六十四話 幽霊の眼
バーゼルはふうっと一息吐くとゆっくりと膝に手をつきながら立ち上がり、自分の魔術で造り出した壁をぐるりと見回した。その表情はやってやったと言わんばかりに誇らしげで、それを見ていた私はこの老人の大きな力に感服した。
「ソフィア様、これで如何でしょう?」
「ええ………ええ! これで……これで……………ん? あちらは?」
一瞬だけ喜びが溢れそうになった様に見えたソフィアは、一つの方向を指差して首を傾げた。
私はどうしたのかとソフィアの指差す方へ顔を向けた。
そこを見た私はソフィアの首を傾げる理由が一眼見て分かった。それは、一つの箇所だけ壁の形成がなされておらず、思わず失敗したかのように考えてしまう不自然なものだった。そこ以外であれば隙間なく、傷の一つもない巨大な壁がそびえたっているというのに、そこだけはあえて造らなかったかのように綺麗に壁が無くなっていた。
「ああ、あれは意図的にそうしているのです」
「………というと?」
「あの壁が無い場所は、港です…………敵が逃げるとすればおそらく二つの門のうちのどれかか、船を使うでしょう。ならばその逃げ口を一つに……あの港だけにすればいい。全ての出入り口を塞いでしまっては神都へ敵の攻撃が及ぶやもしれません。ですが出口があれば、心配せずともそこで待っているだけで敵が自らやってくるというわけです。そしてご安心をソフィア様……既に港は兵士が見張っております」
バーゼルの言葉を聞いた私は危惧していたことの一つが消えただけでなく、待っていれば敵が勝手に出てきてくれるバーゼルの策に驚いた。探さなくてもいいとなると私の出番は無さそうだと思い、私は浮遊しようとしていた身体を地面につけた。
「おお! 素晴らしい! これで私の剣が……!」
ソフィアはバーゼルが来てからとても嬉しそうだ。それ程信頼を置いているということだろう。しかしソフィアに始め頼られていた私は、まるで裏切られたようだと少し理不尽な嫉妬をした。
「あ、ユウカさん! 港はバーゼル大司教が見てくれるわ。だからユウカさんには門の辺りを頼めるかしら?」
「え? 港に来るのなら探さなくても良いんじゃないですか?」
「そうでもないわ。もしかしたら壁を越えられるかもしれないし、そうなった時に盗人がいる可能性が高いのは門の方だもの」
どうでも良いことを考え、ソフィアの言うような可能性を考えていなかった私は、少しだけ自分の性格が恥ずかしくなった。
「それじゃあ見てきます」
「ん、え? ユウカさん待って」
地面を蹴って浮遊しようとしていた私は、直前でソフィアに呼び止められてみっともなく飛び上がるのを見られてしまった。
「な、なんですか?」
その姿を見られた私は、内心カッコよく飛ぼうと思っていたのもあり余計に恥ずかしくなり、少しだけ強い口調でそう聞き返した。
「…………ユウカさんが行くの?」
「私………が行かないんですか?」
ソフィアから言われたことの意味が理解できないのは、羞恥心で思考が鈍っているからなのか、それとも単に私の頭が足らないからなのかは分からないけれど、改めて考えても理解できないことから答えは後者だろうと思った。
「それはどういう…………」
「そう、まだ知らないの………エレノアさんは?」
「ノア? ノアがどうかしたんですか?」
ソフィアの言っていることが未だ理解できないではいるけれど、エレノアが何かを知っているかのような物言いに更なる疑問が募り、私はソフィアよりも先にエレノアにどういうことか質問した。
(ノア、どういうこと?)
