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死霊術士は生き還る  作者: ク抹茶
操り人形編
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六十五話 黒猫の盗人

(ユウカ、これは一体!?)


 辺りを見渡して混乱する私は、エレノアの声でひとまずの安心を得た。

 しかし混乱しているのはエレノアも同じで、私は今の状況を整理するために近くにある建造物や覚えのある目印を探した。

 すると驚いたことに今までいた筈の神殿が遠く見え、遠くに見えていたバーゼルの造り出した壁がすぐ近くにあった。神殿や壁が遠くや近くに見えるのは霊体の眼を通して見ていたからともかく、今まで霊体の眼で見ていたのにも関わらず、その霊体自体が見えているという状況は私を更に混乱させた。


「………ん!」


 混乱する私が近くを見回していると、視界の隅で何かが素早く動いたように感じて思わずその方を凝視した。


「気のせい……かな?」


 しかしそこには誰もいなかったので、取り敢えず神殿まで戻ろうと思った。

 が、その瞬間目の前で黒い影が壁に向かって飛んでいったのが見え、驚いた私は壁を見たがやはり何も見えない。

 これも気のせいかと思った私は気にせず神殿へ向かおうとしたが、その時壁から何かがぶつかる音が聞こえた。それはカチンという、少し軽い石が別の大きな石にぶつかるような、そんな音だった。

 不審なことが三度も起これば流石に疑わしくなり、私は魔眼を使ってその辺りを見回した。


「…………んあ!」

(ノア、あそこに!)

(魔力…………? ですがそれ程強くはないです)



 そこにいたのは微弱な魔力がひたする壁に飛び付き、どうにか登ろうとしている様だった。


「そういえば盗みの犯人を見つけて、それでいつの間にかここに………」


 私はこの状況の原因が壁を登ろうとしているその魔力にあるのではと思い、近づいてそれが何なのかを確認した。


「あ、これ………」


 近づいてみるとそいつは背中に何かを背負っていた。布というか、剣を納めるさやのような形をしているそれを、小さな身体で邪魔そうに背負いながら壁を越えようとしている。

 私はそこであることを思い出した。それはソフィアの剣を盗んだ犯人がそいつなのではということ。私は魔眼で壁の近くにいたこの魔力を犯人かもと、そう思いソフィアに伝えようとしたけれど、どうやらそれは当たっていたのかもしれない。


(どうしよう………捕まえた方がいいのかな?)

(犯人かもしれないのですし、壁を越えようとしているのも怪しいですし………)


 私は今まで眼を使っていた人間の霊体に目の前の犯人を捕らえるよう命令した。

 すると霊体は浮遊しながら犯人に近づいて、そいつが壁に飛び掛かる途中でしっかりと脇腹を両手で掴んだ。


「ニャ……!」

「にゃ?」


 てっきり「ぎゃあ!」か「うわあ!」辺りの悲鳴が出ると思っていた私は、その思いがけない叫び声に気が抜けてしまった。その何処かで聞いた、というより明らかに前の世界で聞いたことのある猫の声は、私にふと先日の出来事を思い出させた。


「もしかして、獣人!?」


 それは先日神殿の私がいる部屋へ忍び込んだ獣人で、触れられた手がモフモフで暫く忘れられなかった獣人で、黒猫で可愛い獣人だった。

 私は勢いよくその犯人へ近づき、深く被っていたフードを霊体の右手でたくし上げさせた。

 すると思ったとおり、神殿に忍び込んだ獣人と同じ顔をしていた。


 いやまあ、他の獣人を見たことないから顔の違いは分からないけど。


(あの時は神殿の下見をしていたのですね)

(そっか、そういう事か…………)

(ユウカ?)


 私は前の世界で猫が好きだった。街中で野良猫を見つければ取り敢えず近づいて撫でようとするくらいには。しかしお父さんがアレルギーであったため家で飼うという願いは叶えられなかったが、寧ろそのせいで余計に猫好きになったかもしれない。

 そして今目の前には少し違うが猫がいる。私は思わず獣人の頭を撫でようとした。


「あ、あれ?」


 けれど私の腕は一向に黒猫の頭を撫でず、それどころか腕の感覚さえなかった。

 もしかしてと思い身体を見回すとやはり、そこに私の霊体はなかった。何故だか知らないが、ここへ瞬間移動した際に外側の霊体から離れて内側だけになっていたらしい。


「一体なにが!?」


 どうやら語尾はニャアではなく、驚いた時だけに出る声がニャアなのだろう。それにただ猫耳というだけではなく全身に毛が生えた二足歩行の猫だ。

 すると黒猫は驚き焦る表情でジタバタと激しく動いて逃げようとした。


(ゆ、ユウカ………)


 エレノアの呆れる声が聞こえ、私は撫でようとしていた気持ちを抑える。黒猫は突然意味の分からない状況に陥り、先ほどの私よりも不安になっているようだった。


「あ、あの」


 私は落ち着かせるため黒猫に話しかけようとしたが、その時黒猫は背負っていた物を両手で掴んだ。

 急に何だろうと疑問に思った私は、黒猫が掴んだ物を不審に思い取り上げようとしたが間に合わず、黒猫は掴んだ物を壁に向かって思いっきり投げた。


「わ!」


 壁に向かう方向には当然私もいて、そうしたら当然その物が最初に当たるのは私だ。そこで自身の霊体が物に触れられる状態だったことを思い出した私は、急いで霊体を触れられない状態にまで戻した。しかしこれは無駄だったかもしれない。そもそも内側の霊体しかないのであれば、元々物に触れられないのだ。


