八十八話 記憶を見る世界
巨大な霊体の頭骸骨を目の前に、私は覚悟を決めて攻撃体制に入った。目の端に映る空が段々と暗くなっているのが見えたけれど、今の私にはどうでもいいことで、チラッと見た後にすぐ元の位置へと視界を戻す。
しかしとはいっても完全に覚悟が決まったわけではなく、少しの迷いは常にあり、それを押し殺すために拳をギュッと握りしめた。
「それではユウカ様……参りますよ」
その言葉を私に放った瞬間、アンナは同時に加護を使って私の魔力をごっそり奪い取り、広範囲の火炎をこちらの一帯に放出した。
「一体何を………?」
私は魔力を奪われたことで一瞬身体が倒れそうになったけれど、膝をついて持ち直すと火炎を避けることなく魔力を霊体に流していた。
この火炎はラーミナの魔法ではないと知っていたため避けなかったけれど、なぜそんなものを放ってきたのか疑問に思った。
すると油断する私に一本の光る線が素早く現れ、右腕を貫いた後にそのまま奥の地面に突き刺さった。
「イッ……! な、何!?」
後ろに刺さっている光の槍のようなものを見た私は、その特徴的な見た目にラーミナの魔法だとすぐ分かった。どうやら火炎放射で目眩しをしつつ、その隙に魔法詠唱を済ませていたようだった。
光の槍は私が見つめて数秒もすると消えてなくなった。けれど私の貫かれて欠損した右腕の痛みはなかなか消えず、魔力を集中させて修復した後に左手で右腕を押さえた。
けれどその間もアンナの攻撃は止まらず、気がつくと燃え盛る炎の壁を破って複数の光がこちらへ迫ってきていた。
「うッ!」
それを見て慌てて浮遊する私は、真上に上がる途中に避けきれず左の足首を貫かれてしまった。このラーミナの魔法は前に戦った怪物とは破壊される範囲も少なく、一見威力に欠けるもののように見える。けれど一番警戒すべきだったのは攻撃を喰らったあとの痛みで、これは最初の痛みがしばらく続くので鬱陶しかった。
炎が届かない四、五メートルほどの上空へ浮遊した私はそこからアンナの姿を目で捉えた。アンナは浮遊する私を見るとまた何かをしようとしていた。
しかしその前に攻撃をしようと、私は遠距離の攻撃手段であるエレノアの霊体を出した。
「ふう………直接当てないように」
まだ私は割り切れていないのか、アンナに対して敵意を向けられないことに目を背けた。
そして霊体から青く光る火球を出現させ、アンナの地面近くへと放ち予想通りに命中させた。火球の爆発は少しの土煙と、衝撃の余波をアンナに浴びせた。
「キャアアアア!」
聞いたこともないアンナの悲鳴を聞いた私は驚いてそばに近寄ろうとした。
「だ、だいじょう……え?」
しかしその直前隣にいたエレノアの霊体が消滅し、困惑した私も浮遊できなくなり地面に落ちてしまった。
一体どうしたのかと考える私は、起きあがろうとすると自分の手足が無くなっていることに気づいた。それだけでなく疲労感もあることから、これがアンナによる魔力吸収だと分かった。
私は魂から魔力を集中して出し続け、なんとか霊体を元に戻して立ち上がった。けれど指先の感覚がないらしく、強く握っても違和感すら感じなかった。
アンナを見ると地面に近い顎の部分が欠損しており、やはり火球は強いものだと再確認した。
「その攻撃は……やはり光に近い」
「光……?」
アンナはそう呟くと私に向かって突進してきた。
私はそれを避けようと浮遊するために地面を蹴って飛んだ。しかし魔力を吸収され続けている状況では難しく、飛んだのと同じ位置で少しの間浮遊しただけだった。
そうしている間にアンナはその巨体で私に体当たりし、その衝撃で私は背中を地面に削られながら後方へ飛ばされた。痛みは光る槍との対比でそれほど痛くは感じなかった。
起き上がって自分の霊体を修復しようとした私は、さらに追撃してきたアンナの魔法、光の槍によって身体を滅多刺しにされた。
「うぐッ………霊体は………よかった、無事だ」
