八十六話 頭蓋骨の糧
その人形は自分を鎧で覆い、盾を装備してスケルトンの攻撃を防いだ。私はその人形が扉の前に立ち戦う姿にふと、最初の遺跡攻略を思い出した。けれど今はあの時と違いミノタウロスのスケルトンを召喚する広さが無かった。
しかしその間も人形は盾でスケルトンに応戦してきた。見ると盾以外には武器を持っていないようで、まるでこの人形は扉を守っているようだと思った。
「うわ!」
人形は盾を両手で構えると、もう突進してスケルトンに突っ込んだ。その攻撃をまともに喰らい直撃した胴の部分は粉砕し、繋がっていた手足と頭はそこら辺に転がった。
どうやらあの防具や盾はきちんと扱えているようで、体は崩れるわけでもなく他の人形よりも頑丈そうだった。
しかしこのまま引き下がっているわけにもいかないと、何かこの人形を倒す方法を考えた。エレノアの火球であれば瞬殺だろうけど、あれを使えば周りへの被害が大きい。ミノタウロス以外のスケルトンは攻撃力が足らないし、霊体ならば尚のこと。
それならばどうするか。そう考えているとあることを思いついた。それは、霊体の一部分を自由に出したり消せたり出来るのなら、スケルトンでも可能なのではということ。
思い立ったのなら即実行しようと、私はまずミノタウロスの霊体を出した。もちろんここでは半身が通路以上にはみ出てしまうため、右腕以外の身体は壁をすり抜けさせた。
そしてその右上に集中して魔力を送ると、骨の体を造るためにその姿を想像した。右の肩辺りから腕の上部分ができはじめ、段々と大きい拳が造られるさまを。
結果は少し苦戦したけれど概ね成功し、人間のスケルトンよりも大きいミノタウロスの右腕が現れて浮いた。
人形は見えているのか、それが現れるや否や盾を構えて先ほどの攻撃を仕掛けてきた。私はそれを見るとすぐに召喚した腕に命令を送った。
ミノタウロスの腕はそれに応えて動き出すと、腕を後ろに引いて固定した。そして人形をよく引きつけると、私の髪を一瞬強くなびかせる拳を放った。
「相変わらずの威力。でも…………」
その拳は素早く人形に向かっていき、鎧ごとその体を破壊した。けれどどこかを間違えていたのか、ミノタウロスの腕は伸ばしきった瞬間に肘の関節が外れて扉まで飛んでいった。
その衝撃で鉄の扉は大きな音を立てると、留め金が壊れて奥の方へ倒れていった。
「ま、まあいいか。どうせ先に進むんだし……」
ふと、扉の奥へ飛んでいった腕を思い出してロケットパンチに近いことができるなどと考えた。
人形を見ると壊れて動かなくなっており、あったかどうかは分からないけれど付術も破壊できているようだった。
壊れた扉の前まできた私は、その先の広間に目を凝らして中を確かめた。けれどアンナの光が届かない奥はよく見えず、前のめりになって中へ徐々に入っていった。
「骸骨さん、光をもうちょっとこっちに…………骸骨さん?」
後ろにいるはずのアンナに声をかけても何故か返事がなく、疑問に思った私は振り向いて確認すると、そこには静かに浮遊するアンナがいた。
それを見た私は、聞こえているのなら返事でもしてほしいと言おうとした。しかしアンナのどこか不審な様子がその言葉を詰まらせた。
「どうか、したの………?」
するとアンナは静かなまま私を通り過ぎて扉の奥へ進んでいった。私には目もくれない様子で、ただ何かに取り憑かれたようなアンナ。
私はそれをただ見ていると、アンナは自分の近くを漂わせていた火の玉を複数に分裂させた。そしてその火を広間のあちこちに飛ばすと、それによって広間全体を明るく照らした。
「ああ、ありがとう………」
頼みを聞いてくれたことにお礼を言った私は、そのまま広間に入ってアンナにどうかしたのか聞こうとした。けれどまだ何処か不審なアンナに、私は心の中で警戒心を抱いてしまった。
「どうしたの……」
「ユウカ様」
私がそう言いかけた時、アンナは遮るように私の名前を口にした。それに思わず「はい」と返事をした私にアンナは続けて、
「今までありがとうございました」
と、何故か感謝の言葉を述べられた。
それに対して何が何やら分からず困っている私は、さらに奥へ進んでいくアンナになんとなくついて行った。
「え、これ………!?」
そんな中私の視界に映ったのは巨大で歪な形の霊体だった。この広間の天井に届く三メートルほどの身長に、人間やミノタウロスとは似ても似つかない獣のような、しかし人形の霊体。こんなものは今まで見たことがないと呆気に取られた。
オルドムの霊体と少し似ているような気がするけれど、あれとは纏う雰囲気がまた別のような気がした。力というか、活力が感じられないようで、まるで抜け殻か人形のようなたたずまいだった。
「ユウカ様、紹介します。これは私の祖父です」
「え…………」
「ああ、正確には祖父の抜け殻? のようなものなのですが。この霊体には魂が宿っていませんからね。これも全て、不老不死を求めたが故……自業自得というやつです。なのでこれをどう扱おうが、血縁者である私の自由ということになりますね」
アンナの止まらない説明にわけが分からず混乱する私は、祖父の魂が宿っていないという抜け殻をもう一度見て更に混乱した。これがアンナの祖父であるにも関わらず、なぜアンナはそれ程までに平然としていられるのか。そしてそれを知っていたのなら、なぜ私に教えてくれなかったのか。
