手取り足取り
親友のスイーツへの想いがかかった
「和菓子屋の無料チケット」、そして
親友・姉のための「体験バイト」。
2つの願いを叶えるべく、今日もおれは走る。
くだらない親友のキモい接客デモも終わり、
一連の仕事の流れを聞いてキリのいい時間まで
待機することになった。
なんでも教育係がついてくれるらしい。
嫌な予感はしなくもないが、なんせ初めてのことばかり。
緊張している自分がいる。
あそこのお気楽バカな客はそっとしておいて、少し気が
楽になる分には貢献しているかも。
そう思うことにした。
しばらくして待っていると、なにやら店先が騒がしい。
どうしたのかな、とのぞいてみると白い制服が見えた。
おばあさんたちに囲まれて何だか楽しそうだ。
こんな孫が欲しい、とかそんなことがささやかれている。
ミクさんだ。
しばらくするとこっちにやってきて、驚いた様子で声を
かけられた。
「あれ、なっちゃんどうしたの?エプロン?」
「あー、ちょっとね。流れで体験バイトすることに。」
「えっ、そうなの?新人ってなっちゃんのこと??」
「うん、そうみたい。よろしくね。」
「今日はわたしが教育係だって聞いているから。」
着替えてくるとなんか機嫌よく鼻歌まじりに奥へ
消えていった。なんだろう、いったい…
【美空の独り言】
ヤバい、体験バイトで教育係と聞いていたけど、
まさかなっちゃんが来るなんて…
お姉さんには、幼馴染と再会したって話は一応
してはいたけど、こんなファインプレーを突然
仕込んでこなくても。
想定外だけど、相当に嬉しい。
今なら羽がはえて空へと飛び立てそうだ。
ひとまずお店の制服に着替えてこなくちゃ。
女性は和装なんだよね。この前も会ってるけど、
しっかり見てもらって見惚れさせないと。
いつもより髪のセットも確認して、しっかりと
準備を進める。なっちゃんはまだ初めてだから、
わたしが手取り足取りリードしてあげないと。
何から教えていこうかな。そんなふうに妄想
を膨らませていた。
【夏樹の初体験】
アルバイトはしてみたいと思っていたけど、
まさかこんなかたちで実現するとは…
和菓子屋はまだ数回しか来ていないけど、
自分が体験でも働くことになるとは夢にも
思わなかった。
それもこれも和也のバカのせいだけど。
無邪気にジャンボパフェを食べている。
この無銭飲食やろうめ。おれの対価だろ、あれ。
お姉さんが無料券をおれにもくれたので、一応は
よしとするが、ぜってー今度の試合の時に一発
かましてやる。
そんなことを考えながら、黒くよどんだおれの
気持ちを晴らすかのように、まぶしい姿の女神
が目の前に現れた。
ミクさんだ。
この前はあまり目を合わせてなくて、よそ見
していたから気にしていなかった。
こうして見ると『大和撫子』といった言葉が
本当に合う、そんな和装の姿だ。
常連さんからは声をかけられ、素敵な笑顔で
返している。まさに接客のお手本といった
感じだ。エクセレント。
さっと片づけをしながら、おれの方にやって
くると、笑顔で微笑んでくれた。
こういうのが癒やしを与えてるんだろうな。
常連さんがここに来る理由もわかる気がした。
確かに食事やお茶とかも美味しいし、その点
をひいき目で見てもここの店の評価は高い。
だが、お店は人でも成り立っているとおれは
思っている。
そこにどんな人がいるかは重要。
いい商材があっても、それを引き込むだけの
魅力あふれる店員もいれば、お店とは完成
するものではなかろうか。
勝手な自論ではあるのだが…
ひょんなことからミクさんと家や通学路以外
でもいっしょに働くことになってしまった。
偶然とはいえ、まだあまりうまく話せてない
気もしている。まさかのバイトの先輩後輩の
間柄となってしまった。
にしても和也がいるので、ちょっと面倒だな。
早く帰らないかな、アイツ。
やりづらくて仕方ない。働いてるのを見て
楽しむつもりなのかもしれないが…
そんな余計な存在はどうでもいいとして、
ミクさんはテキパキと店の準備やテーブル
の片付けをすませていく。鮮やかだな…
そう見とれていると声をかけられた。
「幼馴染さん、いい働きっぷりでしょ?」
和也のお姉さんから声をかけられた。
「なんでそれを!?」
「美空ちゃんからはそれとなく聞いてるからね。」
なんとなく昔から知っていたらしい。
どこでどうつながっているかわからないし、
悪いことはできないものだ。
「男だって思ってたんだって?かわいそうに」
「そ、それは…」
「お弁当も作ってもらったんだ??」
「…。和也には内緒にしておいて下さい。」
「だいじょぶだよ、にひひひ。」
なんか少しあやしい返事に不安は拭えず、
楽しんでおもちゃにされるのではないか、
そんな薄気味悪さを感じていた。
閑話休題。
ミクさんの丁寧な仕事ぶりに感心をしつつ、
ペアで仕事をする。いっしょにテーブルを
片づけたり、子どものように後ろに付いて
必死に働く。なかなかにハードだ。
ミクさんはなんかほわほわしているけど、
いつもこんな感じなのかな。
テーブルを片付けていても鼻歌まじりに
働いているし、おれのサポートも抜かり
なく手を貸してくれている。
たまにいっしょのお皿に手がふれたりして
「「あっ」」みたいなことも発生したり、
なんだかラノベのワンシーンみたいに思えて
気恥ずかしい。
さっきなんてやたら奥のせまいタオルケース
とかなんだかの取り出しを、超密着してふたり
作業で運ぶことにはなったが、これってひとり
でも良かったような…
まぁ、初めてのバイトでもあるし、
ひとまずはついて回って、仕事をひとつひとつ
覚えていくしかない。
あれ、おれここでずっと働くみたいなことに
なっているような気が…
体験バイトだったよな?
