六十一話 神都の観光
ソフィアに自分のこれからを伝えた私たちは、神殿を出て神都を見て回ることにした。遺跡の破壊は明日以降にやるつもりで、取り敢えず今日はできずにいた神都観光だ。
「おお………」
神都の景色は行く先々で出会う人、物、その全てが美しく感じた。しかし怪物に壊された建物や、亡くなった者たちを悼む人々など、依然としてその爪痕は残っている。つい昨日のことだから仕方ないと思いながらも、そのことを思い出して悲しいような、後ろめたいような気持ちになった私は少しだけ祈りを捧げる人々を見るのが辛かった。
神都の外側、私たちが入ってきた門から遠く離れた場所には港があり、そこからは途方もなく広大な海と、男たちが次々と船の荷物を下ろしたりする様子が見える。広大な海は日の光が反射し、神都を包んでいるようなキラキラとしたものと似たような雰囲気がある。
あまりの衝撃と戦いの精神的な疲れで傷ついていた私は、この神都の美しい光景を見て少し……いや、大きな安らぎを得た。
(綺麗ですね……)
(うん………骸骨さんには悪いことしちゃったかな)
(そんなこと……あの人もユウカに迷惑は掛けたくないでしょうし)
今ここにいないアンナはというと、昨日神殿の神官に魔物と間違われたので神殿で待機している。朝は張り切っていたが、それに気づいた後は泣く泣くそう申し出てきた。少し可哀想ではあるが、人形があった時とは違い隠れられるものがない為それを私は承諾した。
(あの怪物といい、なんでここに攻め込んできたんだろう? 何か理由があるのかな?)
(ネスロが関係あるとは言っていましたが………多くは話してくれませんでしたね)
ネスロか………女王なんだよね。でも国を治めているわけではないって聞いたような……それじゃあなんで王なんだろう? それに確か、カーラの妹なんだよね。ノアに聞いた限りではろくでもなさそうだったけど……。
この事件の黒幕がネスロなのは分かっている。人を殺し、アンデッドの大群で神都を滅ぼそうとした張本人だ。しかし、それでも彼女を恨めない自分がいた。
霊体の身体で浮遊せずに重力を感じている私は、昼間でもうっすらと見えるディアを目を凝らしながら見つめ、そこにいるであろうカーラという女神のことを思い出す。彼女は今もあの場所で一人寂しくいるのだろうか。私と同じ力を持つ………いや、私が彼女と同じ力を持っているのか。
(ユウカ、そんなことより他を見に行きましょう。まだ知らない場所は沢山ありますよ)
(うん、そうだね…………ウゥン、それじゃあ…………こっちに行ってみよう!)
私は適当に決めた方向へ足を進めた。
大通りを歩く私は、もう見慣れている筈のその光景も、一つ一つある建物を見ればとても新鮮に感じた。浮遊していない今は浮遊している時と違って、上空から俯瞰して見れないのもその新鮮味の一つかもしれない。けれど何より、立ち並んでいる店のそれぞれが綺麗で、どうしても目移りしてしまう。
なんの店かは分からないけれど、高級な雰囲気が漂っていることから私のような庶民が入るような店じゃないだろうということは確かだ。
そんな事を考えていると、落ち着いたような場所に出た。
建物の裏で少し狭くはあるが、水路に流れている水の音と人通りから離れた静けさが相まって妙に落ち着く場所だった。
私はそこで一休みをすることにし、水路の際に腰を下ろした。
(似てますか?)
(んん………? ああ、そういえば知ってるんだっけ。確かに似てるかもね………まあこんなに綺麗ではないけど)
神都を見ていると何処もかしこも汚れが見当たらないけど、常に掃除でもしているのだろうか。神殿から見ている限りではそんな事ないと思っていたけど………。
(遺跡のことなのですが………本当にやるのですか?)
(うん………反対?)
(いえ、そういうわけでは…………しかし、もう少し先でも良いのでは?)
