七十八話 傲慢
何処を見渡しても見つからない太陽に月。しかし何故か無数に輝く星は見えるという謎の空間。これほど壮大で非現実的な場所で思うのは、あまりに圧倒的な力のようなものに支配される感覚。の筈なのだが、何故だろうかこの空間を寧ろ支配している感覚がある。
顔を上に向けて遠くを見回しながら最終的に視線が行き着く先は、やはりかつて記憶を無くしていた私がエレノアと過ごしていた自宅。異世界に来る前お父さん、そしてお母さんとともに過ごしていた家だ。
「ここだけ…………」
あの記憶の中で体験した出来事からあまり変化が無いこの世界を、私はぼうっと見つめながら観察した。星がある場所はよりいっそう宇宙のように見えるけれど、実際のところは違うのだろうかなんて考えて。
「家の中はどうなってるんだろ……」
ふと気になり家の方を見た私は、その方に向かって歩いていき扉を開けようと手を伸ばした。
すると後ろで猛省していたエレノアが家に進む私を見て大声で叫んだ。
「あッ! ユウカそっちは!」
「え?」
唐突に私を大声で止めるエレノアに目を向けるが、その時にはもう既に扉は開けていて、私の片足が家の中に入ろうとしているところだった。
「あ……アアアアア!」
一歩踏み出した私の足が踏みしめようとしていた地面の更に下に落ちていった。
慌てて私の身体は落ちている途中で浮遊すると、そこからとんでもない光景を見て驚いた。それは入ろうとしていた家の地面が扉から直ぐに無くなっているというもので、その他にも家の半分以上が消えていた。
「危なかった………」
「ユウカ……!」
「ああ、大丈夫……ふう」
どこまで続くのか見当もつかない真下を見て軽く震えた私は、上昇して落ちた家の扉からエレノアの元に戻って安堵した。
「こ、これ落ちたらどうなるの?」
「さあ、それは私にも……しかし、落ちたくはないです」
「そうだね」
底は到底見えないけれど、落ち着いてみればそれ程怖くはないようにも思える。これはおかしな感覚だろうか。
ふとそう思いもしかして疲れているからなのかと覗き込んでいた顔を上げると、今までの慌ただしい出来事を思い出した。
考えてみれば神都に来てからというもの、怪物と戦ったり神と戦ったりと、戦ってばかりだった。
「いや、そんなことより」
しかしそんなことを考えている場合じゃないと、近くにいるエレノアを見つめた。霊体とは違い肌や髪に色があり、人形とは似ても似つかない程表情がある。
「教えてノア。隠していることを」
それから家の前にある地面で二人座り込んで話しをした。それは今までエレノアが隠していたことで、時々なにかあったとき曖昧にされることだ。
話しを切り出したのは私だが、本当に答えてくれるのか疑問に思っている。
「………答えます。ユウカの力がどう言ったものなのかを」
エレノアは語った。私の力がどう言ったものかを。先ずは戦いの際に基本的な攻撃手段として用いるスケルトンの攻撃。それはカーラを信仰する者が使う魔法であるということ。次に私はカーラの加護を得ていないということ。それならどうしてカーラの魔法が使えるのか。それは分からないということ。
そしてこれが一番重要だとエレノアは言うと、今いる世界を遠目で見て、
「ここはユウカの持つ世界……しかし世界を持つのは神のみ………つまりユウカは、神なのです」
「か、神…………」
と言った。心の何処かではそうなのではと思っていた。しかしやはり神となると理解が及ばないような存在で、こんな簡単に私は神だなんて言われてもなかなか容認できない。
そもそも私みたいな一般人が神なんていうものになっていいのだろうか。
「ユウカ、神というものは成りたくて成れる様なものではないのです」
「う、うん………でも少し恥ずかしいかも」
それはまるで中学生の頃の私のようだった。いやあの時は悪魔だったけれど。
「そ、それで私は何をすればいいの? 神様っていうくらいだから、何かやることはあるでしょ?」
「いえ、それは私にも………ソフィアは何か知っているのでは?」
