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怪異清掃、請負います  作者: 夾竹桃


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21.第二十一話

世界が平和になるということは、誰かが暇になるということだ。だが、世界が混沌に陥った時、最も忙しくなるのは誰か?

答えは簡単。「掃除屋」である。

あの「霞が関大掃除」から三日が過ぎた。株式会社クライシス・クリーンサービスの事務所は、物理的な意味で揺れていた。


「おーねーがーいーしーまーすー!!」


「我々を見捨てないでくれぇぇ!!」


「金ならある! 退職金も全部出す! だから命だけは!」


事務所の外、雑居ビルの狭い廊下から階段の下まで、長蛇の列ができていた。並んでいるのは、全員が高級スーツを着た中高年の男たち。

彼らは一様に顔色が悪く、脂汗を流し、まるで亡者のような形相でドアを叩き続けている。


「……なんだこれ」


俺――佐藤健太は、玄関のドアチェーンを少しだけ開けて外を覗き、すぐに閉めた。地獄絵図だ。

ゾンビ映画のワンシーンかと思ったが、よく見れば彼らはテレビで見たことのある顔ばかりだ。

元・内閣特務呪術管理局(局)の幹部たち。そして、彼らに連なる天下り先の役員たち。


「すごい数ですね……。五十人はいますよ」


「暇人どもめ。他にやることはねぇのか」


ソファで週刊誌を読んでいた桃が、不機嫌そうに吐き捨てる。彼女は今日もラフな格好で、テーブルには食べ散らかしたスナック菓子の袋が散乱している。


「やることなんて、あるわけないでしょう」


奥のデスクでパソコンを操作していた氷室澪先輩が、冷ややかに言った。


「彼らは『職』を失ったのですから」


「職?」


「ええ。先日、会長が局の悪事を全世界に暴露しました。その結果、局は解体決定。関連組織も全て活動停止処分……彼らは一夜にして、地位も名誉も、そして『霊的加護』も失ったただの無職です」


