六十九話 間抜けな盗賊
ソフィアと数人の兵士を連れて黒猫を檻から出した私たちは、神都の住民から見られないように黒猫を馬車に入れ、兵士は馬で神都の外に出た。
そして剣が落ちて爆発した場所に来ると、兵士の一人が黒猫を掴んだまま外に出した。
「おい、これはニャんだ」
「あなたに人探しをお願いしたいの」
「人探し?」
「ええ、あなたの雇い主を………私の剣を盗んだかもしれない奴らを探してほしいの」
ソフィアは険しい顔をしてそう言い、黒猫を横目で睨んだ。
ここ数日のソフィアは黒猫と世間話しでもして良好な関係が築けていると思っていたけれど、やはり剣のこととなると盗んだ張本人である猫ちゃんを恨まずにはいられないか。
怯える黒猫の隣でその黒猫を掴んでいる兵士を見ていた私は、強く掴まれているのかモジモジと不機嫌そうな顔をする黒猫を不憫に思い、睨み合うソフィアに離してもらうよう頼んだ。
「ああ、そうだったわね」
そういえば、昨日ソフィアが逃げられないようにするとか言っていたっけ?
「ユウカ、この子に加護を与えることができる?」
「加護? 加護を与えれば逃げられなく……なるんですか?」
「そうよ………ああ、あと加護の力は弱くていいわ」
詳しい説明がされず疑問を募らせていく私は、取り敢えずソフィアの言う通り黒猫に加護を与えることにした。
加護に力の強弱なんてあったのか………でもどうやれば調節できるんだろう? 骸骨さんに祝福ってやつを与えられないのと関係あるんだろうか………?
やり方はよく分からなかったが、私は黒猫の頭に手を乗せて魔力を操ると、ソフィアの時と同様に加護を与えようとした。
しかしその時に流れる魔力を出来るだけ弱めることで加護の力も弱まるのではと考えた私は、胸から腕、そして手に流れる魔力をどうにか制御した。前までは魔力を強めることはあっても、ここまで弱めることはなかった為思っていたより苦戦したが、加護は無事に黒猫に与えられ魔眼で見る限り加護の力も弱そうだった。
「………うん、良さそうね」
「………これでもう逃げられないんですか?」
「逃げられはするけど、捕まえるのが楽になったの」
捕まえるのが? それってどういう…………あ、もしかして……!
私はソフィアの言ったことが、今自分の見ている魔眼からの、私と黒猫の間に繋がる魔力の線だと気づき、なるほどそういう事かと納得した。
「ふふ、気づいたようね。そう、加護を与えられた者には与えた者との繋がりが出来る。ユウカはそれを見ることが出来るから、捕まえるのも容易になるでしょう? それにユウカは繋がりを使って加護を与えた者の場所に行けるみたいだし」
「繋がりを使って? 私、そんなことしましたっけ?」
「ほら、剣が盗まれた時。それに魔力も際限なく使え………とッ、なんでもないわ」
あの時神殿から黒猫のいる場所まで一気に移動できたのはそういうことだったのかと思い出しつつ、今言い掛けた魔力がどうとかいう言葉に少し首を傾げた。
剣が盗まれた時もそうだったけど、ソフィアは私の力について何か知っているんだろうか。それにノアも…………。
「ま、まあこれで猫さんの拘束は必要無くなったわね。離していいわよ」
ソフィアは黒猫を掴んでいた兵士にそう命令すると、兵士は掴んでいた黒猫を離し、黒猫は痛かったのか両手を二回軽く振って撫でるようにさすった。
「それじゃあ探してもらおうかしら」
「はあ? ニャんで俺がそんニャこと……」
「ウゥン、そうねェ……見つけてくれたら、もっと大きな魚をあげてもいいのよ?」
「お、お前………」
分かりやすい誘導をするソフィアに、流石にそれは無理があるだろうと思っていた私は、
「しょうがニャいニャア………探してやるよ」
あっさりと承諾の返事をした黒猫を見て、ちょろいなと呆れた。
そして黒猫はソフィアに頼まれた雇い主探しを始めた。
