手がかり
慌てて、自分の手を叩く。
何してんだ! 俺は今この実を食べるつもりだったんだろうか?
目の前に垂れ下がる不死の果実に目をやる。ちょっとでもかじれば果汁が弾けそうなほど熟れている。
“復活の魔術~死人を蘇らせるには”の章にあった材料にこの果実があったが、果実は黄泉の国への捧げものとして書かれていた。生身の人間が食べていいはずがない。ごくりと唾をのみ、目を反らす。するとクロエ伯母がまさに不死の果実をかじろうとしているのが目に入った。その手を弾き飛ばす。
「なっ、何するのよ」
「これは食べてはいけないものです」
「す、少しくらい問題ないわよ」
「いいえ、不死の果樹園での注意事項が分からないんです。だからこの実を食べたらどうなるかも分かりません」
「食いしん坊のあの子が……」
クロエ伯母がゾッとしたように枝先を見つめた。
「食べていなきゃいいんだけど」
枝の先端に切られたような跡がある。切られたばかりらしく、枝の切り口がまだ新しい。あの3人が切ったに違いない。着々と復活の魔術の準備を進めていることにぶちのめされそうになるが、3人がいないと分かれば、ここに用はない。
「クロエ伯母様、もう帰りましょう。さっきみたいに俺に合わせて唱えてください。我、神々へ感謝申し上げる。赤い領主、ハウナゴリよ。果樹園を閉じよ」
クロエ伯母が唱えた瞬間、まるで逆再生映像を見るように、不死の果実はしぼみ、葉っぱが枝に吸収され、木々が大地へと戻って行く。草原はまるで掃除機で吸引されるように、大地に吸い込まれていく。一瞬で、ゴロゴロとした岩山に戻った。
クロエ伯母がペンダントを手に握りしめ、左手首の傷の下を素早く切った。瞬きするよりも早く、バラの図書室に戻ってきた。さすがにクロエ伯母は血を失いすぎたらしく、身体がぐらりと揺れ、倒れかけた。
「クロエ伯母様、大丈夫ですか」
クロエ伯母を支えながら、壁の時計が目に入りギョッとした。もう18時を過ぎている。
「グザビエは帰ってきているかしら」
ジュリアに連絡し、3人の部屋に見に行ってもらったが、3人は戻ってきていないらしい。
「一体、あの子は今、どこにいるのよ」
クロエ伯母は震えながら頭を抱えた。不死の果実以外に、復活の魔術を行うのに必要な物を集めているに違いない。かといって当たりをつけて探しに行く時間も余力も残っていない。あるのはゾッとするような予感だけだ。
「マダム・リーの力を借りましょう」
「ダメよ」
クロエ伯母が俺を睨みつけた。
「しかし、もうそれしかないでしょ」
「もしマダム・リーに、アニ峰に不死の果実を取りに行ったと分かったら3人ともただじゃおかないわよ。ああ、グザビエ。なんでついていったのよ」
クロエ伯母は泣き、爪を噛み、遂には「どうしてよ、どうして」とわめきながら、図書室の中を行ったり来たりしだした。
ああ、こんなことをしている場合じゃないのに。時間だけが嘲笑うように過ぎていく。マダム・リーの助けを借りたいけど、マリーは死ぬほど怒られるだろう。いや、アニ峰に不死の果実を取りに行っただけならまだいい。
もしマリーがそれを使って復活の魔術を行おうとしていると知ったら、それこそ怒られるどころの騒ぎではない。そう思った時、唐突に気になった。クロエ伯母は一体どこまで知っているのだろう。
「クロエ伯母様は、3人が何のために不死の果実を取りに行ったか、ご存知なんですか」
クロエ伯母の動きがぴたりと止まった。
「もちろんよ、ペットだかなんだかを生き返らせるためでしょ」
「どうして知っていたのに、止めてくれなかったんですか」
「冗談だと思ったのよ。復活の魔術なんてできるわけないと思ってたから。そもそもアニ峰の不死の果実だって、伝説みたいな話だから、まさか実在するとは思ってなかったの」
そこまで言うとクロエ伯母がぶるぶると震え出した。
「まさか、本当に儀式を行うんじゃ……」
「場所は? 一体どこでやるんです?」
「知らないわよ、そんなこと。ああグザビエ、何で一緒についていったのよ」
クロエ伯母が泣き出した。
泣きたいのは俺だって同じだ。でも今泣いている場合じゃない。
マリーのことを思った。あのコロコロと変わる表情と、天真爛漫な笑顔。何の作意もないくせに、人の気持ちに敏感で繊細に反応する。マダム・リーの孫だなんてことを抜きに、俺のことを心底気遣ってくれるのはマリーだけだ。
ああマリー、俺はマリーを失いたくない。“はとこ”として。いや正直、それだけじゃない。マリーのことを思うと胸がねじれるように痛い。昨夜、犬の話をもっとちゃんと聞いて、なぐさめてやればよかった! 悪い気を起こさないように話し合えばよかった。そうすれば今日だって、楽しいピクニックになったかもしれないってのに! お茶会の時のマリーの嬉しそうな顔が浮かんだ。
「うわあ、クリスも一緒がいい。ピクニックは一日かけて行って、夜までいるの。わたしたちの教会の近くでね、お星さまを見るの」
はっとした。
マリーの可愛さと綺麗な瞳に浮かぶ星に気を取られ、何を言ったかなんて気にも留めてなかった。マリーは確かにこう言っていた。
―夜までいるの。わたしたちの教会の近くで――
頭の中がぶんぶんと音を立てて回転する。“復活の魔術~死人を蘇らせるには”の章が頭の中によみがえる。
“儀式は必ずカトリック教会で行うこと”マリーが言う“わたしたちの教会”ってのも確か……。




