七十七話 私の世界
オルドムとの戦いの末黒猫を連れ戻した私とエレノアは、もう日が暮れている夜に神殿でソフィアと再開した。
しかし体感数時間である筈なのに、ソフィアは揶揄っているのか一ヶ月も久しぶりに会うという。それに何を言っているのかと聞き返すのは当然なのだが、なんとなくソフィアはそんな冗談を言うかもしれないと愛想笑いをした。
「……信じてないわね」
「へ? 本当なんですか?」
ギロっと私に疑うような視線を向けるソフィアに、もしかすると事実なのではと思った。流石に冗談だとすれば愛想笑いの時に教えてくれている筈だから。
「………そういえば教えてなかったわね」
ソフィアは自分の肉体に戻ると、部屋の中央にある卓を囲む椅子に座り、私もその対面の椅子まで浮遊していくと座った。
それからソフィアに神の世界についてを教えてもらった。
なんでも神はただ崇拝されるから神なのではなく、それぞれ独自の世界を持っているから神なのだと。しかしそれはオルドムからも聞いていた。あの世界がオルドムの世界で、それを持つオルドムは神ということになる、
それを話した上で、次にその世界がどう言ったものかを説明された。
曰く、世界は心の中、別の言い方では魂の中にあるもので、そこは果てしなく広がる新たな世界である。全ての神が持っているその世界は、それぞれの神によって風景が異なるが、それはその世界を自由自在、変幻自在に変容させることが出来るかららしい。自分の好きな世界を作れるというのは、なんとも楽しそうだなと思った。
そんな神のみが持つ世界だが、この、ソフィアと私が今いる世界や、元いた私の世界も神の世界らしい。それはどの神なのかソフィアに聞くと、光と闇の神という聞いたことがある神だった。その神は、唯一ほかの神と違って複数の世界を持っているらしい。
そして光の神は信者数が一番多い神らしいのだが、その実態はソフィアの崇める火の神ティアナも知らないそうで、意志以前に身体というものが無いか、或いは身体の中にいるから見えないかのどちらかかもしれないし、そうでないかもしれない言っていた。
「少しよく………」
「ふふ、まあ良いわ。それよりなんでこんなにも時間のズレがあるかと言うとね、神は自分の世界の時間を操作できるの。と言っても、速くするか遅くするかのどちらかだから、過去に戻ったりは出来ないわ」
分かるようで分からないような。つまりはオルドムが時間を操作して、私が戻る頃にはそれなりの時間が経っているようにしたという事だろうか。これをどういう風に捉えれば良いか分からないけれど、もしもそれが数年後や数十年後だったとしたらもう一度殴り込みに行くくらいのことはあったかもしれない。
「ん、そういえば……あれと似ているかも」
「あれ?」
「私も似たようなというか……少し違うかもしれないけど、体感時間? 思考速度かな? を早く出来るんです」
この異世界に来て一番初めに分かったことは自分が幽霊だということで、次に体感して知ったのは自分以外の周りをとてつもなく遅くできるということだった。
「ああ、それは………そうね……」
「ソフィア………? もしかして、また答えられないやつですか?」
ソフィアには隠し事が多い。彼女の母親のことや、私が前に怪物と戦っていたときに何をしていたかなど、聞いても答えてくれない。けれどそれはまだソフィアの問題で、私には関係ないと言えるからまだ納得できる。
しかし、最近エレノアとソフィアは何かを知っているのに隠す素振りがある。やはり自分のこととなると気になるというか、モヤモヤする不快感があるので知りたいと思う。
(ユウカ、それについては………あの場所で、私が全て話します)
(ノア…………? わ、分かった)
少しだけ苛立ち始めていた私に、エレノアは不安そうな声でそう言った。それを聞いた私はその態度に疑問を持ちながらも、あの場所のことを思い出した。
オルドムが世界という場所。私はそれを思い出してふと、それはもう神なのではと考えたが、自分自身を神と言うのはむず痒く、それは無いだろうと頭を横に振って否定した。
「ユウカ……その………」
そういえばまだソフィアに答えをせがんでいた事に気づき、慌ててもう大丈夫だと言ってさっきの私の態度を謝った。
「……そういえばユウカ。あの獣人の子はどうなったの?」
「一応取り返す……と言っていいのか、なんでも私が持っているらしくて。でもこの後、どうやって生き返らせれば良いのか分からないんです……ソフィアは何か知りませんか?」
黒猫をまたこの世界に肉体がある状態として復活させる。それにはどうすれば良いのかソフィアに聞いた。客観視してみれば無理難題のように思えるけれど、魂やそれを憑依させる出来事を見てきた私には、それが出来ないことはないものではないかという思いがあった。
「ウゥン、私はそちら方面には詳しくないし………役に立てなくて御免なさい」
「ああいや、別に謝ることじゃ………それじゃあ、誰か知ってそうな人は?」
「恐らくだけど、神都ではそういう、死霊術になるのかしら……? に詳しい人は見つからないと思うわ」
ソフィアの答えに落胆しながらも、しかし考えてみれば神を崇めているここで、死霊術なんていういかにも嫌われてそうなものを扱う人は確かにいないかもしれないと思った。
そうなると、残るはアンナになるのだけど、私がオルドムと戦いに行くときアンナだけがそれを止めた。だからどんな顔をして会えばいいのか分からないところがある。
(どうしますか?)