まずは爆発のあった場所周辺を素早く移動し、そこにあるであろう何らかの証拠を探し続けた。その姿は猫が匂いを嗅ぎ分けながら歩く姿の何倍も研ぎ澄まされていて、私はそれに思わず見入ってしまった。
「ニャア?」
暫くそこら辺をくまなく探し続けていた黒猫は、突然立ち止まって地面のある一点を凝視した。
私とソフィアは、どうしたのだろうかと思いながら黒猫の元に近づくと、そこで黒猫が見ていた足跡を見つけた私は、もしかするとこれは犯人のものなのかと気づいたが、ソフィアは即座に、
「足跡なら他にもあるでしょう?」
と指摘した。
それを聞いた私は周辺の地面を見ると、思っていたよりも多い足跡を見て驚いた。そしてそこまで頭が回らなかった自分を恥ずかしいと思う気持ちを抑えた。
「それは兵士や騎士の足跡、でもこれは皮の靴で出来ている。土のへこみ方が他と違うだろ?」
「………でもそれなら冒険者という事もあるでしょう?」
「かもニャア。でも俺は奴らの履いている靴がどんニャのか知ってるし、足の大きさも知ってる。だからこれを辿っていけば奴らを見つけられるかもしれニャいニャア」
おお、凄い………そうか、そういうので足跡の形も変わるよね。ソフィアが、獣人は知能が低いなんて言っていたけど、意外とそうでもないのでは? いやまあ、魚でつられる時点で確かに頭が良いとは言えないけど。それとも、こういう事が得意だったりするんだろうか?
得意げに考えを語る黒猫に関心しながらソフィアの方を見ると、少し考えている様子だった。
しかし納得したのか、ソフィアは黒猫に足跡を追うよう頼んだ。
(猫ちゃん凄いね)
(これなら結構早く見つかるかも)
(……そうしたら、檻から出られるかな………)
そんな淡い期待を持ちつつも、捜索を続ける黒猫に着いていく私たちは、アンデッドがいる森のそこそこ奥へ入り込んでいた。
「………暫く歩いてきたけどあの時は夜だったし、この森にいるとは考えにくいんじゃない?」
この森はアンデッドが出る。いくら私が遺跡破壊をしていても、まだアンデッドは歩いていたので簡単には森を抜けられない筈。
「それニャら、なぜか奴らにはアンデッドが攻撃してこニャかったから大丈夫ニャ」
「え? それは本当?」
「ああ………俺は奴らが臭いからだと思うんだが、どうニャ?」
「いいえ、そうじゃないわ………ふふ、まさか本物がいるなんて」
不敵な笑みを浮かべるソフィアを不審に思いながらも、捜索を続ける黒猫についていく為に質問するのは後回しにした。
そうして黒猫が足跡を追ってきた先にあったのは、私が前に破壊した遺跡の残骸で、少しだけ穴が開いた先に空洞がある入るのに苦労しそうな場所だった。
「確かに足跡がこの中に入っているのは不自然ね……けど、あれから随分時間が経っているし、未だにいるとは考えにくいわね」
「でも足跡は出て行ってニャいニャア。まあ出口が他にあったら意味ニャいが………」
「……取り敢えず入ってみましょう。貴方たちはここで待っていなさい。ユウカ、来てくれる?」
「あ、はい」
ソフィアは遺跡へすり抜けて入っていき、私もそれに続いていった。
遺跡の中はやはり崩壊していて良く見えない状況だったが、暫く進んでいくと少し広い空間に出た。そこはあちこちに瓦礫が落ちていて、簡単に歩き回ることが出来ないような場所だった。
「あ、あそこ……」
「え? あッ…………」
ソフィアの指差す方にいたのは数人の薄汚れた男たちだったが、私はそれを一目見て一瞬で盗賊だと分かった。何故かというと、それっぽい服装をしているからでも、目つきや顔つきが悪いからでもなく、その中にいた一人の男が手元に置いているソフィアの剣が見えたからだった。
「ふふふ、滑稽ね。まさか隠れるために入ったこの場所に閉じ込められるなんて」
「あ、そうなるのか………ふふ、想像したら笑いが」
