故障(ケガ)-お見舞い
なんだかんだで慌ただしい毎日。
サッカーの練習はルーティンだが、やはり試合が
あるとなんだか緊張感があっていい。
いつもは軽くゲームして、程々にウォームアップ
できたら終わりだ。少しばかり不完全燃焼なので
たまには実践を挟まないとね。
今週末は「マリン・ユース杯」が控えているので、
もう少し実戦勘を取り戻しておきたいところ。
調子がイマイチな時もあるのだが、少し限界まで
ピッチを上げて走りこむ。感覚を研ぎ澄ませておきたい。
和也もおれも先発メンバーとして出場が決まって
いる。ゲームに向けて、出来る限りベストな状態
に持っていく必要がある。
とはいえ、あまり無理し過ぎでもいけない。
あまり詰めているとケガをしかねない。
大事なゲームも控えているから、ゆっくり風呂に
でもつかって早く就寝することにした。
疲れを残さないようにしないと。
そんな中、我が校では6月に文化祭が開催される。
参加できる方は、学校間の交流や関係者のみと
限られた実施であるため、学園祭ほど大々的な
ものではなかった。
伝統的に交流をしているミクの学校からも、
うちの学校を訪問し、双方のお手伝いをする
そういった慣習があるらしい。
おれは学校や出店先を案内していた。
それなりに校内も広いので、回るのには時間を
要する。一方で、咲良は今日も仕事があるらしく、
ミクが来た時の様子を送ってと話をしていたのを
横でちらっと聞いていた。
「ミクさん、ちょっと近いのでは?」
なぜか腕をがっしりとつかんで抱きついている
ような格好になっている。このままでは気配を
消して生きている、平穏なおれの学園生活が
脅かされてしまう。
チャラいレッテルを貼られる前になんとか
現状を打開したいところだ。
「ミク、でしょ。はい、やりなおし」
「あ、はい…」
そんなことをしている場合ではないのだが。
この前の『幼馴染-協定』以降、咲良を呼び捨て
にしていることに対して、なぜわたしだけ「ミクさん」
なのかと協議の際に詰め寄られるシーンがあった。
協議とか認めてないのだけど、どうにも人権が
ないようなので、おとなしくふたりの幼馴染の
言いなりになるおれ。
なんといっても、ミクと再会したのはいいが、
「男と思っていたら幼馴染の美少女と再会ー
ひとつ屋根の下で暮らすことになりました」
みたいなどこかのラノベに出てきそうな展開に
どう接していいかわからず、日寄ってうまく
対応出来ていなかったことは事実。
距離を感じるのでちゃんとしなさい、という
幼馴染からのお達しなので、逆らうこともできず、
現在に至る。
あれからミクのスキンシップもとどまることを
知らず、むしろ激化する一方である。
しかしながら、協定の効力もあるため、それは
咲良にも適用される。
お互いがおれをフル活用してシェアするという
内容となっている。
ちなみに有効期限はなく、同意なく自動更新の
契約となっている。
それって奴隷契約と何が違うのか、少し疑問に
思ったのだが、考えても変わりようがないので、
そこはもう気にしないことにした。
いっしょに携帯で撮った画像を咲良に送りつける。
これは当てつけになるでは?そう考えるおれは
たぶん間違っていないと思う。
このことが原因でまた何か振り回される未来しか
見えないからだ。
学校での試練?が終わり、今日もまた放課後は
サッカーの練習に励む。和也とのマッチアップ。
腹が立つが、動きを長年見ているだけに読まれる
ことが多い。それでも身体能力と瞬間的な閃きが
あるので、勝敗についてはおれの方が勝ち越して
いる。本人は納得していないようだが。
そこそこにあたたまって今日の練習は終わり。
和也は寄るところがあるらしいので、ひとりで
帰りの道を歩いていた。
そこにうちの学生とおぼしき人影が。
何やら少しふらついているように見える。
ここの道はせまいので、危ないなと思って後ろ
から見ていたのだが、いよいよ足取りが心配に
なってきた。
そんな時だった。
前から急スピードでトラックが走ってきて、
その学生のとなりを通り過ぎようとしている。
