八十二話 叫ぶ商人
神都を出てから次の日の昼間に私たちは地上からそこそこ離れた空を飛んでいた。なぜ空高くを飛んでいるのかというと、地上付近だと道を往来する人に骸骨のアンナが見つかるというのもあるけれど、高い場所を飛行するのが楽しいという理由が一番だった。
あえて重力を感じるような状態でいるのも安心感があるけれど、やはり優雅に空を飛んでいると身体も心も軽くなる。そう思いながらアンナを先頭に、人形の館なる場所へ向かう私は飛びながらあることを試していた。
神都を出る前にソフィアと少し練習をした魔力の扱い方を思い出し、魂から溢れ出る力の流れに集中する私は、右の手付近に溜まっていくそれを目の前に放出した。そうして出来たものはいつも霊体を出す前段階としてできる内側の霊体で、それから完全な霊体にならないようその状態を維持していた。
この状態の霊体は腕や脚がないため戦闘には使えず、何の役にも立たないけれど攻撃されることもない。ソフィア曰く内側の霊体に触れることがそもそも難しいから攻撃されないらしいのだが、なぜか私はこの状態でも触れることができ、それは私が出したからというわけではなそさそうだった。
しかしそんなことはどうでも良くて、今大事なのはこの状態から魔力を流して外側の霊体を造る方法だ。普通に外側を造るのなら最初に魂から近い霊体が出来ていくのだが、実際に魔力を送っている間や見ている限りでは全身を造らなくても良いのではと思った。
私は内側だけの状態で手元にいる霊体に魔力を送り、そこから外側の霊体を形成させた。この時に想像したのは胴体の部分だけがない霊体だったけれど、結局出来上がったのはいつも通りの人間の霊体だった。相変わらず渋い顔をした中年の知らない男だが、私はそれよりもどうすれば思い通りになるのか考えた。
「ううむ………」
「どうか致しましたか? ユウカ様」
考え込んでいてふと漏れた唸り声を聞いたアンナが振り向いて私にそう問いかけた。私はそれに慌てて「大丈夫、気にしないで」と返して再び移動した。
完全に形成された人間の霊体を見ると、少しずつ魔力を送ったからなのか明らかに薄かった。魔力をどれだけ送るかによって霊体の強度も変わってくるが、それだけ速く動けるようになったりと利点もある。
霊体の魔力を自分に戻していると力がみなぎってくるような感覚になるけれど、やり過ぎると気分が悪くなるのでそこは注意しなければいけない。
霊体は私に魔力を奪われたため外側の霊体が無くなり、また内側の霊体の状態で手元に戻した。なぜ思ったところだけに霊体を造れないか考える私は、霊体を形成する過程が自分の想像とは違うことに気がついた。今までは私が考えたように形が造られていくものだと思っていたけれど、よくよく考えれば私は魔力を送るだけで、形はすでに決まっていたのではないだろうか。
私はもう一度霊体に魔力を送った。今度はコップに水を入れるような、型に流し込むようなただ送るだけの魔力操作ではなく、私が送りたいと思うところに送りたいだけの魔力を。
すると想像通り、想像以上にきちんと霊体が思い通り造れた。見えるのは剥き出しでいる内側の霊体と、それから魔力で繋がる両腕。脚や胴体は勿論、頭までもが形成されずに出来た霊体を見た私は上手くいったのを喜んだ。
そして次に思うのは他にどこを消せて、逆に増やせるのかということ。しかし試してみて消せる部位は好きに操作できたけれど、違う場所に腕を生やしたりすることはできなかった。他にも違う霊体で色々と試したりした。
ふと、力を理解して上手く活用するのは結構楽しいことだと思った。
(それにしても……)
(な、なんですかユウカ………?)
エレノアの霊体を出して観察する私は、その姿を懐かしく思いながらオルドムと戦った時のことを考えた。窮地に陥った私を助けるためにエレノアが出した自身の霊体だけれど、そうなると霊体を出す能力は私だけの力ではないということになる。
まじまじと霊体を見つめる私は、それを恥ずかしそうに素気ない態度でいるエレノアに詳しく聞いてみた。
(ねえノア。この霊体を出せる能力って、ノアの力なの?)
(いえ、これはユウカの力で、あの時だせたのはただその力を借りたからです)
(でも霊体を出せるようになったのって、ノアと私が同じ身体になってからだったよね?)
