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クリストファー・リー・カイゼルベルグと書庫の秘密  作者: 青山 高峰
第二章

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昨夜のできごと

Tシャツにジーンズ、スニーカーという楽な格好(かっこう)に着替(きが)える(※結局(けっきょく)、魔術(まじゅつ)では着替(きが)えられず、実際(じっさい)に着替(きが)えた)と、早速(さっそく)バラの図書室(としょしつ)に向かった。


「捜査(そうさ)のため、バラの図書室(としょしつ)への出入(ではい)りを禁止(きんし)してください」


 とマダム・リーに言うとすぐに動いてくれた。もっともこんな真夏(まなつ)の早朝(そうちょう)(それも日曜日!)に図書室(としょしつ)に来る酔狂(すいきょう)な人などいないが……。


 東棟(ひがしとう)にあるバラの図書室(としょしつ)には窓(まど)が大きくとられているものの、本の日焼(ひや)けを防(ふせ)ぐため、奥(おく)の明り取り用の窓(まど)以外(いがい)は常時(じょうじ)遮光(しゃこう)のカーテンがかけられている。


閲覧用(えつらん)にと置かれたローズウッド製(せい)の机(つくえ)に座ると、明り取り用の窓(まど)から外を見つめた。


この小さな窓(まど)からでも、美しく手入れされた広大(こうだい)な庭(にわ)が見える。シンメトリー(※左右対称(さゆうたいしょう))に配(はい)された低木(ていぼく)は綺麗(きれい)に刈(か)り込(こ)まれており、季節(きせつ)になればバラが咲(さ)き乱(みだ)れるのが見えるだろう。中央(ちゅうおう)の噴水(ふんすい)は、朝日(あさひ)を受けながら、気持(きも)ち良さそうな水しぶきを上げている。いつもと変わらないのどかな朝の風景(ふうけい)だ。


こんなにいい天気だっていうのに。


ため息(いき)がもれた。


そもそもの問題はマリーにある。いや俺がマリーに弱いのがいけない。


結局(けっきょく)、好きなんだろうな。


そう思うが、自分でもこの点がいまいちよく分からない。


「女の人というのはガラス細工(ざいく)のように繊細(せんさい)だから、大切(たいせつ)にしてあげなくてはいけないよ」


と物心(ものごころ)ついた時(とき)に、亡(な)き父親(ちちおや)から教(おそ)わった。だからすべての女性は愛(あい)し護(まも)るべき対象(たいしょう)だ。そう考えれば、マリーも他の子達と変わらない。それにしてはこのうずくような妙(みょう)な感覚(かんかく)は何だ。そもそもマダム・リーに秘密(ひみつ)にしたことが自分でも信(しん)じられない。


昨夜(さくや)遅(おそ)く――


「クリス、クリス」


 甲高(かんだか)い声に続(つづ)くせわしないノックと、ノブをかちゃかちゃ回す音に起(お)こされた。ベッドから身体(からだ)を引きはがすようにして起(お)き上がり、ドアを開けると、マリーが立っていた。

白いネグリジェ姿(すがた)で半(はん)べそをかいている。


「何があった?」


「ロルが……」


 マリーがしゃくりあげた。


「ロルが死んじゃう。パーティーから帰ったら、ロルがぐったりしてて。ねえお願(ねが)い、ロルを助(たす)けて」


「俺じゃなくて獣医(じゅうい)を呼(よ)べよ」


「呼(よ)んだわ」


 マリーが目から涙(なみだ)をぽろぽろ流(なが)しながら言った。


「そうしたら獣医(じゅうい)さんは、もう駄目(だめ)だって言うのよ。だからクリスお願(ねが)い。今から一緒(いっしょ)に復活(ふかつ)の魔術(まじゅつ)を探(さが)して、それでロルを助(たす)けて」


「できない!」


 つい強い調子(ちょうし)で言ってしまったが抑(おさ)えようがなかった。マリーがびっくりしてちょっと身をひいた。


「ごめんマリー。言い方が悪かった。復活(ふっかつ)の魔術(まじゅつ)なんてないし、あったところで俺は復活(ふっかつ)の魔術(まじゅつ)どころか、何の魔術(まじゅつ)も使えない」


「復活《ふっかつ》の魔術(まじゅつ)は、わたしがかけるから、ただ一緒(いっしょ)にいてほしいの」


「そんなの無理(むり)だよ」


「どうして? このままじゃロルが死(し)んじゃうのに?」


 ぽとぽとと頬(ほほ)に涙(なみだ)をしたたらせながら、マリーがかすれた声で言った。その姿(すがた)に胸(むね)が締(し)め付(つ)けられる。本当は手を伸(の)ばし、胸(むね)に抱(だ)きしめ「大丈夫(だいじょうぶ)だよ」と言ってあげたい。しかし中途半端(ちゅうとはんぱ)な「大丈夫(だいじょうぶ)」という言葉(ことば)ほど、辛(つら)いものはない。伸(の)ばしかけた手をぐっと握(にぎ)りしめ、口を開く。


「受け入れないといけない。それが寿命(じゅみょう)だから」

 自分の声ではないように響(ひび)いた。


これは正(まさ)に、両親(りょうしん)が死んだ時、マダム・リーから言われた言葉(ことば)だ――両親(りょうしん)は車の運転中、道路に飛び出してきた子どもを避(さ)けようとして大木に激突(げきとつ)して死んだ。


