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クリストファー・リー・カイゼルベルグと書庫の秘密  作者: 青山 高峰
第三章

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9/13

アニ峰の不死の果樹園

 ミーティング、とりわけ魔術系の重要なミーティングは"竜の間"と呼ばれる、マダム・リーの執務室(しつむしつ)のすぐ(となり)の大広間で行われる。レオン伯父の話の感じであれば、今日のミーティングも竜の間で行われているはずだ。閉ざされた竜の間の前には、筆頭執事(ひっとうしつじ)のダニエルが立っている。ダニエルは俺を見ると右手を前に、左手を後ろに回し、30度に上体をきっちりと傾けるバトラー(執事)の礼をした。


「何かございましたか、クリス様」


 いつもは重荷(おもに)でしかない“マダム・リーの孫”という立場も、こういう場合は有効(ゆうこう)だ。


「火急の用がある故、クロエ伯母様に取次(とりつぎ)願いたい。バラの図書室に来るよう伝えてくれ」


 ダニエルは少しも(おどろ)かず(理由すら聞かず)、礼をすると、竜の間の中に消えた。



 バラの図書室で待っていると、ほどなくしてクロエ伯母が現れた。青白い顔色だが、怒りのためか目が吊り上がっている。


「マダム・リーの孫だとは言え」


 クロエ伯母が腰に手を当てた。


「大切なミーティング中にこんな風に呼び出すなんて、一体どういうこと、仮にも私は3賢人(けんじん)の一人なのよ……」


「クロエ伯母様、お願いです。マリーとオリビエそしてグザビエがどこへ向かったのか教えてください」


「何で私に聞くのよ、私が知るわけないでしょ」


「いいえ、ご存知のはずです。なにしろクロエ伯母様は、マリーとオリビエが外部の人間に連れ出されるのをご存知だったんですから」


「何を言いだすのかと思えば、そんなはず……」


過保護(かほご)だからということで、最初は見逃してました。でも今朝のクロエ伯母様の取り乱し方は異常でした。伯母様は、仮にもリー一族の、それも魔術13階級の最高位(さいこうい)3賢人の一人です。人前で取り乱したりしない立場の方です。なのにあそこまで半狂乱になるというのは、自分の息子まで、グザビエまで車に乗っていると知ったからだ」


 クロエ伯母の目が大きく見開かれた。しばらく沈黙(ちんもく)した後、クロエ伯母がため息をつくように口を開く。


「確かに車については、ルドルフに頼まれて私が準備したわ」


「運転手は?」


「運転手? ああ、その辺の召使に頼んだの」


「その辺というのはどの辺ですか」


「知らないわよ! とにかく庭を歩いていた人に頼んだのよ」


 自分の息子以外への適当なあしらいに眩暈(めまい)がする。仮にもマリーとオリビエはクロエ伯母の(めい)(おい)じゃないか。それを、庭を歩いていた(恐らくは名前さえはっきりしないだろう)人間の手に(ゆだ)ねるなんて。握りしめた右拳を左手で押さえる。


「クロエ伯母様、もう一度聞きます。3人は一体どこへ向かったんですか」


「知らないって言っているでしょ」


「伯母様、手遅れになる前に教えてください」


 この言葉に、意外にもクロエ伯母が青ざめた。


「ああ、でもまさかそんなはず」


「一体どこへ行ったんですか」


 もう一度聞くと、クロエ伯母の顔がゆがみ、完全に血の気が引いた。


「アニ峰よ」


 クロエ伯母が機械的(きかいてき)に言った。そして顔を手で(おお)った。


「3人は不死の果実を取りに行ったんですね」


「どうして、それを……」


 クロエ伯母がはじかれたように俺を見た。その表情が全てを物語っている。答えを聞く必要がないことに暗い気持ちになった。不死の果実を取りに行ったのなら、間違いない。マリーは復活の魔術をしようとしているんだ。