(それはただ単にユウカが使わなかっただけです。そして私が霊体を出せるのは加護でユウカが使う魔術が使えるからなのです)
何でも上位者から力を借りる行為、いわゆる魔法をエレノアは使っていたらしい。けれど霊体の動きはとても不自然になり、もう操作するのは遠慮しておくとエレノアは言った。
エレノアの霊体は恐らく現時点で最も攻撃力がある。遠距離からの攻撃ができ、威力も凄まじいのは相手にとって途轍もない脅威だろう。
しかしこの霊体はまだ知らないことが多く、もし間違ってアンナに誤射してしまったり、他にも隠された力があるとするならば解明したほうがいいと、横で一緒に飛んでいる霊体に色々試した。例えば火球を放つ前にどれだけ魔力を送れるかや、内側の霊体だけで何が出来るのかなど。
火球は魔力を送りすぎて爆発しそうになったのを慌てて元に戻し、内側の霊体だけでは火球が作れず特に何もできないということが分かった。
そうしてエレノアの霊体を消し、前を向いて行こうとすると、
「うわああ!」
突然下から男の悲鳴が聞こえてきて、思わず飛ぶのをやめた私とアンナはその方を探した。すると声が聞こえてきた場所には一つの荷馬車と、ウルフが五匹それを囲むように群がっているのが見えた。悲鳴は荷馬車に乗る男からのもので、細い腕で扱えきれていない片手剣を乱暴に振り回していた。
「あれは!」
「商人でしょうか…………? どうやら襲われているようですが」
男は荷馬車から剣を振り回しているが、どう見てもウルフには届かない距離で、そもそも男自体が怖がっているから滑稽に見える。これを放っておくとウルフに殺されるのは明確だった。
「いかが致しますか?」
「当然助ける!」
急いで男の元へ飛んでいく私は、同時に人間の霊体を出してウルフに攻撃するよう命令した。人間の霊体は胴体からすぐに全身ができると、右手に剣、左手に盾を装備してウルフの近くまで行き、右手の剣を一匹のウルフに向かって振り上げた。
振り下ろされた剣はウルフの胴体に斬り込まれ、そのまま一気に腹の下まで落ちていった。それに驚き情けなく吠えるウルフは、一度大きく飛び跳ねて地面に倒れた。
そうなれば真っ二つに身体が引き裂かれるのだろうと身構えたけれど、なぜかウルフからは血の一滴も出ず、それどころかキョトンとした様子で起き上がってきた。
「え、なんで?」
ウルフはよろよろと足元がおぼつかない様子でいたけれど、しばらくすると元に戻ってまた男を威嚇し始めた。
「ユウカ様。霊体で攻撃できるのは霊体です。けれどそれでは直ぐに治ってしまうので有効ではありません」
「なるほど」
アンナの言ったことを踏まえて魔眼を使ってみると、斬ったウルフの霊体が少しずつ治ってきているのが見えた。どうやら怪物やアンデッドとは違い霊体を壊しても意味がないと分かると、今度は霊体に魔力を多く送ってもう一度攻撃させた。
人間の霊体が振り下ろした剣は、先ほどとは違い真っ二つとまではいかなかったけれど、背中から胴体の半分あたりまで斬り込んだ。血が噴き出し、ウルフの甲高い悲鳴が仲間のウルフと荷馬車の男を驚かせると、今度はきちんと力尽きて倒れた。
「い、一体なんだ!?」
威嚇のように低く鈍い音で喉を鳴らすウルフは、目だけで周りを見ながら私を探しているようだった。けれど当然見つけられないので一匹も動かずに警戒し続けた。
その間にも私が出した霊体は次のウルフに近づいてまた剣で斬りつけた。今度のウルフは首を斬られるが、やはり力が足りないのか途中で行き詰まった。
そして二匹目のウルフも倒し、残りは荷馬車の裏に回っている二匹と、男の近くにいる一匹だけとなった。
「うああ! 来るなああ!!」
男が叫んだのに驚いてそちらを見ると、そこにはウルフが今にも男へ噛みつこうと飛び上がっている姿があった。私は急いで霊体を向かわせようとしたが、剣がウルフの首に刺さって抜けなくなっていた。
これはまずいと思った私は即座に思考を速め、周りの光景を遅くした。私とウルフの距離は一、二メートル程度だが、もう既に飛び上がったウルフを倒すには遠い距離だった。ならばと遠距離攻撃ができるエレノアの霊体で攻撃しようと、まずは内側の霊体から造り出し、次に右手だけの霊体を造った。
火球は元々の威力が大きいため、出来るだけ送る魔力を抑えて放った。そして通常より小さめな青色の火球は、思考加速が戻った途端に素早くウルフへ飛んでいき顔に当たった。
威力を抑えたと言ってもやはり火球の威力は高く、殺せはしなかったが顔の半分を黒く焦げせさ同時に男の横でのけぞらせた。その隙に刺さった剣が取れた人間の霊体がウルフに近づき、逆に両手で握った剣を頭から突き立てた。
「ヒ、ヒィィ……」
「ふう、ギリギリ………」
エレノアの霊体はミノタウロスや人間と比べると小さいのにも関わらず、なぜか一番造るのに時間が掛かるので右手だけだと結構時間を短縮できる。しかし魔力の操作が難しくなるので気を張らなければいけないところが悩ましい。
ウルフの死体を確認し、もう二匹で終わりだと荷馬車の裏に行こうとすると、
「うわああああ!!」
今までで一番大きい男の叫び声が聞こえてきた。
まさかウルフに襲われたのかと不安に思いながら急いで荷馬車の裏へと回った私は、そこで膝をついて呆けている男を見つけた。けれど生きてはいるようで、天を仰ぎながらひたすら涙を流している。
辺りを見回しても他のウルフは見えず、逃げたのだろうと思いながら男を眺めた。
(どうしたんだろう?)
(さあ………?)
「…………れた……」
何か聞こえた気がして男に近づこうした直後、急に立ち上がったかと思えば、
「売り物が盗られたああああああ!!」
と、耳が痛いほどの絶叫でそう叫び気絶してしまった。よほどの衝撃だったのか、近づいて棒で突いても全く起きる気配がない。
大丈夫なのかと心配もしたが、やはりそれよりも思うことがある。
「よく叫ぶ人だったなァ……」
ふふふ、三時に間に合った……。




