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クリストファー・リー・カイゼルベルグと書庫の秘密  作者: 青山 高峰
第三章

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マリーの行方

『復活の魔術(まじゅつ)とその周辺』を開くと、そこには病人を蘇生(そせい)させる方法、薬草を使った湿布(しっぷ)の方法や、温かな砂浜で身体を()める砂浴(すなよく)の方法など、症状(しょうじょう)別の回復法(かいふくほう)が細かに説明(せつめい)されており、魔術(まじゅつ)と言うより医薬(いやく)古代(こだい)民間療法(みんかんりょうほう)が書かれている。


どれもさして目新(めあたら)しい話ではないが、もしも中世期(ちゅうせいき)において、この手の本で(やまい)治癒(ちゆ)できる人間がいたら、一発で魔女狩(まじょが)りの対象(たいしょう)になったにちがいない。この書庫(しょこ)に入れられているぐらいだから、この本もおおかた魔女狩(まじょが)りで焚書(ふんしょ)されそうになったところをリー一族(いちぞく)(だれ)かが上手(うま)い事、焼かれないよう保管(ほかん)し、ここに(おさ)めたのだろう。


にしても、復活の魔術(まじゅつ)なんて出てこない。完全(かんぜん)にタイトル詐欺(さぎ)だ。


そう思って、本を閉じようとした時、最後(さいご)(しょう)の文字が“復活の魔術(まじゅつ)薬草(やくそく)(せん)じ方”から“復活の魔術(まじゅつ)~死者を(よみがえ)らせるには”という文字に変わった。


なっ、なんだ、この(しょう)! 


というよりこの本自体、魔術(まじゅつ)がかけられている! この書庫(しょこ)の中でさえ魔術(まじゅつ)が作用するなんて信じられないが、(しょう)の中の文字が次々と入れ()わり、文章(ぶんしょう)が変わっていく。


死んだものを生き返らせるには……


から始まる文章(ぶんしょう)には、その儀式(ぎしき)の方法が事細(ことこま)かに書かれている。トカゲやカエルの死骸(しがい)黒炭(こくたん)など儀式(ぎしき)に必要なものをどこで入手(にゅうしゅ)すべきか、そして儀式(ぎしき)の場所と時間も書かれている。儀式(ぎしき)場所(ばしょ)がカトリック教会(きょうかい)指定(してい)されてあり、めまいを起こしそうになった。ここに書かれている儀式(ぎしき)内容(ないよう)完全(かんぜん)黒魔術(くろまじゅつ)。それも悪魔崇拝(あくますうはい)によるものだ。なにしろ死者(ししゃ)の国の王に純潔(じゅんけつ)の血などをささげ、死人の(たましい)死者(ししゃ)の国から(よみがえ)らせてもらうのだから。


恐ろしさに(ふる)えながら、本を元の位置(いち)(もど)した。そのまま書棚(しょだな)の下にしゃがみこむ。(すわ)っていないと()くか失神(しっしん)するかしそうだ。(あご)(ひざ)の上に乗せ、深呼吸(しんこきゅう)をする。身の毛もよだつ儀式(ぎしき)方法(ほうほう)のせいで、頭がガンガンする。儀式(ぎしき)に使用する魔法陣(まほうじん)を見てしまったのがいけなかった。知りたくもないのに、鮮明(せんめい)に頭に(きざ)みこまれてしまった。この時ばかりは記憶力(きおくりょく)の良さを(のろ)いながら、気を(うしな)わないよう、大きく(いき)()い、()いた。


マダム・リーが見ていたらこんな自分を(しか)っただろう。


「リー一族(いちぞく)のそれも私の(まご)が、動揺(どうよう)を見せてはいけない。どんな時でも(むね)()りなさい。そして絶望(ぜつぼう)せず、最後まで希望(きぼう)()ててはいけない」


確かに希望(きぼう)は最後まで()てたくない。マリーがこんな恐ろしい、いやおぞましい方法(ほうほう)()らないという希望(きぼう)だけは! 


書棚(しょだな)に手をかけ、ふらつく足で立ち上がった。


 バラの図書室(としょしつ)を出ると、そのまま西棟(にしとう)にあるメイド達のいる部屋(へや)に向かった。ほとんどが朝食の給仕(きゅうじ)とベッドメイクのために出払(ではら)っていた。それでも十数人は求めに(おう)じ動けるよう待機(たいき)している。顔を(のぞ)かせると、我勝(われが)ちに若いメイドが出てきた。上目遣(うわめづか)いで頭を下げる。