「ねえ、グザビエは大丈夫よね、手遅れにはならないわよね」


 クロエ伯母がまるで執刀医(しっとうい)にすがるかのように俺に聞いた。


「そうですね。手遅(ておく)れにならないように、協力してください」


 なるべく冷静に言った。


☆☆☆☆☆


☆☆☆☆“復活の魔術~死者を(よみがえ)らせるには”魔術に必要な物☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 〇とかげの死骸(しがい)3匹※清らかな水の側で生け捕りにし、死骸(しがい)をつくること。


 〇カエルの死骸(しがい)3匹※白ガエルでなくてはいけない。生け捕り後に、死骸(しがい)にすること。


 〇麝香(じゃこう)※天然のもの。代替えは不可。


 〇黒炭(こくたん)※教会の柱を焼いて作った黒炭であること。


 〇乙女の涙3滴※恐怖により流されるものでなくてはいけない。


 〇乙女の血液20ミリ※純潔の血液でなくてはいけない。


 〇不死(ふし)の果実1個※黄泉(よみ)の国への(ささ)げものとして、その日に()れたものでなくてはいけない。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 クロエ伯母が左手でペンダントを持ち、右手でナイフを取った。


「しっかりついていなさい」


 クロエ伯母の左腕にしがみついた。するとクロエ伯母は、自分の左手首にナイフを当て、並行するようにナイフをひいた。途端に大量の血が噴き出す。クロエ伯母の(うな)るような魔術を(とな)えだした。

 

 瞬間移動の呪文(じゅもん)だ。

 

 俺も必死にアニ(みね)を思い浮かべる。魔術が使えない役立たずでも、その(いただき)に移動するようにと願うことならできる。 

 ああ、早くマリーが見つかりますように! 

 

 途端に潮騒(しおさい)のような音が聞こえた、波にさらわれるような感覚(かんかく)がしたかと思うと、バチバチバチッと空気中に青白い火花が散り、次の瞬間にごつごつとした岩山の上にいた。冷たい風に吹きつけられ、ブルっと身を震わせる。


 ここはアニ(みね)だろうか?


「グザビエ!」

 クロエ伯母が叫んだ。 


「マリー、オリビエ、グザビエ」

 俺も叫ぶ。でも返事はない。というか山頂には誰もいない。 


「果樹園に入って探すしかないかもしれません」


 クロエ伯母がはじかれたように俺を見た。


「正気? そもそも入る方法なんて分からないでしょ」


「呪文は分かります。だからクロエ伯母様、俺の言う通り(とな)えてください」


 クロエ伯母が(おどろ)いたように目を見開いたが、それでもこくりと(うなず)いた。


「この地を治めし、赤い領主(りょうしゅ)、ハウナゴリよ。我、不死の果実を欲するもの(なり)。神の代理のリー一族の名において命ずる、今ここに幻の果樹園を(よみがえ)らせよ」


 まるで輪唱(りんしょう)のようにクロエ伯母の声が(ひび)いた。


 瞬間、そこから緑の草原が広がった。


 あっという間にごつごつとした岩山が緑に変わり、大地からにょきにょきと木が生え始めた。それも何本も何本も。あっという間に木は林になり、森になっていく。


 緑が気持ちよさそうに()れ、その間から良い香りが(ただよ)ってきた。桃のような果実を実らせ、あっという間にそこは果樹園になった。自分自身、全く魔術が使えないものの、マダム・リーの(そば)で、今まで色んな魔術を見てきた。しかしこんなに(めずら)しい魔術は初めてで、さすがに仰天(ぎょうてん)した。かぐわしい桃の香りに(つつ)まれながら、果樹園を歩く。


「グザビエ、グザビエ、どこにいるの?」


「マリー、オリビエ、グザビエ」


 名前を呼んで歩き回る。しかしやはり返事はない。少し歩いただけなのに、奇妙(きみょう)(のど)(かわ)きを(おぼ)え、気づくと果実(かじつ)に手を伸ばしていた。

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