九十二話 カーラ
ドラゴンの霊体が尻尾を使って攻撃を仕掛け、それによって飛んでいった私は遠ざかるディアの地の広範囲を目の当たりにした。
ここでは重力が弱いことでどこまでも飛んでいきそうな私は、風の抵抗力がないからか不思議な気持ちでその場に浮遊する。そして改めてディアに目を向け、近くや見える範囲までの遠くを見渡した。
私の真下にはいつの間にか集まった大小様々の霊体たちが互いに押し合い地面が見えないほどに埋め尽くし、遠くからはまばらに見える霊体がこちらへ進んできている。これは以前にあった森でアンデッドに囲まれた時のようだけれど、今は周りに木がなかったり大きな霊体もいたりするからか圧迫感を感じる。
しかしアンナの記憶を見た後で耐性があるからなのか、それほど恐怖感はなく、寧ろどうやって切り抜けようかを考えた。
と言っても、もしもとなれば加護を使ってアンナの元へ戻れるし、大抵のことが無ければエレノアの霊体で大体の対処はできる。しかしここには女神カーラがいるはずだから、警戒することには変わらない。
そう考えながらひとまずは攻撃手段と、傍にエレノアの霊体を造り出そうとした。
「まずは内側の霊体を…………うん?」
私は目の前に出現させた丸い霊体を見つめながら、そこから枝分かれするように広がっていく外側の霊体を造っていた。
するとその霊体の先が動いたように見えて焦点を奥に合わせると、そこでは翼を上下に動かしながら私の方へ飛んできているドラゴンがいた。
(ユウカ、早く攻撃を!)
(うん……!)
霊体なのだから浮遊能力はそもそも備わっているので羽ばたく必要は無いように思うけれど、そのおかげで的が広くなっている。
これならばエレノアの火球も簡単に当てられると、すぐに造ることができる右手だけを出現させて火球を放った。
「ギャアアア!!」
火球がドラゴンの右翼に当たり、鈍い叫び声を上げてふらつきながら落ちていった。
「よし………」
それにしてもよく考えてみれば、この火球を使った攻撃は不思議だ。普通ならばラーミナの魔法以外の攻撃は霊体には効かない。仮に物に触れられる状態になっていたとしたら別だけれど、見る限りはディアに空いたクレーターの突き出た部分を透過している。
「となると、霊体に攻撃できてるのかな……」
実際に私も透過した霊体の状態でアンナに攻撃されたのだから、あり得ないことでは無いのかもしれない。
しかし今はそれよりも現状理解とそれの対応を考えなければ。そう考えながら今も集まり広がり続ける霊体たちから離れようと、どこか遠くへ飛んで行こうとした。
しかし今まで見たことない速度で飛んできた霊体が、対応できなかった私の横腹へ勢いよく突撃してきた。
「うぐッ……!」
その衝撃は一つの点に集中していて、勢いよく与えられた衝撃とは逆の方向へ横腹以外の身体がのけぞり反動で飛んでいった。
そんなか視界の端にとらえたのは羽毛が生えているように見える羽の生えた生き物で、おおむね鳥だろうとは一瞬で思ったけれど、その大きさは羽を広げた状態で縦横四メートルは超えている。ドラゴンには遠く及ばない大きさだけれど、近くで見るととても迫力があり驚いた。
「あが…………い、いたた」
とても素早く、あれに反応してから攻撃では遅すぎる。しかしこちらから先制攻撃を仕掛けたとて、エレノアの火球では当たらないし、他の霊体やスケルトンでも防げるかどうか分からない。
(ゆ、ユウカ……周りを見てください……)
「え………? あ」
恐る恐るその言葉を口にするエレノアに、どうしたのか声を掛けようとした私はその光景に動揺した。それは恐怖するには当然と思える様子で、それを見た瞬間私は咄嗟に飛んで逃げようとした。
なぜなら辺り一帯を大量の霊体が取り囲み、少し警戒しながらも徐々に距離を詰めてきていたからだ。