まぁ、いいや。なんとか今日を乗り切ろう。
慣れてきた、そんな矢先の出来事だった。
「店員さん!こっち来て。これどうなってんの?」
ミクさんは今、奥の方に呼ばれて手伝いに行って
いるため、店内はおれひとりだ。
何やらトラブルか、大きな声で呼ばれるので急いで
席の方に行ってみると、そこには異様な光景が…
その席はさっきまで和也がいた場所ではあるが、
今はそこに余計なものが増えていた。
「店員さん、早くオーダー取ってくれないと困るよ~」
「…。」
迷惑客の類か、やたら絡んでくる。
メニュー表を上にあげてひらひらと振っていたが、
椅子の陰になって見えなかった存在が、ようやく
姿を現した。咲良だ。
まったく誰が呼んだんだ。体験バイトなのに、
なんでこの日に限ってコイツが来る。
「ごめん、夏樹。口がすべった」
バカ和也、おまえか!!
「1,000円の報酬に目がくらんで…」
おれのバイト姿を1,000円で売りやがったのか。
コイツが来たからには早く撤収しないと。
「店員さん、注文いいですか~?」
とはいえ、今はコイツでさえ、お客様。
お客様は神様だ、そんな言葉は嘘かそうとも
言えないとかそんな話だったような。
「いらっしゃいませ、ご注文は何になさいますか?」
「ウケるっ~♪」
心の底から楽しんでやがるか。
マジで帰れ。頼むから早急に帰ってくれ。
そうは言ってもおれも大人。今日だけの体験バイト
ではあるが、お店の看板を汚すなどもってのほか。
神のごとく振る舞わねば…
「それで、ご注文は何になさいますか?」
「スマイルで♡」
「……。」
ハンバーガー屋に行ってくれませんかね。
ここは由緒ある和菓子屋なんですが。
ほほをヒクつかせながら笑顔を保つおれに、
咲良はたたみかけるようにおれをモテ遊ぶ。
マジでうぜぇ。なんだこのクソ客。
クレーマーかと思ったら、とんだ腐れ野郎
(幼馴染)じゃないか。
「お客様、どうかなさいましたか?」
そこにミクさんがやってきた。
これはまずい。
ミクさんは真面目だからキレさせるような
言動をしなければいいんだけど…
「この方にお願いするので大丈夫ですぅ~。」
おれの袖口をつかんで、離そうとしない。
何か隣でピキっと音がした気がした…
「お客様、こちらはそういうお店ではございません。」
「え~、指名できないの??つまんない。」
「彼はまだ研修中ですので、対応はできません。」
「でもかずくんのオーダーは取ったんでしょ??」
そうこうしていると、手を引く咲良とおれの服を
ミクさんは一刀両断で振り切った。
「もうあがりですので、ここからは私がお伺いします。」
「店員さん、かわいいのに怖いねっ。笑顔笑顔♪」
だれがそうさせているのだ。お前だよ、お前。
帰れ、本当に。今すぐにな。
「わらび餅は?なっちゃんこの前食べたんだよね??」
「…。」
なぜそのことを把握している。和也テメー。
情報流しすぎだろ。おまえは咲良のスパイか。
「きなこで食べたいな♪なっちゃんと同じやつ♡」
「わらび餅は先ほど売り切れました」
「えっ、ミクさんまだひとつ…」
「売り切れました。あれは常連さんの取り置きです」
何かまだいっぱいあったような気もしたけど、まぁいいか。
その辺の事情もおれは知らないし。
「かずくん、売り切れだって。帰ろ~」
マジで帰れ。それでOK。
和也は何やら苦しみに堪えるように腹を抱えていた。
コイツマジでおぼえとけよ。
クレーマーが店を後にしたが、しばらくミクさんは
笑ってないような笑顔だった気がする。
失礼なやつらがご迷惑をかけてすみません。
そのあと、他のお客様の対応をおれがしていたが、
「わらび餅お願いできますか、きなこで。」
「お客様、あいにくわらび餅は今日は売り切…、」
「ございます!!きなこですねっ♪すぐお持ちします。」
横からミクさんがやってきて、先ほどなくなった
はずのわらび餅がオーダーされていった…
わらび餅も客を選ぶのだろうか。




