八十七話 霊体化する頭蓋骨
館の枯れた周りの草木と対照的に緑が生い茂る地面の間。その境界線を境に天から降り注ぐ光の粒が館にいる私を逃さないように囲んでいる。
触れれば内側しかない私の霊体が焼けるように痛んで苦しかった。
「イタ……ッ!」
その耐え難い痛みに声を上げた私はそれを防ぐために外側の霊体を造った。アンナに魔力を吸い取られているため容易ではなかったけれど、送る魔力の量を頑張って上げればなんとか出来た。
外側の霊体は光の粒を防いでくれるけれど、軽減しただけで痛いことに変わりはなかった。
「ユウカ様! それでは攻撃をッ………受けてしますよ」
アンナは外側の霊体を纏った私に近づき、勢いよく蹴り上げた。その行為に躊躇はなく、歪な霊体が目の前に来た時には恐怖した。
そして蹴り飛ばされた私は館の朽ちた壁を突き破り外まで出てきた。蹴られた腹を見ると霊体が崩れていた。
「うッ………」
崩れた箇所を集中して修復し、周りを見ると発動した魔法が光り輝いている。ラーミナの魔法。それは度々耳にする言葉で、神官が魔法を使う際に必ず出てきた。そしてこの魔法は恐らくだけれど、私が前に体験した聖なる光の痛みに似ていることから、それと同じ効果を持っているはず。
そう考えた私はなるべく光の粒を避けるようにしていたけれど、館の近くにいるだけで痛みはジンジンと感じた。
「ユウカ様……………」
アンナの入っている霊体はやはり段々と両腕両足が小さくなっているような気がした。しかしそれよりも私はこの状況を切り抜けようと館から逃げようとした。
けれど草が生えた地面に足を踏み入れようとした瞬間、光の壁に触れた私のつま先がすぐに崩れた。
「閉じ込められ………」
一体この魔法がいつまで続くか分からないけれど、私はそのせいで不安が増していった。私はその不安を紛らわせるためにエレノアの名前を呼んだ。
(ノア…………ノア? どうしたの?)
しかしエレノアの返事はなぜか聞こえてこず私は焦った。そしてもしかすると何かあったのではと思った。
考えてみれば自分の世界にいる魂たちは霊体の内側にいるということなのだろうか。だとするのならこの魔法で霊体がなくなった場合、その魂はどうなるのだろう。もしかすると離れていってしまうかもしれない。
そう考えるとエレノアもいなくなってしまったのではないかと、私は焦ってエレノアの名前を呼び続けた。
そうしているうちに何故か私の目には別の、こことは違う自分の世界が見えてきた。しかしそれはその世界にいるのとは違い、箱庭を眺めているかのようだ。
ふと気がつくと、エレノアが私の家手前で必死に叫んでいるのが見えた。どうやらエレノアは無事なようだと、あちらは不安がっているのに私は安心していた。
「よかった………」
「どうかしましたか!」
安心で胸を撫で下ろす私は目の前まで迫ってきているアンナに気が付かず、その大きな霊体の体当たりを喰らって飛んでいった。後ろを見ると魔法の壁が迫ってきており、このまま行くと全ての霊体が消えかねない。
私は急いで浮遊しそれを避けようとした。けれどアンナに魔力を吸われているため即座に飛ぶことができなかった。
「くうッ!!」
歯を食いしばる私は魔力消費の少ないゴブリンのスケルトンを召喚すると、その小さくも鋭い手で地面を掴ませ、その状態のゴブリンになんとかしがみつき難を逃れた。
浮遊できずにそのまま地面に落ちた私は、アンナの方を向いて何をしているのかと怒り半分に聞いた。
「ユウカ様、私は言いましたよ……私の悲願達成の手助けをしてほしいと。ユウカ様はそれに同意なされたではありませんか」
「それは……そもそもその悲願がなんなのか……」
「んん? ユウカ様はご存知ないのですか? 私の夢を………」
私はアンナにそう言われ頭をひねって思い出してみた。
するとそこであることを思い出した。それはエレノアから聞いた話で、アンナは不老不死が夢なのだということ。そう考えればエレノアが先ほどアンナに対して言ったことも理解できる。
私はそう考えてアンナにそのことを静かに聞いた。
「もしかして、不老不死……」
「……正解です。私は不老不死に憧れを抱いています…………しかし、それ以上のものを見つけました」
「え……?」
「不滅ですよ、魂の……………実に素晴らしいです。老いない、死なないの次元をはるかに超えた力。滅びない………私はそれを手に入れるためならなんでもします。ですからユウカ様も遠慮なく、私の加護を絶って頂いて結構ですよ」
どうやらアンナは夢を諦めていなかったらしく、その実現する手段が私をどうにかすることらしいと、今までの出来事を思い出して悲しくなった。
しかし考えてみれば私が異世界に来て、エレノアと出会うことを知っていたアンナは最初から利用するつもりだったのかもと思った。けれど今まで過ごした時間があるからか、不思議と怒りは湧いてこなかった。
「ど、どうにかして別の方法を探れないの? 他にもその、不滅になれる方法があるかもしれないし」
しかしそれでも私はアンナと戦いたくはないと、必死に説得しようとした。
「……ユウカ様、それは難しいです」
「な、なんで?」
「確かに探せば他にも方法があるかもしれません。しかしそれはあとどれくらい掛かりますか? 数年? 数十年? もしかすると何億年という月日がかかるやも………それに対してこの状況はどうですか? 私の目の前に、たかが数十センチほどの幅が空いた崖を飛び越えれば欲しいものが手に入る。ユウカ様はそれを取らないのですか?」