何故(なぜ)俺の誕生日(たんじょうび)に北部(ほくぶ)の街(まち)、グランビルに向かっていたのか不明(ふめい)だったが、サプライズパーティーの会場(かいじょう)準備(じゅんび)をするためだったと後で知った。一人息子に、素敵(すてき)な海辺(うみべ)の町で、ヨットを贈(おく)ってくれるつもりだったらしい。


「こんなサプライズ嬉(うれ)しくないよ!」


 幼(おさな)い俺は泣き叫(さけ)んだ。


「プレゼントなんて要(い)らない! 一生(いっしょう)誕生日(たんじょうび)プレゼントなんて要(い)らない、だからママンとパパを生き返らせて! お願い、お願いだから」


心がよじれて強烈(きょうれつ)に痛(いた)み、息(いき)ができないほど泣き叫(さけ)んだ。そんな俺をマダム・リーがふわりと抱(だ)きしめ、白檀(びゃくだん)の香(かおり)に包(つつ)みこみながら、厳然(げんぜん)とした声で言った――。


「受け入れないといけない。それが寿命(じゅみょう)だから」


 マダム・リーの言葉をなぞるように機械的(きかいてき)に言うと、マリーが大粒(おおつぶ)の涙(なみだ)をこぼしながら、

「クリスなんて嫌(きら)い。大(だい)っ嫌(きら)い!」

 背(せ)を向け、走(はし)って行ってしまった。


 窓(まど)の外の庭(にわ)に、庭師(にわし)たちが出てきた。庭木(にわし)の剪定(せんてい)を行(おこな)うらしく、脚立(きゃたつ)を立てかけたり、鋏(はさみ)を取り出したりして忙(いそが)しく動き回っている。そろそろこの城(しろ)のみんなも起(お)き始(はじ)める頃(ころ)だろう。


 そもそもバラの図書室(としょしつ)は、俺を除(のぞ)く15歳以下(いか)の立ち入りは申請(しんせい)が必要(ひつよう)な上、昨日(きのう)の午後(ごご)の出来事(できごと)を考えれば、少(すく)なくともマリーが一人で書庫(しょこ)に入ったとは思えない。誰(だれ)かが代(か)わりに入ったか、誰(だれ)かと一緒(いっしょ)に入ったか。マダム・リーが既(すで)に調(しら)べているにせよ、まずは現場(げんば)を確認(かくにん)してみよう。


図書室(としょしつ)の一番奥(いちばんおく)の階段(かいだん)に昇(のぼ)り、大型本(おおがたぼん)の一つ『カイゼルベルグ家とリー家の歴史(れきし)』という本のタイトルをなぞり、左の人差(ひとさ)し指(ゆび)で三回、右の人差(ひとさ)し指(ゆび)で三回、また左の人差(ひとさ)し指(ゆび)で三回本の上部(じょうぶ)を叩(たた)いた。そして


「我(われ)、古き物を誠実(せいじつ)に護(まも)り、新しき物を正しく捉(とら)える者(もの)なり」


言い終(お)えるや否(いな)や、大型本(おおがたぼん)が収(おさ)められた書棚(しょだな)に縦(たて)に線(せん)が入り、そこから書棚(しょだな)が音もなく左右(さゆう)に分かれ始めた。


書棚(しょだな)と書棚(しょだな)の間から新たな書棚(しょだな)がせり上がり始(はじ)める。しかし不思議(ふしぎ)なことに梯子(はしご)は動かない。まるで元々(もともと)そこにもう一つの書棚(しょだな)があったかのように。


書棚(しょだな)の動きが止まった。書棚(しょだな)の上には結界(けっかい)の魔法陣(まほうじん)が光りながら左右(さゆう)上下(じょうげ)に走(はし)っている。指揮棒(しきぼう)を取り出すと、書棚(しょだな)の上の魔法陣(まほうじん)が光りながら指揮棒(しきぼう)の周(まわ)りに集(あつ)まってくる。


|指揮棒(しきぼう)を書棚(しょだな)に押(お)しつけると、指揮棒(しきぼう)の中に刻(きざ)まれた魔法陣《まほうじん》が光(ひか)った。瞬間(しゅんかん)、書棚(しょだな)の結界(けっかい)の魔法陣(まほうじん)が逆(ぎゃく)に回転(かいてん)し始(はじ)め、まるでこんがらがった糸(いと)をほどくようにほどけ始(はじ)めた。


リー一族は魔術師(まじゅつし)の一族でもあるが、結界師(けっかいし)の一族でもある。ここの結界(けっかい)はさすがに厳重(げんじゅう)で、解(と)くのが難(むずか)しいが、それでもクリストファーの指揮棒(しきぼう)にはマダム・リーによって解除(かいじょ)の魔法陣(まほうじん)が仕込(しこ)まれており、扉(とびら)にかざすだけで、ひとりでに結界(けっかい)を解(と)いていく。


これが自分で施(ほどこ)した魔術(まじゅつ)だったらどんなにいいだろう。光輝(ひかりかがや)く魔法陣(まほうじん)を惚(ほ)れ惚(ぼ)れと見つめている間(ま)もなく、あっと言う間(ま)に全(すべ)ての結界(けっかい)が解(と)けた。


指揮棒(しきぼう)が動き、書棚(しょだな)と水平(すいへい)になり、今度(こんど)は勢(いきお)いよく反時計(はんとけい)回(まわ)りに回転(かいてん)し始(はじ)めた。何千回(なんぜんかい)か回転(かいてん)した後(あと)、

カチャリ

書棚(しょだな)が音(おと)を立てた。瞬間、書棚(しょだな)が黄金(おうごん)の扉(とびら)に姿(すがた)を変え、向(む)こう側(がわ)に開いた。

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