(それは………いえ、ただ単にユウカには探索に適した能力があるかもというだけで、何かを知っているというわけでは………)
私が知らない私の能力を知っている時点で明らかに何かを秘密にしているのは間違いないけれど、ここまで話したがらないのは何か理由があるのだろうかと、私はエレノアのことが少しだけ心配になった。
「ユウカさん、霊体を出してみて」
「え………? はい」
私は取り敢えずソフィアに言われたように人間の霊体を造り出した。その姿をみて改めて思うのは、やはりこの人はどこの誰だろう、ということ。しかし今はそんなことよりも、この霊体がどの様にして盗人を探すために使えるのかということ。
「うん、そうしたらその霊体の繋がり……所謂加護というやつを魔眼で見ることができるかしら?」
加護、というとあの光る線のことだろうか? アンナや造り出す霊体に見える私と繋がる光。
私はもう使い慣れた魔眼で霊体と私の間に見える光の線を見た。よく分からなかったこれは、加護という上位の者が下位の者に力を与えている証明だということを理解した。
「見えた? それなら、そうね………単純に、その霊体の眼を通して見たい……と思ってみてくれる?」
「眼を通して?」
つまりそれは、霊体の見えている景色を私が見ることができるということだろうか? けれど眼を通して見たいと思うのは、本当にそう思うだけで良いのだろうか。何かもっとこう………詠唱をしろとかなら分かりやすかったけれど…………。
私はどんな気持ちでそう思えばいいのか悩んだが、恥ずかしがっていても仕様がないと覚悟を決めることにした。
そして私は霊体の眼で景色を見たいとひたすら念じた。
すると、
「お!」
それは今造り出した霊体から見える景色で、しかし顔を動かそうとしても一向にピクリともしない。それなのに動かしている感覚はあるという状況は、とても不快な気持ちになった。
「ど、どうなって……」
私は動かない身体をなんとか動かそうと工夫してみたが、それでも何故か動くことができずに不安が増していった。
「お、落ち着いてユウカさん。あなたの身体は動いているの。動いていないのは霊体の方」
「霊体……? あ、もしかして!」
私は咄嗟に霊体へ顔を動かすよう命令した。
すると思ったとおり動かなかった顔はゆっくりと後ろを向き、私は自身の霊体を見ることができた。
(やっぱり)
(はい、凄いですユウカ)
何故顔を動かせなかったのか。それは霊体の顔は私の身体ではなかったからだった。自分の身体でないのだから、それは動かせないのも当然だと納得した。
しかし、それにしても私の霊体………私じゃないみたいだ。
私は自身の霊体を見ながら、これで探すのなら一人でやるより断然楽だと思った。霊体をこの一体だけでなく、数体、数十体と造り出して神都中を探させれば私はここにいるだけでいい。
そして次に、前にもソフィアの神眼を使って自身の霊体を見たけれど、やっていることは似ているなと思い出した。
「それじゃあユウカさん! その力を使って盗人を探してちょうだい!」
ソフィアは嬉しそうにそう言って私を急かした。
私は眼を元に戻し、人間の霊体を数十体ほど造り出した。
そして神都の門の方向へ浮遊させて行かせた。
暫く盗人を探し続けた私は、霊体から見る力の使い方もそれなりに慣れてきた。造り出した霊体から見えるということは、自分の視界の範囲外にいっても操作し続けられる為広範囲の探索が可能になった。
「ま、まだ見つからないのですか……? バーゼル」
「も、申し訳ありません」
未だ見つからない盗人にそろそろソフィアの限界が見え始めた頃、私はそんなソフィアの横で少々の息苦しさを感じながら探していた。
魔眼を使いくまなく探しているにも関わらず未だ見つからないということは、やはりここには居らず港の方が正解だったのではと思い始めていた。
「あ! 見つけた!」
一瞬見えた微弱な魔力に目を凝らしながら見ていた私は即座に反応し、大きな声を上げてソフィアに知らせた。
しかしソフィアの返事はなかった。それどころか今まで聞こえていたバーゼルや神官たちの声までしない。
「え?」
すると何故か眼で固定されている筈の私の身体がスウっと後ろに下がった。
そして私の視界は霊体から見える景色ではなく、霊体も見える景色を映した。