(そうかな………? でも早めに破壊しておいた方が良いかなって)
エレノアの不安げな声に私の方も少し不安になってしまう。破壊できると思っているけど、私のことを倒せる奴がいるかもしれない。
私は慢心していた心を改め、要心して遺跡の元へ向かおうと思った。
(ユウカが決めたことなら………)
やはりエレノアは不安そうだった。私はその理由が一体なんなのかと考えたが、この思考もエレノアには筒抜けだと思うと、恥ずかしくなって考えるのを止めた。
暫くその場所にいた私は、
「もう充分かな……」
そう呟いた。
「うん?」
そして立ち上がろうとした瞬間、近くで誰かの声が聞こえた。
驚いて声が聞こえた方を見ると、そこには黒いローブにフードを深々と被った人影が一つあった。その人影は気が付かない程静かな足音で歩いていた為余計に驚いた。
(足音が全くしなかったから気が付かなかった)
(私もです…………何をしているのでしょうか? こんな所で………)
その人影は聞こえた私の声を疑問に思いつつも、気の所為だと思ったのか何処かへ行ってしまった。この時にも足音が不自然な程しなかった為、私はどうやっているのか気になった。
(………行ってしまいましたね)
(うん…………私たちも行こうか)
(はい)
それから私たちは神都をまた歩いて回り、人々の生活や街の風景を眺めて楽しんだ。商人の売っている食材を見て、そういえばこの世界に来てから何も口にしていないと思ったが、霊体であるから買い物も出来ないと少し落胆した。
武器屋の壁をすり抜けて入るとそこには多種多様な武器があり、カッコいいと思いながら眺めた。
そうして神都観光を終えた私たちは、日が段々傾いているのを見て神殿に帰ることにした。
けれどその途中に見つけた集会に興味が湧き、近づいて何をしているのか確かめてみた。
そこには老人から子供まで、男女問わず多くの人間が一つの建物に集まっている。そして皆一様にひざまずき祈りを捧げている。
(何かの儀式? この建物は………教会かな?)
(そうですね…………どの神に祈りを捧げているのでしょうか?)
私は中が気になり教会の壁をすり抜けて入ると、そこでも同じように祈りを捧げる人々がいた。
教会の神父みたいな人物が一番前にいるようだ。正直言って宗教は胡散臭いと思っているけど、この世界は神様とかいそうだし、あって当然なのだろうか。いや、いそう、じゃなくていたな。
私はふとオルドムという神を思い出した。以前私が会ったことがある神で、確か裁きの神だったかな?
「神父様、我が子は助かるのでしょうか?」
すると一人の女性が夫らしき人物と肩を並べて神父と呼ばれる中年の男にそう尋ねた。手には一人の赤ん坊が抱き抱えられている。
「ご安心を……我らが主、オルドム様はきっとお見捨てになりません。その証拠として身体は徐々に戻ってきています」
「はい……ですが不安で」
女性は切羽詰まった様子で赤ん坊を見つめるが、私はそれよりも神父の言った言葉に驚いた。
(お、オルドム…………!)
(ユウカが会った神ですね。記憶で見ました……実に嫌な感じの奴でしたね)
エレノアは腹を立てた様子でそう言った。私はこの教会がまさかオルドムの教会だったのかと驚いたが、そういえばあの時会った老人が神都に教会があると言っていたことを思い出した。
しかし次に気になるのは母親の抱く赤ん坊のことだ。身体が戻るとはどういう状況なのだろうか?
私は気になり母親の元へ近づいて赤ん坊を見てみた。
(これって………!)
その赤ん坊の身体は薄く透けているようで、目を凝らせば向こう側が見えてしまうのではと心配する程だった。
(一体、これって)
(……………)
エレノアは何故か黙り込んでいる。
すると神父が二人から二歩ほど後ろへ下がり、
「皆さん、あの光、神都を照らしたあの光はオルドム様のお力によるものです。そしてあの光は我々を守護して下さいました。神都を覆う闇から、我々を飲み込まんとする闇から守護して下さいました。我々や、この夫婦のお子さんのように身体が半透明になっているのは、その闇が原因です………しかし、怯えることはありません。我々にはオルドム様がいます。善なる者の導き手であり、法の番人でもあるあのお方がいる限り、何も怯えることはありません!」
神父がそう言うと教会内外にいる信者たちが一斉に歓喜の声を上げた。
(………ユウカ、戻りましょう)
私はエレノアにそう言われて神殿に戻った。私は複雑な気持ちだった。あの光も闇も全て私のやったことで、まさかこんなことになっているとは思いもよらなかったからだ。
神殿に戻った私たちは部屋に戻り、そこにいたアンナにただいまと挨拶をしてベッドに座った。
(ノア、知ってたの?)
(………はい、すみません)
(別に攻めてるわけじゃ…………あれって、治るの?)
(それははい、勿論………ソフィアさんによると数日もすれば元に戻ると……ただ幼い子供は少しそれが遅くなるらしいのです)
(それなら良かった………)
私は責任を感じながらも、遺跡の破壊が罪滅ぼしになると思い更に意志を固めた。
「骸骨さん、ノア………明日は頑張ろうね」




