七十六話 帰る
いつの間にか雲の上の足場にいた私は、直ぐ目の前で攻撃もせずに突っ立っているオルドムを見ている。何故そうなったのか。それはさっきまで戦っていたのにオルドムから戦意は感じられず、挙句の果てには戦いをやめると言い出したからだ。
突然めのまえが暗くなり、私がエレノアのいる謎の世界にいる間に何があったのか。そうオルドムに恐る恐る質問すると、快くとまではいかないが答えてくれた。
なんでも、私はもう裁く対象では無くなったらしい。意味はよく分からなかったけれど、あの戦いの最中に私の持つ世界に気づいて、自分が裁ける範囲を超えたそうだ。オルドム曰く「神は裁きの対象ではない」と言っていた。私は急に神がどうのと言われ、どう言うことなのか理解に苦しんだ。
しかし理解出来ないのなら後回しにして、一先ず今は黒猫の無事を確認しようと考えた。それにあのまま戦っていても、負けることは確定していたわけだから良かったのかもしれない。けれどオルドムを信用することは出来ない。
思いがけず終わった戦いに安心感を得ながらも、殺し合いをしていた相手が急に大人しくなり、私はなんだか複雑な気持ちでいた。
頭を横に三回ほど軽く振ると、気持ちを整えてオルドムに「ニャン太は………獣人は何処?」と聞いた。
それを聞いて暫く私の顔を見ていたオルドムは、小さなため息と呆れた声で「着いて来い」と一言いうと浮遊していった。
(ノア、聞こえる?)
さっきあったエレノアとの出来事で気になり、私は心の中でエレノアに話しかけた。
(……はい、聴こえていますよ)
あの世界での様子が少しおかしかったので、私の呼び掛けに反応してくれるか不安だったけれど、どうやら変わりはないようで良かったと胸を撫で下ろした。
「中に入るぞ………」
足場から浮遊して離れると、雲の下にあるあの四角い建造物がある場所まで来た。ふと私がぶつかって出来た表面の破損が綺麗に治っていることに気がついた。
これも神の力なのかと思っていると、その建造物の真ん中にはまっていた一つの石レンガが取れると浮いた。これは一体どうなっているのかと見入る私は、その後も石レンガが取れて次々と浮き宙に留まる様子に目が離せなかった。
そうしているうちに気づくと、そこら一帯の石レンガが円形状に離れ、中へと入るための穴になっていた。
「私の世界はこのように、立方体で出来た牢獄が無数にあり、その中は光や音を遮断した孤独な空間だ」
「こんな場所に………でもここって」
そこはとても暗く、中を照らす外からの光だけでは見渡せない程広々としている。
しかし中は鉄の格子で出来た神都の檻とは違い、大きさにして両手を広げた程の石でできた箱が大量にきちんと並んで浮遊していた。
数十センチ程の感覚を開け縦にも横にもびっしりとあり、オルドムが空けた穴の先にも当然あったが、その中に入ろうとすると箱は勝手に動いて通り道を開けた。
ここの何処に黒猫が囚われているのだろう。殆どの生き物にとってこれだけの箱に入るのは物理的に不可能のように思える。
オルドムに続いて奥へ奥へと進むうちに、もしかすると箱の中はグロテスクな事になっておるのではと考えてしまうが、途中エレノアから「きっとあの中に入っているのは魂ですよ」と言われて納得した。
「ん、ここだな…………………その前に、君に聞きたい」
「君って……何か………?」
お前呼びから君呼びは、良くなっているのかどうなのか。どちらにしろ上から目線なのは変わらないけれど、私は渋々その質問を聞く事にした。
「彼はここを出たいと考えている………君はそう思っているのか?」
「それは………もちろん」
「そうか……ふふ。ああいや失礼。私以上の存在に対して無礼だった」
小馬鹿にしながらそう言う様はとても不愉快で、私は思わず顔を思いっきり背けてしまった。
しかし黒猫がここを出たいと考えているのは、確信ではなく単なる私自身の個人的な願望だった。黒猫が帰りたくないと言い出したらどうしよう。そうしたら私は強引に連れ帰るのだろうか。
けれどそれを黒猫はきっと感謝はしないだろう。そんな考えが心の何処かでくすぶっている。
