表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クリストファー・リー・カイゼルベルグと書庫の秘密  作者: 青山 高峰
第五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/15

後継者

「ルドルフは、あの夜、『リー財団の口座に日本から多額の金が入っては、海外の口座に振り込まれている』と姉のクロエから聞かされた。しかも振込先は全て、海外のいわゆるタックスヘイブンと呼ばれる国々の、しかも架空の会社名義の口座だった」


「つまりマネーロンダリングに家の口座が使われていたってことですか」


「簡単に言えばそう言うことだ。7千ユーロを超える取引にはルドルフの許可が必要なはずだが、1件もルドルフには上がってきていなかった。その上、ルドルフ自身がその取引操作を日本の支社から行っていることになっており、慌てて状況確認のために日本に飛んだのだ」


「それは全てクロエ伯母さまのでっち上げだったんですね」


 マダム・リーが大きく頷いた。


「鋭い洞察力(どうさつりょく)だ。ルドルフの魔術の腕は素晴らしい。ルドルフが側にいれば、溺愛(できあい)する娘のマリーをあのような目に()わせることもなかっただろう」


「しかしどうしてクロエ伯母さまはそんなことまでしたんでしょう? 復活の魔術をしようとしたマリーを止めなかっただけならまだしも、いくらなんでもやりすぎです」 


 マダム・リーの目に深い悲しみが浮かんだ。


「クロエはね。私ではなく、自分の母親であり、私の双子の姉のエレーヌがリー一族を()ぐべきだと思っていたんだよ。いや、今も進行形で思っているはずだ。それ故、マリーを生贄(いけにえ)にして、自分の息子、グザビエを私の後継者(こうけいしゃ)にしようとした」


「どういうことですか? 今回の魔術は、犬を蘇らせるための魔術だったんじゃないんですか」


「それは見せかけだ。あの子達がしようとしていたのは“復活の魔術”ではない“生贄術(いけにえじゅつ)”の方だ」


 脳内にパラパラ漫画のように、数日前に書庫で“復活の魔術”を見つけた時の映像がよみがえった。


あの本が本棚から飛び出て見えたけど、実は“復活の魔術”が飛び出ていたんじゃなくて、その隣の“生贄方(いけにえがた)”の本が引っこんでいたから、“復活の魔術”の本が飛びだしているように見えただけなんだ! それにあの教会の床に描かれた魔法陣(まほうじん)は“復活の魔術”の魔法陣(まほうじん)と少し違っていた。


「その通りだ、クリス。とにかくクロエはマリーを犠牲(ぎせい)にしようとした」


 マリーを、実の(めい)を死に(いた)らしても、自分の息子をマダム・リーの後継者にしようとするなんて! 


 口の中に何か苦いものが広がった。マダム・リーがやり切れないといったように目を細めた。


「マリーを犠牲にしようとしたのはクロエだけじゃない。(なげ)かわしくもマリーの実の兄であるオリビエもだ。あの子は(おろ)かしくもクロエにそそのかされて、妹マリーを犠牲(ぎせい)にして、自分が私の後継者(こうけいしゃ)の地位につこうとした。後で事故死に見せかけてクロエに消される算段(さんだん)になっているとも知らずに」


「まさかオリビエは」


「クロエの車に()かれたが無事だ」


 胸をなでおろしたが、すぐに暗い気持ちになった。


―俺のためにマリーは美しく、幼いまま死ぬんだから――。


 よくもあんなことを言えたものだ、今度会ったら首の骨をへし折ってやる!


「お前が」


 マダム・リーがゆったりと口を開いた。


「オリビエに逢うことは二度とない。もちろんクロエにも。2人はそれぞれ修道会(しゅうどうかい)に送られる」


「まさか!」


「本当だ。クロエは、文句は言えないはずだし、オリビエについても父親のルドルフは、異論(いろん)はないと言っていた」


「マリーは、マリーはどうなるんですか」


「マリーは完全なる犠牲者(ぎせいしゃ)だということが分かった。ロルを生き返らせてやると言われ、兄オリビエに教会へ連れて行かれたそうだ。それからもちろん、秘密の書庫に入ったのはマリーではなくクロエだった」


 恐ろしさに茫然(ぼうぜん)とした。そんな身の毛もよだつようなことを、自分の親族が本気で行おうとしていたのだ。なんだか頭がくらくらする。


「クリス、少し寝るといい。大切なことは明日話すから」


「今言ってください、俺、大丈夫ですから」


「いや、大切なことは明日だ。明日10時に、(りゅう)()に来なさい」


 マダム・リーの声を聞きながら、急激(きゅうげき)な眠気に(おそ)われるのを感じた。


 ああ、これは睡眠(すいみん)の魔術だ。いつの間に、マダム・リーにかけられたんだろう。


「おばあさま、俺大丈夫だから、睡眠(すいみん)の魔術をとい……」


 自分の声が(みょう)にエコーがかって聞こえる。部屋を出ていくマダム・リーの背中を見つめながら、(すべ)るように眠りの中に落ちていった。


☆☆☆☆☆


 カイゼルベルグ城の1階に、(りゅう)()と呼ばれる大広間がある。


昔、舞踏会(ぶとうかい)で使われていた、だだっ広いホールだ。その(りゅう)()の扉は龍の彫り物が(ほどこ)されているのだが、俺は一瞬、通り過ぎそうになった。なんと(りゅう)()の扉は開け放たれており、中はリー一族の人間でごった返している。


