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クリストファー・リー・カイゼルベルグと書庫の秘密  作者: 青山 高峰
第二章

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はすの花の秘密

梯子(はしご)から、書庫(しょこ)の中に足をかけ、ゆっくりと中に入る。


ここに一人で来るのは初めてで少しだけ緊張(きんちょう)する。それにしても、いつ来ても(もっともまだ5回ほどだけど)ここは明るく、空気はひんやりとしていて少し乾燥(かんそう)している。感心(かんしん)しながら見上げると、天井(てんじょう)に星や月を()いた魔法陣(まほうじん)が光りながら回転(かいてん)している。


絵画(かいが)のように(うつく)しい魔法陣(まほうじん)、“永遠(えいえん)()”だ。


とんでもなく古いが強力(きょうりょく)魔法陣(まほうじん)で、この書庫(しょこ)温度(おんど)湿度(しつど)、明るさを24時間365日保っているという。もちろん全ては本のためだ。保存(ほぞん)(てき)した空気を保つよう祖先(そせん)が作りあげた魔法陣(まほうじん)だ。その魔法陣(まほうじん)がもう何百年も機能(きのう)しているのだから昔の人の魔術(まじゅつ)(うで)(おどろ)く。


大きな書棚(しょだな)が2(れつ)(なら)ぶ間を書庫(しょこ)(おく)に向かって歩いていく。バラの図書室(としょしつ)開架(かいか)されている本と(くら)べても(おと)らない数の蔵書(ぞうしょ)で、特に(たから)とも()べる貴重(きちょう)な本や高価(こうか)な本そして禁忌(きんき)にあたる本がここに(おさ)められている。まさに魔術書(まじゅつしょ)宝庫(ほうこ)だが、しかしここの書庫(しょこ)(たから)は実はそれではない。


書庫(しょこ)(おく)に近づくと、ガリガリという音が聞こえてきた。


ペンが走る強烈(きょうれつ)な音が大きくなる。ちょうど6列目で切れた書棚(しょだな)の向こう。そのだだっ広い空間(くうかん)巨大(きょだい)()(づくえ)()かれている。(つくえ)と言うよりは丸テーブルで、100人が一度に食事できそうな大きさだ。そのテーブルの上に()かれた白い紙の上を約数100本のペンが走っている。まるで大勢(おおぜい)の人が一斉(いっせい)にペンを動かしているようだが、しかしペンを(つか)む人はいない。ひとりでにペンが、それこそ(くる)ったようにテーブルに()かれた(かみ)に書きつけている。


上から見ると、それは巨大(きょだい)曼荼羅(まんだら)のように見えることから、そのものずばり“リー一族の曼荼羅”と呼ばれている。

この“リー一族(いちぞく)曼荼羅(まんだら)”こそが一族最大級いちぞくさいだいきゅう秘密(ひみつ)であり(たから)だ。


ペン先の()くスピードに圧倒(あっとう)されながら、近くのペン先の一つが今ちょうど書き()わった極小文字(ごくしょうもじ)に目を落とした。

“詩織”

これを何と読むのか分からないが、その名前(なまえ)の上に(せん)が引かれている。

“日本”

これは読める。そして“詩織”という文字(もじ)には上に(せん)が出ていて“涼子”、“宏”、の間の横線(よこせん)とつながっている。その(わき)に“楠木家”と書かれている。つまりこれは日本にある“楠木家”に今“詩織”という子が()まれたことを意味(いみ)している。


リー一族(いちぞく)には3つの使命(しめい)がある。


魔術師(まじゅつし)として正統派魔術(せいとうはまじゅつ)継承(けいしょう)保存(ほぞん)をすること、

結界師(けっかいし)として世界の結界(けっかい)()ること、(まも)ること。


この2つの使命(しめい)により、リー一族(いちぞく)はヨーロッパ中で一目置(いちもくお)かれ、王族達(おうぞくたち)からの庇護(ひご)()けてきた。(とく)世界(せかい)平和(へいわ)均衡(きんこう)(たも)結界(けっかい)()(じゅつ)を持つが(ゆえ)中世時代(ちゅうせいじだい)魔女狩(まじょが)りでも“お目こぼし”をしてもらえた。それ(ゆえ)、このひっそりと森の中に(たたず)むようにして()(しろ)の中で生きながらえることができた。しかしリー一族(いちぞく)使命(しめい)最大(さいだい)にして最重要(さいじゅうよう)なのはその2つではない。