「おはようございます、クリス様。何かご入用(いりよう)なものがございますか」


(わる)いんだけど、ルドルフ伯父(おじ)部屋(へや)まで案内(あんない)してくれないかな」


「ルドルフ様ですか? ルドルフ様は朝早(あさはや)くにお出かけになられました」


 心臓(しんぞう)(こお)りついた。


一体(いったい)どこに?」


「そこまでは分かりませんが、ご家族(かぞく)(みな)さんもお出かけとのことで、昼食(ちゅうしょく)携帯用(けいたいよう)ランチをご用意(ようい)いたしました」


 たしかに昨日(きのう)ピクニックに行くとか何とか、そんな話をしていた。


「マリーも一緒(いっしょ)に?」


「ええ、(おそ)らく」  

 

 メイドが怪訝(けげん)そうに(うな)いた。


まさか、あの昨夜(さくや)状態(じょうたい)から朝になったら元気(げんき)に出かけたって言うのか? 


とても信じられない。でもこれじゃ父親(ちちおや)のルドルフはおろか、マリーにも話を聞くことができない。あの書庫(しょこ)にはマリー一人では絶対(ぜったい)に入れない。もしも、入ったのがマリーだとしたら、やはり3賢人(けんじん)の一人ルドルフ伯父(おじ)協力(きょうりょく)があった、と考えるのが自然(しぜん)だ。


ルドルフ伯父(おじ)があの本を見せ、マリーにそのおぞましい方法(ほうほう)(あきら)めさせてくれた。それで今日は傷心(しょうしん)のマリーを連れ、予定通(よていどお)りピクニックにでかけた。


そうであって欲しい。しかし心の(おく)で「都合(つごう)よく解決(かいけつ)させようとするな」と安易(あんい)な答えに()びつきそうになる自分への(いまし)めの声が(ひび)く。


「クリス、何を都合(つごう)よく解決(かいけつ)させようとしているの?」


 背後(はいご)()(かえ)ると、3賢人(けんじん)の一人クロエ伯母(おば)が立っている。息子(むすこ)のグザビエと()柔和(にゅうわ)でふくよかな顔で微笑(ほほえ)んでいる。


「おはようございますクロエ伯母(おば)さま」

 

 姿勢(しせい)を正し、片膝(かたひざ)を折って(れい)をする。


「ご機嫌(きげん)(うるわ)しく(ぞん)じます」


「おはようクリス。クリスも元気そうで何よりだけど、都合(つごう)よく解決(かいけつ)させようとしているというのは、何の話?」


「いえ、朝食を部屋(へや)でとる方が、都合(つごう)がよいって話です」


 メイドがびっくりして俺を見た。ついデタラメを言ってしまった。しかしクロエ伯母(おば)がゆったりと微笑(ほほえ)んだ。


(うそ)をつくときは」


 突然(とつぜん)、クロエ伯母(おば)が俺の(あご)に太い(ゆび)をからませ、上を向かせた。その指には拘束具(こうそくぐ)指輪(ゆびわ)がない。


「もっと上手(じょうず)にやりなさいって、叔母(おば)は、いえマダム・リーは(おし)えていないの?」


 (まばた)きせずに、クロエ伯母(おば)薄青色(うすあおいろ)視線(しせん)を受け止める。


クロエ伯母(おば)は俺の心を読んだんだ! (きん)じられているのにもかかわらず心を読むなんて! 拘束具(こうそくぐ)指輪(ゆびわ)をつけていないなんて! 


 クロエ伯母(おば)はビックリしたように(あご)にかけていた指を(はな)した。


「あら、わざとじゃないのよ。魔術(まじゅつ)があると、無意識(むいしき)に心の声が聞こえちゃうのよ。クリスには理解(りかい)できないかもしれないけどね」


 最後(さいご)の一言には明らかにトゲがある。クロエ伯母(おば)はポケットから指輪(ゆびわ)を取り出すと、結婚指輪(けっこんゆびわ)の上に拘束具(こうそくぐ)指輪(ゆびわ)をはめた。そうしてからメイドの方を向く。


「ねえ、グザビエを見なかった」


「グザビエ様もお出かけでございます。みんなでピクニックだとおっしゃっていました」


「なんですって」


 クロエ伯母(おば)(こお)りついた。まるで有罪(ゆうざい)を言い(わた)された人のように愕然(がくぜん)としている。俺が見ていることに気づくと、クロエ伯母(おば)はぎこちなく微笑(ほほえ)んだ。