すると一人の全身を鎧で覆った姿をした奴が私の身体目掛けて手に持った槍をついてきた。それは私の頭を狙っているようで、すぐに目と鼻の先まで迫ってきた。
「ううッ!」
しかし浮遊して逃げようとした私にその槍の攻撃は外れてしまう。けれど代わりにその下の内側の霊体がある胸に突き刺さってしまった。
痛みを我慢しながらも霊体が無事か確認する私は、外側は壊せても内側は通り過ぎていっている槍を見て安心した。
「う、うう………ああ! ハア、ハア……」
霊体を貫いた槍に構いもせず、強引に上へ浮遊する私の身体は大きく壊れてしまったけれど、なんとか槍の届かない距離まで逃げることができた。
そしてその部分を修復しようと魔力を集中させ始めた途端、飛んできた先ほどの鳥にまたもや激突されてしまった。
その攻撃で霊体たちが集まって山になっているところへ落ちてしまった私は、気づくと周りにいる奴らが私を掴みかかろうとしていたので外側の霊体に送る魔力を弱めようとした。
しかしそれは間に合わずに霊体たちが私の身体のあちこちを掴み、無惨にも次々に引きちぎってきた。幸い魔力を弱めていたので痛みは少なく済んだのは良かった。
「くッ………うあ……………! あ、危なかった。こいつら一体!?」
外側の霊体が全て壊され内側だけになってしまったけれど、そのおかげで誰にも掴まらずに済んだ。
しかし未だに下にいる奴らは絶え間なく私に近寄り続け、空を飛んでいる鳥は狙っているように私の周りをぐるぐると回っている。ドラゴンは私が放った火球によって壊された翼を修復せずに、その巨体を走らせまるで戦車のようにぶつかる霊体たちをものともしなかった。
ふと周りを飛んでいた鳥が勢いよく私に激突してきたけど、内側の霊体だけなので勿論その攻撃が通じることはなかった。
なのでここにいる間はこのままの姿でいようと思った。
私のことをひたすら追いかけてくる霊体たちだけれど、内側の霊体だけの時の速度と、思考加速を併用させればあっという間に距離を離すことができた。
この移動方法が第三者の視点で見たときにどれ程のものなのかは想像するしかない。けれど個人的には先ほど飛んできた鳥や、前の世界にあった自動車よりも速いとは感じている。
そんなことを考えていると進行方向に自然のものではない、明らかに人工物の建物が見えてきた。遠くから見えるのは地面と接している部分が細く、上へ進みにつれ広がっていく円柱が最終的に大きな足場になっている建物。
人工物とは思ったもののその形状は不思議なもので、早速だけれど私は疑いと警戒心を強めていた。
近くに来ると遠くで見たよりもはるかに大きいその建物に驚いた。まだ全体の中間付近にいるにも関わらず、ソフィアがいた神殿の大きさを超えている。
「お、大きい………」
(ユウカ、もしかするとここに……)
(いるかもね、女神が………)
愛の女神カーラ。ソフィアの信仰するティアナの娘であり、女王ネスロの姉でもある神がいる場所。生まれながらに愛され、容姿端麗で私と似た力を持つ彼女にこんなにも早く会えるとは思わなかった。
聞いた限りだと容姿やなんらかの原因で負った傷に苦しむ人たちを救って周った聖女のような女性。ネスロに会い、それで起こった様々な出来事こそ不遇だったものの、その姿は慈悲深く愛に溢れていた。
しかしアンナのことと言い、聞いていた話とは違うようで腑に落ちない。
「良い人だといいんだけど……ふう」
上へ上へと浮遊する私はカーラという女神に不信感を抱きながらも、覚悟を決めるために小さなため息を一つ吐いて落ち着くと、警戒心を怠らないように集中した。
途中に外側へ反っている建物にぶつかりそうになったけれど、今の状態ならば心配いらないと透過していった。