霊的加護。その言葉に、俺はハッとした。彼らは今まで、国の裏側で呪術を管理していた人間だ。当然、多くの恨みを買っている。悪霊からも、裏社会の人間からも。

今までは「局」という巨大な組織の結界に守られていたが、それが消滅と決定した今、彼らは裸で猛獣の檻に放り込まれたも同然なのだ。


「だからって、ウチに来なくても……」


「ここが一番安全だからですよ。皮肉なことにね」


氷室先輩はクスリと笑った。


「彼らを破滅させた張本人である会長の膝元こそが、今の日本で最も強力な結界(安全地帯)なのです」


なるほど。毒を以て毒を制す、というか、魔王の城に逃げ込めば他のモンスターは寄ってこないという理屈か。プライドもへったくれもないな。


「どーすんのこれ。うるさくてテレビの音が聞こえねぇんだけど」


「追い返しますか?」


俺が聞くと、社長室――もとい、会長室の扉が開いた。


「入れなさい」


会長が出てきた。今日の彼女は、深紅のナイトガウンを羽織り、手にはワイングラス(中身はグレープジュース)を持っている。

その表情は、新しい玩具を見つけた猫のように輝いていた。


「え、入れるんですか? こんなむさ苦しいおっさん集団を?」


「ええ。面白そうじゃない。……『再就職面接』をしてあげるわ」




事務所のレイアウトが急遽変更された。中央に御堂アリスが座る豪華なソファ(玉座)。

その左右に、面接官として俺たち社員が並ぶ。そして正面には、パイプ椅子が一つ。


「次の方、どうぞー」


俺が気だるげに呼ぶと、一人の男が入ってきた。白髪交じりの五十代。かつては局の参事官だった男だ。

彼は部屋に入るなり、床に額を擦り付けんばかりの勢いで土下座をした。


「お、お願いします! 私を雇ってください! なんでもします! 靴でも舐めます!」


「汚いからやめてちょうだい」


会長は冷たく一蹴した。彼女は男の履歴書(氷室先輩が即席で作らせたもの)をパラパラとめくる。


「東大卒、財務省出身、局への出向歴五年。……ふーん、エリートね」


「はい! 事務処理能力には自信があります! 予算の折衝や、裏帳簿の作成なら誰にも負けません!」


「いらないわ、そんなの」


会長は履歴書を紙飛行機にして飛ばした。


「ウチに必要なのは『掃除屋』よ。……貴方、掃除はできる?」


「そ、掃除ですか? 業者を手配することなら……」


「違うわ。物理的に、自分の手で、汚れ(悪霊)を消せるかって聞いてるの」


男が言葉に詰まる。彼は管理職だ。現場で泥にまみれたことなど一度もないだろう。


「……でき、ません」


「じゃあ、不採用」


御堂が手でシッシッと払う。


「ま、待ってください! 私は国家機密を知っています! 有力政治家の弱みも! 情報屋としてなら役に立ちます!」


「情報はもう全部抜いたわよ。あの時、私のメイドがね」


氷室先輩が、無表情でタブレットを掲げた。そこには、男が隠し持っていたはずの秘密ファイルが全て表示されている。


「あ、あぁ……」


「それに、貴方の筋肉は泣いているぞ!」


横から神宮寺社長が口を挟んだ。彼はブーメランパンツ一丁で、審査員席に座っている。


「なんだその貧相な大胸筋は! スーツの下で退化しているではないか! そんな体で掃除ができると思うな!」


「ひ、ひぃぃぃ! ごめんなさいぃぃ!」


男は泣きながら退室していった。続いて、二人目、三人目。元局長補佐、元監査役、元警備隊長。

かつては俺のような一般人を虫けらのように見ていた権力者たちが、次々と不採用通知(と社長の筋肉ダメ出し)を食らって絶望していく。


「……退屈ね」


十人ほど面接したところで、御堂があくびをした。


「どいつもこいつも、肩書きばかり立派で中身がないわ。……ねえおもちゃ、どう思う?」


「どう思うって言われても……。彼らは今まで『組織の力』で生きてきた人たちですからね。個人の力なんてあるわけないですよ」


俺は正直に答えた。彼らは歯車だ。巨大なシステムの一部としてなら機能するが、システムが壊れればただのガラクタになる。

それに比べて、ウチの社員たちは――。鬼、筋肉、元実験体。個の力が強すぎて、組織の枠からはみ出している連中ばかりだ。


「そうね。……つまらないわ」


会長が指を鳴らした。


「方針変更よ。……全員、まとめて入れなさい」




数分後。事務所は、すし詰め状態のおっさんたちで埋め尽くされていた。酸素が薄い。そして加齢臭がすごい。


「い、一体何を……」


「我々をどうするつもりだ!」


不安げにざわめく元エリートたち。会長はソファの上に立ち上がり、彼らを見下ろした。


「諸君。面接は終了よ」


彼女は高らかに宣言した。


「結果を発表するわ。……全員、不合格」


絶望の呻き声が上がる。その場に崩れ落ちる者、天を仰ぐ者。


「だが、しかし」


御堂が声を張り上げる。


「貴方たちがあまりにも無能で、哀れで、見ていて滑稽だから……特別にチャンスをあげるわ」


「チャ、チャンス!?」


「ええ。ウチの社員(正社員)としては雇えないけど……『下請け(奴隷)』としてなら使ってあげなくもないわよ」


会場がどよめいた。奴隷。ひどい言葉だ。だが、彼らにとっては蜘蛛の糸に見えたらしい。


「やります! なんでもやります!」


「給料はいりません! 保護を! 御堂アリスの名前による保護をください!」


