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クリストファー・リー・カイゼルベルグと書庫の秘密  作者: 青山 高峰
第五章

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対決

 青白い光で出来た男。背の高い、黒髪の、アジア人だろうか? それとも東欧人? 彫りの深い整った顔の男は眠っているように目を閉じている。


 俺は思わず、


「モンセニョール」


「しっ、声を立ててはいけません」


 エドモンド神父が小声で言ったその時、男がゆっくりと目を開けた。ヴァニラかキャラメルか、やけに甘い香りが風に乗り漂ってきた。


「ここは一体」


 男が分からないと言ったような顔をしている。歩き出そうとして、足元のマリーに(つまづ)いた。男の大きな手がマリーの身体に触った。瞬間、俺の首筋の裏が総毛だった。しかし男は愛撫(あいぶ)するというより、自分が何に(つまづ)いたのか分からず、ペタペタと触って確認しているように見えた。


 やがてマリーの身体全体に手を()わせ、ニヤリと笑った。


「なるほどこれが生贄(いけにえ)か。ビエの奴め。女は16歳以上と言ったのに」


 男がマリーを抱き上げた。


 その拍子(ひょうし)にマリーが目覚めた。大きく見開かれた目に涙が浮かんでいる。すると男が紅い舌をチロリと出し、その涙を()めた。


(うま)い、恐怖の味がする」


 俺はカッとなって立ち上がった。


「いけない」


 エドモンド神父が叫び、俺の手を(つか)んだ。


「マリーを放せ」


 エドモンド神父の手を振りほどくと、両手で指揮棒を構える。男は俺に見向きもしない。


 こんな訳の分からない霊体にマリーを奪われてたまるか! 


 今まで読んできた魔術書のページが頭の中に(よみがえ)り、攻撃の魔術についての項目があふれだした。その記述にしたがい魔法陣を男めがけていくつも描く。


 ああ神様! もしいるなら1つだけ願いを叶えてくれ。1回でいい。1回でいいから魔術を、マリーを護る魔術を使わせてくれ!!


 しかし指揮棒の先は空しく、空気を切るだけで、魔法陣はおろか光さえ出ない。


 くそっ!! どうして俺はこんな時まで魔術が使えないんだ!! なんでここまでポンコツなんだ!!  


 涙が溢れだした。


 大切な子を、好きな子を護れないなら俺なんていない方がマシだ!!


 乱暴に指揮棒を振ったその時だった。はずみで左手の薬指にしていた指輪がスポッと外れ、放物線を描いて、教会の床に転がった。


その瞬間、男がびっくりしたように俺の方に顔を向けた。男の目に憎しみと恐怖がみるみる広がっていく。


 偶然こっちを向いただけ? 


 その疑問は次の瞬間にかき消えた。指揮棒の先端から金色の光がほとばしった。身体の奥底から魔力がつき上がってくるのを感じる。


「えっ!」


 一瞬のうちに、今まで描いた魔法陣が大量に浮かび上がった。


「まずい」


 エドモンド神父の焦った声が聞こえた気がしたが、魔法陣は指揮棒の先端を放れ、男めがけて直撃した。


 砂塵のような土埃が上がった。下に描かれた結界が消えかかり、男が笑い声をあげた。土埃が落ち着くと、中から男が実体をもって現れた。腕にはマリーが抱かれている。


「その声、その顔。お前、マダム・リーと同じリー一族だな」


 奇妙に優しい声だった。心をとろかすような声で男が一人納得したようにうなづく。


「そうか、なるほど、お前がクーカイか。死んだと思っていたが、まだしぶとく生きていたということか」


 クーカイ? それって誰のことだ。


 男がニヤリと笑った。


「それにしてもリー一族というのは顔だけはいいな、お前も。そしてこの子も」


 男がマリーの(ほほ)をなであげた。


「マリーを放せ」


「マリーと言うのか、美しい。しかし幼いのが惜しい」


 指揮棒で魔法陣を描き、男にぶつけた。光の魔法陣は狙いたがわず男の身体に命中し、穴を開けた。しかし男の身体からは血が一滴も流れない。


 なんだよこいつ、化け物か! 魔術が使えるようになったってのに、全く効かないなんて! 