エレノアのことやアンナをどう思っているかなど、聞きたいことはいくつかあるけれど、何よりも気になっているのは私がここの世界に来た理由を知っているのかどうかということだった。
しばらくすると建物の中を進んでいて暗かった視界が晴れ、私は最上部の光景を目の当たりにすることができた。
「うわあ……! ひ、広い…………」
そこは縁を細かい装飾の施された壁で囲まれ、中心にはとても大きく、そして美しい真っ白の城があった。基本的にこの建物は他と見分けがつかない程全てが白い建材だけれど、この城だけはなぜか際立って綺麗だと感じた。
「と、とにかくあそこの、真ん中のお城に行って探そう」
まずはカーラを見つけるのが先と、一番目立っているその場所へ向かっては飛んでいった。
近づくとなぜ建物の一部が破壊されていたりとおかしな部分もあったけれど、やはり間近で見て見るのは先ほどよりも楽しかった。近づくにつれ徐々に建物の柱や壁に細かく綺麗な装飾があることに気づき、そういうことにはそれ程興味がなかった私でも目を惹きつけられた。
「………入っても、良いよね?」
目の前には身長の数倍はある大きな扉があり、それは長い間開けっ放しなのか床に砂埃が溜まっている。慎重に中を覗いたけれど人影は見つけられない。
しかし入らなければ何も始まらないと、私はゆっくり白の中へ入っていった。
「こんにちは……或いはこんばんはかしら? ユウカ……」
その声は以前に3回聞いたことがある。最初はこの世界に召喚される直前に聞こえた声。その次は森の中で私の力を囁いてくれた。そして最後にオルドムと戦ったときにも。
声が聞こえてきたのは私がいる位置から少し進んだ階段の上。そこに目を凝らすと青白く光る霊体が私を見つめていた。
「もしかして………こ、こんばんは!」
(ノア、どう思う?)
(わ、分かりません………ですがあの霊体には見覚えが………)
「どうかした? そんな姿のままで………ここに奴らは入ってこないから安心しても良いのよ?」
女性はコツコツと音を立てながら階段を降りてこちらへ近づいてきた。
すると段々その女性の全体も見えてきて、階段を降りきった頃にはどんな容姿をしているのかがはっきりと分かった。
(あ、あの姿は前の私の……)
その女性の容姿は前にソフィアに教えられて造れた私の最初の姿だった。妖艶な雰囲気に整った顔、大きな胸に引き締まったくびれ、そしてそれ故により際立つお尻。長い足はモデルのように。
その姿は誰よりも美しい。私がそう思った姿。
「うん? 聞いているかしら?」
「え? あ、はい」
目の前まで来たその女性にそう言われ、見惚れていた私は我に返って返事をした。
そして外側の霊体をその女性の前で出現させると、物に触れられるようになるまで魔力を送り地面に足をつけた。
「よく来てくれたわね……ユウカ………」
「あ………え、えと……あなたが女神カーラ………で、良いんですか?」
「うん? ええ、まあ大体合っているわ。そう、私がカーラよ」
するとそれを見ていた女性がおもむろに私を抱きしめてそう名乗った。
どうやらきちんと会えたようで安心した私は、この抱擁がとても温もり溢れるものに感じた。霊体であるから体温は感じないのにも関わらず。
「………ユウカァ」
「………ん?」
ふと背筋に違和感を感じて声を出した。何かしているのかと疑問に思ったけれど、それ以前に抱き締めている時間が長いように思う。
そう思った瞬間だった。
「ひあッ……!」
カーラは私の身体をその手で撫で回すように摩り、それがくすぐったくて思わず声を出してしまった。
「え!? ち、ちょっと!?」
「……えへへ」
いまさっきの言葉を取り消そうと思う。これは温もり溢れる抱擁ではなかった。
これは下心を隠せていない痴漢だった。
やっとカーラに会えました。
まあ一応最初に登場はしていたのですが(声だけですけど