痛みに耐えながらも身体全体を確認する私は、内側の霊体が光の槍によって貫かれていなくて安心した。しかしまたアンナの攻撃が来るかもしれないと思った私は、何とかして身を守ろうと霊体を修復しないまま考えた。
そして思いついたことは、ミノタウロスの霊体ならば私を完全に覆うことが可能で、それによって障壁を築くというものだった。けれど魔力が吸収され続けている状況で出来るのかは疑問でもあった。
しかし考えている暇はないと、今私が出せる全力の魔力をミノタウロスの魂に注ぎ込んだ。
「や、やった………!」
結果は成功で、私は守られるようにミノタウロスの霊体の中に入っていた。今の状況では霊体の維持にも大量の魔力を使い、一瞬の気も抜けない状況だけれどひとまずは安心だった。
「……ユウカ様、それは?」
「え? バリアだけど……」
「気づいていらっしゃらないのですか? 私との戦いはユウカ様が加護を絶った時点で終わることに」
私も馬鹿ではないのでアンナの言うことの意味は分かる。アンナの入っている霊体は、おそらく大量の魔力を消費している。だから私から常に吸収する必要があると薄々気がついてはいた。
しかしそれをしてしまったら私とアンナの関係が終わってしまうと、予感めいた恐怖がどこかにあった。そしてそれはソフィアやエレノアも同じように。
「しないよ、そんなこと……」
「そうですか……」
私はそう答えて自分の霊体を修復すると、立ち上がって上空にいるアンナを見上げた。アンナもそれに応えるように火球によって欠損した部位を修復すると、私と同じ目線の高さまで降りて来た。
しかし不思議に思うこともあった。それは何故アンナは私にそんな提案をするのかと言うこと。私が本当に加護を絶っていたらどうしていたのだろうか。そうしたら何の意味も無くなってしまうのに、という考えが頭から離れなかった。
「骸骨さん……」
「何でしょうか?」
「………いや、何でも」
「……そうですか」
私はアンナにどう聞いていいのか分からずにそう言ってしまった。私と戦う前にアンナは不老不死の夢を叶えたいと言っていたけれど、あれは本当にアンナの本心なのだろうかと疑問に思った。私はアンナが何を考えているのか分からなくなった。
そして、アンナが何を考えているのか知りたくなった。
「はあ!!」
「……!」
思わず呆けてしまっているうちにアンナは雄叫びを上げてこちらに突進して来た。私はそれに対応しようとミノタウロスの右腕を動かし、迫ってくる頭蓋骨の頭を右斜め上から叩きつけた。
ミノタウロスの腕が頭蓋骨の頭を砕き割り、その中にある何かを叩いた。その軽い音と、当たった面積の広さからしてそれほど大きいものではないそれは、その衝撃で霊体の外へと飛び出していった。
「あが……うぐゥ…………」
しばらくの沈黙が続いた後に、私はふと魔眼に送る魔力を調整した。
するとそこにあったのは霊体の状態にある、目の前の頭蓋骨の小さい姿。アンナが宿っていた頭蓋骨と同じ大きさのものだった。
それを認識した私は、そこでアンナに勝ったのだと確信した。
「これで終わりだね………」
「うう……」
「あ! 苦しいの……」
「ええ、終わりですね………お互いに」
苦しむ姿を心配してミノタウロスの霊体を消滅させた私は、アンナの元へ近寄ろうとした瞬間に大きい頭蓋骨から放たれた光の槍を喰らってしまった。
「私を、その霊体から引き剥がしたから………私の意思だけが……あなたを倒そうとする意思だけが………」
「あ、あ………」
アンナはどこか悲しそうにそう言った。私はその言葉を聞き逃すことなく、寧ろ何より鮮明に聞こえてきて、内側の霊体に刺さった光の槍をほとんど気にしていなかった。
「ユウカ様…………」
「骸骨さん……私は…………」
手をアンナの方へ向けてその身体に触れようとしたところで意識は無くなった。けれどこの感覚は今までも体験したことがある。
それは自分の世界へと入る際の状態と似ていた。
