ベユアールの教会
その教会はベユアールにあった。サヴニエールの対岸、ロワール川に浮かぶ小さな島、ベユアール。この全長3キロほどのごくごく小さい島に、ノートルダム教会がある。マリーが言う“わたしたちの教会”ってのは、恐らくここのことだ。
クロエ伯母がメルセデスを路上に停めた。車を降り、教会を見つめる。満月の光を浴びて、つつましやかに佇む姿はまるでおとぎ話の教会のようだ。クロエ伯母も俺も無言で歩き出した。
教会に続く石畳の道を歩きながら、3年前、マリーと一緒にこの教会へ続く道を走ったことが蘇ってきた……。
キラキラの太陽の光がふりそそぐ中、マダム・リーたちから離れ、小さな手に引かれるようにして教会の中に入ると、ひんやりとした空気に包まれた。
「クリス、あたしね。ここで、ヴィオレットみたいにキレーなドレスを着て結婚式を挙げるんだ」
マリーは夢見るようにくるっと回った。サマードレスの裾が花のように広がる。
「ねえクリス、誓って。マリーを幸せにしますって」
「あのさ、マリー。俺、やっぱり誓えないよ」
「どーして」
「だって俺、無神論者だから」
「むしんろんしゃって?」
マリーがポカンと聞き返した。
「神様を信じてないってこと」
5歳で両親を亡くした俺にとって、神様はいないも等しい。マリーが半べそをかきはじめた。
「じゃあ誓ってくれないの? マリーを幸せにしますって」
「泣くなよ」
「だって」
「ちゃんと誓うから。マリーを幸せにするって」
「本当に」
「ああ、マリーとそれに俺自身に誓って」
マリーがとびっきりの笑顔で頷いた。あの直後、マダム・リーから魔術を習うためカイゼルベルグ城に住むことが決まり、日常も、もちろん夏休みも変わってしまった……。
その時、教会の扉が開き、弾丸のように誰かが飛び出してきた。満月の光が煌々と輝く中、それがグザビエだと分かるのにさほど時間はかからなかった。
「グザビエ!」
クロエ伯母が叫ぶと、グザビエがギクッとして立ち止まった。しかし俺達を見止めると物凄い勢いで駆け寄ってきた。
「ママン」
「ああグザビエ」
クロエ伯母がグザビエを抱きしめた。
「迎えに来てくれたんだね。僕、もう怖くて、怖くて」
「もう大丈夫よ、一緒に帰りましょう」
クロエ伯母がグザビエを抱えるようにして来た道を引き返そうとした。
「待ってください、マリーとオリビエは」
「ああ、クリス」
グザビエは初めて俺がそこにいるのに気づいたように、涙と鼻水でぐちょぐちょの顔を向けた。
「あの2人は?」
「中にいる。でも僕、もう恐ろしくて、恐ろしくて、とてもじゃないけど耐えられない。でも俺を怒らないで。俺はちゃんと言ったんだから、“生贄”の儀式なんて止めた方がいいって」
グザビエが大声を上げて泣き始めた。するとクロエ伯母がグザビエを護るように腕にグイッと抱きしめた。
「もう大丈夫よ。さあ帰りましょう」
「クロエ伯母様、一緒に来てください」
クロエ伯母は俺の言葉を無視し、グザビエを抱きしめながら歩き出した。
「冗談じゃないわ。もうたくさんよ」
「だったらクロエ伯母様、マダム・リーに連絡してください」
「どうしてわたしが」
クロエ伯母の怒りに震える声を無視し、教会まで走った。
☆☆☆☆☆
教会の扉を開けようとしてすぐに、全身の神経と血球が警戒態勢に入った。結界が張られている。魔術が使えないのに、知識だけはあるからそれがよく分かる。
本当は防御の結界をはりたいところだけど……指揮棒を右手に持ち、足元に防御の魔法陣を描くように振る。しかし指揮棒の先には光も起きなければ、魔法陣は現れない。
相手の結界を揺らさないよう結界の魔術に、足音を消す魔術、透明に見える魔術などを施すべきだ! って、それが分かるのに、1個も出てこない。
虚しく指揮棒が空気を切る音だけが響く。あまりのポンコツっぷりに自分でも泣きたくなる。せめて音だけは立てないように教会の扉をゆっくりと開いた。そうしながらも、片側の扉にぺったりと背中をつけた。何かが襲ってくるかもしれないと全神経を張り詰める。
3つ数えてから、扉の中に身を滑り込ませた。右手に指揮棒を構えたまま、ほんの数秒のうちに視線を右から左へと走らせる。瞬間、蝋燭の炎揺らめく説教台に届いた。
恐ろしさのあまり、息をのんだ。マリーが寝ている。ロルの隣で。まるでベッドで愛犬と眠っているかのように見えるが、マリーの左手はロルの身体に乗せられ、その手首から血が滴り、犬の毛並みを赤く汚している。
激しい反応に襲われ、めまいをおこしかけた。倒れないよう近くの椅子につかまる。荒くなる呼吸をなんとか抑制し、目の前に広がる光景を理解しようとした。
ロルを生き返らせようと、“復活の魔術”を使ったのだ。教会を漂う空気から察するにマリーの血液を大量に使ったことが分かる。
遅かった!
身体の芯まで震えながら、めちゃくちゃに叫んだ。
その時、マリーが苦し気に身じろぎした。
まだ生きている!
つまずきそうになりながら、説教台に駆け寄った。
「マリー!」
ピンク色のネグリジェ姿のマリーを抱き起す。顔色が青白くて生気がない。
「しっかりしろ。どうしてこんなバカな真似したんだ!」
「バカな真似をしたのはお前だ」
奇妙なほど低い声がした。