「あ!」


 すると黒猫の投げたその布は、私の前で突然赤く溶け出し中身が見えるようになった。

 そうして見えた中身は推察したとおりソフィアの剣だったが、どう見ても何か危ない雰囲気を醸し出している。


「うッ」


 思わず眼を瞑った私の身体を剣はすり抜けていき、投げた黒猫でも、それどころか普通の人間であってもあり得ない程速い速度で壁まで投げ飛ばした。

 そして壁に刺さって止まると思っていた剣は、その壁に大きな穴を空けて神都の外へ飛んでいった。


「ええ!?」


 穴が空いた壁の内側は赤くドロッとした状態になっていることから、どうやら高温になっているような感じだった。


 神都の外へ飛んでいった剣は赤く光りながら、少し離れた場所へ着地すると同時に大きな爆発を起こした。それは剣ではなく爆弾そのものだと思った。


「……………」


 あまりに予想外の剣の威力と、この小さい身体でどんな力を持っているんだという驚きで暫く呆けていた私は、近くで聞こえたその声で我に帰った。


「ユウカさん!」

「え? あ、ソフィアさん」


 そこには急いで飛んできたソフィアが剣で出来た大きな穴を見て愕然とする姿があった。


「これは…………は! そいつが盗人!?」

「あ、は、はい……」

「そう……こいつが………ん? という事はこの穴って………」


 穴を見て首を傾げたソフィアは、突然何かを思い出したかのように穴から外へ向かって飛んで行こうとした。


「ユウカさん急いで! 早く剣を取りに!」

「はい……あ、でもこの猫ちゃんは?」

「うッ………は、早くバーゼルの元まで戻ってそいつを引き渡しましょう」


 ソフィアは急いで引き返すと、神殿まで飛んでいった。

 私はその後ろから黒猫を連れて必死に着いて行った。



 神殿にいるバーゼルに黒猫を引き渡した私とソフィアは、剣が落ちたであろう地点までいきそこにある筈の剣を探した。

 しかし、


「ない……ない……ないないない!」


 剣はどこを探しても無かった。他よりも窪んでいる爆発の中心らしき場所にも、もしかしたら何処かあらぬ方向へと飛んでいっているかもと辺りを探しても無かった。ソフィアに剣の能力を使ったのなら少しは魔力を帯びているかもと言われ、魔眼を使って探しても見つからなかった。


「な、なんで………!」


 あまりの衝撃で地面に突っ伏してしまったソフィアを遠目に、私はどう慰めようかと考えた。


「う、うう……剣………」


 けれど今はそっとしておこうと、取り敢えず周りを見ていることにした。

 そして暫くの時間が経過した後、ソフィアはおもむろに立ち上がった。


「は、はは……」

「あ、あのソフィアさん……」

「ユウカさん、私………ティアナ様の元へ行こうかしら」

「え、それって……」


 それってつまり、しにた……。


「ま、まあまだ無くなったという訳ではないですし、もう少し探しましょうよ」

「………ユウカさん、私と話をしない?」


 全体から悲しそうな雰囲気を出しているソフィアは、空中に少し浮いて空を見上げた。

 私は丸い霊体のままでソフィアの横へ来ると、静かに耳を傾けた。


「今回の件といい、ユウカさんには感謝してるわ。思えば、最初の頃にも私のわがままを聞いてくれたし、ユウカさんは受動的よね。まあそれが、ユウカさんの長所でもあり、短所でもあると思うけど」

「はあ………あの、本当に死ぬつもりなんですか」


 今までに見たことない程落ち込んでいるソフィアに不安を感じた私は思わずそう言った。


「死なない。というか死ねない。あの剣を取り戻すまで何があっても。今は私とユウカさんだけで見落としがあるだけ。そのうち大勢の人間がここへ来るわ。そうしたら後はもう人海戦術よ」

「そ、そうですか。それなら良かったです……」


 急な心持ちの変化に怯えながらも、相変わらず前向きで良かったと一安心した。


「ん、そうだ! ユウカさん、私たちもうそろそろ呼び捨てでも良いんじゃないかしら?」

「呼び捨て?」

「ええ」


 そういえば会ってからもう数日経つけれど、まださん付けで呼んでいたと私は思った。けれど何処か壁がある様な気がするし、まだ早いんじゃないかとは思う。


「それじゃあ私から……ユウカ」

「は、はい」


 何だろう。同性だけど、こう真面目に言われると何というか……恥ずかしい気がする。それでも呼び捨てするだけで距離は近づいた様に…………ん? 私から? という事は……。


「次はユウカね」

「ええ! えっと…………ソフィア」

「ふふ」

(………むう)

(ノア? どうかした?)

(いえ、何でも……)


 不機嫌そうなエレノアと嬉しそうな、でも内心メラメラと怒りの炎が見え隠れするソフィアと暫くそこに居ると、辺りが騒がしくなってきた。

 そこでふと周りを見ると、いつの間にか大勢の人が爆発した場所周辺に集まっていた。



--三日後-神殿--


 あの後剣が落ちた場所に集まった神官や衛兵によって辺りの捜索をしたが、剣は見つからずにソフィアは更に落ち込んでいた。剣を盗んだ犯人である黒猫は私がバーゼルに引き渡した後、アンナが囚われていたのと同じ牢に入れられた。私はというとあの一件から次の目にソフィアの事情聴取を受け、その次の日には遺跡破壊の役目に戻っていた。

 そして三日目の今日。神殿で眼を覚ました私は、


「おはようユウカ! 今朝はいい天気ね。こんな日には優雅に朝から神殿のお風呂に入る? それとも何処か他国の名産品でも食べる?」


 あれから急激に仲良くなったソフィアに大声で目覚めの挨拶をされていた。


「それとも………ネスロ教に鉄槌を下す?」

「あはは、どうしようか………え? 鉄槌?」

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