あれからずっとここにいたのか………あれ? でもそうなるとこの人たちは何日も飲まず食わずで……いや、食料を持っていただけか。
「ん? 何だ?」
すると小声で笑いを堪える私の声が反響して大きく聞こえたのか、盗賊の一人が辺りをキョロキョロと見回し始めた。
「しまった……!」
「いいわ、全然。どうせ逃げられないんだし。それじゃあユウカ、捕らえるわよ」
そう言うとソフィアは盗賊たちに近づいていき、それと同時に盗賊は姿を見せたソフィアに当たり前だが動揺した。
「ひ、ヒイ! 何だ貴様は!」
「さあ、私の剣を、返して貰おうかしら………!」
ジワジワと距離を詰めていくソフィアに一旦は怯える盗賊たちだったが、何処から自信が湧いてくるのか突然余裕ぶった態度をする彼らを私は不審に思った。
「うおォ!」
一人の男が咆哮をあげソフィアに迫っていこうとするのが見えた私は、思わずミノタウロスの霊体で盾をつくろうとしたが、男の地を蹴ってソフィアに迫る速度は人間離れしていた。
「へえ……」
しかし男のソフィアに向けた右手はちっとも当たらず、すり抜けて勢いよく壁に激突した。
「ふふ……私は霊体なのよ」
「く、くそ……」
ソフィアは余程鬱憤が溜まっていたのか、盗賊たちを馬鹿にするような態度でそう言った。けれど私はそれよりも男の身体能力に驚いた。そしてその力の強さはまるであの時のアンデッドのようだとふと思った。
「これだからネスロ信者は……お前たちは我が剣を盗んだだけでなく、ネスロの加護を受けるという愚行まで侵した。わざわざ私が嫌悪してやまない事をやる辺り、余程死後の世界がお好みらしい。ああでも、ネスロ信者ならまだこの世界にいられるかしらね。勿論、ネスロの操り人形としてだけど」
「こ、このガキが……」
ソフィアは随分と盗賊を煽って怒らせたいんだろうなと思いながら、その煽りにきちんと応えてくれる盗賊を見た。
「………こ、こうなったら」
すると盗賊の一人がそう呟き、また何かしようなんて思っているのかと私はその方を見ると、そこにはガタイのいい男が手に持ったソフィアの剣を振り上げている姿があった。
「お、おい待て! 今ここで使うと俺たちも」
「ふんッ!」
男は静止する声に耳もくれず、その剣を振り下ろした。
それを見ていた私とソフィアは、剣の威力がどんなものなのかを知っていたため慌てて止めようとしたが、間に合わずに辺りは眩い光と遅れてやってきた爆音が響き渡った。
「…………あ!」
爆発があり崩れかけていた遺跡が綺麗さっぱり無くなって呆けていた私は、我に帰って近くにいた黒猫や兵士の無事を確認しようと探し回った。
「ぬ、ニャア!」
すると黒猫は元いた場所の近くの地面に埋まっていて、そこからなんとか抜け出すと大きく息を吐いて安堵した。
他の兵士たちも爆風で飛ばされただけで軽傷だった。
(ふう、良かった………ソフィアは?)
(あそこです)
エレノアはそう言って私の顔をその方に向けた。
「あの………」
そこには爆発した場所で突っ立って黙り込むソフィアの姿があり、とても悲しそうに俯いていた。
「私が……私がさっさと捕まえておけば、こんな事には………うう」
「ま、まだ遠くには行ってないでしょうし、今なら見つけられるんじゃ」
「無駄よ。あの剣の力を使ったのなら、遠くに逃げるなんて容易いわ…………ああ、他の人たちは無事だった?」
ソフィアの安否確認に先程みんなの無事を確認した私が無事だと答えると、それは良かったと口にした。しかしソフィアの後悔する様は全身から見てとれた。
「にしても、この爆発なら仲間が助からないのでは?」
「仲間を犠牲にしてでも逃げようとしたんでしょう………………う、うう、ぬがああ! こうなったら絶対に捕まえてみせる! 何処に逃げようと、たとえ地の底だろうと!」
突然激昂するソフィアの切り替えの速さに驚きながらも、私はみんなが無事だったことに安堵していた。