プライドなど、とうの昔にドブに捨てた男たちの必死の叫び。会長は満足げに頷いた。


「よろしい。では、最初の業務を命じるわ」


彼女は窓の外を指差した。


「今から一時間以内に、このビルの周囲一キロメートル以内の『ゴミ』を拾ってきなさい」


「……は?」


「ゴミ拾いよ。空き缶、タバコの吸い殻、落ち葉。……目につくゴミを一つ残らず回収してくること」


元エリートたちが顔を見合わせる。国家の最高機密を扱っていた彼らに、ゴミ拾いをしろというのか。


「不満?」


「い、いえ! やります! 直ちに!」


彼らは我先にと事務所を飛び出していった。高級スーツのまま、地べたを這いつくばってゴミを探す元官僚たち。その光景を窓から眺めながら、御堂は楽しそうに笑った。


「ふふっ。壮観ね。……『かつて国を動かしていた手で、吸い殻を拾う』。これこそ現代アートだわ」


「性格悪っ……」


俺はボソリと呟いた。桃も呆れたように肩をすくめる。


「で? あいつらをどうすんだよ。本当に雇うのか?」


「まさか。ただの暇つぶしよ」


会長はソファに戻り、紅茶を口にした。


「でも、使い道はあるわ。……『局』が完全機能不全の今、東京中の結界や封印が緩んでるの。管理者がいなくなったからね」


「ああ、そういえば」


「雑多な低級霊や、放置された呪物の処理。……そういう『誰でもできるけど面倒くさい仕事』を、彼らにやらせるのよ」


彼女は氷室先輩を見た。


「氷室。彼らを統括する新会社を作りなさい。会社名は……そうね、『ゴミ処理サービズ』でいいわ」


「承知いたしました。……彼らの管理には、恐怖による支配が最も効率的かと」


「ええ。逃げ出したり、サボったりしたら……分かってるわね?」


会長がニヤリと笑う。氷室先輩も、冷徹な笑みで応えた。


「その時は、私の『個人的な恨み』も込めて、指導させていただきます」


ああ、可哀想なエリートたち。彼らは地獄から脱出したつもりで、もっと深い奈落(ブラック企業)に就職してしまったのだ。




それから一週間。東京の街には、奇妙な集団が出没するようになった。

ボロボロのスーツを着た中年男性たちが、トングとゴミ袋を持ち、必死の形相で街を練り歩く姿だ。

彼らは表向きは清掃ボランティアだが、その実態は「御堂アリスの私兵」である。

そして、事務所の中にも変化があった。


「報告します! 新宿三丁目にて、ポルターガイスト現象を確認! レベル1です!」


汗だくの元参事官が、事務所に駆け込んでくる。彼は今や、俺たちのパシリだ。


「レベル1か。……桃、行ってこい」


「ちぇっ、雑魚かよ。……おいオッサン、車回せ!」


「はいっ! 直ちに!」


かつて国を動かしていた男が、女子高生(鬼)に顎で使われている。シュールだ。だが、意外と機能している。

彼らは腐っても元エリートだ。組織的な動きや、情報の収集能力は高い。

「局」の持っていたネットワークを使い、霊的災害の予兆をいち早く察知し、ウチの実行部隊(桃と社長)に繋ぐ。

皮肉にも、彼らは「局」にいた時よりも、よほど社会の役に立っていた。


「佐藤君、お茶のお代わりはいかがですか?」


元監査役のおじさんが、俺に揉み手をしながら近づいてくる。


「あ、どうも。……あの、そんなに卑屈にならなくても」


「いえいえ! 佐藤先輩は会長のお気に入り(おもちゃ)ですから! 我々のような下っ端とは格が違います!」


先輩と呼ばれた。俺、フリーター上がりなんだけどな。でもまあ、悪い気はしない。


「これが権力か……」


俺は少しだけ、勘違いしそうになった。だが、すぐに思い出す。このピラミッドの頂点にいるのは、俺ではない。あの大魔王だ。

俺たちは全員、彼女の手のひらで踊らされている「おもちゃ」に過ぎないのだ。


「……ん?」


ふと、窓の外を見た。ビルの向かいの電柱に、一羽のカラスが止まっていた。普通のカラスではない。

目が、四つある。そして、その足には赤い紐が結ばれていた。


「式神……?」


俺の『清掃眼』が反応する。あのカラスから、微かな、しかし鋭利な殺気を感じる。

それは、事務所の中――正確には、車が用意されるまでポテチを食っている桃に向けられていた。


「……情報屋さんの話、本当だったのか」


俺は背筋が寒くなった。『鬼の一族』。桃を追っているという、裏社会の処刑人たち。

政府との戦いが終わったと思ったら、今度は身内の過去が襲ってくるのか。


「おい新人! 何ボーっとしてんだ! 社長が『マッスル・ラジオ体操』始めるぞ!」


「えっ、参加強制ですか!?」


「当たり前だろ! サボったらプロテイン風呂の刑だぞ!」


桃が笑う。その無邪気な笑顔が、いつまで見られるだろうか。


「……分かったよ。行くよ」


俺は立ち上がった。カラスはいつの間にか消えていた。だが、嵐の予感は消えない。

新しい日常。新しい部下おっさんたち。そして、忍び寄る新しい敵。

クライシス・クリーンサービスは、今日も通常営業だ。

俺は大きく息を吸い込み、社長の暑苦しい掛け声に合わせて、ラジオ体操の第一ポーズを取った。

平和なんて、この会社には似合わない。

次なるトラブルの足音が、もうすぐそこまで聞こえていた。

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