王族(おうぞく)すら知らない使命(しめい)――それが、この曼荼羅(まんだら)、“リー一族(いちぞく)曼荼羅(まんだら)”を(えが)くことにある。


これは神と()わした契約(けいやく)(もと)づき(えが)くもので、王族(おうぞく)はもちろん、リー一族(いちぞく)の人間でも魔術(まじゅつ)13階級(かいきゅう)以上(いじょう)(かぎ)られた人しか()らない。


近くのペン先が動き“詩織”の(となり)に「」を書き、中に“‥‥…”と文字(もじ)を書いた。この「」書きの中の名前(なまえ)、それが前世(ぜんせい)での名前(なまえ)だ。


リー一族(いちぞく)は、前世(ぜんせい)因縁(いんねん)から、その人がどこの(だれ)に生まれ変わるのか、どこの家系(かけい)(なが)れに()み込まれるのかを、綿密(めんみつ)計算(けいさん)で、はじき出す方法(ほうほう)を生み出した。


この計算(けいさん)ではじき出した(こた)え、つまり生まれ()わりを()てはめることで、家系図(かけいず)は大きな曼荼羅(まんだら)になっていく。(とお)(むかし)はリー一族(いちぞく)でも相当(そうとう)魔術(まじゅつ)を使える12階級(かいきゅう)以上(いじょう)の人間総出(そうで)で(といってもたった10人だったらしいが)計算(けいさん)手書(てが)きしていたが、6代前(だいまえ)のリー一族(いちぞく)当主(とうしゅ)ミッシェル・リー・カイゼルベルグによって自動計算(じどうけいさん)魔術(まじゅつ)()み出され、今はペンとインクに魔術(まじゅつ)(ほどこ)し、自動書記(じどうしょき)(おこな)っている。これにより“リー一族(いちぞく)曼荼羅(まんだら)”は魔術階級(まじゅつかいきゅう)13以上(いじょう)のみ存在(そんざい)(つた)えられる秘密(ひみつ)となった。


“詩織”という文字(もじ)から視線(しせん)(とお)くに(うつ)す。


数100本のペンの()き出す“リー一族(いちぞく)曼荼羅(まんだら)”は曼荼羅(まんだら)というだけあって、上から見ると(はす)の花のように見えるという。そのためシークル・ド・ローテュス((はす)の花の秘密(ひみつ))とも()ばれているらしい。


「このシークル・ド・ローテュス((はす)の花の秘密(ひみつ))を(まも)るのがリー一族(いちぞく)当主(とうしゅ)役目(やくめ)だ」


 マダム・リーに(はじ)めて“リー一族(いちぞく)曼荼羅(まんだら)”を見せられた(とき)、そう言われたが、(はす)の花になんて見えない。


 魔力(まりょく)0の俺がリー一族(いちぞく)当主(とうしゅ)になることはないにしても、せっかくならいつか(はす)の花の(かたち)だけは見てみたいとは思う。しかしどんなに目を(ほそ)めてみても、背伸(せの)びして上から見ても、“リー一族(いちぞく)曼荼羅(まんだら)”は、せいぜい大木(たいぼく)()っこのようにしか見えない。


ため(いき)がこぼれた。


 いや今は、こんなことをしている場合じゃない。指揮棒(しきぼう)を取り出すと、空間(くうかん)魔法陣(まほうじん)()いてみる。当然(とうぜん)(ごと)空間(くうかん)魔法陣(まほうじん)はできない。しかし()わりに、指先(ゆびさき)にビリッと電流(でんりゅう)(はし)った。びっくりして手元(てもと)を見る。手首(てくび)にまで電気(でんき)が走ったようなピリピリした感覚(かんかく)がする。これは妨害魔術(ぼうがいまじゅつ)()けた(とき)のものに(ちか)い。


 しばらく考えてはっとなった。


 そうか、書庫内(しょこない)魔術(まじゅつ)を使えないようになっているんだ! もっとも、俺の場合(ばあい)魔術(まじゅつ)を使ったわけではない(使えない)のに、警告(けいこく)とばかりに電流(でんりゅう)を走らせるのは納得(なっとく)いかないけど。


でもここで魔術(まじゅつ)を使えないとなると、なるほど。書庫(しょこ)(だれ)が入って何をしたかなんて“追憶(ついおく)魔術(まじゅつ)”を使えばすぐに分かるものを、マダム・リーが何故(なぜ)使わなかったのか疑問(ぎもん)だった。でも使わなかったんじゃなくて、使えなかったんだ。ここには“永遠(えいえん)()”やら“リー一族(いちぞく)曼荼羅(まんだら)”やらの魔術(まじゅつ)(はたら)いているんだ。