ふと気がつくと私は見知らぬ部屋の中でボウッと突っ立っていた。そしてここがどこで、自分が何をしていたのか。それを徐々に思い出して来ていた。
そこで私はアンナと戦い、霊体に光の槍で貫かれたのを思い出し自分の胸を確認しようとした。
「ヴアアアア……!」
すると甲高い女性の叫び声とともに数人の話し声が聞こえてきて思わず驚いた。私の耳を聞こえるようになってきたからなのか、その叫び声がやたらうるさくて耳を塞いだ。
周りを確認すると目の前にある布で覆い隠された大きなベッドから声は聞こえてくるようで、私は恐る恐る足を進めて布を手でどかした。
「え!?」
そこにいたのはどう見ても出産中の女性が、喘ぎながら近くの召使にその手助けをされている姿だった。
その女性の鬼気迫る様子もそうだけれど、突然のことで混乱する私は足を滑らせて床に尻餅をついてしまった。それで周りの人らに気づかれるかもと思ったけれど、どうやら私のことは見えていなかった。
「い、一体何が………というかここって……」
その部屋を一旦後にした私は、近くの扉に背中を預けて考え込んだ。ここはどこで、あの人たちは何者なのかと。
「もしかしたら……いいや、もしかしなくても」
しかし私にはここがどこなのか概ね検討がついていた。そこでしばらく通路を歩いた先に見える日がさすところまで向かった。
すると案の定、目に飛び込んできたのは先ほどまでアンナと戦っていたのと似た場所だった。まだ枯れていなかった頃の若々しい木々に、同じ場所とは思えなほど穏やかな建物。
私の考えはどうやら当たっていたようで、ここはアンナの記憶の中だった。
「と、いうことは……」
私は再び女性が出産していた部屋の前まで戻り、扉を開けるともう一度女性らを確認した。
すると出産はもう既に終わっており、赤子は隣にいる召使いが抱き抱えているのが見えた。他の赤子を見たことないから分からないけれど、とても元気に泣き叫んでいる。
「生まれたか……!」
勢いよく扉を開けて入ってきたのは、一見好青年のように見える男と、酷く醜い姿をした老人の男だった。老人は着ている服こそ高価に見えるけれど、顔や手、姿勢からは嫌な雰囲気が滲み出ている気がした。
「もしかしてこの人が骸骨さんの祖父………かな?」
それから老人は召使いが抱き上げている赤子を強引に取り上げると、うっすらと光る眼差しで見つめた。
「…………これは! よくやった! これこそ我が望みに必要な存在じゃ!」
老人は突然狂ったように騒ぎ出し、気味が悪い足取りで踊り出した。私はその老人が手に抱える赤子が危険に思え、老人を掴んで止めるように言った。
しかしその時、老人の身体が突然紫色に光る粒子となり、かと思えば何事もなかったように元に戻った。どうやら私の方から干渉はできないらしい。
その日からアンナと名付けられた赤子を私は傍で見守った。
ある時はアンナの一人遊びを眺め、ある時は授乳するのを見ていていいのかという気持ちで眺め、またある時ははしゃぐ老人に不貞腐れながらアンナを見ていた。
私はその時に周りのアンナに対する態度が素っ気ないように思った。兄弟や召使い、生みの親までもが彼女と距離を置いていた。
ただ老人は相変わらず鬱陶しかった。
そしてアンナを見てもう十年ほどが経ったとき、老人はアンナに魔術を教えた。
しかしそれは死霊術が主なもので、小動物を実験に使ったりと残虐なものが多かった。最初のうちはアンナも嫌がっていたけれど、そのうち慣れて好奇心の方が勝っているようだった。
「…………がいこ………いや、アンナはこんな人生を歩んで」
「ユウカ」
「うえあああ………! え、ノア!? なんでここに!?」
そこにはいつの間にかエレノアがいた。
私はそれに全く気づいておらず、思わず間抜けな声で驚いてしまった。
この回だけでアンナの過去を見終わるつもりでしたが間に合いませんでした。
この分だと神人形編が大変なことに……まあ、いいか。
それは未来の自分に任せましょう。




