づけてしまう
必要があるので、○印で生活雑貨を買い漁る。
部屋もだいぶ生活感が出てきた。
ひと通り買い物も終わり、のんびりして
また電車に乗る。ふらふらしてたせいで
ちょっと時間をかけすぎたようだ。
もう夕方近くになってしまった。
おじさんたちへの手みやげに、帰りは
和菓子屋に寄ることにした。
モンブランのケーキだけでいいかな。
いつもの店に立ち寄って、お目当ての
ケーキを4つ買って帰る。
おじさんとおばさん、みっくんとおれ、
4人分だ。
今日はあとで家に寄せてもらってから、
みんなで食べよう。
そう思って、帰りの道を急いでいると
釣り具屋の前を通りかかった。
先に渡して、あとで寄ろうかな。
ひとまず挨拶だけでもすませておこう。
そう思って釣り具屋に入る。
相変わらず店内は静かだ。
今日はどっちが店番だろう。
おじさんを探していると、店内にいる
女性と目があった。
帽子をかぶっているな。あれ、誰だろう。
うーんと、おじさんはいないのか。
「いらっしゃいませ」
ぼーっとしていると声をかけられた。
あれ、店員さんだったのか⁉
アルバイトいるなんて聞いてなかった。
手伝おうと思ってたのに戦力外なのでは?
あー、ケーキ足りないよ。せっかくだし、
バイトの人の分も用意できればよかったのに。
ちょっと戸惑っていると、再び話かけられた。
何かお探しですか、と。
「おじさんに用事があって」
あー、と言ってすぐに奥に入って呼んで
きてくれた。
「これ、よかったらどうぞ、ケーキです」
あとで寄るので、と伝えるとおじさんも
喜んでくれた。今日はおばさんがごちそう
してくれるらしい。懐かしの味に期待大だ。
昔はたまに遅くなったりすると、自分の分
までごはんを作ってくれていて、しばしば
食べて帰ることもあった。
ありがとね、おばさん。
ひとまず帰ってから今日の買い物で揃えた品
を置いて少しずつ片づけをはじめる。
みっくんにまた会えなかったけど、ごはん時
には会えるだろう。何を話そうかな。
もう4歳じゃないし、みっくんはないか。
みつき、みづき?あれ、名前なんだっけ。
呼び方も考えなきゃな。
そんなことを考えながら、ようやく家の方も
片付けが終わりに近づいてきた。
ごはん時になり、おじさんから連絡が入る。
店の方でごはんを食べるために向かった。
こうして夕飯をいただくのも本当に久々だ。
今夜は何かな?おばさんの手料理だなんて
本当にしあわせだ。
いちばん好きなのは何といっても唐揚げ。
鶏だけではなく、鰆?を使った魚の唐揚げ
においては、味付けがまた最高で格別だ。
当時は唐揚げといえば鶏肉という認識しか
なかったおれは、おばさんの料理を食べて
から唐揚げの世界観が変わった。
唐揚げと聞くと、このメニューがすぐ頭に
浮かぶようにはなったくらいだ。
釣り具屋に着くと、裏口から家にあがって
お手伝いをするべく、準備をはじめた。
みっくんは帰っていないようだ。
「さっきはケーキありがとね」
そんな気を遣わなくていいのに、
とおばさんは言ったがそういう訳にもいかず。
一応、今月から3年間お世話になる予定だ。
それなりの筋は通しておきたい。
ごはんの準備を手伝っていると、さっきの帽子
をかぶった店員さんが店の方にいるのが見えた。
今日はバイトの人が入る日なのだろうか。
最近は釣りをする女子も増えている。
釣り具屋で働くなんて、よっぽど好きじゃないと
やらないのでは?そういった類の方なのだろう。
和栗モンブランのケーキは4つしかないし、
お店を手伝ってくれているなら、あの方に
進呈しよう。おれはこの前食べたしね。
準備ができてテレビを見つつ待っていると、
おじさんがやってきた。
もうすぐみんな揃うから少し待っててな、
おじさんにそう言われた。少し緊張…。
食卓に料理がズラリと並んでいる。
ほんとにおいしそうだ。昨日も牛丼とか
だったし、手作りのあたたかいごはんは
なんだか久々でうれしいものだ。
おじさんも座って、おばさんもこちらに
来ようかというその時、お店にいた店員
さんもやってきて店の帽子を取った。
ん?まかない飯だろうか。
むちゃくちゃうらやましいな。
そう思ったその時。女性がまとめていた
髪のゴムをほどく仕草をした瞬間に、
時がとまった。
「和菓子屋の店員さん⁉」
なんだかもじもじしているが、なぜか
和菓子屋の店員さんがいた。かけもち
バイトなのだろうか…
「美空もおつかれさま」
おじさんがこっち来てゆっくり休んで
と伝えている。
ミクさんと言うのか。素敵な名前だ。
「みんな揃ったな」
おじさんの掛け声でいただきます、
とみんなごはんを囲んで食べ始める。
うまい。いつぶりだろう。
それはさておき、みっくんはまだ
帰っていないのかな。
そう思っておじさんに聞いてみる。
「みっくんはまだ帰ってないの?」
「?何言ってんだい、目の前にいるだろ」
おじさんはあきれた顔でおれを見て笑う。
「えっ?」どゆこと。
おじさんとおばさん、あと店員さん、
他にいないのでは?
みっくんはいずこに…
ミクさん、釣り具屋のアルバイト、
和菓子屋の店員さん、かけもちバイト、
みくさん、みっくん?、
ん、え?みっくんがミクさん???
和菓子屋の店員さん=みっくん(ミクさん?)
頭が追い付かない。
「まだ話してなかったのかい、美空も
ちゃんと挨拶しな」おばさんが肘でつつく。
和菓子屋の店員さんが釣り具屋でアルバイト、
店員さんと思っていたら食卓について、
そう思っていたらみっくんがミクさん?
え、嘘。そっち系?
『もしかして…、女装ですか?』
「「「ちがう(よ)!!ははは」」」
一部、荒ぶる感じでキレられたような…
そこからは緊張も少しずつ溶けていき、
「家族」という言葉がしっくりくる、
そんな空気感に包まれていった。
和菓子屋の店員さんが食卓をいっしょに囲んで
いること、釣具屋でも働いていたこともあるが、
それよりなによりいちばんの驚きはそこだった。
あの時はまだ小さくて、髪も短くて男の子だと
思っていた。服だっておれと同じような服で
ヤンチャに遊んでは走り回っていた。
たしかボクって言ってたとおもんだけど。
それがどうして…こんなことに。
昔から記憶ちがいだったのかな。
それからのおれはご飯の味がイマイチわからず、
おばさんに美味しいかいと聞かれるも上の空で
「おいしいです」とだけしか答えられず、状況
がうまく飲み込めないままデザートとなった。
和栗モンブランのケーキは4つで足りること
にはなったものの、みっくんの働いてる店の
ケーキなら何か目新しさがないのかも。
「美味しかったし、SNSでも人気みたいです」
そう言ってすすめると、みっくんが続けた。
「……それ、私が考えたやつだから」
フォークを落とした。
なんだ、この状況は…。
なにかと出来過ぎた展開に、あらゆることが
実は夢なのでは、それともドッキリの企画か
何かなのか、そんなことを考えはじめていた。
本当は再会できてうれしかったはずなのに、
何を話そうとか考えていたこともすっかり
吹き飛び、うまく話すこともできなかった。
ひとまずお礼を述べつつ、ようやく落ち着き
をみせた新居の家にたどり着いた。