考えてみれば、下手(へた)に他の魔術(まじゅつ)を使われて、大切な魔法陣(まほうじん)(こわ)れたり、暴発(ぼうはつ)したりしないように、他の魔術(まじゅつ)(ふう)じるのは当然(とうぜん)だ。


“リー一族(いちぞく)曼荼羅(まんだら)”のあるテーブルの(まわ)りをぐるりと歩く。侵入者(しんにゅうしゃ)目的(もくてき)がこの“リー一族(いちぞく)曼荼羅(まんだら)”なら、何らか手を(くわ)えたところがあるかもしれない。


 そもそもここでは魔術(まじゅつ)が使えないのだから、手を加えるとしたらテーブル中央(ちゅうおう)ではなくテーブルの(はし)になるはずだ。ペン先の(うご)くスピードを計算(けいさん)し、侵入者(しんにゅうしゃ)が入ったであろう時間(じかん)()らし合わせると、ちょうどテーブル(はし)から50センチほどずれた箇所(かしょ)から3メートルまでの地点(ちてん)(しぼ)られる。もし手を(くわ)えたのだとしたら、その部分(ぶぶん)だろう。


 注意深(ちゅういぶか)く見つつ、一周(いっしゅう)した。しかし手を(くわ)えられたような不自然(ふしぜん)(あと)は見つからない。まあ、このくらいの物理的(ぶつりてき)確認(かくにん)(すで)にマダム・リーが(おこな)っているだろう。リー一族(いちぞく)当主(とうしゅ)は、定期的(ていきてき)曼荼羅(まんだら)異変(いへん)がないか確認(かくにん)している。だから、今朝(けさ)(もしくは深夜(しんや)?)の時点(じてん)で、おかしなところがあればすぐにマダム・リーが気づいたはずだ。もっとも“リー一族(いちぞく)曼荼羅(まんだら)”に手が付けられていたら、俺に(まか)せず問答無用(もんどうむよう)でマダム・リーが(みずか)解決(かいけつ)に乗り出しているはずだ。


となると侵入者(しんにゅうしゃ)目的(もくてき)はこの最大(さいだい)(たから)“リー一族(いちぞく)曼荼羅(まんだら)”ではなかったことになる。(おそ)らくは、(さいわ)い(()して(さいわ)いじゃないけど)書庫内(しょこない)の本だ。


ふいに昨夜(さくや)のマリーの()(がお)()かんだ。その映像(えいぞう)をかなぐり()てるように頭を()り、書棚(しょだな)へと歩く。考えたくはないが、もしマリーが犯人(はんにん)ならここで何を(さが)すか(あき)らかだ。


復活(ふっかつ)魔術(まじゅつ)


心の中で呪文(じゅもん)のように(とな)えながら、書庫(しょこ)表示(ひょうじ)を見て歩く。“肉体(にくたい)(たましい)”という書棚(しょだな)があった。書架(しょか)(まわ)()んだ。視線(しせん)(はし)らせると、『霊魂呪詛方(れいこんじゅそかた)』やら『幽体離脱(ゆうたいりだつ)(たましい)の入れ()わり』『魂束縛方(たましいそくばくかた)』などおどろおどろしいタイトルが並んでいる。


本自体にも魔力(まりょく)があるらしく、タイトルを読んでいるだけで、()がムカムカしてきた。一度目を()らしてから大きく(いき)()いこみ、書棚(しょだな)(わき)にしゃがみこむ。とりあえず、原始的(げんしてき)なやり方だけど、本が引き出された形跡(けいせき)がないか(よこ)から見てみよう。もしかしたら少し本が()び出しているかもしれない。


しかし本はズレなくきれいにきっちり(おさ)まっている。やっぱり、こんな原始的(げんしてき)方法(ほうほう)()かるわけないか。ゆっくりと立ち上がりかけた(とき)、少しだけ、気のせいかと思うくらい少しだけ本が出ているのが見えた。もう一度(いちど)書架(しょか)真正面(ましょうめん)(まわ)()み、その本の前に立つ。『生贄方(いけにえかた)』の(となり)の本が、ほんの0.5ミリ前に出ている。


「『復活(ふっかつ)魔術(まじゅつ)とその周辺(しゅうへん)』か」


 出した声が(むな)しく(ひび)いた。そのものずばり、これこそマリーが(さが)していた“復活(ふっかつ)魔術(まじゅつ)”に(ちが)いない。

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