「その迷いは己にも、あの獣人にも悪だな………まあ私にはもう関係は無いが……さてと」
その冷ややかで突き放すような言い方に、少しだけ嫌な感情を抱いてしまったけれど、確かにもう関係がないオルドムには私が何かを言うことはいけないだろう。
私に背を向け手元にある箱をオルドムは、この監獄の入り口を空けたように分解した。そんなことをして大丈夫なのか、と凄く心配になる私は慌てふためいた。
「あ………!」
私の方を向いたオルドムの手のひらには、箱の中から出てきた魂が浮遊していた。外側の霊体は無く、内側の霊体だけで守られた魂だ。
「これで、この魂は君の世界に向かうだろう」
するとオルドムの言ったとおり、魂はいきなり動き出すと、ヨロヨロと何処か弱い力で私の元まで飛んできた。それは今まで、ミノタウロスやウルフ、ゴブリンが私に倒されたときに起きた現象。魂を私の手元に置きスケルトン、または霊体として出す為の前段階だ。
黒猫の霊体は私の直ぐ近く、もう胸に当たるのではないかというところでスッと消えて無くなった。きっと私の世界というやつに入っていったのだろう。
「これで………」
「ああ、もう世界に入ったな。そうすると次は君だ。私としては一刻も早くこの世界から出ていって貰いたい。君がいると生きた心地がしないのでね」
何故か急に嫌悪されるようになり流石に起こりそうになったけれど、こっちとしても早く出ていきたいので言おうとしていた言葉は飲み込むことにした。
監獄を出て最初の足場に戻ってきた私は、オルドムに急かされ準備が出来たかどうか聞かれた。
私は鬱陶しいと思いながらも「できた」と返事した。すると突然猛スピードで後方に飛ばされた。
「アアアアア!!」
そしてこれで何回めなのか、また視界が暗くなった。
ここまで同じ事を繰り返されると流石に慣れると言うもので、もう暗闇から直ぐに視界を取り戻していた。
灯りが見えない。人の姿もない。辺りはただ静かで、教会外からの光もないことから一瞬で夜だと判断した。しかし戦い通しだったからかそれ程時間は経っていないと思っていたけれど、意外と長い間オルドムの世界にいたのかと考えた。
「オルドムの世界に行ったのが昼過ぎだったから、もう数時間は経ってるね……ニャン太、ちゃんといるよね……」
(大丈夫ですユウカ。私の近くにいますよ)
胸に手を当てながら不安な気持ちを吐露した私に、エレノアは安心させようとそこでしか分からないことを教えてくれた。けれど心の中にある魂をエレノアが見えていたというのは、少し意外だったし怖くなかったのかそちらも心配になった。
(何はともあれ、これでニャン太も戻ってきたし神殿に帰ろう………どうやって生き返らせるのかは分からないけど…………そこは骸骨さんか、ソフィアにでも聞こう)
(きっと方法はあります!)
取り敢えずは状況報告にソフィアの元へ行こうと、オルドム教会をすり抜けて出た私は、浮遊して一直線に神殿を目指していった。
神殿に近づいてみると、ソフィアの部屋の明かりがまだ点いていることに気がついた。私が帰ってくるのを待っていたのかと、申し訳なさ半分、嬉しさ半分だった。
「ソフィア、ただいま」
驚かせないようにとすり抜けずに窓を開けて入った私は、机に山積みの書類を片付けているソフィアにそう挨拶をした。
「……もしかして………!」
するとソフィアは何故か驚いたような反応をすると、今までの作業を止めて机に身体を預けると、身体から霊体を解離させて私を見つけた。
「ユウカ!」
「え? ええ!? ソフィア!?」
ソフィアとはそこそこ仲が良いとは思っていた。けれどこんな風に抱き付かれるほどではなかったように思う。なのにソフィアは熱いハグをいきなりした。
「ど、どうしたの……!」
「御免なさい。久しぶりだからつい」
「久しぶり?」
「ええ、もうあの日から一ヶ月経つわ」
何という事だろう。神の世界から帰ってきたら、せいぜい数時間かそこらだと思っていたのに、いつの間にか一ヶ月も経っていた。
私は浦島なのか………。
お前から君に………お前は元々尊敬語らしいですし、格下げしたのでしょうか。
ですが無事に帰ってこられたので、良かったと言ったところです。