おれは急いでその学生をかばうように車を避け、
そのまま土手のところにふたりで倒れこんだ。
「大丈夫か??」
「は、はい。ありがとうございます」
少し顔が赤いみたいだが、体調が悪いのかも
しれない。近くにちょうど病院があるので、
そこまでなんとか連れていくことにした。
ひとまずそれで落ち着いた、はずだった。
まさかその時のことが原因で、おれの試合出場
が叶わなくなるなんて…
数日後、少し右足に違和感をおぼえたおれは
だましだましで練習に励んでいたが、腫れが
きつくなってきたので、病院に行くことに。
どうやらあの学生を助けた時に着地で足を
骨折していたらしい。
少しヒビが入ったくらいのようだが、大会も
近いのに、これは絶望的だ。
そんなことを言っていてもはじまらないので、
気持ち的にはつらいが切り替えるか。
倒れこんだのもあるし、腫れがひどいのも
あって、検査入院することになった。
自分の感覚としては、そこまでひどいとも
思っていないのだが、念のためといった
ところのようだ。
病院で過ごす1日、静かな非日常。
おれの心を癒やす、そんな時間をイメージ
していたのだが…
とにかく外野がうるさい。
今、目の前では話を聞きつけてやってきた
幼馴染ふたりがさかんに言い争っている。
おじさんとおばさんには連絡しておいたが、
一大事と言わんばかりに大げさにお世話を
されている状態である。
看護師さんいるので、そんな必要はない。
そういったのだが、聞く耳ももたない。
試合に出れなくていちばん残念なのは
おれなんですが…
そんなこんなでうるさいのでお引き取りを
いただいたのだが、しばらくしたあと、
別のお見舞い客が現れた。
この前助けた学生だった。
初見ではない。この学生は別の音楽室で
見たことがある。あまりに美しい音色に
少しの間ついつい聞き惚れてしまったため、
なんとなく覚えていたのだ。
水無瀬奏、芸能科の先輩だ。
バイオリンの腕は全国での指折りの評価で、
学園でも有名だ。
「本当にごめんなさい」
先輩は、第一声で謝罪の言葉を発した。
「いえ、先輩は大丈夫でしたか?」
大切な指にケガがあっては演奏ができない。
そんな心配をしていると声をかけられた。
「あなただってサッカーの試合が…」
おれのことを気にかけてくれているようだ。
恐れ多い。先輩は旧財閥の家がらで相当な
お金もち、かつお嬢さまというのがもっぱら
の噂だ。にしてもなんであんな危ない川べり
を歩いていたのか。
「ちょっとスランプで考え事をしていたの」
あれだけ素晴らしい演奏ができる先輩でも
スランプとかあるんだな。
「ケガがなかったなら良かったです」
「お礼をさせて欲しいの」
先輩はそう言ったが、お礼なんて恐れ多い。
「たいしたことないので大丈夫ですよ」
「入院までさせておいてそれは申し訳ないわ」
ケガをさせた負い目を感じているのか、
一向に引く気配がない。
おれの手を取って、どうしてもお世話を
させて欲しい。家にこないか?などと
謎の提案をしてくる。
困ったな…
そう思案していたところに新しい来客が。
「何してるの…?」
そこには着替えを持って戻ってきたミクが
袋を落として佇んでいた。
「なんで手を握ってるの?」
「いや、これはですね…」
突き飛ばすように先輩を引きはがすと、
にらみつける。
「私の責任だから、彼のお世話はわたしが…」
「結構です。ナツはうちで暮らしているので」
ちょっと言い方に語弊があるが、あながち
間違いとまでは言えないか。
「検査入院が終わった後は、うちで暮らすのでお構いなく」
そうピシャリと言い放った後、お帰り下さいと
冷たく伝えた。
少しふるふるしているように見えるが、
とてもお怒りのようだ。
先輩はそのまま帰っていったが、
「また、学校でね」
と言い残していった。火種落としたな。
ミクにとっては、いっしょの学校じゃない
ことが不安のようだ。
「いっしょの学校だったら全部お世話するのに」
いやいや、性別も違うから全部は無理があると…
全治1か月、早く治さないと。
余計な問題が起こる前に。