(こま)った子ね。何も言わずに出かけるなんて」


 クロエ伯母(おば)の取り(みだ)し方は一通(ひととお)りではなかった。


メイド達のいる部屋(へや)(はな)れると、俺がいるにも(かか)わらず、(いそ)いで瞑想室(めいそうしつ)()()んだ。


(とびら)を閉める時間も()しいとばかりに、(あわ)てて首からかけた大きなアメジストのペンダントを何度か(にぎ)る。


魔術(まじゅつ)の力がクロエ伯母(おば)指先(ゆびさき)に集まっていくのを(かん)じる。アメジストが紫色(むらさきいろ)(ひかり)(はな)ち出した。クロエ伯母(おば)はアメジストのペンダントを指でつまみ上げると、瞑想室(めいそうしつ)(かべ)にむかってペンダントを(かか)げた。すると、(かべ)をスクリーンのようにして、紫色(むらさきいろ)の光が当たり、映像(えいぞう)がまるで映画(えいが)のように(うつ)しだされた。


プジョーの紺色(こんいろ)のリフター(※プジョー(しゃ)(せい)のミニバン)が木々の間の一本道を走っている。前後に車はない。突然(とつぜん)映像(えいぞう)が車内に変わった。(はげ)しく()れる車内の前方、ハンドルを(にぎ)っている頭がシート()しに見える。


しかし助手席(じょしゅせき)には、座っているはずのローズ伯母(おば)姿(すがた)がない。てっきり両親(りょうしん)とピクニックに行ったと思っていたのに、ローズ伯母(おば)一緒(いっしょ)じゃないんだ。そう思った途端(とたん)、カメラが回転(かいてん)するように、後ろの席を(うつ)しだした。2列目(れつめ)にマリーとオリビエそしてグザビエが(すわ)っている。というより(はげ)しい()れの中、()り重なるように()ている。クロエ伯母(おば)が声を上げた。


「グザビエ、どうして?」


 (あわ)ててポケットからスマホを取り出した。


伯母(おば)様、電話はいけません」


 止めるよりも早く、映像(えいぞう)の中で着信音(ちゃくしんおん)()り出した。途端(とたん)に、映像(えいぞう)(ゆが)み、光が消えていく。


「merde!(※メルド。くっそ!)」


 クロエ伯母(おば)はリー一族(いちぞく)の人間とは思えない聞くに()えない悪態(あくたい)をついた。電化製品(でんかせいひん)魔術(まじゅつ)干渉(かんしょう)してしまったのは明らかだ。(かべ)にはもう何も(うつ)っていない。魔術(まじゅつ)13階級(かいきゅう)最高階級(さいこうかいきゅう)で、かつ3賢人(けんじん)の一人とは思えない失態(しったい)だ。俺が見ていることも気にならないらしく、クロエ伯母(おば)はイライラと左の親指(おやゆび)(つめ)()み始めた。


「クロエ、ここにいたのか」


 (あせ)ったような声に()り返ると、瞑想室(めいそうしつ)の開け(はな)たれたドアにレオン伯父(おじ)が立っていた。(ひざ)を折って(れい)をしようとすると、制止(せいし)するように手を上げた。


仰々(ぎょうぎょう)しい挨拶(あいさつ)はいいよクリス。おはよう」


 クロエ伯母(おば)(つめ)()むのを止めた。


「兄さん」


「兄さんじゃないだろ、クロエ、ミーティングがそろそろ始まるぞ」


「ああ、兄さん、今、それどころじゃないのよ。私、グザビエを(さが)さなくちゃ」


 レオン伯父(おじ)がニヤリと笑った。


「なんだい、その年で息子(むすこ)とかくれんぼかい」


「バカ言わないで。グザビエが私に何も言わずに出かけちゃったの。だから今すぐ(さが)さなきゃ。私、ミーティングなんて出てる場合(ばあい)じゃないんだから」


 まくしたてるクロエ伯母(おば)にあっけにとられた。レオン伯父(おじ)(あき)れかえって、ため(いき)をつく。


「おいおいクロエ、過保護(かほご)もそこまでいけばもう病気(びょうき)だぞ。第一(だいいち)過保護(かほご)だって理由(りゆう)でお前の欠席(けっせき)(みと)められない。(すこ)しは3賢人(けんじん)の一人としての自覚(じかく)()てよ」


「ルドルフはどうなのよ、ルドルフだって欠席(けっせき)でしょ」


「それは()たり(まえ)だろ」


「どうしてルドルフの欠席(けっせき)()たり(まえ)なのよ!」


 クロエ伯母(おば)がキッとレオン伯父(おじ)(にら)んだ。


「何言ってんだ。ルドルフは今朝(けさ)早く、日本に向けて()っただろ。銀行(ぎんこう)取引(とりひき)におかしいところが見られるからって……どうして知らないんだ」


 その言葉(ことば)に、頭の中で警報(けいほう)()った。


「待ってください」


 思わず口をはさんだ。


「ルドルフ伯父(おじ)機上(きじょう)なら、今、マリーやオリビエ、それにグザビエと一緒(いっしょ)にいるのは一体(いったい)(だれ)なんですか?」

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