(……まあ、きちんと謝ろう)
それから私はソフィアと暫く談笑したあと、段々眠たそうに目を擦るソフィアを見て今日はもう部屋に戻ることにした。
こっそりと部屋の壁をすり抜けて、中にいるであろうアンナを探した。
右側から徐々に左へ目を向けていき、そこで私はベッドで寝ている頭蓋骨を見つけた。私は小声ながらもアンナに起きているのかを確認したが、反応が無い様子を見るに寝ているようだ。
「………こう見ると、ただの屍のように見える………」
(ユウカ、私それ知っていますよ! ユウカの記憶で見ました!)
(そ、そうなの……? あんまり見ないようにね)
エレノアにそう注意した私は、眠るアンナの隣に横たわって目を瞑った。
それから数十分が過ぎた頃にまだ眠れずにいる私は、今からエレノアのいる場所に行っても良いのではないかと思った。それは色々疑問に思うことが多くなり、気になりすぎて眠ることが出来ないでいるからだ。
仰向けになり、ディアが照らす部屋の天井を見つめる私は、あのオルドムと戦った時に聞こえてきた女の声を思い出した。考えてみればあの声が聞こえてからエレノアのいる世界に行ったわけだから、オルドムが攻撃を止めたのはその声の主が原因ではないだろうか。
女の声と謎の世界。共通点は分からないけれど気にはなる。
私はあの声を思い出して、女の言っていた自分の世界がどうのというを考えてみた。
「あの時は、確か…………………ん?」
自分の中にある世界を自覚し、そこに行くために念じる。
すると私の視界はあの時のように徐々に暗くなっていき、最終的に何も見えなくなるとどうにか目を凝らして暗闇を晴らそうとした。
「うう……目が、目が………ハッ!」
そこは見覚えのある宇宙、地面、星。かつてエレノアといた私の記憶の中。今踏み締めている地面は、オルドムの世界で見たあの浮遊する足場のように孤独に浮いていた。
しかしあの世界と違うところは、ここはとても暗く、寂しげで。けれどそのお陰で遠くに見える星々がより一層ひかり輝いて見える。そんな私にとって落ち着きのある世界だ。
「んん………むにゃむにゃ」
「あ、ノア」
「ふえ?」
少し離れた足元を見ると、そこにはうずくまって眠るエレノアの姿があった。快適そうには到底思えないが、結構気持ちよさそうに寝ている。
しかし私の声が聞こえたのか、おもむろに起き上がったエレノアは眠たそうに細目でこちらを見つめた。
「あ、あれ? ユウカ?」
「あ、うん………おはよう」
「………なんだ、これは夢か……」
そう言うとエレノアはゆっくりとこちらに歩みを進め、目の前までくると私の頬をつねった。
「の、ノアこれ夢じゃない! それにつねるなら自分のを……」
「へ………? ぬわあ! 御免なさい!」
一気に眠気が覚めたのか、エレノアは私から慌てて離れると地面に正座した。それはとても反省しているように見えたけれど、私はそれよりエレノアの寝ぼけた状態に驚いていた。
「御免なさいユウカ」
「いや全然良いんだけど………」
何故私の方がつままれたのだろう。まさかエレノアは無意識にそれを望んでいるのか。
そんなどう考えてもおかしな思考を巡らせていた。
「それにしても、ここが私の世界なの?」