皆、騒々(そうぞう)しくおしゃべりをしている。大人はもちろん子どもや赤ちゃんに(いた)るまでいる。


それだけじゃない。中には夏の(あいだ)に集まってこない遠戚(えんせき)婚姻(こんいん)によって一族になった者など)までいて、俺の知らない顔が何十人もいる。


自分同様、こんなにも多くの人がマダム・リーに呼ばれていたことに唖然(あぜん)としていたら、遠くから手を振る人が見えた。


ロマンスグレーの髪をしっかりと()でつけた、エドモンド神父だ。(おだ)やかな顔に笑顔を広げ、こちらに近づいてきた。


「すっかり元気になって何よりです、クリストファー」


 マリーが入院中の今、やさしく声をかけてくれるのは、このエドモンド神父だけだ。


 その時、真っ赤なドレスを身につけたマダム・リーが龍の間に入ってきた。すると全員が(ひざ)を折った。


「マダム・リーにご挨拶申し上げます」


 龍の間に地響(じひび)きのように声が(ひび)く。マダム・リーは会釈(えしゃく)をし、微笑(ほほえ)みながら全員を見回す。


突然(とつぜん)にも関わらず、お越しくださいまして、ありがとうございます。本日、皆さんにお集まりいただいたのは、今日この場で発表することが3つあるからです。まずは、3賢人(けんじん)の一人クロエをリー一族から除籍(じょせき)したことに(ともな)い、ジョエル・リー・カイゼルベルグを3賢人(けんじん)の一人として指名します。ジョエル、前に来なさい」


 ひょろりと背の高いジョエルは50代くらいの男で、リー一族には珍しい赤色の強い金髪(ほとんど赤毛)をしている。マダム・リーの(となり)に立つと、会場中が拍手(はくしゅ)で包まれた。


僭越(せねつ)ながら、リー一族の3賢人(けんじん)の一人としてマダム・リーと一族のために尽くしてまいります」


 マダム・リーがジョエルに右手を差し伸べると、ジョエルが微笑みながらその手を握り、2人はがっちりと握手を交わした。その途端、割れんばかりの拍手が巻き起こった。前の方にいるレオン伯父と、ルドルフ伯父とも握手を交わしている。マダム・リーが再び口を開いた。


「2つ目は、マリー・リー・カイゼルベルグを一族の守護対象(しゅごたいしょう)とします。よってマリー・リー・カイゼルベルグの住まいをここカイゼルベルグ城に移します」


 えっ!


 驚きの声を上げそうになった口を押える。


 まさかマリーが夏だけじゃなくて、このカイゼルベルグ城に移ってくれるなんて! 一緒に住めるなんて! 


 喜びが全身を突き上げた。


「一族の者は皆、マリーを黒羽伊吹(くろはいぶき)から、その他禍々(まがまが)しい全ての物から(まも)るよう全力を尽くしてください」


御意(ぎょい)


 全員が頭を下げた。マリーの父親、ルドルフ伯父が涙ぐみながら、


「マダム・リーの寛大(かんだい)な処置に感謝申し上げます」


 と、膝を折った。途端(とたん)に会場がマダム・リーを()めそやす声と拍手(はくしゅ)に包まれた。マダム・リーは(うなづ)くと、会場を見回しながら口を開いた。


「そしてもう一つ。私、リー一族の当主、クラリス・リー・カイゼルベルグは本日、私の後継者(こうけいしゃ)を指名します。後継者(こうけいしゃ)の名は、クリストファー・リー・カイゼルベルグ」


 確固(かっこ)たる声が(ひびい)いた。その瞬間、場内が水を打ったように静まり返った。あれほどうるさかった会場が、みんなが息をする音さえ聞こえない。


「クリス、クリストファー、前へ出てきなさい」


 自分が呼ばれていると分かった途端、頭の中で雷鳴と共に雷が落ちた。


 俺がマダム・リーの後継者(こうけいしゃ)だって! 


 マリーと城での生活が始まるという喜びから、一転、今度は崖から突き落とされた。茫然(ぼうぜん)とする俺の背中を、エドモンド神父がにっこり笑って押した。


「さあクリストファー、行きなさい」


 ぎこちなく歩き出す俺に、みんなの視線が(そそ)がれる。マダム・リーの側まで行くと、その手がふわりと俺の肩にかかった。


「クリス、挨拶(あいさつ)をしなさい」


 会場を見回した。その途端(とたん)、みんなの心の声が聞こえてきた。


 “直接魔術を教えるだけじゃ()き足らず、後継者(こうけいしゃ)にするなんて信じられない!”


“10歳のガキの(くせ)に、何が後継者(こうけいしゃ)だ。孫だからって理由だけだろ! マダム・リーのえこひいきだ!”


 “魔術が使えるようになったって(うわさ)だけど、それでもたかだが数年しか習っていないようなガキだろ! 魔術を20年も学んでいる俺の方がよほど相応(ふさわ)しい!”


 やっかみや(ねた)みの言葉、(にく)しみを()びた眼差(まなざ)しが突き()さる。頭が痛い。心も身体も痛い。


 ああ魔術が使えるようになったと思ったら、今度はこんな風に苦しめられるなんて!! 


「さあ、クリス、早く挨拶(あいさつ)を」


「おばあさま。俺は……」


 みんなから一生(さげす)まれるなんて、敵視(てきし)されるなんて……心ない言葉の数々が体の中をこだまし、刃物(はもの)のように身体の内側を切り(きざ)む。


 こんな……こんな人生は嫌だ! 


 (にぎ)った(こぶし)に力が入る。


「俺は後継者(こうけいしゃ)辞退(じたい)します」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