 俺は震えあがった。


「クリストファー、どいていなさい」


 エドモンド神父が聖水を男に向かってかけた。すると男の顔に当たり焼け始め、ケロイド状にただれはじめた。


「マリーの身体から出ていきなさい」


 エドモンド神父が彼に似つかわしくない声で怒鳴り上げた。男は一瞬、忌々(いまいま)しそうな顔をしたものの、すぐに腕の中のマリーにただれた顔を向けた。


「マリー」


 男がマリーの口に噛ませた猿轡(さるぐつわ)を外した。光の魔法陣で出来た猿轡(さるぐつわ)を素手で触ったせいで、手が火傷のようにただれ落ちていく。


 マリーが悲鳴を上げた。


「お前が16歳になったら迎えにこよう」


 悲鳴を上げるマリーの口を、男のドロドロの唇がふさいだ。


「マリーに何すんだ!」


 新たな魔法陣を()り出したその時、教会の扉に光りが走った。強力な魔法陣が勢いよく飛んできて、ゾンビのように肉をぼとぼとと落とす男に当たった。


「忌々しいマダム・リーめ」


 男が教会の扉に向かって()えた。


「それはこちらの台詞だ。黒羽伊吹。よくも我が一族の娘を弄んでくれたね」


 マダム・リーが立っている。黒いドレスに身を包み、手には(むち)を持っている。右手をしなやかに動かすと、鞭が(うな)り声を上げ、男の身体に(から)みついた。


「こんな子ども(だま)しで俺を(とら)えられると思うなよ」


(とら)えるつもりなどない。消すんだよ」


 マダム・リーの魔術が(むち)を通じ、光の速さでほとばしった。雷のような轟音(ごうおん)がした瞬間、男が絶叫(ぜっきょう)した。苦し気にもだえ、たまらず男がマリーを投げ出した。


「マリー」


 俺は走っていって、空中に投げ出されたマリーを腕に抱きとめた。危なかった。腕にマリーの温もりを感じながら心臓が痛いくらい鼓動(こどう)する。


 よかった、間に合って。


 教会の冷たい床に叩きつけられていたらと思うとゾッとする。もっとゾッとするのはゾンビのような男に連れ去られることだ。


 俺とマリーを(まも)るように、マダム・リーとエドモンド神父が立ちはだかった。マダム・リーは(むち)を、エドモンド神父は聖水を入れた(びん)を手にし、いつでも攻撃できるうように構えている。2人の間から、光の中でもだえる男の姿が見えた。ふと、男と目があった。


「クーカイ。いやクリストファー、その名前よく覚えておこう」


 男が強烈(きょうれつ)な光の中で消え去った。マダム・リーとエドモンド神父が顔を見合わせ、そして深刻そうに頷きあっている。ふいにマリーが腕の中で小刻(こきざ)みに震えているのに気づいた。身体がすっかり冷え切っている。恐怖で青ざめるマリーを思わず強く抱きしめた。


「良かった、無事……」


 言いかけた唇がマリーの唇で(ふさ)がれた。血とホコリの味がするけど、マリーの唇は柔らかくて、すごく……マリーが泣きながら唇を放した。


「あんな化け物がファーストキスなんて嫌だから、絶対」


「上書きすりゃいい」


 涙でぐしょぐしょのマリーをグイっと引き寄せ、もう一度キスをした。今度はしょっぱい涙の味がする。


「ゴホン」


 わざとらしい咳払(せきばら)いにびっくりしてマリーから唇を放した。エドモンド神父が赤くなっている。


「立ちなさい、クリス」


 マダム・リーの(きび)しい声に、マリーを抱きしめたまま立ち上がる。マダム・リーは俺からマリーを引き離し、あっという間に魔法で新品の服を着せた。そしてマリーを抱きしめた。


「怖い思いをさせてしまったね、マリー。しかし今回の件についてはお前も多少の責めを負わなくてはいけないよ」

 

 マリーが(うなづ)くのを見て、俺は(あせ)った。


「待ってください。今回の件でマリーは完全に犠牲者です。なのに責めを負うなんてあんまりです」


 マダム・リーが()すような眼で俺を見た。それは胸が苦しくなるほど悲しそうな眼差しだった。


「とりあえずはマリーの手当てが先だ。今回の件についての沙汰は後にする。エドモンド神父、ご協力に感謝いたします」


 エドモンド神父が頭を下げた。


☆☆☆☆☆


 俺は疲労からか、城に帰ると泥のように眠り続け、空腹に()えかねて目覚めたのは翌々日の午後だった。


 何か食べる物と飲み物を適当に見繕(みつくろ)って欲しいと、メイドのジュリアに連絡した。今度こそ軽めにというのも忘れずに。思った以上の速さでドアがノックされ、ドアを開けて驚いた。食事を運んできたのがマダム・リーだったからだ。


 チキンスープにリンゴのピューレという食べやすい食事に感謝すると、マダム・リーがゆったりとほほ笑んだ。


「マリーは大丈夫なんですか」


「自分のことよりマリーの心配か……マリーは命に別状はない。今は入院中で、熱が高い状態が続いているが、しばらくすれば回復するだろう。さあ冷めないうちに食べるといい」


 温かなスープとリンゴのピューレで人心地ついたところで、窓際の安楽椅子に座っていたマダム・リーが少しため息をついた。


「あの教会までたどり着いたことは褒めよう。しかし何故私にもっと早く相談しなかったのだ? せめて教会に入る前に一報入れようとは思わなかったのか」


「クロエ伯母さまからの連絡はなかったんですか。俺はクロエ伯母さまにおばあさまに連絡してくれるよう頼んだのですが……」


 マダム・リーが辛そうに目を細めた。


「なるほど。となるとクリス、お前はかなり危険な状況だったようだな」


「あの、どうゆうことでしょう」


「私は今回の件、ルドルフからの国際電話がなければ完全に分からなかった」


「え?」

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