「でも………私は骸骨さんと戦いたくない………」
「…………私は、ユウカ様が思うよりも長い間生きています。それも全て、夢を実現させるため。そしてそれが目の前にある……私は今までにないくらい興奮しています………ですから、もう止められないんです!」
そう叫んだ瞬間、アンナの操る霊体が突然淡く光り始めた。そして小さくなっていた両腕脚がさらに縮小しだし、完全に胴体の中へしまわれてしまった。
そしてそのまま浮く霊体はその後すぐに私の魔力を吸収し始めた。
「う、うぐ…………」
今までのとは比にならないほど吸収される魔力に、私の身体は途轍もない脱力感と疲労感に襲われた。
魔眼で見てみると見たこともない魔力の流れがアンナを中心に、渦を巻くように広がって混沌としていた。私はあれほどの魔力を全て私から吸い取っているのかと驚いたけれど、それよりも吸収する霊体の姿が変わっていていることに目が釘付けになった。
「あ、ああ……苦しい………力の、制御を……………」
アンナはうめき声を上げながら霊体の変化に耐えているようだった。私は自分の霊体を維持するのに気を張りながらも、アンナに止めるよういうために少しずつ近づいた。
「ああ………あッ………あがッ!!」
そのうめき声とも、叫び声ともつかない言葉を発したアンナは、気絶したかのように動かなくなった。そしてそれと同時に魔力の吸収も終わり、魔眼を使えば細かく見えるはずの魔力が、今はもう綺麗に見えなくなっていた。
すると少しのあいだ静かになっていた霊体が奇妙にぶよびよとうねりだし、中にいたアンナが宿る頭蓋骨を分解し始めた。溶けるのとは違い、表面から光る粉を撒き散らすように。
それがどんな状態なのか分からずに困惑していた私は、
「うわあ!」
直後に霊体から放たれた衝撃波によって後方に吹き飛ばされてしまった。
突然空中まで飛ばされた私は驚きながらも、このままでは魔法によって霊体が壊れてしまうと思い浮遊した。この時アンナから魔力を吸収されていなかったおかげで楽に浮遊することができた。
しかし周りを見てみると先ほどの魔法はどこにも効果を発揮しておらず、魔眼で見る限りでも魔力は見ることができなかった。
けれど変わったことが他にもあり、それは目で見てすぐに分かるほどだった。
「森が………」
それは辺り一体の森が以前よりも広い範囲で枯れていることだった。館に入る直前に見かけた枯れた木の、さらに先の方までその現象は続いている。
「一体、どうなって………ん?」
ふと私の頬を枯れた木から飛んできた葉がかすめた。
私はそれを掴み取り間近で見てみた。するとその葉は先半分がまだ緑色で、とても季節によって枯れた葉とは言えない異様な感じだった。
「これって、もしかして……!?」
私はこの枯れる現象が、魔力吸収と同じようなものではと考えた。アンナが私の魔力を吸い、それによって力が抜けるのと似ていて、辺りの草木からも魔力を吸って力を奪っていると。
そうなるとここら一帯が枯れている原因はなんだろうかと考えた。
「ユウカ様! 参りますよ!!」
しかし悠長に考え事もできないようで、アンナは私を見ると勢いよく襲ってきた。けれどその姿は先ほどの怪物のとは異なり、アンナが宿っていた頭蓋骨のように、しかし大きさはそのままの姿だった。
大きな頭蓋骨の霊体がこちらへ飛んできて、攻撃しようとするけれど私はまだ迷っていた。このままアンナと戦うことになってもいいのだろうか。他に方法はないのだろうかと。
「アアッ!」
気がつくと目の前に迫ってきていたアンナが、大きな口を開けてそこから火を噴き出した。
「うッ………あ」
それに思わず身構えたけれど、火は私をすり抜けていき攻撃はできていなかった。これは先ほどの魔法とは違うようで私は安心した。
しかし次の瞬間、頭蓋骨の口から巨大な腕が出現し私を勢いよく殴りつけた。それに怯んだ私は浮遊を維持できずに地面に向かって落下していった。
けれどアンナは攻撃を止めることなく、落下している私に向かってもう一度その腕を叩き込んだ。
「うぐ……があ………」
衝撃でコロコロと地面を転がる私は、痛みを感じながらも横目で捉えたそれから目を離さなかった。
「どういう………」
それは筋肉が凄まじく、身長も高い。人間よりも強いミノタウロスの霊体。それをアンナは召喚し、操作していた。
どうなっているのか分からずミノタウロスを凝視していた私は、近くまで来ていたアンナに気づいて浮遊すると、急いで霊体を修復した。
「………ユウカ様、なぜ戦わないのですか?」
「え………そんなの……だって骸骨さんは、仲間だし」
「仲間……ふふ、くだらないですね。私は一度もそんなことを思ったりしませんでしたよ」
「そんな……」
「それにですね、あなたが何もしないと、中にいるエレノアが危険になりますよ。それは嫌でしょう? ですから戦う理由がないのなら、エレノアのために戦ってください。私も、私の夢のために戦いますから」
アンナは迷いのない声でそう言った。私はそれを聞いて考えた。
こういうことに対して優劣をつけるのは嫌だけれど、エレノアに危険が迫っているというのに何もしないわけにはいかないと。
不本意ではあるけれど、私はアンナと戦うことに決めた。
「わ、わかった。クッ………恨みっこなしだからね」
殴られたり蹴られたりと、戦う時はいつも痛い目に遭っているユウカですね。
はやく最強になりたいものです。