神のやることは何だろうか。やはり悪には鉄槌を、みたいな事をするのだろう。いいやそれだとまるでオルドムのようだ。そんなことを考えながら大変そうだと思った。
「それよりも、ユウカには会いたい方がいるでしょう」
「………そうだね」
雇われた盗賊に殺され、オルドムに裁きという名の下あれ程孤独で暗い檻の中に囚われていた獣人。これだけでも不遇な運命であるのに、黒毛であるというだけで同族にも迫害されるあの子を、私は救うためにオルドムの世界から連れ戻してきた。
一体ここの世界の何処にいるのか、今何をしているのか。辺りを見回して黒猫を探す私に立ち上がったエレノアがある方向を指差して言った。「あそこにいる」と。
そこはとても遠く、何処まで進めば辿り着くか分からない星がある場所だった。
「あそこにいるの………? 何もないように見えるけど」
「いえ、あります。あの光るものがニャン太さんです」
それは今まで星だとばかり思っていたもので、とても動物とは思えない形のもの。
しかし私はあれと似たものを知っていた。
「もしかして魂なの? あれは………」
「はい」
なるほど確かによく見てみると、光り輝いているのが丸い霊体だと分かる。ということは、あのいくつかある光る星は全部私が取り込んだ魂で、今までずっとこの世界にいたということだろうか。
そして更によく見ると一つ一つ光の強さに違いが見える。
「……でも、少し遠くないかな?」
「いえ、それ程でもありませんよ。飛んでいけば意外と直ぐです」
「へえ………」
私は黒猫と会うのが怖かった。何故だか明言はできないけれど、きっと会って何を言われるのかの想像が出来なかったからだ。
横にいるエレノアを見ると、それに気づいたエレノアが私を見て頷き、微笑んで手を繋いだ。エレノアなりに私の緊張をほぐそうとしてくれたのだろう。
それから黒猫の魂が浮遊する場所を見ると、エレノアとともに浮き上がり飛んでいった。
暫く浮遊していると、エレノアの言った通り思いの外早く魂がいる場所に辿り着いた。近くに来て分かったのは、浮遊する魂たちが微妙に動いていることだった。
「それでニャン太は……どの魂なのか分からない………ノアは分かる?」
「私にもよく………」
「ウゥン………あれ? でもノアさっき、ニャン太は近くにいるって……」
「新しい魂がこの世界に入ってきましたので……すみません、私が目を離したから……」
「責めてるわけじゃないから安心して……でも困ったな」
どれが黒猫の魂か分からなければ、そもそも話すことも出来ないと魂をよく見て考えた。すると一つだけ、霊体の光が他のより弱々しい魂が私の目に入った。
私は思わずそれに近づいて霊体に片手で触れると、優しくこちらへ寄せて眼では見えない加護の繋がりを確認した。
そのとき突然加護の繋がりを辿って私に断片的な黒猫の記憶が流れ込んできた。
「………見つけた」
私はその魂に魔力を流した。そうして造られる黒猫の霊体を見るために。
霊体を出す時は私も含め胸の辺りから身体が造られていく。それはこの魂も同じだった。
最初に人間のものには見えない小さな胴体が出来て、そこから手足と頭が段々できてくる。こうしてモフモフの黒猫は霊体のように青白くはない姿で現れた。
「ニャ…………」
黒猫は眠ったように目を瞑り静かな姿でいると、おもむろに目を開いて私の方を見た。けれどそこで私はあることに気づく。それは黒猫が何も着ていないということだった。
「あ! ごめん今服を……」
「ニャぜだ………」
「え?」
黒猫は静かな声で私にそう問いかけた。
「ニャぜ俺を連れ戻した!」
そこからの黒猫は鬼気迫る様子で私を責め立てた。
何故自分をあの場所から連れ出したのか。自分は望んであそこにいたのに。死後どこに行くのかも自分は選べないのかと。
そこで私は気づいた。いや正確には気づいていたのだ。傲慢にも黒猫を救うと上から目線で考えていたことに。そして黒猫の気持ちを考えていない自分勝手さに。
書いたものを見返すというのは大事なことだなと思う今日この頃。
誤字なんかを見つけた時には危なかったと安心しまし。