そんなことを考えて頭が一杯になっている私は、アンナが喋ることをまともに聞けないでいた。
「それでですねユウカ様。あなたには私の悲願達成の、手助けをして欲しいのです」
「手助け………?」
「はい……よろしいでしょうか?」
「……う、うん」
私はそう一言呟いて、何も考えずに頷いた。
「よかったです! これにはユウカ様のお力がどうしても必要だったので………感謝します」
アンナはそう言うと後ろにいる祖父の霊体まで向かっていった。私は危ないと声を掛けようとしたけれど、その霊体はピクリともせずに動かないでいた。
そしてアンナは霊体の近くまでくると、今はもう見慣れている頭蓋骨の体を不気味に鳴らし始めた。
「アン、ナ……?」
カタカタと顎の部分を震わせているアンナはその直後、霊体目掛けて周りに漂っている一つの火球をぶつけた。
そしてその衝撃で穴が空いた霊体の胸の辺りから中に入り、中心部で止まると膨大な魔力を流し始めた。
「…………………うん?」
ふと右手に違和感を感じて見てみると、いつの間にか指の先が消えており、それが徐々に広がっていた。私は少し動揺したものの、それを抑えて素早く指先に魔力を送り修復した。
しかし一度修復しても何故かまた消え始め、私はそれを不審に思って魔眼でよく見た。
「え、これって……!」
魔眼に映ったのは指先に送られ続けているはずの魔力が逆流し、私の魂からアンナの元へ加護の繋がりを辿って向かっている様だった。
指先から消えていくのも、魔力を送る末端で、そこへいく前にアンナに吸われているからだと気がついた。
「骸骨さん、何を……」
「ああ、気づきましたか………それでしたらもう遠慮はいりませんね」
「え…………うわ!」
アンナがそう言った瞬間、私の両腕が肘あたりまで。両足が膝の部分まで一気に消えてなくなった。
私は突然立つための支えを失ったため床まで背中からガクッと倒れた。その時にはそれを防ぐ腕もなかったため後頭部が痛かった。
無くなった両腕脚を見た私は即座に修復しようとするけれどそれは遅く、そのせいで焦っているからか魔力の制御もままならなかった。
「その霊体は邪魔ですね……」
アンナはそう言いながら入った霊体の右腕を私の方に向けると、肩から先を取り外してこちらまで飛ばしてきた。それは私がやったのと同じようだった。
そしてその腕は私の身体を掴むと、勢いよく上へ向かって投げ飛ばした。
魔力を多く送っていたことで今の私は物体に触れられるため、飛ばされた先で激突した天井に穴を開けて地下から出てきた。
あの霊体の力は凄まじく、恐らくミノタウロス以上だ。その力で投げ飛ばされた私の身体は衝撃に耐えられず、頭と剛体の大部分が削られていた。
「うぐッ………なんでッ……」
自分が攻撃された理由が分からずに痛みに悶える私は、その痛みから逃れるために霊体へ送る魔力を逆に弱めた。
そのおかげで痛みは引いてきたけれど、アンナの行動理由は分からないまま。なぜ私は攻撃されたのか。
そう悩んでいると、
(ユウカ! ユウカ!)
(ノア!)
私の世界で寝ていたエレノアが起きて話しかけてきた。
(一体何が……!? それに、この記憶は……)
一人わけも分からず不安だった私は、その声を聞いた途端に落ち着きを取り戻した。そしてエレノアが寝ている間の経緯を簡潔に伝えた。
(そんなことが……てっきりあの人は変わったと思っていたのですが………)
(変わった……?)
「ユウカ……様!」
するとアンナが激突して空いた穴から這い出て呼びかけてきた。その姿は先ほどとは少し変化していて、手足や図体が小さくなっているようだった。
しかしそれとは裏腹にアンナの気持ちは昂り、高揚してるように感じた。
「まだまだ、やることはありますよ………うん?」
アンナは私の方向を見ているけれど一点を見つめるわけではなく、キョロキョロと探しているようだった。どうやら私のことは見えておらず、気配だけを感じている様子だった。
「んんん………確かこいつはあの魔眼を……あったあった………ふふ、見えましたよユウカ様」
アンナはしばらく黙った後に私を完全に見つけてそう言った。
私はアンナが何をしたのか分からずに戸惑っていると、私を見つめるアンナの目がうっすらと光っているように見えて、もしかすると同じ魔力視の魔眼を持っているのではと考えた。
「捕まえました………! あら?」
アンナは内側の霊体しかない私を捕まえようと手を伸ばして握りしめたけれど、内側の霊体は触れられないとソフィアが言っていた。だからアンナも私を掴めずにいた。
「ふうん………しかし方法は他にもあります……光の神ラーミナよ、我は御身の力をたまわりて、目前の邪悪を討ち払わん! 神聖領域」
「ラーミナって、まさか!」
その聞き覚えがある名前を口にし、尚且つ呪文を唱えたとなれば魔法が放たれるのは明確。私はそれを避けようとするけれど間に合わずに喰らってしまった。
しかしそれは当然のことで、窓から見えたのは館の周囲を覆うように隔絶された光の結界。それは私を閉じ込めて逃さないようにするためと、同時に攻撃ができる魔法だった。
一日遅れ……てへぺ………いいえ、すみません。




